おバカさんって言わないで

珈琲きの子

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第一章

守るため

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 引っ張られた腕を振り払うこともできなくて、強引に店横の狭い路地裏に連れ込まれた。

「は、離してください…」
「あ? 後ろ盾があるからって強気になってんのか?」

 叩きつけられる様にして壁に押さえつけられて、ヒヤッとする。
 
「お前の所為でこっちは散々な目にあったんだ、このビッチ。どうせ近衛隊の奴等の咥えこんでるんだろ? ココで」

 腰を引き寄せられて、おしりの割れ目をなぞられて、全身鳥肌。き、気持ち悪いっ。

 ビッチって、そういう事が好きな人の事だよね…。
 もしかして僕がヴィル様だけじゃなくて、ディー様やレオンハルト様ともああいうことしてるって…。
 
「ち、違います。僕はそんなこと…」
「かまととぶってんのか? あんな小さな店のくせに騎士団と契約できるわけねーだろ。あの節操なしに取り入るとはな、相当具合がいいんだろ?」

 かまととぶ? なにそれ。
 節操なし、ってヴィル様の事? 
 いくらヴィル様がカッコイイからって、酷い!
 
 この人、僕が近衛隊の皆様に身体を売って契約したって思ってるんだ。
 

 気づいた時には時すでに遅し。
 分厚くてごつい手が服の上から体を撫でまわして来て、副師団長様の目当てが何かわかった。

 やっぱりこの人、無理やりするつもりなんだ、よね…。

 そう思っても、この体格差に抵抗なんてできない。
 僕が大人しくしていることをいいことに服を首元から引き裂いてくる。ボタンも何もかも無視して、千切られた服に力の差を感じて、ゾッとして涙がにじんだ。

 けど、肌を触られて、ヴィル様以外に触られることに強烈な嫌悪感を感じて、その手をとっさに掴んでしまう。ああ、もう僕はなんで…。
 
「あ? なめてんじゃねーぞ!」
「…っ…」

 髪を掴まれて、無理やり顔を上に向けさせられる。とっさにお腹をかばったせいで、紙袋が手から離れて、ガシャンと音を立てて地面に落ちた。
 せっかく買ったのに、なんて思ってる暇もなかった。平手打ちされて、僕は紙袋の横に倒れるように蹲った。

 頭がくらくらする。少しして頬がジンジンと痛みだして熱をもってきた。絶対に腫れる。
 反抗的にしたら、何されるかわからない。そしたらこの子が…。守るって約束したのに。しっかりしなきゃ。何か、何かいい方法…。

 蹲ったところに、圧し掛かるように上に跨ってくる騎士様。
 とにかくこの状況は抜け出さないと、とそろそろと顔を上げて、血走った眼を見あげた。

「……ま、待って、副師団長様、お願い」
「ああ?」
「……あ、あの、こんな所じゃ、い、嫌です。するなら柔らかい、ベ、ベッドの上がいい…」
「ほお」

 ニタニタした笑いを浮かべて、裂かれた服の隙間に手を入れ、僕の肌を撫でた。ぞわっと全身に鳥肌が立つ。

「お、お願いです…」 
「いいぜ。ベットの上で可愛がってやる。その代わり、少しでも逃げる素振りがあれば、お前の店を即潰してやるから、覚悟しろよ」

 行くぞ、と手首を拘束されて引っ張られたかと思うと、その副師団長様の目がある一点を見つめて、ニタリと笑った。

「いいもん持ってんじゃねーか」

 そういって僕の指から強引に引きはがしたのはヴィル様からもらった指輪。
 やめて!、と大声で叫びそうになった声を必死に飲み込んだ。

「これ、あいつに貢がせたのか? やるもんだなぁ? 俺を満足させたら返してやる。たっぷり奉仕しろよ?」

 その嫌な笑いに、僕はごくりと唾を飲み込んだ。


 はだけた前を押さえながら、必死について行く。副師団長様から離れないように必死に小走りで。

 シャルム通りから貴族街は目と鼻の先。
 貴族門で顔見知りの門番兵さんと目が合うと、門番兵さんは目を見開いた。なんで!? っていう顔。
 門番兵さんは慌ててはいるけど、副師団長様に口出しできる立場にはないみたいだった。やっぱり自分で何とかするしかない、と困り顔の門番兵さんに僕は首を振って笑顔で応える。
 会話から、この人がデトレフだということは聞き取れた。

