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1章 異世界の魔王 一つ目の危機

37話 交戦だぜ ミューストリア王都 2

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 兵数約4000人で結成された、ミューストリア王国、魔族討伐部隊。


 魔族とは言え、たったの6名に対して向けた兵力となれば、かなりの過剰戦力と言える人数であった。


 しかし、惨敗を喫したのはミューストリア側であった。

 彼らは成すすべもなく、ただただ蹂躙されたのだ。

 大半の兵が倒れ、生き残った兵たちは散り散りになって逃げ惑った。
 副官の言葉により、とにかく逃げて生き残ることが大事だという真意に気づいた兵士たちは、必死になって逃げた。

 とにかく逃げて逃げて、王都に帰った。
 仲間を助ける余裕などありはしなかった。


 暴れ狂う、恐ろしい顔のヤギの亜人。
 休むことなく魔法を撃ち続ける少女。
 影に潜んで兵士たちの不意をつく忍。

 それらは恐怖の象徴として、兵士たちの心に深く根付いた。

 生き残った彼らのほうが、不幸だったかもしれない。

 一生、ただのヤギや少女や影に怯えながら、暮らすことになるのだから。


 それはさておき、カイたちは王都のすぐそばまで接近していた。

 あれから反省会を開いたり、戦闘時のルールを決めたりしていたが、とりあえず壁の破壊が先だという結論に至った。


「なあ、俺はどうなるんだ?」

 カイたちとの戦いで副指揮官を務めていた貴族のアレックスは、力なく疑問を口にした。

 彼は捕虜のようなものである。
 殺す気はないが、情報があるなら提供してもらおう。

「何か知ってることはあるか? 有益な情報があるなら、見逃してやる」

 カイたちはアレックスから、王子の側にいる魔族のことや、休まず働き続ける兵士のことを聞いた。

 そう、アレックスはおよそ自分しか知り得ない情報を、隠すことなくカイたちに打ち明けたのだ。

「少し繋がりました。その魔族とマヤネさんに悪魔を憑依させようとした魔族は、同じかと思われます。相手は悪魔を召喚したり、使役したりする能力を持っている可能性が高いです」

「セラファル。それってどれくらい危険なんだ?」

「悪魔は精神へ介入し、肉体を奪います。すでにその兵士たちは助からない可能性が・・・あ、マスターの能力を使えば全然問題ありません。全員救うことができます」

「カイって何ができるのよ・・・」
「やっぱりカイさんはすごいですね!」
「カイ様に精神こころ肉体からだを奪われ・・・あ、反省中でした。さすがに今日は自重しておきます」
「殿は有用なスキルを、たくさん持っているのでござるか。改めて尊敬するのでござる」

 すみません。俺、自分のスキル把握しきれてないんです。

 でも、全てを奪う能力を使って、兵士たちから悪魔を引き剥がせばいいのかな。
 あとでセラファルに聞いとこう。

 あれって完全にチートな能力だよな。もしかしたら、概念そのものを奪えるんじゃないか?
 怖くて試したくならないけど。

「ちょっと待ってくれ。話を聞く限り、あんたたちはあの道化師みたいな魔族の敵じゃないみたいだよな?」

「俺はそいつを倒すか、捕縛して牢屋にポイしようと思ってるけど?」

 その場で死刑にするか、情状酌量で終身刑かな。

 魔王国の法律がどうなってるのかなんて、全く知らないが。

「じゃあ、頼みがある。こんなこと言えるような立場じゃないが・・・」

「却下、面倒だ」

「早ッ! ってか、俺まだ最後まで言ってないんだけど!」

 こいつは無視して、さっさと王都の魔族を倒すとしよう。

 ついでに一応リーサの国の国民だから、助けられそうな命は助けておこう。もちろん、無理はしない程度で。

 あれ? リーサのやつ思いっきり魔法を撃ってた気が・・・気のせいだったかな。

「マスター、この男はもう必要ありません。どういたしますか?」

「ちょ、ちょっとでいいから聞いてくれ! レーザ王子も倒して欲しいんだ! そして国民を救って欲しい! あんたなら、いや、貴方様なら可能なはずです! お願いします!」

