おバカさんって言わないで

珈琲きの子

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番外編

アンネリーゼの幸せな勘違い ー後編ー

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 恋人として一週間過ごして欲しい、とお父様からユリウス殿下に言づけてもらって、今日はその一日目よ。

 馬車で迎えに来たユリウス殿下は正装を少し着崩した服装をしていたけれど、そんな姿も美しくて、私を感動させてくれたわ。
 私の隣に立つのに申し分ない姿。やっぱりユリウス殿下しかいないわね。

 一日目に連れて行ってもらったのは、平民街だったわ。一点物ばかりを扱っている平民の宝石店らしいけれど、まあ、中々いいものがあったわ。安かったから、棚ごと頂いてしまったけれど、平民街に連れてくるなんて、何を考えているのかしら。

 二日目もまた平民街。平民のやっている紅茶店に連れて行かれたわ。焼き菓子と香り高い紅茶。癪だけど、なかなか美味しいかったわ。ユリウス殿下は店を貸し切っていたみたいなの。平民が居なくて騒がしさもなくて良かったわ。こういう平民の店の使い方もあるのね。参考になるわ。

 三日目は郊外へ遠乗り。私の事を前に乗せて下さるのかと思ったら、私は護衛と乗らされて最悪。でも、私気付いたの、一緒に乗ると私の顔が見えないって。だから殿下は別々に乗ることを選んだのね。
 花畑に着いたけれど、特に何もしなくて、ぼーっと景色を眺めていたわ。確かに綺麗だったけれど、それ以外に何もないところだったから、本当の所つまらなかったわ。ユリウス殿下が花や草の名前をいちいち言ってきたけれど、何がしたかったのかしら。

 四日目はまた郊外。湖畔に建つ屋敷まで行ったわ。小さな船にも乗って、湖に面した庭で昼食をとって、まあいい感じだったわね。湖に流れ込んでいる小川で魚を取ったりもしたわ。殿下と護衛がね。私はそんな野蛮なことはしないから、見てるだけに決まってるでしょ? やっぱり男ってこういうところは子供よね。
 殿下はやっぱり私に惚れ直したみたいで、私が少しでも喜ぶととても幸せそうに笑っていたわ。仕方ないから、婚約解消の事はなかったことにしてあげるってキスを許可したら、好きな人ができるまで大事に取っておいた方が良いって言われたわ。失礼しちゃうわよね。

 五日目は貴族街の有名な店だったわ。ただ、王族だけが入れる部屋があって、そこに案内されたの。この優越感最高ね。高級なワインを出されたけれど私は未成年だから濃厚な葡萄ジュースを頂いたわ。その美味しさに感激したわ! 店舗では売っていないものらしいから、この際百本ほどお願いしておいたわ。私が気に入ったのを見て、殿下も嬉しそうだったわ。
 やっぱり私と結婚したくなったんじゃないかしら。今なら、まだ許してあげる。お父様からもそう伝えてもらうことにしたわ。

 六日目も貴族街だったけれど、古びた佇まいの料理店に連れて行かれたの。外観は最悪で、私は絶対に入りたくなかったけれど、殿下がぜひって言うから入ったのよ。内装はまずまずで、小綺麗だったわ。外観を何とかしなさいよってオーナーに忠告したけれど、考えさせていただきます、って返してきたわ。何を考えるのかしら。味は殿下のお勧めとあってそこそこだったけれど、絶対にここには来ないわ。

 七日目は――なかったわ。
 どういうことかって言うと、来なかったの。すっぽかされたの。この私が。お父様が言ってたけれど、殿下から重要な用事ができたから来れないって連絡が来たそうよ。私よりも重要な用事って何かしら。
 ――わかったわ! 今日のデートが終われば、婚約解消が成り立ってしまうから、わざわざ用事を入れたのね。殿下から婚約解消をなかったことにして欲しいと言いにくくて、きっと私からの許しを待っているんだわ。

「王宮に行くわ。殿下に会って、婚約解消をなかったことにして差し上げるの。きっと殿下も私の事を待っているわ」
「アンネリーゼ、諦めてくれ。事態が落ち着けば、また時間を取って下さるとおっしゃっているから、それまで待つんだ。いいな、アンネ」

