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ミリアム支部長
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ロソール冒険者ギルドの支部長であるミリアムのイラつきは、ここ数年で最大のものになっていた。
「リュートはまだ出勤してこないのかっ!?」
「ひっ! ま、まだ出勤しておりません!」
支部長室の扉を開け、仕事をしている事務職員たちに大声で尋ねるが、返ってくる返事は十分前のものと同じ。
時刻が午前八時を過ぎた辺りから十分おきに聞いているので、すでに五回は同じ質問をしたことになる。
「くそっ!」
扉を叩きつけるように閉めて、ミリアムはタバコの煙が充満する部屋に戻った。
そして部屋の中をうろつきながら、また新しいタバコに火をつける。
だが、どれだけ吸ったところで心が静まるはずもない。
「リュートが遅刻してくるなんて初めてのことだ…………しかも、もうすぐ九時になる。
どうした…………病気か? 怪我でもしたか? あぁぁっ、家に行ってみるべきだろうか?」
スパスパと煙を吐きながら、ミリアムは悶える。
まだ冒険者の身であったなら、何も考えずリュートの家に突撃していたであろう。
だが、今のミリアムはひとつの支部を預かる冒険者ギルドの幹部なのだ。
その責任を放棄して抜け出すような、勝手な振る舞いが許されるはずもない。
「だが…………だが…………」
とミリアムは自問する。
もしリュートの身になにか良くないことが起こっているとしたら?
もし高熱に苦しみ、痛みに悶えているのだとしたら?
それどころか…………誰かに攫われて慰みものにされていたら?
そう考えると、ミリアムはじっとしてなどいられなかった。
ミリアムは、リュートに密かな想いを寄せていたのだ。
始めてリュートを見たのは一年前、自分がこの支部に配属されたばかりの春のことだった。
『は、初めまして! 僕はリュートといいます! よろしくお願いします!』
新任の挨拶をし、各職員からの挨拶を受けている中で現れたのが、当時十七歳だったリュートだ。
その細く繊細な体、愛くるしい顔、キュッと締まったお尻…………
そんな好みにどストライクのリュートが、緊張しながらも笑顔で自分に挨拶する姿を見た瞬間、ミリアムは恋に落ちたのだ。
二十八にもなって、と自分でも思う。
冒険者として活躍し、それなりに色事もこなしてきたミリアムだったが、純粋な恋というのはこれが初めてかも知れない。
リュートの事を考えると、子宮の奥が疼いた。
ただセックスしたいだけではない。
始めてその子供を産みたいと思った男なのだ。
そこまで考えて、ミリアムははっとした。
肩のケガを理由に二十五で冒険者を引退し、ギルドの職員となってからは規則や規律を第一に考えて生きてきた。
だが、その規則や規律は、初恋の相手であるリュートよりも大事なものなのか?
…………そんなわけがない。
火をつけたばかりのタバコを指でもみ消して灰皿に放ると、ミリアムは掛けてあったコートに手を伸ばした。
選んだのだ。
ギルドとリュートを天秤にかけたのがそもそもの間違いだった。
冒険者を辞めてから、本当に大切なものが見えなくなっていた気がした。
だが、今は分かる。
いまミリアムの心の中心にあるのは、リュートなのだ。
彼の事を一番に考え、それ以外のことは二番以降に考えればいい。
そう心を決めたとき、ミリアムは本来の自分に戻れた気がした。
そして、リュートを心配しながらもすっきりとした気持ちで支部長室を出ようとしたその時────
『す、すいません! 遅れました!』
扉の外から、待ち望んだ声が聞こえてきた。
「リュートはまだ出勤してこないのかっ!?」
「ひっ! ま、まだ出勤しておりません!」
支部長室の扉を開け、仕事をしている事務職員たちに大声で尋ねるが、返ってくる返事は十分前のものと同じ。
時刻が午前八時を過ぎた辺りから十分おきに聞いているので、すでに五回は同じ質問をしたことになる。
「くそっ!」
扉を叩きつけるように閉めて、ミリアムはタバコの煙が充満する部屋に戻った。
そして部屋の中をうろつきながら、また新しいタバコに火をつける。
だが、どれだけ吸ったところで心が静まるはずもない。
「リュートが遅刻してくるなんて初めてのことだ…………しかも、もうすぐ九時になる。
どうした…………病気か? 怪我でもしたか? あぁぁっ、家に行ってみるべきだろうか?」
スパスパと煙を吐きながら、ミリアムは悶える。
まだ冒険者の身であったなら、何も考えずリュートの家に突撃していたであろう。
だが、今のミリアムはひとつの支部を預かる冒険者ギルドの幹部なのだ。
その責任を放棄して抜け出すような、勝手な振る舞いが許されるはずもない。
「だが…………だが…………」
とミリアムは自問する。
もしリュートの身になにか良くないことが起こっているとしたら?
もし高熱に苦しみ、痛みに悶えているのだとしたら?
それどころか…………誰かに攫われて慰みものにされていたら?
そう考えると、ミリアムはじっとしてなどいられなかった。
ミリアムは、リュートに密かな想いを寄せていたのだ。
始めてリュートを見たのは一年前、自分がこの支部に配属されたばかりの春のことだった。
『は、初めまして! 僕はリュートといいます! よろしくお願いします!』
新任の挨拶をし、各職員からの挨拶を受けている中で現れたのが、当時十七歳だったリュートだ。
その細く繊細な体、愛くるしい顔、キュッと締まったお尻…………
そんな好みにどストライクのリュートが、緊張しながらも笑顔で自分に挨拶する姿を見た瞬間、ミリアムは恋に落ちたのだ。
二十八にもなって、と自分でも思う。
冒険者として活躍し、それなりに色事もこなしてきたミリアムだったが、純粋な恋というのはこれが初めてかも知れない。
リュートの事を考えると、子宮の奥が疼いた。
ただセックスしたいだけではない。
始めてその子供を産みたいと思った男なのだ。
そこまで考えて、ミリアムははっとした。
肩のケガを理由に二十五で冒険者を引退し、ギルドの職員となってからは規則や規律を第一に考えて生きてきた。
だが、その規則や規律は、初恋の相手であるリュートよりも大事なものなのか?
…………そんなわけがない。
火をつけたばかりのタバコを指でもみ消して灰皿に放ると、ミリアムは掛けてあったコートに手を伸ばした。
選んだのだ。
ギルドとリュートを天秤にかけたのがそもそもの間違いだった。
冒険者を辞めてから、本当に大切なものが見えなくなっていた気がした。
だが、今は分かる。
いまミリアムの心の中心にあるのは、リュートなのだ。
彼の事を一番に考え、それ以外のことは二番以降に考えればいい。
そう心を決めたとき、ミリアムは本来の自分に戻れた気がした。
そして、リュートを心配しながらもすっきりとした気持ちで支部長室を出ようとしたその時────
『す、すいません! 遅れました!』
扉の外から、待ち望んだ声が聞こえてきた。
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