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第二部 第二章
アルベルト① 竜の目的
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緊急事態を知らせる鐘の音。
ここ十年ほど聞くことがなく、日常の平穏に緩んでいた意識が一気に引き締まり、体がひりついた。
ティーロだけなら城に連れて行ったかもしれないが、ユーエンを一人残していくわけにもいかず、避難所となっている教会へ向かうように指示した。
その選択が間違っていたと気付いたのは、教会に巨大な竜が降りていくのが見えた時だった。
俺が着いた時には既に城内は騒然としていた。城に来る道すがら竜が攻めて来たと聞いていたため予想はついていた。対竜の戦闘訓練など実施されたことがないため、団員たちが不安を浮かべるのも無理はない。竜の存在自体が天災で、太刀打ちできるようなものではないのだから当然。
国王が竜に交渉を持ちかけるつもりだと聞いたのは丁度通りすがったギルベルトからだった。父の護衛につくことになったらしく早足だったため、言葉を交わしたのはその一言だったが。
交渉がうまくいけばいい。
竜の翼がぶつかり、一部時計塔が破損したようだが未だ攻撃行動はされていないという。目的さえわかれば、何事もなく帰ってもらえるかもしれない。
そんな悠長なことを考えていたのだ。
数匹の竜とのにらみ合いが続く中、一際大きな竜が教会へと向かうのを見るまでは。
教会の神官には守備に長けた紋章持ちが多く、防壁も強固なもの。だからこそティーロを向かわせたというのに、その防壁は張られることなく竜の接近を許している。明らかに何かがおかしい。
しかも、教会のバルコニーになぜか人影があり、周りの同僚たちもそれに気づいてか、口々に「逃げろ」と叫び声をあげ始めた。
「ティ……?」
これだけの距離が離れていれば見えるはずがないのに、その人影がティーロであるような気がしたのだ。
「ティーロ!!!」
柵に乗り出して叫ぶが、声も手も届かない。同僚に服を掴まれ、床に引き摺り倒された。
「死にたいのか!」
「っ……」
そうしてる間にも竜は教会を破壊しつつ羽ばたき、その姿はあっという間に空の彼方へと消えていってしまった。俺はそれを茫然と眺めることしかできなかった。
「純血の竜なんて、おとぎ話じゃなかったのか」
竜の姿になれるのは純血のみ、という話は誰もが知っていることだ。
「それにしても何が目的で……」
「天使だ」
「……天使? 天使がどうして」
よく知られている天使についての伝承は竜に語り継がれてきたものが漠然と世界に広まったもの。その発信源である竜たちは天使について俺たち以上に知っているに違いない。
ティーロは何かの目的のために……。
俺は床を殴りつけ、自分の力のなさに歯噛みするしかなかった。
「団長のところに行ってくる。お前たちは部屋に戻っても大丈夫だろう。竜ももうここには来ない」
目の前でティーロを連れ去られ、胸が張り裂けそうだった。しかし打ちひしがれている暇などない。半ば駆け足で団長の執務室へと急いだ。
まだ情報はここまで来ていないようで団員たちが慌ただしく部屋を出入りしている。
「団長、失礼します」
「アルベルト! 竜はどうなった!」
そこには先ほどすれ違ったばかりのギルベルトの姿。父上のところに行ったんじゃなかったんですか、という言葉を呑み込んで、団長に視線を合わせた。
「街は大丈夫です。竜は帰りました。ただ――」
「ただ? 何か問題が?」
「ティーロが……攫われました」
「なっ、どういうことだ!」
俺の報告に真っ先に声を上げたのはギルベルトだった。
反応は予想通り。この場にいてくれたのは有難いかもしれない。
「……そうか、竜が狙っていたのは彼か。わかった、アルベルトはすぐにでも救出の準備を。国王に掛け合って隊のメンバーを選出する」
「ありがとうございます。しかし私一人で行くつもりです。相手は竜。国王がいち国民に兵力を割くのを許さないでしょうし、巻き込むわけにはいきません」
「俺が同行する!」
「兄上……」
ギルベルトは怒りを孕んだ目で俺を見据えた。こめかみには青筋すら浮かんでいる。自殺に追い込んだと知ってから、ティーロに並々ならない想いを抱いてるのは把握していたが、ここまでとは。
団長も肩を竦めて俺に視線を投げた。
「こうなったら言っても聞かないのはわかってるだろ。それに団員十名集めるより馬力はあおる」
「……嫌というほど知っています。わかりました、殿下、どうか力をお貸しください」
「おうよ、当然だ。竜だろうが俺が伸してやる」
「伸す必要はありません。ティーロさえ無事ならそれで……。その前にまず場所を特定するのにリベルテの大樹に話しを聞きたいのですが、離宮への入場を許可頂けませんか」
そう、焦っても仕方がない。なによりも優先して手に入れるべきは情報。竜のねぐらを引き当ててしまうかもしれないが、ティーロに何をさせるのかわからない今、いち早く見つけなければいけない場所だ。
「問題ない。ついてこい」
「ありがとうございます。では団長、少しの間休暇を頂きます」
「なに、休暇を取る必要もない。こちらのことは任せておけ。健闘を祈る」
