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第三章
エピローグ
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ヴィル様と過ごす一ヶ月はあっという間だった。
穏やかで幸せな毎日。
そして、腕の中には赤ちゃんがいる。
名前はマルセル。
幸い龍らしい色は顕れなくて、ヴィル様と同じ蜂蜜色の髪に綺麗な空色の瞳を持って生まれてきてくれた。小さくて愛らしい存在。
そして、
僕は今、マルセルを腕に抱きながら、ヴィル様の横で呆然と立ち尽くしてる。
重々しい扉の前まで転移で連れて来られて、その部屋で待っていた人物。
こ、これがヴィル様のお父様?
マルセルと同じ空色の瞳を持った、ヴィル様がどっしりと歳を取った感じのとてつもなく重厚な空気を纏っているオジサマ。
そのオジサマが豪勢な椅子にゆったりと腰かけて、頬を緩ませてる。
「この日をどれだけ楽しみにしていたか。お前の我儘には散々付き合わされたが、待つというのも案外悪くない」
「それは何よりです。父上、早速紹介させてください。エルヴィンと子のマルセルです」
「は、はじめてお目にかかります、エルヴィンと申します」
急遽ならった拙い礼儀作法で挨拶すると、オジサマは深くゆっくりと僕の言葉に頷いて、目尻の皺を濃くしてまた微笑んだ。
「私も名乗った方がよさそうだな。ユリウス、お前は何も話してないんだろう?」
えっと、ユリウスって誰?
ヴィル様がユリウス?
予想通りヴィル様が、はい、と返事すると、オジサマはゆっくりを腰を上げて、僕の前まで来て、僕の頭をポンポンと撫でた。
「ユリウスの父のマクシミリアン・ウルフ・オストワルトだ。よく来てくれた。そして、よくマルセルを産んでくれた。ありがとう、エルヴィン」
ま、待って。
何て言った?
このオジサマ、今何て?
マクシミリアン・ウルフ……、
オ、オ、オス、オストワルト……???
そ、それって、この国の、………
へ、へ、へ、へ?
僕は目を見開いたまま、ヴィル様を向くと、にっこり笑顔。
あ、凄い既視感。
悪戯が成功した時の顔だ。
「うん。この国の国王ね」
コクオウ?
「ごめんね。今まで黙ってて。俺、ユリウス・ヴィルフリート・オストワルトなんだ。ちなみに王太子だからね」
オウタイシ?
足の力が抜けて、座り込みそうになったのをヴィル様がマルセルごと抱え込んで支えてくれる。
でも、僕の頭の中は真っ白。
「マルセルが生まれるまで待っていて正解だったようだな」
「でしょう? こうなることは予想していましたから」
二人ともそれはそれは楽しそうに笑ってるけど、僕はどうしたらいいの?
ちょっと待って、ヴィル様が王太子? 王子様? ユリウス殿下?
――じゃあ、僕は?
「あ、だから、エルは王太子妃ね」
王太子妃……。
あ、もう無理。
夢だよね。
うん、夢だ。
ゆっくり目を開けると、そこには心配そうな顔したヴィル様。
と、国王陛下。
…。
……。
…………。
ぎゃーーー!
やっぱり夢じゃなかったーー!
「エル、ごめんね。気絶するまでとは思わなくて」
「悪ふざけが過ぎたな。すまなかった、エルヴィン」
眉尻を下げて、頭も下げる二人。
え、ちょっと待って、国王陛下と王太子だよ!
「わわわ! あ、頭を上げてください! そんな、僕なんかに頭を下げないで下さい!」
「あ、また『なんか』って言ったね、エル。俺の伴侶なんだから『なんか』とは言わせないよ」
って言いながら長椅子から僕を抱き起してくれるヴィル様。
「そうだぞ。エルヴィンはすでに私の大事な娘、いや、息子だからな」
って言いながらマルセルをあやしてくれてる渋カッコイイおじいちゃん。
えっと、国王陛下だよね。
マルセルを見る目がもう糸のように細くなってて、デレデレ。さっきまでの威厳はどこに行ったのっていうぐらい。
そんなおじいちゃん陛下も最後には僕の事もギュって抱きしめてくれて、ヴィル様の事をよろしく頼まれてしまった。
それと僕が半龍であることを周知させた上で、陛下とヴィル様が絶対に守るって言ってくれたんだ。僕に何かあったら大変なことになるんだって。どう大変かはわからないけど、安全に暮らせるなら僕はそれでいいかな。
混血であることも陛下は気にされてなくて、龍の加護を受けられるなら願ったり叶ったりだって。だから心配することは何もないよって言ってくれたんだ。一番心配してたことだったから、本当に良かった。
その後、陛下との謁見は滞りなく終わり、次は結婚式の礼服の採寸。
それが終われば、礼儀作法を習って、貴族や他国の王族の名前を記憶しなきゃいけなくて、もう大変。
実際のところ、王太子妃って何すればいいのかさっぱり。っていうか本当に王太子妃になるの? 僕。
マルセルがいるからこの苦行から逃げることもできなくて頑張るしかないんだ。
ヴィル様も僕の事応援してくれるから、頑張ろうっていう気になるよね。
ヴィル様はこんな大事なこと、もっと早くに言ってくれたらよかったのに。
そしたら、王都には帰ら……
ちょっと待って、マルセルが生まれるまで黙ってたのって…
僕、ヴィル様に、
「嵌められた!?」
「嵌められた? そんな酷いこと言う子にはお仕置が必要だね、エル?」
ぎゃーーーー!
