短編集-BL-

珈琲きの子

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吸血鬼は仮装する(無理やり、人外×無自覚)

オオカミより吸血鬼

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家事代行シリーズに出てくる二人の過去がこんなんだったらいいな…と書いてみました。
フジョッシーのハロウィン企画に応募している作品です。


――――――――――――――――



「じゃあ、これで仮装の役、決定します! 衣装作製で家庭科部を手伝ってくれる有志も募るので、できるだけ多く参加してください」

 教壇に立つクラス委員の女子はかなり興奮気味だ。もう一人の委員――深月圭みづきけいはといえば不満たらたら。黒板へガツガツと立てなくてもいい音を立てながらチョークで女子に指示された通り、「最終決定」と書き込んでいる。
 女子がカースト上位であるこのクラスでは逆らうことが許されない。
 こんなことになったのは文化祭がハロウィーンともろ被りしてしまった所為だ。誰が発案したのか、生徒は何かしらの仮装をしなければならなくなった。大人しく生きている生徒にとっては迷惑千万だが、圭にとってはそれが問題ではなかった。

「なんでオオカミ…」
「あれ、圭ちゃん。オオカミが嫌なの?」
「圭はどちらかといえば、オオカミに食べられる方だも――ぐえっ!」

 圭は失礼な事を言う友人の須藤の腹に蹴りを入れ、もだえ苦しむのを見てから、もう一人の友人――佐伯に平然と向き直った。須藤が圭をからかうのはいつもの事。苦しんでいるのはフリであることも分かっているため、誰も気にしている様子はない。

「仮装が嫌なわけじゃないの?」
「俺、もっとカッコイイのが良いし…」
「はぁ…例えば…?」
「吸血鬼! するなら、吸血鬼が良かった。なぁ、佐伯交替してよ」
「別にいいけど…、もう決まったし無理じゃない?」
「だな。変えれたとしても、結局は可愛い吸血鬼になるけどな――イっ!」

 ぼそりと呟いた須藤の顎に脳天を叩きつけ、圭はフンと鞄を奪い取るようにして掴んで教室を出ていった。

「け、圭ぃ。今の本気痛いんですけど~」

 須藤は涙を浮かべながら顎を擦りつつ、「今のは須藤が悪い」と冷静に判断を下す佐伯と共に圭の背中を追った。
 圭が可愛いと言われる所以は幼い中性的な顔立ちと低い背丈のせいである。高二の平均身長は170センチだというのに、未だ160前半を彷徨っているのだ。165センチとサバを読んでいるのは皆にバレているが、圭は頑なとして譲らなかった。

 そして当日の朝――。

「深月君…可愛い…」
「うんうん」
「しょうがないよね。被るやつは数が足りなかったんだし」

 どうしてか言い訳がましく聞こえるのはなぜだろうか。精巧に作られた狼の被り物を被って「ガオー」と羽目を外しまくりで走り回っているクラスメイト達を、圭は恨みがましく睨みつけた。
 クラス委員の用事で少し来るのが遅れたため、頭にかぶるマスクタイプは売り切れ。結局、圭にはヘアピンで付けるケモ耳と、獣爪付きの灰色の毛で覆われた手袋とブーツが渡されたのだった。しかも蝶ネクタイとふっさりとしたしっぽのついた短パンもセットで。
 そんな衣装を着せられた圭は手袋を嵌めた手をニギニギとしながら、ぶーたれていた。

「圭ちゃん、カワイー。似合ってる似合ってる」
「佐伯くんもそう思うよね!」
「…うぐっ!?」

 圭はフランケンシュタインの恰好をした須藤の腹に拳を叩きつけた。それは圭が密かに恋心を抱いていた清水さんに「可愛い」といわれた挙げ句、その清水さんが吸血鬼の格好をしたイケメン佐伯にキラキラとした目を向けていたからだった。所謂八つ当たりだ。

「圭!? 俺、何も言ってないけど!?」
「須藤が悪い!」
「うぇえ? 俺ぇ?」

 情けなく眉を下げる須藤に対し、「全部須藤が悪い!」と言葉を続ける圭の肩を佐伯がトントンと叩く。

「圭ちゃん、まぁまぁ」

 佐伯がそう言って圭の耳に顔を寄せ、

「それ、清水さんの手作りだって、良かったな」

 と、囁いた。それを聞いた圭の機嫌は急上昇。

「そ、そうなの…? な、ならこれでいい」

 余り物ではなく圭の衣装として作られたものだと気づかないまま、圭はムフフ、と嬉しさを隠しきれない顔でクラスの催し物であるカフェのホール役に勤しんだ。圭のオオカミコスプレは女性に大受けで、噂は噂を呼び、カフェは大繁盛。
 しかし――、 

「おまえら、出ていけぇえ!!」
「ええ、イイじゃん」
「減るもんじゃねぇし、男だし」

 そういって、圭のしっぽの生えた尻を通りすがりに撫でてくる男子生徒達。全く反省の色が見られない彼らに圭はキャンキャンと狼ではなく小型犬のように吠えまくった。「一緒に写真撮ろう!」と年上の女性に囲まれていたハッピーな気持ちが台無しだったからだ。

「深月君、他のお客さんもいるし、少し我慢できない?」
「ぇえ? 俺が我慢すんの…?」

 体は発展途上でも、心は一人前の漢のつもりの圭は、尻を触られることが女のように見られているようで、かなり憂鬱になる行為だった。それを我慢しろと言われて、しゅんとする。俯き加減になったせいで、ケモ耳まで元気なく垂れているように見えた。