 貴族門をくぐって、連れていかれたのはそういう雰囲気の通りにある宿。
 
 部屋に入った途端に抱き寄せられて、口を塞がれる。
 肉厚の舌が口の中にまで入って来て、ヴィル様のものじゃないそれを噛みちぎってしまいたい衝動に駆られる。
 もうやめて欲しい。不快感に吐き気がする。

 ヴィル様、助けてお願い。
 前みたいに…。

 ベッドに放り投げられて、圧し掛かられる。
 このままじゃ――。 

「あ、あの、準備を、しても……?」

 デトレフ様は舌打ちしながらも、すぐ入れれるようにして来い、と僕は開放された。

 気の変わらない内に浴室に入って、シャワーを軽く浴びる。ふと思い立って、魔道具から取り出した解痺薬を飲み込み、麻痺薬を口に含んだ。頭は冴えてるのに、手が異常なぐらい震えて、指から何度も薬が落ちてもう泣きそうだった。
 
 大丈夫大丈夫。この子のためなら、できるから。僕はそっとお腹を擦った。
 
 目についたローブを羽織って、コップに水を汲んで部屋に戻ると、デトレフ様は悠々とワインを開けてた。

 丁度いい。

 グラスを適当に置いて、デトレフ様の持つグラスを取った。そのワインを口に含んで、自分が上になるようにデトレフ様の膝の上に乗り上げる。

 一度ヴィル様にやってと言われたことがこんなところで役に立つなんて…。

 気を良くしたのかニヤニヤと笑みを浮かべるデトレフ様の首に抱きついて、キスを落とした。
 自分からしたことだけど、罪悪感と嫌悪感が酷い。
 
 腰を引き寄せられて、頭を掴まれて、身動きできないまま、口の中を弄られて、酒と唾液が混ざる。
 考えると吐き気しかおこらないけど、こっちは必死なんだ。
 ヴィル様からもらった指輪とお腹の子のため。

「…ん……んぅ…ふ…ぅ…」

 デトレフ様の喉が鳴って、薬のはいった酒が飲み下されて、ほっとする。後は効いてくるのを待つだけ。うまくいって欲しい。
 
 キスされたまま押し倒されて。
 
 もし、このまま薬が効かなかったら…?
 
「あいつらに捨てられたら、俺が拾ってやる。たっぷり可愛がってやるからな」
 
 体中に唇と湿った手が這って、背中のぞわぞわが止まらなかった。あまりの不快さに何度も払ってしまいそうになる手をぐっと握って耐えた。
 
 お願い、早く効いて!

 そう思った時、デトレフ様の巨体が僕の上に圧し掛かった。というより倒れてきた。

「……っ…まえ……く、す……」

 重い巨体の下から何とか這い出して、服を着る。デトレフ様が何か必死に言ってたけど、聞く気はないよ。体の大きさからしてそんなに長くはもたないはず。
 デトレフ様の上着のポケットを探り、指輪を取り出す。指輪を震えの止まらない指に押し込んで、魔道具から出した外套を羽織ってから、部屋を飛びだした。


「ちょっと、あんた!」
「……っ…」

 階段を駆け下りて、一目散に出口に向かおうとしたときに声を掛けられて、体が飛び上がった。

「あぁ、ごめんよ、驚かせちまったね。これ持っていきな。それじゃないと捕まるよ」

 声を掛けてきた人は宿の女将さんみたいで、僕に通行許可証を握らせてくれる。

「これ……」

 どうして…。

 女将さんは僕の目をしっかりと見つめて、頷いた。

「いいから、早く行きな」
「あ、ありがとうございます!」

 かわりに宿代を女将さんに渡すと、余計なことするんじゃないよ!と、女将さんに追い立てられるように宿を出た。
 
 昼ということもあって人通りが少ない。目立たないように少し小走りで、できるだけ細い路地を通った。平民嫌いの貴族様に声を掛けられでもしたら、致命的。許可証を持っていても逆らえないのは目に見えてるから。

 貴族門前に伸びる大通りに出て、門まであと少し。
 門番兵さんもきっと通してくれるはず。
 早く家に帰りたい。早く体を洗いたい。
 温かい紅茶を飲んで、落ち着きたい。
 それからヴィル様に――― 


 あれ?

