絶望と希望の在り処

珈琲きの子

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『魔素溜まりは、魔素が拡散せずに停滞した領域のことで、そこで一定期間過ごすと獣は魔物化し、魔物は変異する――』

ラヴェルが二百年ほど観測と実験を繰り返して得られた知見だ。魔素の濃度やどの種がどういった変異を起こすのか、という詳細は現在進行系で調査しているが、魔物が生まれたり変異する瞬間を目に収めた時はある種の感動を覚えたものだった。

「それにしてもよく覚えてたな、あいつ」

アレクに説明したのはここに来たばかりの頃。上辺だけ掻い摘んでサラッと流したつもりだったのに。

「あれからもう三年か」

ラヴェルは夜空を見上げた。
就寝のために灯りを消せば、家の中も外も真っ暗闇になる。その代わり屋根に上がれば、手が届きそうなほど近くに星たちの煌めきが広がる。屋根の上はラヴェルにとっての特等席だった。

「そろそろ気付いてくんねぇかなぁ……」

街の人間との関わりを最小限に抑えていることを。
ラヴェルと違い、アレクは外見が成長してしまった。それが弊害となって、己が何者であるかという自己認知を遅らせている。

『お前、不死身なんだよ』

確かにそう伝えた。
だが、その言葉の真意をどれだけ捉えられているのか。普通の人間のように歳をとって、寿命を迎えてこの世を去れると思っているのだろうか。

「おめでたい奴だよな、ホント。ったく、拾ってきた時はあんなおどおどしてたのに、一丁前に生意気になりやがって」

真っ向から睨んでくる彫りの深い切れ長の目を思い出すが、腹が立つことはない。むしろ微笑ましくさえ思う。ラヴェルが生きてきた時間に比べれば、十九年しか生きていないアレクは赤ん坊同然で。

「こんなにも楽しかったっけ」

人と話すことが。身近に人がいるということが。
不死身という何か・・になってしまってからラヴェルの体は成長していない。十五歳のままだ。
長寿の種族もいるが、彼らもちゃんと歳を取る。年相応に恋をして、愛し合い、子を残す。心身共に逞しくなっていく者たちを祝福し、死を迎える者たちを見送って……。ラヴェルは、自分が生命の営みというサイクルから除外されていると気付くのに十年とかからなかった。

『化け物』

周囲の目が恐ろしいものを見るかのように歪む。
なんでお前は変わらないんだと。なぜずっと少年の姿のままなんだと。年が経つにつれ、友人たちの目が饒舌に責め立てた。
人の中に身を置くのは無理だと悟り、まさしく仙人のような暮らしを始めたのはそれからすぐのことだ。
ただ、どれだけ時間が経とうと、あの眼差しを忘れることができない。今も人と目を合わせることもできず、街に行くときはいつも外套を目深に被っていた。対人恐怖症みたいなもんか、とラヴェルは自嘲する。
唯一アレクだけは顔を見ながら話せる。出会いがアレで、しかも最初から化け物だと認識されていて取り繕う必要もなかった。なにより仲間意識というものがあったからかもしれない。

だけど。
と、焦燥を抑えるように唇を噛んだ。
まさか普通の人間のように歳を重ね、今や街で騒がれるほどきらびやかな青年になってしまうなど、誰が予想できただろうか。
アレクを見守りながら、いつか成長が止まるはずだとこの三年間ヒヤヒヤしながら過ごしていた。未だ成長中の彼はいわゆるお年頃で、幾度となく熱を持て余しているのを見たことがある。

「わかんねぇ……」

不安だった。
アレクの姿を見る度に焦りと苛立ちが募る。同族であるはずの彼が自分とは違い、世界に馴染んでいることが恐ろしかった。やっと見つけたというのに、また一人取り残されてしまうのではないかと。
時折言葉が強くなってしまうのはその顕れ。自分は恐れていないと、アレクなんてちっぽけな存在に左右されるわけがない、と虚勢をはっているだけだった。
先刻の女遊びの解禁だってそうだ。いつか化け物だと知られて、自分と同じ目に遭えばいい。そして、泣いて帰ってくればいい。
そんな意地の悪いことを咄嗟に考えついてしまうほど、アレクの存在は大きくなっていた。


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こちらの作品は、2万字程度の短編で10話で完結します。
『地図から消えた村』アンソロジーの寄稿分として一年ほど前に書いたものになります。
楽しんで頂けますと幸いです。
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