絶望と希望の在り処

珈琲きの子

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   ◆

「飯ー」

寝癖か癖毛かわからないグレージュの髪が階段を一段降りるごとにぴょんぴょんと跳ねる。その頭を掻きながら、ラヴェルがふぁあと欠伸をこぼすと、アレクはそのだらしない姿を半目で見つめ、眉間にシワを寄せた。

「なんだよ、朝から辛気臭い顔すんじゃねぇ、バカ弟子」
「っせぇ、元々こういう顔なんだよ」
「あっは! お前、自覚あったのかよ!」

自分の寝起きの悪さを棚に上げ、顔について文句を言われる筋合いはない。アレクも血気盛んな十九歳。馬鹿にされて黙っているほどかわいい性格ではなかった。「すでに昼なんだけど?」と嫌味で迎撃する。
すると、ラヴェルの吊り気味の大きな双眸がすっと細められ、艶のある唇から「ほぅ」とどこか気怠げなため息が吐かれた。

「あぁ、昨日、ちょっと盛り上がっちゃって。あの子たちなかなか寝かしてくんなくてさぁ……」
「っ!?」

誘うような流し目と色事を匂わすような台詞。人でなしだと頭では理解していても、その中性的で儚げな容姿には敵わず、アレクの眦に赤みがさす。褐色肌で一見わからないが、ラヴェルの目にはしっかり捉えられてしまったようだ。口端がニタリと持ち上がる。

「アレアレ?お年頃のアレク君は一体何を想像したのかなぁ?」
「してねぇ! ってか、また物騒な実験してただけだろ! 紛らわしいこと言うんじゃねぇよ!」
「えー、紛らわしいことってなぁに? ボクわかんないなぁ。教えてよ、最近モテモテのアレクくーん」
「~~~~っ!」

やはりラヴェルに口応えするのは無謀だったようで、アレクはどこにも発散できない激情を、拳を握って耐え忍んだ。
飄々と通り過ぎる幼くも端正な顔を睨みつけるが、ラヴェルはもう終わったことだと澄まし顔で椅子に腰掛けた。それから、手元にある傭兵ギルドの依頼書に目を落とす。朝一番でアレクが受けてきたものだ。

「飯はー?」

と依頼を取ってきたことに礼もなく、ガンを飛ばしてくる姿はさながら反抗期の子供。アレクより長く生きていると言われても誰も信じないだろう。なにしろ、ラヴェルの姿はアレクと出会った三年前から全く変わらないのだから。
対照的に、十九歳になったアレクは心身共に一回り逞しくなり、精悍さを纏った好青年に変貌を遂げていた。二人の関係を知らない者には、兄とご飯を急かす弟の微笑ましい食卓風景に映ることだろう。
アレクが夕食の残りをぶっこんだごった煮スープとパンをトレイに乗せて差し出すと、ラヴェルは意識を書類に向けたままスプーンを取り、角の取れた具を口に運んだ。

「へぇ、いいの貰って来てんじゃん。俺には出さねぇくせに、あいつら」

雑用依頼しか出しやがらねぇ、とラヴェルが愚痴っていたのをアレクは思い出す。直接のやり取りを見たことはないが、こめかみに浮かぶ青筋が当時のギルドの対応を如実に物語っていた。
そんなこともあり、最近は街にすら顔を出しておらず、依頼を受けるのはもっぱらアレクの担当となっていた。それは必然的にラヴェルの手柄もアレクの実績になるということであって。

「アレク君は順調にご活躍されているようで?」

と憂さを晴らすようにラヴェルは目の前にある恵まれた体をジトリと睨みつけた。それに対してアレクの反応は鈍い。また始まった、という具合に。

「気ぃ使って『すみません』ぐらい言えよ!」
「スミマセン」
「あぁぁああ!それもまたそれでムカつくな!」

十四、五歳に見える幼い顔立ちと発展途上のしなやかな体。外見で未成年者と誤解され、各所から冷遇を受けてきたラヴェルの体格コンプレックスは苛烈を極める。理想の体型とも言えるアレクがどう宥めたところで火に油を注ぐだけ。こういうときは放置に限る、とアレクはさっさと背を向けて流し台に溜まった洗い物に手を付けた。小間使いの仕事も今となっては慣れたものだ。

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こちらの作品は、2万字程度の短編で10話で完結します。
『地図から消えた村』アンソロジーの寄稿分として一年ほど前に書いたものになります。
楽しんで頂けますと幸いです。
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