聞かれてたーーー!
***
僕はラルスに手を引かれ、赤い絨毯の敷かれた道を歩く。どう考えても女性物のウェディングドレスにしか見えないものを着させられて。
その先には白のフロックコートに身を包むヴィル様。こっちを向いて穏やかに微笑むその姿は一枚の絵のようで、その眩しさに僕は目を細くした。
ラルスがヴィル様にニッと笑いかけて、僕の手をヴィル様に渡す。僕の手を受け取ったヴィル様は僕を引き寄せて、壇上までエスコート。
司祭に言われるままにベールが取り払われ、ヴィル様の澄み渡った紫の瞳と目が合った。
「見違えたね。いつものエルは可愛いけど、今日はすごく綺麗」
甘く蕩けるような笑顔に目が奪われて、言葉が全然頭に入ってこない。
ああ、本当にヴィル様と結婚するんだ、って思うと、頭が真っ白になって、ただヴィル様を見つめてた。
ぼーっとしてる間にキスされて、頭が働かないままに式は滞りなく進行し、僕はヴィル様の正式な伴侶になった。
僕は薬師のエルヴィン。
僕の日課は朝起きて、隣にいるヴィル様に、「おはようございます」って挨拶すること。
「おはようございます、ヴィル様」
甘く微笑みながら、「おはよう」って返してくれるヴィル様と軽くキスをする。
ヴィル様がいつも傍にいてくれる幸せを噛みしめて、
僕の1日は始まる。
END
穏やかで幸せな毎日。
そして、腕の中には赤ちゃんがいる。
名前はマルセル。
幸い龍らしい色は顕れなくて、ヴィル様と同じ蜂蜜色の髪に綺麗な空色の瞳を持って生まれてきてくれた。小さくて愛らしい存在。
そして、
僕は今、マルセルを腕に抱きながら、ヴィル様の横で呆然と立ち尽くしてる。
重々しい扉の前まで転移で連れて来られて、その部屋で待っていた人物。
こ、これがヴィル様のお父様?
マルセルと同じ空色の瞳を持った、ヴィル様がどっしりと歳を取った感じのとてつもなく重厚な空気を纏っているオジサマ。
そのオジサマが豪勢な椅子にゆったりと腰かけて、頬を緩ませてる。
「この日をどれだけ楽しみにしていたか。お前の我儘には散々付き合わされたが、待つというのも案外悪くない」
「それは何よりです。父上、早速紹介させてください。エルヴィンと子のマルセルです」
「は、はじめてお目にかかります、エルヴィンと申します」
急遽ならった拙い礼儀作法で挨拶すると、オジサマは深くゆっくりと僕の言葉に頷いて、目尻の皺を濃くしてまた微笑んだ。
「私も名乗った方がよさそうだな。ユリウス、お前は何も話してないんだろう?」
えっと、ユリウスって誰?
ヴィル様がユリウス?
予想通りヴィル様が、はい、と返事すると、オジサマはゆっくりを腰を上げて、僕の前まで来て、僕の頭をポンポンと撫でた。
「ユリウスの父のマクシミリアン・ウルフ・オストワルトだ。よく来てくれた。そして、よくマルセルを産んでくれた。ありがとう、エルヴィン」
ま、待って。
何て言った?
このオジサマ、今何て?
マクシミリアン・ウルフ……、
オ、オ、オス、オストワルト……???
そ、それって、この国の、………
へ、へ、へ、へ?
僕は目を見開いたまま、ヴィル様を向くと、にっこり笑顔。
あ、凄い既視感。
悪戯が成功した時の顔だ。
「うん。この国の国王ね」
コクオウ?
「ごめんね。今まで黙ってて。俺、ユリウス・ヴィルフリート・オストワルトなんだ。ちなみに王太子だからね」
オウタイシ?
