85 / 89
2章 ゼルドスの反乱 二つ目の危機
79話 力を解き放って 神と天使と仲間たち
しおりを挟む「姉様、姉様が負けるはずがない・・・」
「動揺は大きな隙になります」
姉のマチホが倒れたことで、弟のイチリは愕然としていた。
自分が戦っていたことさえ忘れて姉に駆け寄ろうとする少年に、無慈悲にも全力で攻撃を叩き込むセラファル。
無防備な状態ゆえ避けることも、ダメージを軽減することもできずに、少年は数メートル先に吹き飛ばされた。
「邪魔・・・しないでよ!!」
立ち上がったイチリは、抑え切れない怒りに染まっていく。
怒りに身を任せた彼は、痛みも何もかも忘れて自らの力を解放した。
全身に赤と紫色のオーラを纏い、周囲の魔力を少しずつ吸収していく。
セラファルの頭に警鐘が鳴り響く頃には、イチリの顔には狐のお面のような物が張り付いていた。
この面は狐人族の種族スキルの一つ、神降しの効果で出現するものだ。
狐人族の祭事でも、1分ほどしか神を降ろすことはしない。
本来ならただの魔族が神を取り込むことなど不可能なのだ。
それを無理やりやっている以上、体への負担は大きいなんてものではないほど酷い。
神を取り込んでも何とかなっている例外的な魔族もすぐそこいるようだが、普通は許容範囲を超えた力に耐え切れずに自我が崩壊してしまうことになる。
その場合、もちろん体の主導権は身に宿った神に移ってしまう。
たとえ器が貧弱な魔族であろうと、神の力を持った者であることに変わりがない。
そう。セラファルは目の前の少年ではなく、少年の姿をした神と戦うことになるということだ。
「こちらの勝率が2%にまで下がりました。非常に良くない状況です。ですが、ここで引いてはマスターの従者として失格ですね」
「姉様・・・あ、あぁぁぁ」
イチリの自我はどんどん崩壊し、体は絶えず蝕まれていく。
狐人族が崇める神は怨憎と念力を司る神であり、イチリが抱いた姉を倒されたことによる負の感情は、格好の餌となった。
その様子を見たメルフィナは、血相を変えてセラファルの元へと駆け寄ろうとする。
「セラファルさん! その子から離れてください! 神を取り込んで暴走した者は、邪神に堕ちてしまいます! いくらセラファルさんが強くても勝てませ・・・」
しかしセラファルは、メルフィナに微笑みを向けて言葉を制止させた。
余裕などなさそうに見えるのに、メルフィナはセラファルの顔を確認したとき、言い知れぬ安心感を覚えてしまった。
「マスター。セラファルはちょっぴり悪い子になってしまいます。悪い子になった私でも、マスターはお側に置いてくれますか?」
少し遠くにいるカイに、どこか悲しげな声音で語りかけるセラファル。
どうやらカイからの答えはすぐに返ってきたようで、セラファルは安心したように顔を綻ばせた。
「私には勿体無きお言葉、感謝致します」
「セラファルさん? 何をする気なんですか?」
どんどん力を増していく暴走状態のイチリを前にして、静かに天を見上げるセラファル。
そのまま片膝をつくと、小さな小さな声で一言だけ、天に向かって呟いた。
「堕天」
瞬間、セラファルの体に変化が生じる。
普段は隠している純白の翼が、闇にのまれたような漆黒に染まっていく。
「マジですか。流石の私でも、天使が堕天する瞬間なんて初めて見ましたよ。それとセラファルさん、雰囲気がエロくなりましたね。大人の色気が凄いです。これは負けていられません」
メルフィナの言葉を軽く聞き流し、カイへ想いを馳せるセラファル。
この姿を見られて嫌われないか不安になりながらも、眼前の敵に集中していく。
「相手はまがいなりにも神の名を持つ者。天上神とは大きく異なりますが、手を抜かずに全力で対処します」
後で上司から叱られることを覚悟しつつ、セラファルは堕天使となって狐の神と対峙する。
イチリの意識は既に無く、そこに在るのは抜け殻のような少年の体を操る狐の神。
仮面に空いた穴からセラファルを注意深く見つめ、今に飛びかかってもおかしくないくらいの低姿勢で構えている。
