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拾ってきた白猫

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 にゃん。

 雨が傘から滝のように流れ落ちる強い夕立の中、耳に届いたのはか細い猫の鳴き声。
 俺はとっさに周りを見渡した。すると、ちらりと視界に映ったのはすらっとしたしっぽ! 
 公園の生け垣の隙間から覗いてるしっぽに駆け寄ると、泥だらけの猫が体を震わせていた。この雨の中、葉っぱも枝も傘の役目を果たしておらず、にゃんこはびしょ濡れ。しかも毛が長めだから余計に痛々しく見える。

「ほら、にゃんこ、こっちおいで。あったかいところに行こう」

引っ掻かれる覚悟で手を伸ばすと、キラキラ光る金色の瞳で俺をじっと見上げてから体を擦り付けてきた。
え、なにこの子、かわいすぎない?
胸キュンが過ぎて心臓発作が起きそうな胸を押さえる。つぶらな瞳で見つめられすぐさま正気を取り戻したけど、色々危険過ぎる。

傘の中に引き入れて、取り出したハンカチで包み込む。子猫じゃないから巻けたのは胴回りだけでほぼ意味はなかったけど、きっと気持ちは届いてるはずだ。

「早く家帰ってあったまろうね」

傘で手が塞がってるから片腕で抱き上げる。スーツ濡れる? そなのへーきへーき。
にゃん、と小さく響く声が可哀想で可愛くて、「はうッ」と変態じみた音が口から漏れてしまった。

「ぜんっぜん怪しい人じゃないから!」

と猫相手に弁解しつつ、早足で家に向かった。

俺の家は平屋の一軒家。両親は他界してて、祖父母から継いだ家で悠々自適の一人暮らし。古いけど家賃もいらないし、こうして猫だって連れて帰ってこれる。まあ、猫を拾うのはこれが初めてなんだけど。

玄関の軒先で雨のあたらないところににゃんこを下ろし、引き戸を開ける。目の端にプルプルと震えるのが見えて、もう心臓が痛い。引き裂かれそう。速攻で風呂場に連れ込んで、お湯を溜めた桶を勧めてみる。

猫は水が嫌い。
お風呂に入れられて悲痛な声で叫んでいる動画を何度も見たことがある。震えてるにゃんこを強引に入れるわけにもいかず、シャワーを片手に背中をそっと押した。

少し嫌そうに「んにゃん」と声をあげたけど、気持ちが通じたのか前足で探りつつ桶に入ってくれた。お湯がすぐに茶色く濁ってしまったため、軽く泥を落としてからすぐに入れ替えた。
本当におとなしいいい子なのに、こんなドロドロになってと涙が滲んだ。
そして、石鹸を使って軽く洗えば、なんと!

「天使!!!」

俺は思わず叫んだ。
泡を流すと現れた真っ白な毛並み。天使の羽根に見えちゃったんだから仕方ない。

「絶対に幸せにするから!」

俺のでかすぎる決意表明にびくっと体を揺らしたにゃんこを平謝りしながら抱き上げて、タオルで水気をとった。

首輪がないから多分野良で、ノミとかが気になるからベッドには上げれない。台所の床板にタオルを敷いて、そこでくつろいでもらう。場所を作ってあげると毛づくろいを始めて、俺はやっと息を吐いた。

 毛が乾いてくるとそのふわふわな質感を傍目にも感じて、モフモフしたくなる。邪な気持ちがバレたのか、じっと見るなよ、と睨まれ、俺はすみませんでしたと視線を外してそそくさと立ち上がった。

猫が口にできそうなものは出汁用の煮干ししかなくて、それを寂しく小皿に乗せて差し出してみる。ちょっと首を傾げて、前足でちょんちょんと触って様子を見る姿が凶悪すぎて、ふぁぁー!と悲鳴を上げた。今度はちゃんと心の中だけに留める。
鼻を近づけたかと思えばガジガジと口にしてくれたから、「たんとお食べ」と見守り、今からでも開いてる動物病院を片手間に探す。
品があるのに煮干しを食べてる姿が微笑ましくて、頬が緩んで落ちそうだった。

