僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

参拾参*

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 槙野唯人が学園側からの通達よりも先に自主退学したことで、事は収束を迎えた。

 五条と万里、百瀬は推薦を受け、生徒会役員に再就任することになり、副会長と書記については新メンバーを迎えた。
 瀧元は推薦されていたが辞退し、アズサがクラスに戻れるようにとアズサのサポートへ回った。

 同時に万里が口にした『大切な人』についての憶測が飛び交い、結局クラスに顔を出していない生徒がDクラスにいると情報が漏れたことで、アズサの存在が露呈。瀧元と元同室だったことや食堂で五条と万里と絡んでいるところを見ていた人間も多かったため、それは確定事項となり、学内はアズサの噂でもちきりとなった。
 もともとクラスメイトとの関係が薄く、外見だけが印象的だったアズサは詳細不明の謎多き人物として様々な噂が流れた。『誰とでも寝る』という噂は槙野が悪意を持って流したものだと理解され、アズサにとって悪い噂が立つこともなく、アズサを見守る側としては胸を撫で下ろしていた。
 当の本人はまだ俺の部屋があるフロアから出られず、そんなことになっているなど全く知らずにいる。

 ただ問題なのが、『大切な人』を一目見ようと、特別寮に住む各委員の委員長副委員長がこの五階にやって来るようになったことだ。一般生徒は自由に出入りできないため安全と言えば安全なのだが、黒髪にしたことで以前の安っぽい雰囲気はなくなり、清廉さを纏うようになったアズサに皆興味深々で何かと構いたがるのだ。
 その上、誰かが五階に上がってくると俺の後ろにすぐに隠れるアズサを『臆病な黒兎』と陰ながら呼ぶようになる始末。だが、アズサが人と関わる機会を減らしたくないため、委員長連中を出禁にするつもりはない。もちろん一定以上近づかないように睨みを効かせてはいるが。
 しかし口説かれたり、可愛いと誉められているのをアズサはただの社交辞令だと軽く流しており、新たな心配の種が生まれてしまった。

「センパーイ、できたよー」

 ふふんと鼻歌を歌うほどに機嫌がいいアズサ。
 作り笑いはほとんどなくなり、少しずつ自然に笑顔を浮かべるようになってきていた。そのぎこちないながらも、アズサのもともとの性格がにじみ出るような柔らかい笑顔に目が釘付けになることもしばしば。

「今日はねー、野菜たっぷりオムレツ!」

 養子になると決まってからはアズサが朝食を作ると申し出てきて、こうして早起きして腕を奮っている。
 そんな中、いままでアズサが料理をしなかった理由に気付いたのはわずか数日前。野菜を切るのを手伝ってほしいと頼んだが、アズサにはそれができなかった。アズサはハサミ以外の刃物を持てなかったのだ。
 あの事件かららしく、「朝御飯なら包丁なくても作れるでしょ?」と語ったアズサの偽りの満面の笑みは傷跡の深さをもの語っており、胸が痛んだ。

 母のエレナに野菜が料理ばさみでも切れると教えられてからは、料理のバリエーションも増え、アズサ自身もそれを愉しんでいた。一つ一つ過去を克服していこうとしているアズサに頬が緩むのも仕方ない。

「美味そうにできてるな」

 そう?、と嬉しそうに微笑むアズサが愛しくて堪らず、エプロン姿のアズサを抱き寄せた。

「さ、冷めちゃうから、後にしてよね」

 口は相変わらずだが、顔が少し赤らんでいるのを見ると照れ隠しだとすぐに分かる。

「そうだな。温かいうちに食べよう」
「…うん」

 体を離すと名残惜しそうに見上げてきたため、俺はアズサの額に軽く口づけして、「後でな」と耳元で囁いた。
 うん、と小さく頷くアズサをまた抱きしめたい衝動に駆られるが、それをなんとか抑えてエプロンを外してやり、席に着いた。

「美味いな」

 一口口を付けて俺がそういうと、へへ、と照れながらも、アズサも料理に手を付けた。
 日に日に料理の味付けがうまくなって来ているのはアズサが努力を惜しまないからだろう。母も今度はアズサにパンの作り方を教えると意気込んでいた。あの両親の事だからと心配はしていなかったが、親子関係も徐々に築けているようで、不安は一つずつ解消していた。

「今日、宗ちゃんとヒノちゃんが来てくれるって」
「悪いな、いつも」
「平気平気。三人でとびっきりのディナー作るって計画してるし」
「…そうなのか? それを食べれないのは残念だな…」
「大丈夫! 先輩の分もちゃんと取っておくからね」
「楽しみにしておくな」

 俺の返事にハッと頬を染め、それを誤魔化しながら、明日のお弁当にするのもいいよねー、と楽しそうに悩むアズサ。プラスの感情を与えられるのにはまだまだ慣れないらしい。俺以外からの言葉には全く反応しないのだが…。
 唯一俺に対してだけこの初々しい反応を見せるアズサが愛しくて堪らない。

 情緒の不安定さもかなり落ち着いて来てはいるが、何かを考え込んでいたり、唐突に泣きだすこともあり、完全に吹っ切れたわけではない。いつでも傍にいてやりたいが、行事前になると夜遅くなる日が続くため、瀧元が率先してアズサに付いていてくれるのは助かっていた。

