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第一章

ヴィル様のため

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 あれからヴィル様が突然来ては朝帰って行くっていう、甘い生活を送っているけれど、まだまだヴィル様と過ごす時間は夢みたいで、日常から切り離されたところにあるような感覚なんだよね。

 はぁ。
 
 熱い吐息と視線。
 色づいた薄い唇。
 汗でしっとり濡れた肌としなやかに引き締まった筋肉。
 
『ここが感じるの?』

 って意地悪く聞いてくるヴィル様。
 僕はそんなヴィル様に翻弄されるばかり。


『どこに欲しいかおねだりしてごらん?』

『エルのここはもう欲しくて堪らないって言ってるよ?』

『中でいっぱい気持ちよくなれるようになったね』



 ぎゃーー!
 余計なことまで思い出しちゃった!

 もう、朝から何考えてるんだろう…。
 ちょっと熱くなってきちゃったんだけど。
 うう、ダメダメ。
 封印封印。
  



 そう、

 僕の日常――薬屋の方もお蔭さまで順調で、嬉しいことに少しずつ貯蓄も増えてきた。着飾る必要もないし、冒険者さん達のように装備品や宿にお金を使う必要もないから、増えるのは当たり前なんだけどね。

 
 今日も新しいお薬の調合に挑戦するために、山積みになったトリトという黄色い果物の皮をひたすら剥いてるよ。このトリトはある地域では疲れに効くと言われていて、寝る前に食べる習慣があるんだ。

 それをヒントに、疲労回復薬――になればいいなっていう淡い期待を持って作製中。

 そう、ヴィル様、疲れがたまってそうなんだよね。というのも、一昨日、僕がお茶を用意してる間にソファで寝てしまってたんだ。
 僕も驚いたけど、ヴィル様本人もすごく驚いてた。
 聞いてみても、大丈夫だよ、っていつもみたいに笑いながら言ってたけど、すごく心配。お仕事上仕方のないことかもしれないけど、睡眠って本当に大事なんだよ。

 その日はヴィル様をなんとか説得して、その、そういうことはせずに二人で抱き合いながら眠っただけだったけど、それもなんだかとっても幸せな時間だった。
 初めてヴィル様に口答えしてしまって、怒られはしなかったけど、嫌われたりしてないかな。それもまた心配…。

 
 そう、そのこともあって、ヴィル様含め国を護り、忙しく奮闘して下さっている方たちの少しでも役に立ちたいと、気持ちを新たに頑張ることにしたんだよ。だから薬師の勉強にも集中できるようになってきたんだ。
 動機はちょっと不純だけど、それでも人の役に立ちたいという思いは一緒だからね。

 それで、今頑張ってお薬を作ってるんだよ。

「おはよーさん」

 おっと、隊長さんだ。

「おはようございます、隊長さん。ちょっと待ってくださいね」
「おう」

 いつものお薬を紙袋に詰めて、うん、忘れ物なし。

「お待たせしました。いつものですね」
 
 いつもは、おうって言いながらお金を置くのに、今日は僕の顔をじっと見て、固まってしまってる。

「? 隊長さん? どうかしましたか?」
「え、あ、いや、……お前…最近、」

 隊長さんは目を泳がせて、何か言いたそうにしてる。なんだろう。僕は隊長さんの態度が不思議すぎて首を傾げた。

「……も、もしかして、お前、前言ってた騎士と…、いや…」
「隊長さん、言いたいことがあるならはっきり言ってください。気になるじゃないですか」

 う、っと隊長は詰まって、数秒黙っていたけど、はぁーっと盛大に溜息を吐いた。

「あ、あのな。あの、騎士いただろ?」
「ヴィル様の事ですか?」
「お、おう。そ、その騎士と付き合ってたりするのか?」

 そこ!?
 声を上げそうになったけど、必死に飲み込んだ。

 なんで隊長さん、そんなことわかるの?!
 