足の力が抜けて、座り込みそうになったのをヴィル様がマルセルごと抱え込んで支えてくれる。
でも、僕の頭の中は真っ白。
「マルセルが生まれるまで待っていて正解だったようだな」
「でしょう? こうなることは予想していましたから」
二人ともそれはそれは楽しそうに笑ってるけど、僕はどうしたらいいの?
ちょっと待って、ヴィル様が王太子? 王子様? ユリウス殿下?
――じゃあ、僕は?
「あ、だから、エルは王太子妃ね」
王太子妃……。
あ、もう無理。
夢だよね。
うん、夢だ。
ゆっくり目を開けると、そこには心配そうな顔したヴィル様。
と、国王陛下。
…。
……。
…………。
ぎゃーーー!
やっぱり夢じゃなかったーー!
「エル、ごめんね。気絶するまでとは思わなくて」
「悪ふざけが過ぎたな。すまなかった、エルヴィン」
眉尻を下げて、頭も下げる二人。
え、ちょっと待って、国王陛下と王太子だよ!
「わわわ! あ、頭を上げてください! そんな、僕なんかに頭を下げないで下さい!」
「あ、また『なんか』って言ったね、エル。俺の伴侶なんだから『なんか』とは言わせないよ」
って言いながら長椅子から僕を抱き起してくれるヴィル様。
「そうだぞ。エルヴィンはすでに私の大事な娘、いや、息子だからな」
って言いながらマルセルをあやしてくれてる渋カッコイイおじいちゃん。
えっと、国王陛下だよね。
マルセルを見る目がもう糸のように細くなってて、デレデレ。さっきまでの威厳はどこに行ったのっていうぐらい。
そんなおじいちゃん陛下も最後には僕の事もギュって抱きしめてくれて、ヴィル様の事をよろしく頼まれてしまった。
それと僕が半龍であることを周知させた上で、陛下とヴィル様が絶対に守るって言ってくれたんだ。僕に何かあったら大変なことになるんだって。どう大変かはわからないけど、安全に暮らせるなら僕はそれでいいかな。
混血であることも陛下は気にされてなくて、龍の加護を受けられるなら願ったり叶ったりだって。だから心配することは何もないよって言ってくれたんだ。一番心配してたことだったから、本当に良かった。
その後、陛下との謁見は滞りなく終わり、次は結婚式の礼服の採寸。
それが終われば、礼儀作法を習って、貴族や他国の王族の名前を記憶しなきゃいけなくて、もう大変。
実際のところ、王太子妃って何すればいいのかさっぱり。っていうか本当に王太子妃になるの? 僕。
マルセルがいるからこの苦行から逃げることもできなくて頑張るしかないんだ。
ヴィル様も僕の事応援してくれるから、頑張ろうっていう気になるよね。
ヴィル様はこんな大事なこと、もっと早くに言ってくれたらよかったのに。
そしたら、王都には帰ら……
ちょっと待って、マルセルが生まれるまで黙ってたのって…
僕、ヴィル様に、
「嵌められた!?」
「嵌められた? そんな酷いこと言う子にはお仕置が必要だね、エル?」
ぎゃーーーー!
聞かれてたーーー!
***
僕はラルスに手を引かれ、赤い絨毯の敷かれた道を歩く。どう考えても女性物のウェディングドレスにしか見えないものを着させられて。
その先には白のフロックコートに身を包むヴィル様。こっちを向いて穏やかに微笑むその姿は一枚の絵のようで、その眩しさに僕は目を細くした。
ラルスがヴィル様にニッと笑いかけて、僕の手をヴィル様に渡す。僕の手を受け取ったヴィル様は僕を引き寄せて、壇上までエスコート。
司祭に言われるままにベールが取り払われ、ヴィル様の澄み渡った紫の瞳と目が合った。
「見違えたね。いつものエルは可愛いけど、今日はすごく綺麗」
甘く蕩けるような笑顔に目が奪われて、言葉が全然頭に入ってこない。
ああ、本当にヴィル様と結婚するんだ、って思うと、頭が真っ白になって、ただヴィル様を見つめてた。
ぼーっとしてる間にキスされて、頭が働かないままに式は滞りなく進行し、僕はヴィル様の正式な伴侶になった。
僕は薬師のエルヴィン。
僕の日課は朝起きて、隣にいるヴィル様に、「おはようございます」って挨拶すること。
「おはようございます、ヴィル様」
甘く微笑みながら、「おはよう」って返してくれるヴィル様と軽くキスをする。
ヴィル様がいつも傍にいてくれる幸せを噛みしめて、
僕の1日は始まる。
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