「ミスコンだっけ? 皆ドレスとか着るんでしょ? 化粧するとかちょっと考えられないけど」
「そうだな。アズサには必要ないものだ。そのままが一番可愛い」
「…ばっ…」

 狼狽え、耳まで真っ赤にして「バカ」と呟いて俯く姿に胸が熱くなる。
 少しでも褒められるとすぐに頬を染める姿が余りにも俺のツボを突いてくるため、この表情見たさにこうしてらしくない言葉を並べてしまうのは致し方ないこと。

「ぼ、僕も見たかったなぁ。ミスコン。去年の写真見せてもらったけど、皆すごい綺麗だし可愛いし、凝ってるよね」
「ああ。来年は一緒に見ような」
「…来年……」

 アズサは一瞬目を見開いてしばらく俺を眺め、「うん…」と涙を湛えた目を細めてほわりと微笑んだ。
 来年も共にいる、ということがアズサにとってどれ程価値があることなのか、ひしひしと感じられるその幸せそうな微笑みに心奪われた。
 ドクドクと心臓が音を立てる。

 これは……無理かもしれない。

 空になった皿を重ね始めたアズサと共に食器を片づけ、零士に「遅れる」と素早くメールを打った。

「アズサ」

 名前を呼ばれて、きょとんとした顔をしているアズサを抱きしめ、抱え上げると、「え? え?」と声を発していたが、ベッドまで連れて行くと、事を察して慌てた様子で俺の腕を掴んだ。

「ま、待ってよ。じゅ、授業…」
「問題ない」
「先輩、風紀委員長!」
「遅刻することは連絡した。無断欠席じゃないから風紀には違反してない。ちゃんとした理由があるしな」
「り、理由…?」
「このままだと授業に集中できそうにないからだ」
「集中……って…」

 ぐっと腰を押し付けると、触れる熱に気付いたらしく、アズサは湯気が出そうなほどに顔を赤らめた。

「いいか?」

 耳元で囁くように訊けば、アズサは体をピクリと震わせた後、目を逸らしながらコクリと頷いた。

 触れ合うだけのキスを落としてから、頬を撫でるとアズサは閉じていた瞼を開け、俺を見上げる。俺だけを真っ直ぐに映すその瞳。
 ずっとこのまま俺だけを見ていればいいと昏い独占欲に囚われそうになる。
 アズサには皆の中で笑っていて欲しいと思う一方で、他の所に行かないように、腕の中に閉じ込めたいという思いに揺れる。

 しかし、それでは意味がない。
 頼る人間が俺しかいない状態の今から卒業した時、アズサ自身が判断すべきなのだ。

 だからこそ離れていかないように、小さな世界に閉じ込めておきたい、と自分本意な思いが湧く。その堂々巡り。

「…ん、ぁ、…っァ…ン…」

 後ろから抱き締めながら攻めれば、シーツをひっしと掴んで、頬を上気させ快感に涙を流すアズサ。以前のような演技ではない。それは奥を突くたびに締め付けるように蠢く内部が物語っている。
 ぽたぽたと先走りを零す先端を指で捏ねるように強く刺激してやると、快感が強すぎるのかイヤイヤと首を振った。

「やぁあっ…! あっ、ぁあっ、ィ…、イっちゃぅ…――ッ!」

 同時にしこりを抉るようにするとアズサはあっけなく射精し、シーツに顔を埋めるように倒れこんで、絶頂の余韻に体を痙攣させた。焦点が合わずに呆然とする表情と上下する細い肩を見ると肉欲が疼く。

「…ぁ、はぁ……せんぱぃ……イった…?」
「もう少し、な」
「…キモチ、よく…ない?」

 俺がなかなかイかないのが自分の所為とでも思っているのだろう。二回ほど中に出しているのだが、気づいていないらしい。結合部はすでに泡立った精液で粘着質な音を立てているというのに。
 絶頂を迎える度に半分意識を飛ばしているのだから仕方ないのかもしれない。まあ、これ幸いだと湧き上がる情欲をアズサにぶつけているのだが。

「そんなわけないだろ。おまえが感じてるのを見ると何度でも勃つんだ」
「…っ!」

 上気した顔をさらに赤くし、目を泳がせるアズサにより嗜虐心を煽られて、その汗ばんだ体を仰向けにして繋がったまま抱き上げた。イったばかりの体には辛いかもしれないが、抑えられる理性は持ち合わせてなかった。

「ぁ、待っ、……や、ぁッ……ふか…ぃ……、ひぁっ!」

 薄い腰を掴み、先ほどよりも奥、最奥の壁を下から叩きつけるように穿つと、悲鳴のような嬌声が上がる。
 黒く艶のある髪が乱れ、ちらちらと濡れた赤い唇が艶めいた。

「…アズサ…っ…」
「あ、ぁあ、あ、やぁっ、ン、あ、…ぁああああっ!」

 痙攣し熱を持った内壁にうねるように強く包み込まれ、己の欲望を最奥に叩き込んで刻み込む。
 ガクガクと全身を震わせるアズサを腕に掻き抱いて唇を奪い、荒い呼吸のまま何度も何度も口づけた。


 いつか来るその時に、俺が選ばれることを願いながら。

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