「しゃーねぇ。深月下がれ。代わりにストック取ってこい」
「えっ、家庭科室に置いてあるやつ?」
「おぉ、頼んだぞ」
「うぃ!」
「それとこれ付けて、宣伝も兼て行ってこい」

 と問答無用で首から掛けさせられたのは『2ーDカフェ TRICK or TREAT』と書かれた段ボールで作られた看板。「えぇ…」と不満を漏らしかけた圭だったが、これ以上尻を触れるよりマシだろうと口を噤んだ。
 廊下を進めば男女問わずナンパされまくったが、カフェに来い!、と伝え全てを突き返した。

 クラスがある校舎とは別棟に家庭科室はある。特別教室のみが詰め込まれている棟で、一般入場者は立ち入り禁止だ。ストックを取りに来た生徒がちらほらといるだけで、その静けさに圭は興奮のボルテージが徐々に下がってきて頭が冷えるのを感じた。
 ふぅ、と一息吐いて家庭科室の引き戸を開け、2-Dと書かれたスペースを探す。キョロキョロを視線を彷徨わせていれば、窓の外に吸血鬼のコスプレをした生徒が立っているのを見つけた。全校生徒が仮装しているのだから特に代り映えしない格好だというのに、その生徒は目を引いた。衣装はTHE吸血鬼と言った黒いマントなのだが、気配が毒々しく感じられる。

「気合入ってんなぁ」

 と圭は独り言ちる。
 血色の悪さとアイラインを何重にも重ねたようなくっきりとした目。まるで本物みたいだ、と思ったその時、その生徒が圭を振り向いた。バチリと目が合って、圭はその生徒の端正な顔立ちにただただ吸い込まれるように見入ってしまう。嫉妬や羨望なんて物を感じさせない完璧さ。雰囲気イケメンの佐伯とは格の違う、まるで作り物のような精巧な作りの顔に圭はゴクリと生唾を飲み込んだ。
 何か見てはいけないものを見たような気がして圭は目を逸らしたが、心臓は可笑しなほどにバクバクと早鐘を打っていた。なんとか鎮めようと、2-Dの看板が掲げられたスペースで段ボールに入った焼き菓子のストックを漁る。

「なぁ、オオカミ」
「…ぃ!!!」

 急に背後から声をかけられ、圭は見事に驚いて体を跳ねさせた。扉が開く音も足音も聞えなかったのだから無理はない。手に取った焼き菓子の袋をぼとぼとと床に落としながら、圭は先ほどまで外にいたその吸血鬼コスプレの生徒を茫然と見上げた。

「ん? 耳と尻尾が生えてるのに獣の匂いがしないな」

 綺麗な顔の割に親しみやすい話し方で、圭は若干肩透かしを食らいながらも、窓の外と生徒を交互に見遣った。

「なんで? さっきまであっちにいたのに」
「そんなこと気になんのか? 変わってんな、おまえ」

 堂々とした態度を取られ、不思議と自分が間違っているような感覚に囚われる。目の前にある漆黒の髪から覗く人間でないような美貌がそれを強め、圭はまた脈が激しくなるのを感じた。
 そんな圭にお構いなしに、その生徒は圭の胸元に掲げられている段ボール看板に目を移し、書いてある文字を目でなぞる。

「ああ…『TRICK or TREAT』そんな遊びがあったな。そうか、おまえ人間だな? まだこんな愚行を続けてんのか」

 いや、前言撤回だ。余りにも発言が中二病じみている。この生徒は吸血鬼になりきっていて、自分を驚かせるために何か仕掛けをしていたのだ、と圭は結論を出した。

「……三年生ですよね? いくら本物っぽくできたからって、顔も知らない後輩を驚かせるのはどうかと思いますよ?」
「三年? 目が醒めてからまだ一月だ。長く眠ってたから、とんでもなく腹が減ってる」
「あー…そうですか…」

 顔は良いのに、性格が残念だ。というのが圭の感想である。

「なら、このお菓子一つサービスであげますから、クラスに戻ったらどうですか? こんなところにいたら、怒られるでしょ?」

 個包装された焼き菓子を差し出せば、その生徒は興味津々と言った表情でそれを眺めていたが、圭の発言に急に眉を寄せた。

「怒られる? この俺が?」
「……もういいですから、先輩。吸血鬼ごっこはもうやめましょうよ」
「ごっこ? ……そうか、なるほどな。俺の姿を見ても驚かなかったのは、皆が奇妙な格好をしてるからか」

 まだ続けるのかと圭はもうあきれ顔だ。さっさとこの先輩を放置して帰ろう、と落としてしまったお菓子を集めて袋に詰め込むと、生徒の横に一歩踏み出した――つもりだった。どうしてか足が地面に接着剤で張り付けられたかのように動かなかった。ただ足以外は動かせるようで、圭は何事かと頭一つ以上高くにある生徒の顔を見上げた。
 その瞬間目に入ったのは、――赤。どこか光を帯びているような赤い瞳。
 何かがおかしい。ここにいては危ない。そんな本能的な危機を感じながらも、圭はその妖しい気配にただ息を呑み、ただその赤い瞳を見つめ返すことしかできなかった。
 そして、見上げる先にある、にんまりと弧を描いた異常に紅く映える唇がゆっくりと開き、言葉を紡いだ。

「『TRICK or TREAT』?」



 
 


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