メルフィナはイチリとセラファルを交互に見てから、これはセラファルが圧勝すると考え、この場は彼女に任せることにした。
「セラファルさんなら大丈夫そうですね。じゃあ私はリーサさんの様子でも見に行きましょうか」
「我以外の神と戦える珍しい機会かと思ったが、上位天使の堕天状態には我も敵わない。あの神とて長くは持たんな」
「へー、クロ君はセラファルさんが上位天使だって分かるんですね。そんな凄い方だったとは知らなかったです」
「我とて神だ。天上に住まう天使のことは少し詳しい程度だが、知ってはおるぞ」
クロとお喋りしながらリーサの元へと向かうメルフィナだったが、途中にエミュの姿を発見した。
「にゃぁぁぁ! 全部水で飲み込んであげるの! 世界を水で沈めてやるのぉぉぉ!」
「た、助けてくれぇ! 溺れる! 死ぬ! ゴボボボ」
全然平気そうだったのでエミュをスルーしたメルフィナは、ようやくリーサの元までやってきた。
「あれ? リーサさん何してるんですか?」
「あらリーサちゃんのお友達? なかなか可愛い子じゃない? 貴女もガールズトークに混ざる?」
「あ、メルフィナちゃん。紹介するわね、こちらキャミントさん。仲良くなったから、お話ししてたのよ。美容のこととか詳しくて、頼れるお姉さんって感じよ」
「え、敵と仲良くなったんですか? それにお姉さんじゃなくて、この人はだんせ・・・」
「あ゛? おのれ何か言ったかコラ? ゴホン、何か失礼な言葉聞こえたような気がしたけど、気のせいよね?」
「ひっ、何でもないです。リーサさんとキャミントさん、ガールズトーク楽しんでください」
逃げるようにその場を離れたメルフィナは、今度はマヤネの様子を見に行った。
マヤネを発見したのは良かったが、2人とも同じ方向を向いていて、何やら手をついてしゃがみ込むような体勢をしている。
カイがこの姿を見たらクラウチングスタートの姿勢だな、とでも言うだろうがメルフィナはそんな単語も構えも知らないので困惑しているようだ。
「えっと、2人は何をしてるんですか?」
「あ、メルフィナ殿。今、負けられない戦いをしているでござるよ。ちょうど、99勝99敗でラスト勝負をするところでござる」
「一番早いのは・・・俺だ」
「あ、はい。かけっこですか。そうですか。まあ、頑張って下さいね」
呆れ顔になったメルフィナを置いて、2人は最後のレースを始めたようで走り去って行った。
「小娘よ、我の出番ってまだ残っておるか?」
「多分ないんで帰って下さい。全くこれはどんな状況ですか、このやろぅ」
「このやろうと言いたいのは我なんだが・・・。まあ、面白いが見れたから良しとしよう。さらばだ小娘よ。また何か面白いことがあれば我を呼び出すと良い、いや絶対に我を呼び出すのだぞ。他の神を呼び出すなよ? 我を指名しろよ?」
体の中から去っていく神を無視しつつ、メルフィナはそのままカイの元へと向かった。
邪魔にならないようにカイの姿が見えるギリギリのところにスペースを確保し、カイとゼルドスの戦いを静かに見守るメルフィナであった。
0
お気に入りに追加
1,153
あなたにおすすめの小説
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界転生漫遊記
しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は
体を壊し亡くなってしまった。
それを哀れんだ神の手によって
主人公は異世界に転生することに
前世の失敗を繰り返さないように
今度は自由に楽しく生きていこうと
決める
主人公が転生した世界は
魔物が闊歩する世界!
それを知った主人公は幼い頃から
努力し続け、剣と魔法を習得する!
初めての作品です!
よろしくお願いします!
感想よろしくお願いします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる