おバカさんって言わないで

珈琲きの子

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第一章

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「ああ…ぁん…イイっ…ぁ、んん…」


 街で引っ掛けた、そこそこ見目のいい女を組み敷いて、中を犯す。容姿に自信があったのか戸惑いもなく付いてきて、すぐに足を開いた。
 潔いのは嫌いじゃない。
 やるために誘い、誘われたのだから、恥じらいなど必要ない。

 深くに突き込んで、何度か擦ってやると、足を突っ張らせてイッたようだった。
 ただ、喘ぎ声が耳障りで、こちらの気分は萎えるばかりだが。
 女の事など構わず、自分が快感を得られる角度でひたすら中を行き来し、やっと達した後にやって来た酷い虚無感。

 俺はさっさと女から離れて、ルッツ銀貨一枚をベッドに放り投げ、浄化魔法をかけると服を整えて部屋を出た。
 女は何か言っていたが、宿代を引いても十分だろう。



 
 ユリウス・ヴィルフリート・オストワルト。


 来るもの拒まず、去るもの追わずの節操なし。
 それが貴族連中の中で俺の代名詞だ。


 俺を飾りとしてしか見ない平民出の妾だった母。
 庶子が王位継承権を持つなど、恥を知れと、俺を散々いびり潰してきた貴族共。
 

 だが、十を迎えた日にそれは一変した。


 精霊召喚式で全属性の精霊が俺との契約を望んだのだ。
 それは賢者に成りえるものに与えられる英知の証。
 
 母は賢者の母として不動の地位に就き、俺は用なしに。
 そして、周囲の人間が手のひらを返して行く様は痛快であり、深い寂寥感を心に落とした。

 
 報復するかのように、気に喰わないやつを目の前から排除し、媚びてくる者を侮辱的に扱った。

 当然、精霊は距離を取り、俺の目は曇った。契約を破棄されないだけ有難く、精霊への感謝だけは忘れなかったが。

 成人を迎えるとそんな遊びも飽き、心の隙間を埋めるかのように快楽を求めた。
 俺と少しでも関わりたいと望む輩は数知れず。女も男も抱いて欲しいと擦り寄ってくる。すべては俺の持つ肩書に寄ってくる蛆虫。

 優しさを見せれば、次を求められ、二回抱けば恋人面で地位や宝石を強請られる。一夜限りの関係は都合が良かった。 


 貴族との関係も飽き、平民にも手を出した。
 名を偽り、俺を知らない人間と付き合うことに快感を得た。
 求められないことに心地よさを感じ、強請られないことに愛を感じる。それは当然と言えば当然だ。
 肩書のない『俺』を見てくれている。そう思うだけで満たされたようだった。

 しかしそんなものは錯覚だった。

 なにか贈ると、態度は一変する。
 しおらしくその時を待っていたのだろう。もらえると分かれば、あれが欲しいこれが欲しい。金が欲しいコネが欲しい。
 
 うんざりだった。

 貰うばかりで与えようともしないその関係に何も疑問を抱かないらしいのだ。余りにも滑稽で反吐が出そうだった。

 いつからか期待という言葉は俺の中から消え、何かを求めることを辞めた。

 
 それでも狂わなかったのは、学園時代にできた悪友のおかげだと言える。
 腹心にすることを見越して、有能な奴等を囲い込んだのはいいが、世話好きばかりで、いつの間にか俺の心に入り込んでいた。打算的な所もあるのだろうが、あいつらの小言は的を得ているため、信頼に足るものだった。
 ただ、心の隙間を埋めるには至らなかったが。

 こんなことももう少しで終わる。

 婚約者は10年前からすでに決定しているのだ。所謂、政略結婚。今は婚約者が成人を迎えるまでの猶予期間なのだ。



 半年後に式を控えたある日。

 約一月前から身体の不調を訴え続けている腹違いの弟のメルヒオル――親族の中で賊心に満ちた俺を唯一慕い、憂えてくれる存在――を見舞うと、その婚約者であるジェラルドが行く手を遮った。

「わりぃな、メルヒオルの件で取り込み中だ」
「ふーん。また誰か呼んだんだ?」
「ああ、まあ、知り合いだ。ちょうど王都に用事があるとかで寄ったついでにな。別の部屋で終わるまで待ってても構わんが…」
 
 今まで診に来た治癒師や薬師の時には特に問題なく部屋に通されていたはずだ。

 ジェラルドが隠したがるような存在か。

 それを確かめに、一旦帰る振りをして、屋敷の中に入るのは容易いことだった。屋敷に張られた結界は俺を弾くものではないのだから。
 
 
 弟の部屋にいたのは弟よりも幼い薬師だった。

 メルヒオルに引けを取らない容貌。
 ジェラルドが会わせるのを厭った訳が分かった。

 メルヒオルとの会話中に不躾な眼差しを向けてくるそいつは急に立ち上がり、俺に礼をする。
 確かに見たことがあり、記憶を巡ると市場に行きついた。平民にはありえないほどの魔力に違和感を覚え、印象に残っていたからだ。
 そして、今もその魔力をひしひしと感じる。これほどなら貴族の養子として迎えられてもおかしくない。ジェラルドの知り合いは特異な奴が多いから、こいつもその中の一人なんだろう。

