絶望と希望の在り処

珈琲きの子

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   ◆

「バカ弟子、行くぞー」

声をかけられ、ひとっ風呂浴びて身なりを整えたラヴェルの後を追う。先程までのやり取りは綺麗さっぱり忘れている様子。いつものことだが、振り回されるこっちの身にもなって欲しいと、アレクはため息を吐いて、少し伸びた黒髪を後ろで一つに縛った。
玄関扉を開ければ、眼下に広がるのは城壁に囲まれた街とその周辺一帯の景色。崖の上にポツンと建つこの家の唯一の取り柄だ。

周りには森しかなく、家の前には落ちれば即死の断崖絶壁。必要なものがあれば眼下の街まで行かなければならず、アレクは、何が面白くてこんなところに住んでいるんだと不満を抱いていたこともあった。鍛えられた今でこそひとっ走りで着いてしまうため、そこまで不便ではなくなっているのだが、それにしても浮世離れしすぎていた。

その絶景とも言える景色を眺めながら行われるのは、訓練という名のしごき。アレクがラヴェルのところに来た時から一日も休まず続けられている習慣だ。
三年前、二晩で完全回復した自分の体を見て、とんでもなく高価な秘薬でも飲まされたのではないかと戦々恐々としていたアレクを、ラヴェルは外に連れ出した。

『なーんも知らなさそうだから、俺が一から教えてやるよ』

そう言って、一発腹を殴られたことは一生忘れないだろう。ラヴェルの一見軽く、押せば転んでしまいそうな体から放たれた想像もできない痛烈な一撃。それはアレクの腹にポッカリと風穴を空けた。
しかも、
『お前、不死身なんだよ』
と唐突に告知されれば、なおのこと。
数十分後には腹の穴が閉じており、その事実をまざまざと見せつけられたのは言うまでもない。その後、武術と魔術はもちろん、魔物に関する知識や世界の法則を叩き込まれ、今のアレクが出来上がったのだ。

「ガード遅ぇ」

死角から繰り出された蹴りに反応が遅れ、ラヴェルの爪先が頭部側面を掠める。それだけでアレクの体は吹き飛び地面に叩きつけられた。

「ってぇ……」
「ボヤッとしてんな。死にてぇのか」
「死なねぇし!」

地面と衝突した箇所よりも削ぎ取られた耳が痛い。容赦ない攻撃にふらつく半身を起こせば、追撃が飛んでくる。あからさまに頭を狙ってきた回転蹴り。アレクが間一髪腕で受け止めると、ラヴェルはその反動を利用してひらりと宙に舞ってから軽快に着地した。
衝撃でビリビリと痺れているが、初めの頃のように腕が根こそぎなくなっていたり、へしゃげたりはしていない。流石にラヴェルと対等というわけにはいかないが、アレクの成長は目覚しかった。
ラヴェルは面白くなさそうにチッと舌打ちしてすぐさま踵を返す。

「終わりだ終わり。さっさと依頼片付けるぞ」

攻撃が通らず、拗ねているらしい。アレクは恐ろしく濃い魔力を宿した小さな背中を見据えた。
助けられた恩はもちろんある。知識の幅の広さや戦闘センスを尊敬しており、戦闘時の真っ直ぐな厳しさに好意的な感情も持っている。だが、性格が捻じれに捻れまくっているのはいかがなものか。アレクが素直に師として仰げないのもその所為だ。
アレクを街で噂の《黒曜の獅子》という二つ名をもつ傭兵に育て上げたのはラヴェル自身だというのに、アレクが注目されることに不平を漏らす。思春期真っ只中だというのに恋愛も女遊びも禁止し、訓練といいながら機嫌が悪ければ本気で殺しにかかってくる。
また、両親を弔いに一度村に戻っていいかと聞いた時は、『場所わかんの?』と一言。救いようがない回答を返された。

名もなき小さな村が地図に載っているわけもない。それでも諦められず、村を探すために幾度か家を抜け出したこともあったが、その度にラヴェルは追いかけてきて強制的にアレクを連れ戻した。「お仕置き」と三日間飯抜きにされたこともある。
それ以外も挙げればきりがないほど理不尽を被ってはいたが、圧倒的な力の差に反抗する気さえ起こらなくなっていた。

「バカ弟子ー。早くしろってー」

なくなった耳が生えてきたのを触って確認していると、呑気な声がかかる。機嫌良く笑いながら大きく手を振る姿は、どこからどう見ても美少年。全人類がかかっていっても敵わないほど愛らしかった。
そう、これがラヴェルの一番たちの悪いところだ。
怒っていたとしても、その数秒後にはころっと態度が変わる。しかもこの笑顔。可愛いと綺麗が絶妙なバランスで合わさった顔で微笑まれれば何でも許してしまう。その上、うっかり恋に落ちそうになる。
アレクはこの顔に何度も騙され続けているのだ。その度にこいつは天使の皮を被った悪魔だと心の中で復唱し、平静を保つのだが。

「……マジで性格わりぃ」

そう言いつつ、本気で嫌いになれない理由をアレクはちゃんと理解していた。
ころころ変わる表情と対比するように冷めた光を宿す金色の瞳。そのちぐはぐな危うさに目が離せなかった。強引で強気で全てを悟っているようで、なのに時折ひどく純粋な表情を曝け出す。確かにそこにいるというのに、ふとした瞬間に泡となって消えてしまうんじゃないかと不安に駆られることもしばしば。傍を離れることができなくなったのは自分の方かもしれない、とアレクは思う。ただ、それもラヴェルの計算のような気もして……。

「さっぱりわかんねぇな」

ふぅと空を眺め、蹴られた拍子に解けた髪を結い直す。そして、ラヴェルが一足先に走り出した方向に足を踏み出した。

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こちらの作品は、2万字程度の短編で10話で完結します。
『地図から消えた村』アンソロジーの寄稿分として一年ほど前に書いたものになります。
楽しんで頂けますと幸いです。
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