 お父様の言い方が少しきつくて、驚いたわ。まるで私が悪いみたい。
 まぁいいわ、それまで学園のジャガイモ達で我慢しておくわ。そういえば、明日新しくスムージー専門店ができるとか言ってたわね。


 それから一月近く、殿下から音沙汰がなかったわ。
 連絡があって、屋敷の前まで殿下が迎えに来たけれど、別人なんじゃないかって思うぐらい輝きがなくなっていたわ。どこかうわの空で私に話しかけても来ないの。きっと、私が怒っていると思っているのね。

「ユリウス殿下。私、怒ってなどいませんからお気になさらないで下さい。殿下が婚約解消を辞めたいというのを言い出しにくいのも存じ上げておりますわ」
「………少し黙ってくれる? 今日は君の好きな店に連れて行くから、そこで好きな物を選ぶといい」

 いつもと違う口調に少し驚いたけれど、私の好きな店に連れて行ってくれるならデートとして申し分ないわ。
 お気に入りの店に付いた後は殿下はずっとソファーに腰掛けて、私が選ぶのを見ていたわ。殿下が支払いを申し出てくれたから、新作とずっと欲しかったシュエリーを十点ほどお願いしたの。多く欲しがるのも淑女としてあまりよくない事だってわかってるのよ、私。
 店を出てると馬車が二台停まっていたわ。もう殿下とお別れの時間みたいね。

「アンネリーゼ、今まで、中途半端に放って置いてしまってごめんね。アンネリーゼもきっと本当の恋に落ちるときが来るから、その時まで自分の事を大切にするんだよ。それから、この七日間が婚約解消の慰謝料になるんだけれど、満足してもらえたかな?」
「い、慰謝料、ですって?」
「ベルギウス公には伝えておいたんだけど、アンネリーゼは聞いてなかった?」
「聞いてないわ! あんなデートが慰謝料代わりになるとお思いになって!?」
「……そっか、アンネリーゼには物足りなかったんだ。ごめんね」
「そんな謝罪の言葉はいりませんわ。もっと価値のあるものを頂けるかしら!」

 ユリウス殿下はしばらくじっと私の目を見みつめていたけれど、すっと視線を外すと、無言で馬車に乗られた。私はその間一言も発せなかった。声が出せないぐらい、重くて冷たい空気がそこに流れていたの。
 殿下の乗る馬車は去って行ってしまったけれど、納得できなかったわ。あのデートにそんな価値があったとは思えないもの。

 屋敷に戻ってからお父様に怒りをぶつけたけれど、お父様も了承済みだったと、殿下に七日間も時間を貰えただけでも幸運だと言われたわ。それと、もう婚約解消は成立した、とも。
 私が本当に婚約解消されたなんて、信じられなかったわ。そんなことが私の周りに知れたら、私はとんだ笑いものよ! ……私もう十五になるのに、婚約者もいないことになるの? 
 それもこれもユリウス殿下に色目を使った娼婦のような女のせいね。見つけ出して、罪を償わせてやらないと。



 ***



 どういうこと?
 誰も知らないですって?

 私は伝手を使えるだけ使って、女狐の正体を探ろうとしたわ。けれど、名前の一文字すらも知ることができなかったの。
 ただ一つ、殿下は平民街で何度か目撃されていたらしく、相手は平民じゃないか、って噂がたっていたの。
 そう…、私が婚約解消されたことが徐々に知られ始めていたのよ…。こんな屈辱的なことはないわ!

 貴族至上主義者たちが、婚約者の私がいながら平民に手を出す愚かな王子だと、ユリウス殿下を引きずり降ろそうと目論んでいるらしくて、私はその者たちを応援したい気持ちになったわ。
 殿下は本当に愚かなんだもの。美しく清らかな私の魅力に気が付かないだなんて。
 平民なんてみすぼらしくて、皆泥臭いんでしょう? 平民の血が流れているから、気にならないのかしら。本当に愚かね。

 そういえば、お父様も私の相手には相応しくないって、言っていたような気がするわ…。
 お父様も、平民の血が混じったような王子に一人娘を渡したくなかったのね。ずっと私を心配してくださっていたのかしら。はぁ、私、娘を思いやるお父様の気持ちに気付かないでいたのね。

 けれど、それとこれとは別なのよ! 私に恥をかかせたその平民をのさばらせるわけにはいかないわ! 見ていなさい泥臭い女狐!