「こんにちは。兄のヴィルって言うんだ。よろしくね。弟の事もよろしく」
 
 そういって握手を求めると、頬を染めながら手を握ってくる。明らかに意識していることがわかる単純な奴。市場で会った時に俺に対して特別な想いを抱いたのかもしれない。
 『好き』という気持ちを全く隠しもしないその薬師は俺にとって恰好の獲物だった。
 弟はそれを察知して、すぐに帰してしまったが、それは全く無意味なこと。メルヒオルもわかっているとは思うが、そう行動せずにはいられなかったのだろう。

「エルヴィンに手を出すことは兄上でも、絶対に許さないから」
「彼は俺に好意があるみたいだったけど? 恋路を邪魔するような無粋な真似はしない方が良いよ」

 珍しく強い口調で制してくる弟におどけるように答えると、弟は眉を吊り上げた。

「兄上、婚約者がいる身で、いったいいつまでこんなことを続けるつもりなんだよ」
「式を挙げるまでだよ。それまでは俺の自由。メルヒオル、お前にも口は出させない、いいね」

 冷たく笑うと、弟は沈痛な面持ちになり、溜息を吐いた。気持ちは嬉しいが、俺と立場の違うメルヒオルには到底理解しえないことだ。

 翌日にその薬師の乗る馬車に強引に乗り込み、家まで押し掛けると、戸惑いながらも部屋に迎え入れる警戒心のなさに笑いが込み上げた。

『運命』

 こんな安っぽい言葉に顔を赤く染め、軽く唇に触れれば卒倒する。そんな彼は少し強引に「おねがい」すれば他愛もなく落ちてきた。

 エルヴィンは押しに弱いのか、ただ単に身分の差から逆らわないようにしているのか、最終的には俺の言葉に従う。あのジェラルドの邸宅を見れば、高位であることは予想がついているのだろう。きっと体の関係になるのも時間はかからないはずだ。

 恋愛経験すらもない純粋なエルヴィン。たくさんの愛情を受けてきたことは明らかで、憎しみさえちらついた。
 思う存分甘やかしてから棄ててやれば、どんな顔をするだろうか。
 裏切られたことに絶望し、顔を歪ませるだろうか。

 プラトニックな関係も経験させて、依存させるのもいい。身体の関係だけ続けるには都合のいい相手かもしれない。
 
 しかし、間違えてはいけない。

 信じてはいけない。


 エルヴィンの少し気の抜けた笑みと感動して流した美しい涙に俺の心は冷えて行く。
 
 欲に目がくらみ、輝きを失う時が来る。
 
 最初は皆、口を揃えて、俺の傍にいれるだけで嬉しいと言う。
 時が経てば、そう言っていた、その同じ口で、金を無心してくるのだ。
 

 間違えてはいけない。

 信じてはいけない。


 
 
「街の外に出たらしいな」

 話しかけてきたのは、学園時代からの数少ない友人のレオンハルトだ。俺の非道な面を知りながらも離れず、適度な距離間を保ち、こうして諌めてくる。できた側近。

「デートしてきた」
「デート? また、違う相手に手を出してるのか?」
「今回は恋愛経験のないお子様だから、『初めて』をもらうまで少し遊ぼうかと思って」
「……また人を傷つけるようなことを…」
「傷つけてはいないよ。時期が来たら・・・・・・別れるだけだから」
「ほどほどにしておけ、と言いたいが、ほどほどを通り越しているからな、お前の場合…。――ただ、前みたいな事件を起こすなよ」
「あー、あれね…」

 俺の目が濁っているせいか、変なものを釣り上げることが多い。レオンが言っているのは、貴族門に大量の毒薬を投げ込まれた件だ。
 見る目がないのか、俺が相手を変えてしまうのか、俺にも理解できないが。

「あと半年もすれば、アンネリーゼ様も成人を迎える。そろそろ彼女の事を考えた方が良い」
「メルヒオルにも同じようなこと言われた」
「誰だってそう思うだろう」
「でも、まだ成人してないし、セックスできないしなー」
「頭の中はそれだけか!」
「レオンが人の事言える? 成人前の義弟を頂いときながら」
「………その後、散々我慢した。もう時効だ。それより彼女に会いに行く時間を増やしたらどうだ? もしかすると気に入るかもしれないだろう」
 
 少し尻すぼみになりながらも、考えは変わらないらしい。それ以前に政略結婚のために用意された駒に興味を持てるはずがない。

「でも、今の子、本気で俺の事好きなんだよね。やっぱり好きな人に処女を奪ってもらう方が嬉しいだろうし、何回か抱けばお別れするから、それまでは大人しく待っといてよ」

 レオンは俺の笑みに溜息で返すと、仕方ない、と呟いた。

「恋愛事は個人の自由だ。お前がそう決めたのなら、俺が口出すことじゃない。以前のように面倒なことは起こさないように頼む」

 苦そうな顔をするレオンに、了解、と返すと若干疑いの目を向けられたが、特に何か進言してくるわけでもなかった。


 そして今日も平民街に足を向ける。
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