 聞くのは却下したんだけどな。

 言われてしまっては仕方ない。

「最初からそのつもりだから安心してくれ。なんかお前、苦労してるんだな」

「あ、ありがとうございます。俺、魔王に、同情されちまったよ・・・魔王に」

 何故か項垂れているアレックス。

「あの、カイ様、この男の処分を決めてないですよ?」

「あー、そうだったな。マヤネ、拾ったところにポイしてこれるか?」

「御意! ちょっと、ちくっとするでござるよ」

「え、ちょ、またかよ!? そのチクッてやつ、地味に痛いからやめ・・・あ、終わった? って、待ってくれ! 拾ってきたところって戦場じゃ・・・あ、意識が・・・」

「痛くないようにしたでござる。殿、行ってくるでござるよ~」

「気をつけてなー」

 拾った指揮官はキャッチアンドリリース。

 命は助けてやったし、元にいた場所まで送ってあげる。

 俺ってなんて優しいんだろう。


「ではこれからの作戦を・・・と、言っている場合ではないようです」


 少しずつ地面が揺れ、遠くの方で黄色い土煙が濛々もうもうと立ちのぼる。
 その煙の中には、無数の影絵のように見える兵士たちの姿。

 普通の人は、どれくらい全力で走り続けることができるだろうか。

 1分と持たない人が多いのではないか。

 だが彼らは走り続ける。
 接敵するまで、全力で。

 疲れないのだろうか。

 否、疲れを感じることなどないのだ。

 足が持たないのではないのか。

 否、悪魔によって肉体は強化されているのだ。


 もはや彼らは、敵を見つける以外に止まることなどない。

 いや、違う。

 敵を見つけて確実に殺すまで戦い続けるため、自分か相手が死ぬまで止まることはない。

 感情もなく、疲れることのない悪魔憑兵。

 その数は1万に届くかと思われる。


 それに対するは、たった7名の魔族たち。

 いや、それは正確ではない。

 3名の魔族と、3名の人間。そして謎の天使に、1匹の使い魔。

 数で見れば圧倒的に不利。

 武器で見ても不利なことは変わらない。

 もはや悪魔兵と戦うことは避け、すぐにでも逃げ出さない限り命はないだろう。


 だが、見方を変えてみればどうであろうか。

 個々の実力は、戦の命運を左右するものになりうるのだ。





 西ゼルドス領の幹部、「破天荒」のラーグル。

 彼は山羊亜人バフォメット一族の長であり、かつて「暴虐の狂刃」と呼ばれていたガダンツ・ゼルドスと、互角に渡り合った実力者だ。


 フィーストン領主の妹、「神を宿せし精霊使い」メルフィナ・フィーストン。

 彼女はマーメイドでありながら、全属性の精霊を使役することができ、さらには身に宿した精霊を、神格化することまで可能だ。

 精霊使いとしての実力は、大陸でトップクラスであるだろう。
 しかし神霊術を考慮するならば、もはや彼女に匹敵するほどの精霊使いは、どの大陸を探しても存在しない。

 130年ほど前に巻き起こった大災害。海を切り裂き大津波を起こしたのは、紛れもなく彼女なのだから。ちなみに表向きには災害を起こした犯人はハルティナということになっている。それはハルティナが彼女を怒らせたためからで、称号もハルティナについてしまっているようだ・・・。


 前魔王の娘、「八剣之悪魔ヤマタノオロチ」ウルリル。

 浮遊する八本の魔剣を自在に操る様子は、神話の大蛇を彷彿とさせ、その脅威的な実力ゆえ、実の親である前魔王に剣を没収されたほどである。

 魔法を使ったことがなかったため自爆するなど、ドジな一面もあるものの武器の魔力制御に関しては、彼女の右に出るものはいない。
 今回の戦では武器を持っていないため不参加だが、もしも彼女に魔剣を持たせた場合、兵士たちは斬られたことすら分からずに、命を散らしていくだろう。


 ミューストリアの第二王女、リーサ・ミューストリア。

 彼女は謎の天使セラファルの特訓メニューにより、その実力を大幅に向上させた。
 魔法だけを見た場合、もはやパーティーで一番の実力者と言っても過言ではない。
 魔力総量は少ないものの、補充さえきちんとすれば、高威力の魔法を次々に放出することができるのだ。
 容量は少ないといえど、魔術を極めた大魔導士の3倍ほどの魔力を持っているのだが・・・比べる相手が規格外の魔族たちと魔力無尽蔵のカイなのが、彼女の存在を薄めてしまっている。

 ちなみにこれらは、誰かさんセラファルが彼女が持っていたスキルをこっそり強化したり、スキルを増やしたりことが原因だ。
 しかし彼女は、燃費の悪い魔法をポンポン使ってしまうため、すぐに魔力切れを起こしてしまう。
 その欠点さえ補うことができれば、彼女の実力は人間の域を遥かに超えているというのに。