 そんな中、月末に結婚式を挙げる予定だった第三王子のメルヒオル殿下の式が延期になるという連絡きたわ。それと一緒に、一月後にユリウス殿下の結婚式が行われると通達があったの。

 激震が走ったわ。

 その通達には、殿下の結婚相手が混血種であることが書いてあったからよ。その上、式前に王子が生まれる予定とも。

 やっぱり…やっぱり薄汚い娼婦だったのね。ユリウス殿下はきっとその女に嵌められたのよ。生まれてくる王子は殿下の子であるかさえ怪しいわ。その上混血だなんて!
 汚らわしい!

 そんな女に婚約者を盗られたとなれば、恥ずかしくて、家から出たくないとお父様に訴えたの。
 けれど、大丈夫だといつも以上に優しい声を掛けてくれるお父様。私は渋々学園に向かったわ。

 私の馬車が門の前に着くと、私の取り巻き達が私の元に駆け寄って来たわ。

「アンネリーゼ様!」
「アンネ様が来られたわ」

 この取り巻き達も私の事を心の中でなんて思っているのかしら…。本当に憂鬱だわ。

「ごきげんよう、皆さん」

 私は頬が引きつりそうになりながらも、いつも通りに挨拶したわ。私は気高いのよ。人前で沈んでいる姿など見せられないわ!

「あぁ、アンネ様、なんて潔いお姿!」

 は? どういうこと?

「お聞きいたしました! アンネリーゼ様が自ら身をお退きになられたと…」
「相手は混血とはいえ龍族ですもの。アンネ様は国の平和を願って、身を切る思いで辞退されたと、父が申しておりました」
「ユリウス殿下とアンネ様が仲睦まじくされているを先日拝見しておりました」
「殿下とて龍族には逆らえないというもの。本当にお辛いところ、良く学園に来られて…」

 取り巻き達は一斉に涙を浮かべ、「私たちのアンネ様は本当に素晴らしいお方だわ」と口々に言ったの。
 本当にどういう事かしら。なんだか、話が違うような気がするけれど…。
 ま、まあいいわ。

「貴方たちも、私のように気高く生きなさい」
「「「はい! アンネリーゼ様!」」」

 あぁ、とうっとりと溜息を吐く取り巻き達。
 私は普段と変わらず、その子たちを引き連れて学園に入った。学園の中に入っても、私を馬鹿にするような目で見てくる生徒はいなかったわ。

 よく話を聞いてみると、殿下が龍に見初められてしまったせいで、私が婚約者という立場から辞退しなければならなくなったと言う事らしいわ。

 そ、そうだったのね!
 殿下も水くさいわ。初めからそう言ってくれれば私も潔く身を退きましたのに。オホホ。
 ま、まぁ、龍の混血とか言うのに一番は譲ってやってもいいわ。

 ──そうだわ! 
 殿下は私を怒らせて、私が殿下を嫌うように仕向けたかったのね。私が殿下を忘れ、他のいい人に巡り合えるように。

 あぁ、ユリウス殿下。
 やはり私を愛していたのね。
 私は他の方と結婚することになると思うけれど、ずっと殿下は私のことを思い続けるんだわ。

「アンネリーゼ様は本当にお強いのですね」
「私もそんなことになれば、泣き崩れてしまいますわ…」
「違うのよ、皆さん。心は辛くても、顔に出さず、いつも美しくあることが大切なの。殿下も私と結婚できないことを本当に嘆いておられたわ。けれど、殿下もそれに耐えていらっしゃるのよ。私だけが泣いていられないもの」
「「「あぁ、アンネリーゼ様…っ!」」」

 あ、待って。
 結婚するにしても、毎週ヴォールゲッシュのケーキを食べさせてくれて、マッセルで新作ジュエリーが出ればすぐに買ってくれる財力のある人じゃないと困るわ。あ、それと、グランプレッツの焼き菓子がアフタヌーンティーには必須だし…。

 早く、お父様にこの条件に合う方を探してもらわないと。
 はぁ、これから忙しくなるわね。
 お父様も縁談が既にたくさん来てるって言っていたし、本当に、


 ――私の美貌って罪よね。



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