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プロローグ
しおりを挟む・・・ヤバイな。
ひらひらと黒い羽根が目の前に落ちる。
額から嫌な汗が流れ、ポタリと落ちて地面を濡らす。
「人間よ、死んだか? 否、まだ息はしているようだが、トドメはしっかりと刺そう。何も心配することはない」
まるでアニメや漫画の世界で登場する堕天使のような魔族が、不気味に口の端を吊り上げる。
その瞳に映るのは、倒れ伏した青年。
その青年の口から、ごにょごにょと言葉が発せられる。
「キツ過ぎるだろ・・・」
「ほう、まだ喋られる力があったか。どちらにせよ、もう終わりだ。安らかに天国に行けるように、神にでも祈ったらどうだ?」
魔族は少々驚いた様子であったが、すぐに頭を切り替えて魔法を展開した。
この世界の人間であれば、わずかな望みをかけて全力で逃げ出すであろう。
しかし青年は逃げようとしなかった。
いや、逃げることに意味がないと気が付いているのだろうか?
それとも、青年がこの世界の人間ではないことが関係しているのだろうか?
「ま、待て! やめるんだ!」
焦りの色を隠せない青年の叫びが、辺り一面に虚しく響いた。
そんな必死な表情を浮かべている青年をよそに、魔族は攻撃魔法の準備を終え、片手を無抵抗の青年に向ける。
「今更命ごいか? くだらんな。消えよ」
その瞬間、辺りが漆黒の闇に飲まれた。
そしてその場に残ったのは、ぐちゃぐちゃになった何かの残骸であった。
◇
・・・時は少し遡る。
「君は死んでしまったのだ! ちょっと言い方を変えようか。お前はもう、死んでいる(ドヤッ)」
「おい神、覚悟はいいな?」
「わ、わわわ、ごめん、ごめんって、そんなに拳をパキパキしたら、らめー!」
清々しいほどウザいドヤ顔を決めた神にジリジリと近づきながら拳を鳴らしたが、神はビビったようで眦に少量の涙を浮かべながら土下座を繰り出した。
さて、俺は死んでしまったらしい。
人間いつかは死ぬし、現世にやり残したことは無いとは言えないが、死んでしまったことは受け入れるしかないだろう。
だが、死因がおかしい。
「で、日本全土に隕石落とした神ってのはお前か?」
「それは嘘です、ほんの冗談ですから!」
まあ本当だったら死者だらけで大忙しだろうな。日本だけでも軽く1億人くらいはいるから、事実なら三途の川が大渋滞していることだろう。
「ほう、神は嘘をつくのか。じゃあ、俺の死因は何なんだ?」
「あー、あのー、それが何と言いますか、死んでないと言いますか、つまりそうなんですよ、はい」
死んでない?
このロリ女神は何をぬかしているんだ?
さっきの日本に隕石云々は嘘で良いとして、俺は死んでないのに死んだ判定ということか?
「アー、あなたが死んだと勘違いした天使が、ここに連れて来ちゃったわけデスヨ。いやー、困ったもんデスヨネー。コマッタ、コマッタ」
全く感情がこもっていないが、大体想像がついてきた。
つまり、このロリ女神の部下である天使がやらかしたわけだ。
部下の責任を取るために、上司が出てきたという構図か。
「話は理解できた。別に賠償とかは請求しないから、さっさと元の世界に帰して欲しい。テスト中だったんだぞ」
「お、真面目だねー。それともそんなに成績やばいの?」
「誤魔化すな」
「くっ、手強い。いいだろう真実を言おうじゃないか! 私は超絶可憐な転生神のペリッサちゃん! 仕事は死んだ魂を異世界に転生させること。それしかできないのだ! 理解した?」
はあ、キャラブレをどうにかして欲しいところだ。
「異世界の転生が仕事ってことは、元の世界は無理ってことか?」
「いぇーす。そこまでは無理なんだよね。万能神じゃないから、ごめんね」
申し訳なさそうなトーンで謝罪してくるペリッサ。
だが、本気で申し訳ないと思うなら、舌をペロッと出しながらウインクしつつ両手をパチンと合わせるのはどうかと思う。
見た目が少女でなければ遠慮なく拳をお見舞いしていたことだろう。
まあ、でも、異世界か。
異世界、悪くないよな。
「異世界になら転生できるんだな?」
「おぉ! ダンナ、興味ありますか? じゃあいっそ、剣と魔法のファンタジーな異世界に行っちゃいませんか?」
揉み手をしながら提案するペリッサ。
異世界という言葉に心が躍る。
俺は小さい頃から、異世界に憧れていた。
勇者が魔王を倒したり、ドラゴンに乗って空を旅したり。
話を聞くだけで期待が膨らむ。
本を読むだけで世界が広がる。
いつか・・・自分も、と思ってきた。
もし行けるものならば、行けるチャンスが目の前にあるのならば、何を迷う必要があるだろうか?
ならばペリッサの提案に乗るのみ。
俺を死んでいると間違えた天使には、感謝しないとな。
「分かった。帰れないなら異世界で暮らすのも良さそうだ」
「おぬしも物好きよのぉ~」
「お前、もうちょっとキャラに統一感持たせろよ」
我慢できずにツッコミを入れてしまった。
神の威厳も何もあったもんじゃないな。
「ごめんごめん。じゃあこのクジ引いてみて」
差し出されたのは、クリスタルの詰まった半透明な箱。
一つ引いてみると、そこには〈水属性魔法適性〉と書かれている。
「ちょっとハズレかな。どんどん引いてみて、好きなのあったら教えてね」
なるほど。異世界で使える能力が入ったクリスタルなのか。
いわゆるチートスキルをクジ引きして選ぶということらしい。
かれこれ200個くらい引いているうちに、ヤバそうなのが出てきた。
いや、途中でヤバそうなのはかなりあったが、これは一番俺の琴線にふれるものだった。
「この『ダメージ無効』って強すぎないか?」
効果は単純。
自身が受けるダメージを無効化する、というものだ。
「いやー、そんなことないよ。毒とかの継続ダメージは受けないけど、状態異常は効くし、即死攻撃も通るし。とは言っても強い能力ではあるかな」
即死とか状態異常まで考え出したらキリがないだろうな。
今までで一番良さそうだったから、もうこれで決定にしよう。
「まぁ、これにするわ」
「オッケー。じゃ、今まで引いたやつもオマケしとくから、頑張ってねー」
「は? え、ちょっ」
思わぬ発言に気を取られているうちに、身体に集まった謎の光が一瞬眩く光った。
光が消えると同時に青年の姿もどこかに消え、部屋の中の神様はぐーっと両腕を伸ばした後、良い笑顔でベッドに転がり込んだ。
「よーし! お仕事終了!」
ベッドでふにゃふにゃと微睡む神様。
神様が寝入るのを見届けた件の天使は、何かの準備を進めていた。
こうして異世界に憧れを抱く青年、井瀬海は、異世界へと旅立つのであった。
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