絶望と希望の在り処

珈琲きの子

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流石に威圧が効いたのか、アレクはあれから多少ぎくしゃくとした様子だったが、久しぶりに街に出るとラヴェルに告げた。
ついに行く決心をしたらしい。
ラヴェルはアレクがどんな夜遊びをするのかとひっそりついて行って、時計塔から観察していた。
《黒曜の獅子》は夜の街でも名が通っているのか、呼び込みの女たちがこぞって寄ってきては、逞しい腕にその豊満な胸を押し付けている。

「アイツ、調子に乗りやがって……」
自分の弟子で贔屓目もあるが、街で一、二を争う美丈夫であることは間違いなかった。しかしながら、こうして目の当たりにすると複雑な感情が湧いてくるものだ。

この地方には珍しい黒髪黒眼は高潔なイメージを与え、褐色の肌は引き締まった体を引き立たせる。無造作に縛った髪が近寄りがたい雰囲気を緩和させていて、話しかけやすい。どこかの国の没落した貴族で病弱な弟を養うために傭兵をしている。
というのが、ラヴェルが耳をそばだてて得た、街の女たちが噂するアレクの姿だった。
それを聞いた時、ラヴェルは地面に転げ回りながら笑ったものだ。が、彼女らは本気で惑わされているらしい。

その男前は、娼婦たちに囲まれて鼻の下を伸ばしているかと思えばそうでもなく、一人一人に声をかけてお断りしている。それがまた娼婦たちの心を擽るらしい。アレクの背中を見送る彼女らはどこかうっとりとした様子だった。そんな中、押しの強い豊満な娼婦から逃げているところを目撃できたのは運が良かったと、ラヴェルは口を歪めた。
しかしその後、アレクは酒屋でガタイのいい傭兵たちと肩を並べて酒を楽しむだけ楽しんで、何事もなく家に帰ってきた。完全な拍子抜けだ。

「この甲斐性なし」
「……何のことだよ」
「女から逃げてやんのー」
「っ!? はぁ!? てめ、尾行けてんじゃねぇ!」
「いやぁ、かわいい弟子の華々しい初舞台だろ?どんな相手か気になって気になって」
「初舞台とかいうんじゃねぇよ! ってか、初めてじゃねぇし!」

真っ赤になって初な反応だな、なんてニタニタ微笑ましく眺めていたが、唐突の暴露にラヴェルの口から出たのは、呆けた「は?」という声だった。

「だから、童貞はとっくの昔に捨ててんだよ!何回も言わすな!」
「はあぁああ!? お前っ、俺に隠れてヤりに行ってんじゃねぇえ!」
「ちげぇ! 俺の村は成人前に、そういう儀式すんだよ!」
「……儀式、」
「そーだよ! 成人と同時に結婚だしよ、初夜に男が恥を晒すわけにいかないって、そういうしきたり」
「は? なら、相手は?」
「わ、わかんね。目隠しされてたし。当番制で……多分、既婚の女の人」
「……で、結婚せずに今まできちゃったと、」
うわぁ、とラヴェルは口元に手を当てた。目には憐れみのような蔑みのような色が浮かんでいる。
「そんな目で見るんじゃねぇよ! ってか、あんたはどうなんだ!」
「アハハ、言うわけねぇだろ、バーカ」
「てっめ、人には散々言わせといて!」
「お前が勝手に話したんだろー? 次はちゃんと好きな人とできればいいねぇ? アレク君」
「っ、こっの!」

先程とは違い、怒りで顔を赤くしたアレクは街で噂されている姿と掠りもしていない。ラヴェルはケラケラと笑いながら、背後で叫ぶアレクを無視して自室に戻った。
そこまではアレクを揶揄からかって面白がるいつものラヴェルと変わりなかった。だが、扉を締めた途端、扉にもたれ床にへたり込む。

「言えるわけねぇ……」

俯けば、グレージュの前髪が鮮やかに上気した頬を隠した。
目隠しして人妻で筆下ろし。その響きたるや、性的なものと縁のないラヴェルには破壊的なものだった。しかも、アレクが誰かを抱く生々しい姿を想像してしまい……。その事実を振り払うように、わしわしと髪をかき混ぜた。
そう、ラヴェルはまごうことなき童貞だった。
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こちらの作品は、2万字程度の短編で10話で完結します。
『地図から消えた村』アンソロジーの寄稿分として一年ほど前に書いたものになります。
楽しんで頂けますと幸いです。
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