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第二部 第二章
番の自由と引き換えに ーユーエン視点ー
しおりを挟む「よくやった」
気を失ったティーロを肩に担いだのは長老の右腕と言われる男シュメル。そして空を飛ぶ竜はこの男の弟だ。
僕の手を掴むと下降してきた弟の背に浮き上がるようにして飛び乗った。竜が羽ばたいて舞い上がれば、突風が吹き荒れて神殿のステンドグラスはひとつ残らず破壊される。混血がどうなろうとお構いなし。
竜たちの純血信仰は、とても根深いものだった。
アルベルトさんが一緒じゃなくてよかった。ただ命令を聞くしかできない僕にはこれが最善。
もし一緒だったら……この男はきっと……。
そう考えて、僕は現実から逃げるように瞼を閉じた。
僕はある日、知らない森の中にいた。
その頃の僕は十歳になったばかりのまだ子供で、その心細さに我慢できずに泣いているところを、近くの村の人達に保護されてそこで暮らすようになった。
そこがディアネリア山脈の麓町ニセルだった。
最初は言葉もわからないし、食事も口に合わない。何より両親も家も忽然と消えてしまった寂しさにどうにかなってしまいそうだった。毎日泣いて暮らしていたように思う。
そんな僕の面倒を見てくれたのは村長の家族。彼らはとても優しくて、僕は徐々にその村にも慣れ、村長たちを自分の家族だと思うようになった。
もう元の場所には戻れない。
そう漠然と理解してからは馴染むのが早かったと思う。
十六歳になり、村の一員として畑仕事や狩りを手伝うようになった頃、村に一人の男がやってきた。
目的は僕の右の二の腕にある紋章。同じ紋章を持つ番を求めて村を訪れたとその男は告げた。
そして村の人に見送られるまま、何も疑うことなくその人と一緒に村を離れた。
そして連れてこられたのは……竜の隠れ里だった。
僕の番は竜。この世界ではもう絶滅したと言われる純血の竜だった。
驚きはしたけど、村にいた時も人間とは少し違った血が混ざっているとわかる人もいたし、竜は人の形をまねて姿を変えられるからそこまで恐怖心はなかった。
「初めまして、ユーエン。君の番のウルリヒだ」
淡い水色の髪をした優しい面持ちの若い竜。彼はこの里の王で、番の僕は村の人達に歓迎され、宴も開いてくれた。里にいるのは五十人ほどだったけれど賑やかな所だった。
王の番だ、宴会だ、ともてはやされ、僕は浮かれていた。皆に歓迎されているんだと。肝心の王の姿が見えなくなったことを不思議にも思わずに、ただ勧められるままに飲み食いした。
そして、気が付いた時には体が動かなくなっていた。
体調が悪いようだと宴はお開きになり、離れのようなところに運ばれた。里で権力を持つのは一割ほど。そいつらに久しぶりのよそ者だとまるで物のように扱われた。珍しいおもちゃでしかなく、その日から僕は彼らの『娯楽』になった。
媚薬のような香を焚かれて朦朧とする僕の体を好き勝手に弄ぶ長老たち。気を失うことはできず、僕の意識にその行為はしっかりと刻まれた。どうして王は僕を守ってくれないのかと何度も恨んだ。
僕は部屋に閉じ込められ自由に出歩くことさえ許されず、ウルリヒと会えたのは随分と経った後だった。
「ユーエン、すまない。すまない」
二度目に会った時、僕は足に枷が付けられ、着ているものは最小限に体を隠せる布切れだけの状態だった。ウルリヒは額を床に擦りつけて僕に謝った。その顔は痩せこけていて、僕の姿を見て顔をゆがめて涙を流した。
「会いたかった。ずっと」
話す気力もなくぼんやりと眺めていた僕をウルリヒは掻き抱いた。
ウルリヒは僕に会わせなければ食事を取らないと、この一月一切の食べ物を口にしていなかったようだった。
「私はただのお飾りだ」
