絶望と希望の在り処

珈琲きの子

文字の大きさ
上 下
6 / 10

しおりを挟む
流石に威圧が効いたのか、アレクはあれから多少ぎくしゃくとした様子だったが、久しぶりに街に出るとラヴェルに告げた。
ついに行く決心をしたらしい。
ラヴェルはアレクがどんな夜遊びをするのかとひっそりついて行って、時計塔から観察していた。
《黒曜の獅子》は夜の街でも名が通っているのか、呼び込みの女たちがこぞって寄ってきては、逞しい腕にその豊満な胸を押し付けている。

「アイツ、調子に乗りやがって……」
自分の弟子で贔屓目もあるが、街で一、二を争う美丈夫であることは間違いなかった。しかしながら、こうして目の当たりにすると複雑な感情が湧いてくるものだ。

この地方には珍しい黒髪黒眼は高潔なイメージを与え、褐色の肌は引き締まった体を引き立たせる。無造作に縛った髪が近寄りがたい雰囲気を緩和させていて、話しかけやすい。どこかの国の没落した貴族で病弱な弟を養うために傭兵をしている。
というのが、ラヴェルが耳をそばだてて得た、街の女たちが噂するアレクの姿だった。
それを聞いた時、ラヴェルは地面に転げ回りながら笑ったものだ。が、彼女らは本気で惑わされているらしい。

その男前は、娼婦たちに囲まれて鼻の下を伸ばしているかと思えばそうでもなく、一人一人に声をかけてお断りしている。それがまた娼婦たちの心を擽るらしい。アレクの背中を見送る彼女らはどこかうっとりとした様子だった。そんな中、押しの強い豊満な娼婦から逃げているところを目撃できたのは運が良かったと、ラヴェルは口を歪めた。
しかしその後、アレクは酒屋でガタイのいい傭兵たちと肩を並べて酒を楽しむだけ楽しんで、何事もなく家に帰ってきた。完全な拍子抜けだ。

「この甲斐性なし」
「……何のことだよ」
「女から逃げてやんのー」
「っ!? はぁ!? てめ、尾行けてんじゃねぇ!」
「いやぁ、かわいい弟子の華々しい初舞台だろ?どんな相手か気になって気になって」
「初舞台とかいうんじゃねぇよ! ってか、初めてじゃねぇし!」

真っ赤になって初な反応だな、なんてニタニタ微笑ましく眺めていたが、唐突の暴露にラヴェルの口から出たのは、呆けた「は?」という声だった。

「だから、童貞はとっくの昔に捨ててんだよ!何回も言わすな!」
「はあぁああ!? お前っ、俺に隠れてヤりに行ってんじゃねぇえ!」
「ちげぇ! 俺の村は成人前に、そういう儀式すんだよ!」
「……儀式、」
「そーだよ! 成人と同時に結婚だしよ、初夜に男が恥を晒すわけにいかないって、そういうしきたり」
「は? なら、相手は?」
「わ、わかんね。目隠しされてたし。当番制で……多分、既婚の女の人」
「……で、結婚せずに今まできちゃったと、」
うわぁ、とラヴェルは口元に手を当てた。目には憐れみのような蔑みのような色が浮かんでいる。
「そんな目で見るんじゃねぇよ! ってか、あんたはどうなんだ!」
「アハハ、言うわけねぇだろ、バーカ」
「てっめ、人には散々言わせといて!」
「お前が勝手に話したんだろー? 次はちゃんと好きな人とできればいいねぇ? アレク君」
「っ、こっの!」

先程とは違い、怒りで顔を赤くしたアレクは街で噂されている姿と掠りもしていない。ラヴェルはケラケラと笑いながら、背後で叫ぶアレクを無視して自室に戻った。
そこまではアレクを揶揄からかって面白がるいつものラヴェルと変わりなかった。だが、扉を締めた途端、扉にもたれ床にへたり込む。

「言えるわけねぇ……」

俯けば、グレージュの前髪が鮮やかに上気した頬を隠した。
目隠しして人妻で筆下ろし。その響きたるや、性的なものと縁のないラヴェルには破壊的なものだった。しかも、アレクが誰かを抱く生々しい姿を想像してしまい……。その事実を振り払うように、わしわしと髪をかき混ぜた。
そう、ラヴェルはまごうことなき童貞だった。
しおりを挟む
こちらの作品は、2万字程度の短編で10話で完結します。
『地図から消えた村』アンソロジーの寄稿分として一年ほど前に書いたものになります。
楽しんで頂けますと幸いです。
感想 0

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿
BL
 天界で天候の「晴れ」を管理している晴君(せいくん)は、大の人間好き。ある時人間界で生贄の子供を見つけ、ひょんなことから天界へ連れ帰ってしまったが、天界に人間を招くことは禁忌であった。  他の天人にバレないよう何とか誤魔化しながら、晴君は成長していくその人間を見守ることになる。  そしていずれ喰われる。  生贄弟子ツンデレ攻め(人間)×師事者受け(天人)

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

処理中です...