 魔王国で生まれ育った、「暗影に潜む咎忍とがにん」マヤネ。

 栴檀せんだんは双葉よりかんばし。
 魔王国の中の人間たちが住む村で生まれた彼女は、幼少の頃よりその類まれな才覚を発揮していた。
 実力は前魔王よりも少し劣るものの、いくら魔族に囲まれようと決して敗れることはなかったほどだ。

 死角からの刺突は、もはや魔族であろうと一撃で死に至るレベルのもの。
 対峙して戦ったとしても、小柄な彼女から出る驚くべきスピードについていけず、隙を突かれて死んでいった魔族は数知れず。
 彼女を小さいからといって侮っていた魔族は、もはや1人も生き残ってはいないのだ。

 彼女の強みはもう一つ。
 麻痺以外の状態異常を、完全に無効化してしまうのである。
 ゆえにノワルトンが放った悪魔は、彼女に憑依しきれずに周りを漂うだけしかできなかったのだ。

 最近、彼女は主人あるじを得たことにより、忠誠心という別の武器も手に入れた。
 主人に尽くすということで、力が湧いてくるタイプだったようだ。


 そしてハイスペックな異世界人、「神殺しの魔王」井瀬いせかい

 彼の実力は、もう語ることはできないほどの域である。
 異世界から転移だか転生だかをしてきた彼は、その身に神のギフトを大量に宿している。
 彼はその能力を使いこなせていないが、彼をサポートするために従順な者が側に付いている。


 それが謎に包まれた天使、セラファルである。

 彼女は大天使という位だが、元は天使の最高位である熾天使であった。
 彼女はカイに仕えるために下界に降りたったのだが、受肉した体は四天王のサリエルという者である。
 サリエルは不死の能力をその身に宿していた。つまりその体に受肉したセラファルも、不死の能力を持っていることになるのだ。

 カイの能力を一部ではあるが行使できる、不死の存在。
 もはや彼女を倒せる者など、この世界にいるはずがないだろう。
 そんなセラファルをサポーターにしているカイが、負けるはずがないのだ。


 そしてカイには可愛い猫の使い魔、エミュもいる。

 毛並みは整っていて、尻尾はくるくるしていて非常に可愛らしい。
 そこは別に関係ないが、エミュはモンスターの中でも高位の存在だ。

 カイの近くでカイの魔力をずっと摂取してきたことで、エミュは本気を出せば、水魔法で大陸ごと飲み込むことも可能なほどに成長している。
 カイはそんな実力があるなんて気づいていないが、ペットでさえそれほどの実力があるのだ。


 さて、このパーティーの異常さが分かってきたところで、もう一度相手を確認しよう。


 相手はたかが1万ぽっちしかいない、悪魔が取り憑いてるだけのただの兵士たち。

 疲れは知らないが、不死でもなんでもない。

 武装は整っているが、魔法耐性を完璧に行なっているわけでもない。

 2ラーグルまでなら倒せるだろうが、3ラーグルは倒せないくらいの集団。
 1メルフィナにも及ばない烏合うごうの衆、いや、もはや羽虫の集まりに過ぎない。

 もしもカイやメルフィナやセラファルが、本気を出してしまったなら、5秒も経たずにみんな仲良くバイバイしてしまうだろう。あ、エミュもだが。

 しかしカイは、一応慈悲のある魔王であり、皆殺しにするのは可哀想かなー、と思っている。


 そのちょっとした優しさで、彼らは救われることになるのだが、今の彼らは悪魔に操られていて想像もできないだろう。


「マスター、あれを使ってください」

「えーっと、これを使えばいいのか」


 カイはとりあえず、セラファルからアドバイスをもらって何かのスキルを発動させた。


 すると明るかった空はだんだんと暗い雲に覆われていき、辺りは夜のような闇に満ちた。
 いや、月明かりが無い分、もう少し暗いのかもしれない。


 そんな周りを見て、セラファル以外は何が起きているか分からず、不安そうな表情になってしまう。


 そしてどこからか兵士たちの痛々しい悲鳴が上がるたびに、カイは自分が何をしたのか分からず、セラファルの顔を心配そうな目で何度もチラ見してしまうのだった。



◇あとがき◇
ポイしてきたアレックスは、今後登場予定ありです。
襲撃を受けたのはカイたちのはずなのに、兵士たちの方が可哀想になってきた。(´・ω・`)なんか、ごめんね
主人公最強なはずだけど、よくよく考えたらセラファルの方が強い? い、いや、そんなことはない、はず・・・たぶん。

2018/1/17 誤字訂正しました。
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