 目の端に見慣れた蜂蜜色が映った。

 ――ヴィル様?

 ちらっと見ると、馬車から降りて来たばかりの、いつもとは違って一目で高級品と分かる上品なスーツを身に纏った人物。それは間違いなくヴィル様で。
 美麗な立ち姿に惚れ惚れしながらも、久しぶりに元気そうな姿を見れて、胸を撫で下ろした。
 先ほどまでの不安が打ち消えて、ざわめき立っていた心がすっと落ち着いてくる。

 ヴィル様!

 と呼ぶために開けた口を慌てて手で押えた。 


 ヴィル様の横顔。
 その表情はすごく穏やかで、嬉しそうで。


 その先にいるのは誰?
 
 
 馬車の中から伸ばされた手。
 その手を優しく支えて。


 ねえ、ヴィル様。
 その人は。
 

 ヴィル様に支えられるように出てきたのは、美しい金色の巻き毛の女性だった。洗練された姿。女の子と呼ぶのが失礼に当たるほどの淑女。

 ヴィル様は笑顔のまま、その女性の腰に手を回して、エスコートする。
 二人はとてもお似合いで、とても親しそうで、恋人みたいで。
 

 恋人……?
 

 ――なら、ぼくは…? 


 頭の中がぐらぐら揺れて、視界がぼやける。

 

「坊主!」

 呼び声に体が跳ねると同時に意識もはっきりする。 振り向くとさっきの門番兵さんだった。

「逃げれてこれたのか?」

 僕は頷いた。声を出せば、叫びだしてしまいそうで。
 門番兵さんは僕を痛々しいものでも見るような目をしながら、僕を門まで連れて行ってくれた。

「今、手の空いてる奴を呼んでくる。店まで送るから、少し待っててくれ」

 僕は首を振った。
 一刻も早く帰りたくて、一刻も早くひとりになりたくて。

「坊主! ちょっと待て!」

 僕はずっと首を振った。構わないで欲しくて、門番兵さんの手を払って、ただ駆けた。



 やっぱり、ぼくってばかだ。 



 僕、飽きられたんだ。
 わかってたのに。
 いつか来るって、わかってたのに。
 
 縋りついて好きなんて言う、こんな重い奴いらないよね。
 当たり前だよね。
 僕みたいなの。


 なのに、迎えに来るって言葉を本気で信じて。
 ヴィル様には滑稽に見えたかな。

 勝手に好きになって、勝手に舞い上がって、勝手に喜んで。――勝手に信じて。

 騎士団の人たちと知り合えて、ちょっと甘くされて、図に乗ってたんだ。
 デトレフ様の事だって、ヴィル様がなんとかしてくれるって期待してた。貴族様に薬を盛るなんて、それじゃないとできなかった。
 

 今、僕何て考えた?
 ヴィル様がなんとかしてくれる?

 ああ、

 僕、ヴィル様を利用しようとしてたんだ。


 ――最低だ。最低だよ。


 その上、子供も勝手に身籠って、認めてもらえるはずなんてない。
 そんなの当たり前なのに、僕は何甘いことを考えていたんだろう。

 デトレフ様も遅かれ早かれ捕まえに来る。 
 


 もう、

 
 ――もう、この街にはいられない。


 せっかくおじいちゃんが残してくれたお店なのに。僕って本当に馬鹿だ。
 全部全部、水の泡にしてしまった。
 
 全部自分の所為なのに、嗚咽が止まらない。
 
 


 里に帰ろう。
  
 長老様にきちんと謝って、里に住まわせてもらおう。

 僕も、母さんと一緒になっちゃった。


 でも、大丈夫だよ、心配しないで。皆、いい人たちばかりだから。
 

 だから、一緒に帰ろうね。



 
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