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第二章
冒険者②
しおりを挟む翌朝、マルクとエルヴィンの宿泊部屋に押しかけ、まだ、寝間着姿のエルヴィンを囲んだ。
寝ぼけながらぼんやりと俺たちを見上げていたが、徐々に目が冴えてきたらしく、異様な雰囲気に顔色が悪くなって来ている。
「お、おはよう、ございます…」
「なあ、エルヴィン。俺たちに隠してることはないか?」
「へ、……な、なんの事、ですか…」
俺が一歩前に出ると、エルヴィンは腹を守るようにして、後ろに下がった。
こりゃ、当たりだな。
「その腹に、何かあるのか? 大事そうに抱えて」
「え、あ……」
無意識の行動だったのだろう、しまったという顔をして腹から手を退け、何もないというように頭を振った。
「そうか、ならいいんだ」
明らかに安心したように肩の力を抜き、ほっと溜息を吐く。
なにがなんでも分かり易すぎる。よくこれで店を開けたもんだ。こういうのを見ると揶揄いたくなる。
「ただなぁ、お前を守るときにうっかり腹にぶつかっちまうかもしれねえし、お前を抱えて逃げるときに、肩に担いで腹を圧迫しちまうかもしれないなぁ」
泣きそうになっているエルヴィンを見て、マルクが虐めすぎ、と言ってくるが本当の事なのだから仕方ない。
「エルヴィン。あなたを守るためには知っておかないといけないことなんです」
「マルクさん…」
マルクが優しく語り掛けるように言うと、エルヴィンは降参したように、身籠っていると泣きながら告白した。
その相手と一緒に行動していない点からみて、その腹の子供も訳ありといったところか。強姦未遂の件もあって、貴族のいざこざに巻き込まれた可能性もあるが、子を大切にしているのを見ると、無理やり孕まされた訳ではないだろう。
まあ、すべて俺の想像だ。私事について聞くほど野暮じゃないしな。
「な、なんで抱っこ……」
日が顔を出し、さて出かけるかと、エルヴィンを子供のように片腕で抱え上げると、慌てながらも落ちないように肩に掴まり、エルヴィンが初めて不平を口にした。
「雇い主をこれ以上歩かせるわけには行かないと判断した結果だ。お前に倒れられたら、俺たちの報酬が減っちまうからな。それに目的地に早く着くぞ。お前もその方が都合がいいんだろ?」
「……そういうことなら…」
エルヴィンは渋々といった感じで『抱っこ』を了承した。
この日からクレイグと交代で抱えながらの旅となった。エルヴィンは自分は疲れていないから、と昼飯を準備し、疲れませんか?と、果物を道すがらに渡してくるようになった。
こいつ、無限収納魔道具持ちだった。
無限収納は、俺たちが持つ有限の収納魔道具とは似て非なるものだ。価格は百倍、いや千倍はいく。収納魔道具はすべて無限だと思っていたらしい。俺たちが『有限』収納魔道具を持っているのを見て、ごく自然に漏らしやがった。
マルクが絶対に口にするなと口酸っぱく言い聞かせ、事の重大さに気付いたようだった。
マスターからとんでもない奴の護衛を頼まれたのかもしれない、とその時になって思った。こんなのがギルドに依頼した護衛をつけたら、冗談じゃなく身ぐるみ剥がされて売られてるところだ。
俺たちがマスターに信用されていると思えば光栄だが、こいつはやはり馬鹿だ。まあ、マスターに依頼するぐらい自分が頼りないとはわかっているのだろうが。
守られて育ったんだろう。疑うことを知らないというのは恐ろしい。
そう思いながらも、馬鹿なこいつを守ってやろうという感情が湧いてくるのだから、面白い。
マスターもこの口だな。
いや、こいつの周りにはそういう奴が多かったのかもな。
俺はエルヴィンから差し出された疲労に効くという飴のような薬を受け取り、それを口に放り込んだ。
なんだかんだ言って、俺も後の二人もこいつの事を疑わずに口に入れるのだから、すでに毒されているのかもしれない。
目的地であるロタールに着いたのは王都を出てからちょうど20日経った日で、エルヴィンと幼馴染のラルスという青年が俺たちを迎えた。
エルヴィンがマルクに村を案内する、と俺とクレイグを置いて行ったあと、ラルスは心底ほっとした様子で、俺たちに深々と頭を下げた。
「本当に助かりました」
「いや、こっちはちゃんと金をもらってるからな」
「……色々と問題ありませんでした?」
苦い顔をしながら聞いてくるということは、こいつもエルヴィンの被害者ということか。
「お前さんも苦労があるみたいだな」
「わかって頂けるだけで光栄です…」
そういってラルスは重い溜息を吐いた。
「良ければ、今夜はうちに泊まって下さい」
「いや、今日中に発つつもりだ」
「それは残念。あ、もしかしてダンジョンに?」
「ああ、そのつもりにしている」