そう彼は零し、首に巻かれた太い金属製のチョーカーを指さした。
奴隷の首輪。民族的な装飾だと思っていたものは、ウルリヒの自由を奪うものだった。先代の王がなくなった時ウルリヒは右も左もわからない幼い竜で、それ以降ずっと首に嵌められているのだという。王の血筋を途絶えさせてはいけないという古からの掟があり、自害させないための枷。彼に実権などなく子供を産むという行為のため生かされていた。
彼が生まれてしばらくすると里の卵が孵らなくなったことから呪いの竜とも言われ、その上、番である僕が竜でなかったため、ウルリヒの評価は地に落ちたも同然。人間の血が混ざるなど言語道断で、僕はただの都合のいい道具になったということだった。
ただ、里に存続の危機が迫っていることは皆の共通の意識であり、どうにかして竜の子を孵化させようと試みてはいるようだった。
そんな時、光明が差した。
「皆の者、よく聞け」
里の会合の場に王の伴侶として同席させられたのは、民衆が見ている公の会だったからだ。ウルリヒも僕を守ろうと色々と抵抗をしてくれているみたいで、比較的頻繁に会えるようになっていた。今も隣に座り、僕の手をしっかりと握ってくれている。
「西の国に天使が落ちたという情報が入った」
その一言で長老たちは歓声に近い声を上げて沸いた。
「天使ってなに?」
「伝承によると、どの種族にも属さず、どの種と交わってもその血を穢すことがないとされている」
そして天使とは異世界から来た落ち人と呼ばれる存在で、純血を至高とする彼らには何が何でも手に入れたいものだった。
「僕が異世界から来たと言ったらウルリヒは信じる?」
「……もしそれが本当だとしたら、こんなに嬉しいことはない。だが、長老たちを納得させることはできない」
「どうして……?」
「伝承に出てくる天使は黒髪と黒い瞳を持っていた。そして、今回見つかった天使も黒髪と黒い瞳をしている。伝承を重んじる長老たちはユーエンが天使だと言っても信用しないだろう。それどころか……このことは絶対に口にしてはいけない」
僕の容姿は北欧出身の祖母から色濃く受け継いだこともあり、髪は赤みがかった金色で目はくすんだ青色。
そんなことで判断されるのかと愕然としたけれど、ウルリヒも僕が彼を励まそうと軽く口にしたことだと判断したみたいで、僕は閉口した。ウルリヒも里の考えに染められているのだから、仕方のないことだった。
「ありがとう、ユーエン」
ウルリヒは僕を抱きしめた。そして、いつかこの里から抜け出して二人で暮らしたいと、初めて願いを口にしたのだ。
「おまえも役に立つときが来たぞ」
僕の体を散々弄んだ後、長老は満足そうに汚い笑みを貼り付けながらそう言った。
抵抗すれば香を焚かれる。香を使われると三日ほど前後不覚になって酷いだるさと吐き気に襲われる。その苦しさに比べれば突っ込んでさっさと行為を終わらせてくれた方が楽だった。
「齢が近いおまえが適任だ」
「どういうこと……?」
「おまえも街に連れていく。うまくいけば褒美にウルリヒの首輪を外してやってもいい」
命令に逆らい、首輪の呪縛により地面に這いつくばるウルリヒの姿を僕は何度も見てきた。
長老たちが僕を連れていこうとすると彼が最後まで抵抗してくれたのだ。殺してみろとでもいうように長老に立ち向かってくれた。部屋に連れ込まれることが減ったのはウルリヒのおかげだった。
「……本当に……?」
「ああ」
「どうしたらいいの? 僕は何をすればいい?」
「そうだな、まずは……」
そう言って長老は一度立ち上がる。何かを手に取って戻って来て、僕の足首を掴んだ。
何をするのかと首を傾げた時、長老の手の中にある物がキラリと光を反射させた。
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