窓の外を見れば夕立を起こしていた入道雲はどこかにいってしまい、夕焼け空が広がっている。

「行けそう」

歩いて十分のところにある病院に行くことにして、タンス貯金から諭吉を二枚ほど抜いた。


病院では予防接種とノミ取りの処置をしてもらい、健康状態は完璧とお墨付きをもらった。注射のときは流石にびっくりしてたけど、あとはじっと耐えるようにしていてとってもえらかった。

一旦家ににゃんこを置いてからうきうきでドラッグストアに駆け込む。

「どれ気に入ってくれるかなぁー」

にゃんこの姿を思い浮かべつつ違うメーカーの物を一つずつ買い物かごに入れる。レジに行けば、カゴに山盛りになった猫缶とドライフードを受け取った店員さんの温かい眼差しが俺に突き刺さった。
わかりますよと言いたげに微笑まれ、俺と店員さんは会話なくして共感する友となった。

そして、家に帰り玄関扉を開けた時、それは起こった。
上がりかまちの真ん中に座ってふんぞり返るその御姿。でもちらりと投げられた一瞥は、まるでおかえりと言っているようで俺は悶絶した。

「あああ!!! 俺が欲しかったの、これ……! もう死んでもいい!」

一人暮らしが長いため、いつもの独り言が炸裂してしまう。
人間の言葉なんてわからないだろうし全く気にしない! 帰りを待ってくれていたことに感激し、ただただ涙した。
しかも俺が廊下を歩くとちゃんと後ろをついてきて……やっぱり天使かな!?

煮干しでは足りなかったようで、手に下げている袋の中身が気になってしょうがないらしい。鼻をひくひくさせて様子を窺っている。
俺が好きというよりご飯が欲しいんだよね? うんうん、わかってる。俺の方向いて欲しいけど、可愛いから許す!

お皿に猫缶の中身をあけている間ずっと足にすりすりされて、しっぽでもすりすりされて昇天するかと思った。お皿を床に下ろすとすぐに寄ってきて、一度舌でなめた後そのまま大口を開けて食べ始めた。

「ふふ、いい食べっぷり。……あ、名前決めないと。んー……雪、とか?」

今夏で季節ガン無視な上、安直過ぎるけど。
ネーミングセンスが無いのはわかってる。でもこういう時にノリでおかしな名前をつけるよりかはいくらか良い。

「雪、俺の家へようこそ。好きに過ごしていいからね」

聞いているのか聞いていないのか、よほどお腹が減っていたらしく、にゃうにゃう言いながらがっついている。
超! 絶! 可愛い! 涎たれそう。
え、待って。まさかスマホの画面を通してしか見れなかった姿が毎日拝める? え、もうここ天国じゃん!

感極まって号泣した後、雪の食後のナマ顔洗いに五体投地し自分の晩御飯を作り忘れてたけど、無事に1日を終えることができた。

夜布団に入ろうとしたところで、雪が枕の横にちょこんと座る。

「雪?」

するところんとその場で横になり、見ただけで柔らかそうだとわかる毛で覆われた腹を俺の視界に晒した。若干嫌そうだったけど、仕方ないから許してやる、と言いたげに視線をよこす。

「いいの? 触って」

ベタベタと触って嫌われたくなくて、あんまり触れないようにしてたけど、お許しが出たとなれば鼻息も荒くなる。
お腹を優しく撫でてみて、様子を見つつ頭から背中もゆっくり撫でて手のひらでモフモフを味わう。

「もう死んでいい」

俺の目からは滝のように涙が流れた。
壊れた機械みたいに「かわいいかわいい」言いながら調子に乗って触っていると、手を足蹴にされ今日のお触りタイムは終わりを告げた。
いつかお腹を吸わせてくれる日を信じて待とうと思う。

布団をかぶって寝る体勢になると、掛け布団の空いた隙間から雪がするりと入ってきて俺の腕を枕にして丸まった。
意外に甘えん坊なのか、究極のツンデレを味わい、腕も心もぬくぬく。素肌に柔らかい毛が触れて気持ちいいし、俺の頬はゆるみっぱなし。
ふわふわさらさらの毛を堪能しているとグルグルと雪の喉が鳴る。
その振動のなんと愛しいこと。
俺は雪の体温を感じながら信じられないほど気持ちよく眠りに落ちた。



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