 隊長さんの態度からして、あんまり表に出さない方が良いような気がしてきた。これでヴィル様に迷惑が掛かるといけないし、ここは自然に否定しておこう。

「そんなのありえないですよ! 僕は平民ですし、騎士様になんて相手にされませんから」

 自分で言ってて悲しくなってくるよ。本当にそうだもん。なんで僕なんかを気にかけてくれるのか。

「そ、そうだよな。いやー、流石にないよな」
「そうですよ。もう、びっくりするじゃないですか」
「だ、だな。すまん。じゃあ、1000ルッツな。また頼むぞ」
「はい。お待ちしてます」

 そそくさ去って行った隊長さんの顔色が悪かった気がするけど、大丈夫かな。そこはちゃんと騙されててください、隊長さん。

 ヴィル様はきっとお忍びで来てるんだ。裏口があることを知ってからはそこからしか入って来なくなったからね。門番兵さんに見られると問題になる立場なんじゃないかって思うんだ。僕はそれでもヴィル様が来てくれることが嬉しい。
 最近は調合で集中してる時に真後ろに立たれて驚かされる事も多くて…。その時のヴィル様の悪戯っぽい笑顔が大好きなんだけどね。ヴィル様ってちょっと子供っぽいっていうかお茶目なんだ。
 ああ、会いたいな…。
 
 いけないいけない。
 ちゃんと調合に集中集中。
 今日のお客さんは隊長さんだけなんだ。本当はお休みの日だからね。がっつり調合するよ。

 使うのは皮と果汁。
 大量の皮を乾燥機に入れて、じっくり水分を飛ばす。パリパリになったのを粉になるまで粉砕してから、絞った果汁を煮詰めてペーストになったものと混ぜ合わせる。同様の効果が期待されるバオムという木の皮から抽出した成分も一緒に混ぜて、樹蜜を入れて型で固めたら完成。

 今日の夜はこれを飲んでから寝ることにするよ。
 

 と、思ったら、ヴィル様が来ちゃった。

 
 ヴィル様に驚かされて、椅子から転げ落ちそうになりながら、そんな時間!?、と外を見ると、いつの間にか昼を通り越して、空は暗くなりはじめてた。
 
「もう、ヴィル様、毎回驚かさなくても――」

 ぐー、っと僕のお腹が音を立てた。僕以上に不満を持っていたらしい。お昼ご飯食べてないもんね。
 お腹を擦っていると、ヴィル様は堪えきれなくなったみたいで、あはは、って声を上げて笑った。

「もー……」
「ごめんごめん。エルが可愛くて。もちろんエルのお腹の音もね」
「ヴィル様っ!」

 ごめんごめん、っていいながらも笑い続けるヴィル様に怒っていたけど、涙まで浮かべ始めたヴィル様にどんどんそんな気持ちも削がれて、つられて笑ってしまう。

「はぁ、笑ったー。ごめんね、お腹減ってるのに」
「いえ……」
「今日はね、お土産に焔亭の串を買ってきたよ」
「ほ、本当ですか!?」
「この前、好きだって言ってたよね? 俺もこの串無性に食べたくなる時があってさ、買ってきちゃった」

 また、「きちゃった」って。もうかわいいんだから。
 でも、今はヴィル様の笑顔も素敵だけど、漂ってくる香ばしい匂いも素敵。じゅるり。

「頂きます! 頂きます!」
「うんうん。早速食べようね」

 スープと果物を切って出して、お土産の串をお皿に並べるだけのとんでもなく簡単な晩御飯。

「すみません。こんなのしかなくて…」
「いいんだよ。俺も急に押しかけてるわけだし、気にしない気にしない。またエルのお腹が悲鳴を上げない内に食べよう」

 やっぱり、焔亭の串は絶品。しかも一食抜いた空腹で頂くと頬が落ちそうなほど。

「エルの幸せそうな顔が見れたし、買ってきた甲斐があるよ」

 頬杖をついて僕が食べるのを微笑みながら観察してたみたい。ヴィル様は全然手を付けてなくて…。
  
「す、すみませんっ。夢中になってしまいました…」
「いいからいいから。エルのために買って来たんだからね」
「でも…」
「お昼食べてなかったんだよね? ならいっぱい食べて体力付けてもらわないと」
「は、はいっ。ありがとうございます」