「俺が書いた地図があるんですけど、使いますか? 暇なときにちょこちょこ潜ってたもので」
ダンジョンの地図を作るなんて、こいつも少しエルヴィン寄りの奴かもしれないと、クレイグと顔を見合わせた。
ラルスにこじんまりとした青い屋根の家まで案内され、扉の前で待たされた。
中から、開けてもらえますか?、と声が聞こえて、不思議に思いながらも扉を開けると、何を思ったのか両腕いっぱいに物を抱えて、ラルスが出てきた。
「すみません。えっと、エルヴィンがご迷惑をかけたお詫びに、貰い物なんですが、装備品受け取って欲しいんです。使う人を選ぶから、なかなか渡せる人がいなくて置き場に困ってて。イザークさん達ならきっと使いこなせるし、是非もらってください」
家の玄関口の前で店を開き始めたラルスをみて、クレイグが、やばい、と呟いた。
手に持っているのは、グルートホルン――火竜の最上位種『灼熱竜』の角でできた大剣。今地面に置いたのはヴォーゲンナーグ――飛竜の最上位種の『リーゼレードラゴン』の爪からできた短剣。
他にも値がつけられないほどの装備品ばかりだった。
こいつも馬鹿だ。
勿論、エルヴィンとは違った意味でだが。
「イザークさん、クレイグさん、俺本当に感謝してるんです。だからほんの気持ちです。別に後からお金請求したりしませんし、お好きなのをどうぞ。換金しない、ってのが条件ですけど」
と、にこやかに微笑む青年に狂気さえ覚えた。
やはり大変な奴をマスターに任されたのだと再認識し、同時に敵に回すと恐ろしいことになると本能的に理解した。
俺たちはラルスからいくつか装備品と地図を貰い、昼過ぎに発つことになった。
長旅だったせいで情が移ったのか、エルヴィンは名残惜しそうにマルクと会話を楽しみ、最後には涙を流した。
「エルヴィン。どこかで会うことがあれば、その時も贔屓にしてくれよ」
「はい! 落ち着いたら薬屋を開きます。そしたら、来てくださいね。安くしますから」
「おう。――じゃあ、またな」
村を出て、ドーレに向かう。
ドーレに着いてからは早速、二つあるダンジョンの一つに潜った。ラルスからもらった地図は大いに役立ち、呆気なく攻略できてしまった。
ダンジョンを自分の足で攻略したい奴には物足りないかもしれないが、なかなかの上位魔物とも遭遇し、金になる部位も多く採取でき、俺たちは満足だった。
それから一週間ほど最深部に籠り、一旦街に戻ってからもう一つのダンジョンを攻略して、籠るというのを繰り返した。
収穫も上々で、今までで一番稼ぎのある年になりそうだった。
「いやー。エルヴィン様様だな」
「ドーレのダンジョンは質が良いと聞いていましたが、ここまでとは」
ドーレのギルドで取得部位の換金し、ギルド併設の酒場で祝い酒だ。
「龍の山脈から魔力が流れてるってのは、噂だけじゃないかもな」
「そういえば、ロタールから龍の山脈がよく見えたよな」
「ええ。あの村から稀に龍が飛ぶ姿を見れることがあるらしいですよ」
「おい、それを先に言えよ。一泊すればもしかしたら見れたかもしれないだろうが」
「急いでいたのはイザーク、あなたですよ」
まったく、と言いながらマルクが酒に口を付ける。
なにやら、ギルドの受付の周辺が騒がしくなり、屈強な男が姿を現した。冒険者は口々に、ギルマスが出てくるなんて珍しい、と言っているのを聞き、あいつがギルドマスターか、と特に気にせず、つまみを口に運んでいた。
「おう、お前さんら、『蒼の番人』で間違いないか?」
そのギルマスがいつの間にか隣にいた。間違いなく俺たちに話しかけているのだろう。周囲の冒険者たちの視線が集中しているのがわかる。
ギルマスは基本冒険者には平等で贔屓があってはならないとされているが、なぜ。
「ああ、間違いない」
「ギルド経由で捜索願が出てるぞ」
「捜索願!?」
捜索願なんてもの聞いたことがない。パーティー宛に依頼が来ることはあるが、捜索願だと。
「どういうことでしょうか」
俺の代わりにマルクがギルマスに疑問をぶつけた。
「元『螺旋の焔』のグスタフが『蒼の番人』に王都への帰還を求めてる。ダンジョン最深部に籠ってるとはな。なかなか見つからないはずだ」
「その王都への帰還ってのは、今すぐか?」
「俺たちはもう少しダンジョンに潜るつもりなんだが」
「悪いが即刻戻って欲しい。転移陣の使用許可が出ている」
ちょっと待てよ。
「「「転移陣!!!?」」」
そろって大声を上げた俺たちの事など気にせず、ほら行くぞ、とまるで飼い犬にでも言うように帰還命令を出した。
王国の管理下にある転移陣を使って王都まで戻った俺たちを待ち受けていたのは、身も凍るほどの恐怖だった。
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