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序章
歪んだ世界
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────千年以上も昔。
この世界は、未曾有の危機に晒されていた。
世界の外側に渦巻く混沌から、神の支配が及ばぬ『魔王』という存在が生まれ、自らの眷属である『魔物』を無限に生み出し始めたのだ。
魔物は、世界の全てを破壊し尽くそうと暴れまわった。
この世界の生き物たちも死力を尽くして戦ったが、増え続ける魔物の群れに為す術もなく、その数を見る間に減らしていった。
魔王を倒さねば、世界に未来はない。
しかし、神に対する反逆者である魔王は、神の創造物であるこの世界の生き物たちでは傷一つ負わせることが出来ないという特性を持っていた。
世界の行く末を憂慮した神は、異なる世界から異なる神の創造物を召喚しようと決意する。
神は次元の壁に穴を開け、他世界の神に気づかれる前に二つの世界を繋ぐ通路を作った。
────そして、『勇者』は召喚された。
だが、現れたのは戦士ではなかった。
平和な世界に生まれた、戦いとは無縁の少女であった。
それでも、神は少女に願った。
どうかこの世界を救ってくれと。
その剣を持ったこともない手に剣を持ち、血に汚れたことのない手を血で汚してくれと。
悩んだ末、少女はやりますと答えた。
世界を救うためだというのなら、この命を賭ける価値があると。
神は大いに喜び、少女に対して約束をした。
もし魔王を倒しこの世界に平穏を取り戻すことができたなら、どのような願いでも叶えようと。
少女は頷き、そして旅立った。
幾千幾万もの魔物を殺し、大地の半分を血で染め上げ、そしてついには魔王を討ち果たす。
魔王の心臓を貫いた剣を地面に突き刺し、少女は天を仰いで声を上げた。
私は約束を果たしました、次はあなたが約束を果たす番です、と。
すると天から光が降り注ぎ、少女を包み込んだ。
気づけば、少女は神の前に立っていた。
約束通り願いを叶えるという神に対し、少女は願った。
私は愛されたい、と。
誰からも愛されるような、素敵な人間になりたいと。
この縮れた黒髪を、潰れて上を向いた鼻を、小さな目を、丸い顔を、太い胴体を、短い手足を、愛してくれる人は元の世界にもこちらの世界にも一人もいなかった。
どのような金銀財宝も、力も、名誉も、権力もいらないから、私はただ愛されたいのだと、少女は心の底から訴えた。
神はひとつ頷くと、その両手を地にかざした。
まばゆい光が神の両手から降り注ぎ、あまねく世界を照らしていく。
神の力によって、少女の願いは叶えられたのだ。
少女が望んだものとは、違う形で。
神の奇跡が行われた後も、少女の姿は何一つ変わらなかった。
『誰からも愛される』姿を作ることは、神にすら出来なかったのだ。
世界には多種多様な人種が存在しており、その趣味嗜好もまた様々だ。
小さい少女しか愛せぬものもいれば、年老いた老婆しか愛せぬものもいる。
胸が大きい女に欲情する男もいれば、胸のない女にしか欲情しない男もいる。
それら全てから愛される姿など、ありはしないのである。
だから神は、少女ではなく世界を変えた。
世界に住む人々の価値観を変えた。
全ての人間の美醜感を根底から歪めることで、少女の外見こそ最も美しい姿なのだという常識を作り出したのである。
────田中王国、初代国王花子。
今やその名前すら歪められて伝わっている彼女が『至高王』と呼ばれたのは、勇者としての功績からだけではない。
どのような男でも選び放題なのにも関わらず、あえて醜い外見の男たちに手を差し伸べ、何人もの美しい子供を産んだ、慈悲深い王だったからだった。
この世界は、未曾有の危機に晒されていた。
世界の外側に渦巻く混沌から、神の支配が及ばぬ『魔王』という存在が生まれ、自らの眷属である『魔物』を無限に生み出し始めたのだ。
魔物は、世界の全てを破壊し尽くそうと暴れまわった。
この世界の生き物たちも死力を尽くして戦ったが、増え続ける魔物の群れに為す術もなく、その数を見る間に減らしていった。
魔王を倒さねば、世界に未来はない。
しかし、神に対する反逆者である魔王は、神の創造物であるこの世界の生き物たちでは傷一つ負わせることが出来ないという特性を持っていた。
世界の行く末を憂慮した神は、異なる世界から異なる神の創造物を召喚しようと決意する。
神は次元の壁に穴を開け、他世界の神に気づかれる前に二つの世界を繋ぐ通路を作った。
────そして、『勇者』は召喚された。
だが、現れたのは戦士ではなかった。
平和な世界に生まれた、戦いとは無縁の少女であった。
それでも、神は少女に願った。
どうかこの世界を救ってくれと。
その剣を持ったこともない手に剣を持ち、血に汚れたことのない手を血で汚してくれと。
悩んだ末、少女はやりますと答えた。
世界を救うためだというのなら、この命を賭ける価値があると。
神は大いに喜び、少女に対して約束をした。
もし魔王を倒しこの世界に平穏を取り戻すことができたなら、どのような願いでも叶えようと。
少女は頷き、そして旅立った。
幾千幾万もの魔物を殺し、大地の半分を血で染め上げ、そしてついには魔王を討ち果たす。
魔王の心臓を貫いた剣を地面に突き刺し、少女は天を仰いで声を上げた。
私は約束を果たしました、次はあなたが約束を果たす番です、と。
すると天から光が降り注ぎ、少女を包み込んだ。
気づけば、少女は神の前に立っていた。
約束通り願いを叶えるという神に対し、少女は願った。
私は愛されたい、と。
誰からも愛されるような、素敵な人間になりたいと。
この縮れた黒髪を、潰れて上を向いた鼻を、小さな目を、丸い顔を、太い胴体を、短い手足を、愛してくれる人は元の世界にもこちらの世界にも一人もいなかった。
どのような金銀財宝も、力も、名誉も、権力もいらないから、私はただ愛されたいのだと、少女は心の底から訴えた。
神はひとつ頷くと、その両手を地にかざした。
まばゆい光が神の両手から降り注ぎ、あまねく世界を照らしていく。
神の力によって、少女の願いは叶えられたのだ。
少女が望んだものとは、違う形で。
神の奇跡が行われた後も、少女の姿は何一つ変わらなかった。
『誰からも愛される』姿を作ることは、神にすら出来なかったのだ。
世界には多種多様な人種が存在しており、その趣味嗜好もまた様々だ。
小さい少女しか愛せぬものもいれば、年老いた老婆しか愛せぬものもいる。
胸が大きい女に欲情する男もいれば、胸のない女にしか欲情しない男もいる。
それら全てから愛される姿など、ありはしないのである。
だから神は、少女ではなく世界を変えた。
世界に住む人々の価値観を変えた。
全ての人間の美醜感を根底から歪めることで、少女の外見こそ最も美しい姿なのだという常識を作り出したのである。
────田中王国、初代国王花子。
今やその名前すら歪められて伝わっている彼女が『至高王』と呼ばれたのは、勇者としての功績からだけではない。
どのような男でも選び放題なのにも関わらず、あえて醜い外見の男たちに手を差し伸べ、何人もの美しい子供を産んだ、慈悲深い王だったからだった。
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