 食事の後はゆったりとした時間。
 ヴィル様に少しくつろいでもらって、僕は調合場に降りて渡すお薬の準備。今日の夜飲んでみて大丈夫ならヴィル様に持って帰ってもらおう。果物が材料だから、このまま渡しても問題はないと思うけど、さすがに試さずに渡すわけには行かないからね。この間みたいにならないようにしっかり気を付けたけど。
 
 ちゃんと効いてくれるといいな。
 
 ヴィル様は表情が豊かなように思うけど、本心じゃないような気がするんだよね。きっとあまり自分の感情を出せないようなお仕事をされてるんだと思う。だから心が疲れてるんじゃないかなって。
 僕には心を癒す力はないから、せめて身体だけでも癒せたらいいな、なんて。恐れ多いんだけどね。


 二階に戻るとヴィル様に抱えられて一緒にお風呂。
 そうなるともう次にすることは決まってるよね…。 

 えっとね、ヴィル様の言ってた体力っていう意味が分かった。行為が今までの比じゃないぐらい長かった。いっつもさらっと終わる感じなのに、時間をかけて体を解されていく感じで、もうね、蕩けちゃった。

 
 ベッド横に置いていた薬を口に入れると、ヴィル様は興味深々で、なーにそれ、って聞いてきた。うう可愛いよ。

「試作品なんです」
「へぇ。どういうお薬なの?」
「……疲労回復薬として作ったんですけど、効果があるか確かめようと思って」
「ふーん」

 僕がカリカリと音を立てながらお薬をかみ砕いていると、俺にはくれないの?、ってヴィル様。

「初めて作ったものなので流石にダメです」
「エルは飲んでるのに」

 頂戴、って手を出してくるけど、断固拒否! ヴィル様に何かあったら困るもんね。

「イジワル」

 うぐぐっ、その言い方は卑怯だ! でも今回は譲りませんよ!

「効果があれば、朝に渡しますから、それまで待って下さい」
「一緒に確かめたらいいよね」
「ううっ……ヴィル様のために作ったから、ちゃんとしたものをお渡ししたいんです……」
「え、…俺のため?」

 言うつもりなかったのに、ヴィル様は暴走し始めると止まらないんだからしょうがない。
 僕はこくりと頷いた。

「この前、疲れが取れてないみたいだったから…」
「それで、俺のために作ってくれたの?」
「…は、はい。僕にはこれぐらいしかお役に立てないので」
「そっかぁ…。――うん、待つ。ちゃんと待つよ」

 また、そっかぁ、って言いながら、ほんわりと微笑んでるヴィル様。とてつもなくかわくて綺麗なんだけど。
 
「あ、でも、ちゃんと効果があるか調べるなら、もっと疲れてた方が良いよね」

 ぽーっとそのキラキラと輝く笑顔に見とれていると、ゴロンと寝かされてヴィル様が覆いかぶさってくる。

「ちょっと、ヴィル様!?」
「ね?」

 ああ、もう、ここで必殺技だよ。そんなの逆らえるわけないよ。
 僕を見詰めてくるヴィル様の瞳には熱が宿っていて、目が離せなくなる。見つめ合ったまま口づけされて、さっきまでのほんわりとした雰囲気から一転、男らしくて少し強引なものになって、その変化にクラクラする。
 僕はそんなヴィル様にどこまでも落ちていくんだ。
 
 
 

 うん、気を失ったのは初めてかもしれない。
 いつの間にか朝だった。
 いつ行為が終わったのかも、いつ寝たのかも覚えてないよ。ヴィル様がお風呂に入れてくれたのも、もちろん覚えてないよ。

『ごめんね、張り切りすぎちゃった』

 って、言ってたけど、張り切るとかそういう問題じゃないと思うんです、ヴィル様。
 最近かわいい口調で誤魔化そうとしてるのが何となくわかってきたからね。でも結局許してしまうんだけどね…。

 薬のおかげか、寝起きはとっても快調でした。
 疲れてた方が良いって、前後不覚になるまでされるとは思わなかったけど。ただ酷使した喉には効かなかったみたい…。

 効果があるってわかったし、ヴィル様にちゃんとお渡しできた。あんなに喜んでくださるなんて思わなかったよ。薬師冥利に尽きるよね。
 

 
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