「はい、ありがとうございます」
団長に敬礼し、先導する兄上を早足で追いかけた。
ここ十年ほど聞くことがなく、日常の平穏に緩んでいた意識が一気に引き締まり、体がひりついた。
ティーロだけなら城に連れて行ったかもしれないが、ユーエンを一人残していくわけにもいかず、避難所となっている教会へ向かうように指示した。
その選択が間違っていたと気付いたのは、教会に巨大な竜が降りていくのが見えた時だった。
俺が着いた時には既に城内は騒然としていた。城に来る道すがら竜が攻めて来たと聞いていたため予想はついていた。対竜の戦闘訓練など実施されたことがないため、団員たちが不安を浮かべるのも無理はない。竜の存在自体が天災で、太刀打ちできるようなものではないのだから当然。
国王が竜に交渉を持ちかけるつもりだと聞いたのは丁度通りすがったギルベルトからだった。父の護衛につくことになったらしく早足だったため、言葉を交わしたのはその一言だったが。
交渉がうまくいけばいい。
竜の翼がぶつかり、一部時計塔が破損したようだが未だ攻撃行動はされていないという。目的さえわかれば、何事もなく帰ってもらえるかもしれない。
そんな悠長なことを考えていたのだ。
数匹の竜とのにらみ合いが続く中、一際大きな竜が教会へと向かうのを見るまでは。
教会の神官には守備に長けた紋章持ちが多く、防壁も強固なもの。だからこそティーロを向かわせたというのに、その防壁は張られることなく竜の接近を許している。明らかに何かがおかしい。
しかも、教会のバルコニーになぜか人影があり、周りの同僚たちもそれに気づいてか、口々に「逃げろ」と叫び声をあげ始めた。
「ティ……?」
これだけの距離が離れていれば見えるはずがないのに、その人影がティーロであるような気がしたのだ。
「ティーロ!!!」
柵に乗り出して叫ぶが、声も手も届かない。同僚に服を掴まれ、床に引き摺り倒された。
「死にたいのか!」
「っ……」
そうしてる間にも竜は教会を破壊しつつ羽ばたき、その姿はあっという間に空の彼方へと消えていってしまった。俺はそれを茫然と眺めることしかできなかった。
「純血の竜なんて、おとぎ話じゃなかったのか」
竜の姿になれるのは純血のみ、という話は誰もが知っていることだ。
「それにしても何が目的で……」
「天使だ」
「……天使? 天使がどうして」
よく知られている天使についての伝承は竜に語り継がれてきたものが漠然と世界に広まったもの。その発信源である竜たちは天使について俺たち以上に知っているに違いない。
ティーロは何かの目的のために……。
俺は床を殴りつけ、自分の力のなさに歯噛みするしかなかった。
「団長のところに行ってくる。お前たちは部屋に戻っても大丈夫だろう。竜ももうここには来ない」
目の前でティーロを連れ去られ、胸が張り裂けそうだった。しかし打ちひしがれている暇などない。半ば駆け足で団長の執務室へと急いだ。
まだ情報はここまで来ていないようで団員たちが慌ただしく部屋を出入りしている。
「団長、失礼します」
「アルベルト! 竜はどうなった!」
そこには先ほどすれ違ったばかりのギルベルトの姿。父上のところに行ったんじゃなかったんですか、という言葉を呑み込んで、団長に視線を合わせた。
「街は大丈夫です。竜は帰りました。ただ――」
「ただ? 何か問題が?」
「ティーロが……攫われました」
「なっ、どういうことだ!」
俺の報告に真っ先に声を上げたのはギルベルトだった。
反応は予想通り。この場にいてくれたのは有難いかもしれない。
「……そうか、竜が狙っていたのは彼か。わかった、アルベルトはすぐにでも救出の準備を。国王に掛け合って隊のメンバーを選出する」
「ありがとうございます。しかし私一人で行くつもりです。相手は竜。国王がいち国民に兵力を割くのを許さないでしょうし、巻き込むわけにはいきません」
「俺が同行する!」
「兄上……」
ギルベルトは怒りを孕んだ目で俺を見据えた。こめかみには青筋すら浮かんでいる。自殺に追い込んだと知ってから、ティーロに並々ならない想いを抱いてるのは把握していたが、ここまでとは。
団長も肩を竦めて俺に視線を投げた。
「こうなったら言っても聞かないのはわかってるだろ。それに団員十名集めるより馬力はあおる」
「……嫌というほど知っています。わかりました、殿下、どうか力をお貸しください」
「おうよ、当然だ。竜だろうが俺が伸してやる」
「伸す必要はありません。ティーロさえ無事ならそれで……。その前にまず場所を特定するのにリベルテの大樹に話しを聞きたいのですが、離宮への入場を許可頂けませんか」
そう、焦っても仕方がない。なによりも優先して手に入れるべきは情報。竜のねぐらを引き当ててしまうかもしれないが、ティーロに何をさせるのかわからない今、いち早く見つけなければいけない場所だ。
「問題ない。ついてこい」
「ありがとうございます。では団長、少しの間休暇を頂きます」
「なに、休暇を取る必要もない。こちらのことは任せておけ。健闘を祈る」
「はい、ありがとうございます」
団長に敬礼し、先導する兄上を早足で追いかけた。
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