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本編
参拾弐
しおりを挟む「準備は良いか」
「オッケーです!」
講堂で行われている定例会。
壇上には何も知らない生徒会役員が顔をそろえている。
茶番だとしても、やらなければならない。
観音開きに開かれた講堂の扉をくぐり、風紀メンバーと共に講堂内に足を踏み入れる。風紀の異例な行動に何かを勘付いた生徒もおり、次第にざわめきは講堂全体に広がった。
「風紀が何の用ですか」
進行役を務めていた副会長の月城は敵意を隠そうともせず、マイクを通してそう言った。
「すでに俺たちがここにいることで気付いている人間もいるというのに、おまえは気づかないのか?」
「何をおっしゃりたいんですか?」
「――リコール。本日付で生徒会をリコールすることが決定した」
一瞬静寂に包まれた講堂は直後、先ほどよりも騒がしくなる。
舞台上にいる役員が表情を険しくしたのが見て取れた。瀧元だけポカーンと口を開けているのは見なかったことにする。
「何の権限があって、貴方たちがリコールをするのですか?」
「権限? 規約も知らないのか? 過半数の生徒の署名と一通の嘆願書でリコールできることを」
「知っています! だからこそ風紀がリコールを申し立てても意味がないと言っているのです」
「風紀がリコールの申し立て? 本当に風紀だけがリコールを望んでるとでも思っているのか?」
俺は睨みつけるような月城の視線を受けながら舞台に上り、生徒会役員の親衛隊と協力してかき集めた署名とある人物からの嘆願書の束を演台の上に音を立てて置いた。
「お望みの署名と嘆願書だ」
その束の分厚さに月城は顔を青くしながら、紙をめくっては内容に目を通していた。
「月城と不破野については親衛隊解散申請が昨日提出された」
なっ、と月城は顔を上げ、不破野は自分の親衛隊メンバーの固まる場所へ鋭い視線を向けた。
親衛隊は裏切らないとでも思っていたのか。俺が集まるように声をかけた時にこの二人は槙野を庇い、親衛隊をひどく罵ったというのだから、至極当然の流れだろう。
「職務を放棄した上、規律を乱し、一連の騒動を収束させようと努力もしなかった。その責任を取って、おまえたちには生徒会を辞めて頂く」
ちらりと沈黙を守っている五条と万里に視線を送ると、五条が口パクで「おぼえてろよ」と俺に言葉を投げてきて、俺は苦笑いせざるを得なかった。
「待ってよ!」
そう声を上げたのは槙野。
「僕に制裁してきた親衛隊が悪いのに、どうして要君と隆志君が責められなきゃならないの?! それに生徒会の仕事をさせないようにしてたのはその双子だよ!?」
槙野が見かけに似合わず、堂々とした声で叫ぶ。
聞き慣れない名前が含まれていたが、きっと月城と不破野の事だろう。
「そうです! 唯人の言うように、百瀬が生徒会室を私物化したせいで、私たちは仕事することも叶わなかったんです!」
「唯人入れるの…嫌がった…」
潤んだ目で睨みつけている槙野とそれを守るように立つ二人に向かって百瀬が同時にべーっと舌を出した。
「生徒会室にいてもうるさいだけだから、出て行ってって行っただけだし」
「いても仕事してなかったのはあっちだよね? 桜」
「そーそー。僕たちしかしてなかったよねー、楓」
「ちゃんとツガちゃんにも報告済みだから、そんなの言っても通用しないよ。ねーツガちゃん」
「ああ、百瀬からも生徒会顧問からも連絡が来ている。風紀に書類を持って来るのもいつも百瀬だったからな。それにその嘆願書は百瀬が書いたものだ」
月城と不破野は慌てて、俺の渡した紙束の嘆願書に目を落としていた。
「リューちゃんとバンちゃんからはお仕事できない理由聞いてたから、仕方ないけど」
「お仕事しんどかったよねー。桜」
「ねー、楓」
二人で身を寄せ合って、うんうんと相槌を打ち合っている姿に、講堂内から「かわいい」「美しすぎる」とぼそぼそと声が聞こえる。流石にいつものように野太い悲鳴が上がることはなかったが。
「違うよ! 仕事できなかったのは親衛隊が制裁してきた所為だから、全部親衛隊が悪いんだよ!」
「親衛隊とのコミュニケーションを疎かにしていた結果だ。仕事も百瀬に押し付けた上、親衛隊に責任転嫁とは、生徒会役員としてあるまじき行為だな」
俺は槙野と月城を見据えた。
実際、俺にとっては生徒会の仕事も親衛隊のこともどうでもいい。
俺が一番許せないのは、アズサに制裁を行っていたのが月城の親衛隊だったということだ。解散申請書を持って来た際に月城の親衛隊隊長が申告してきたのだ。月城から指示を受け、不審ながらも大事にならない程度の制裁をアズサに下していたと。
そして、その指示を月城に出していたのは、言うまでもない。
「皆ひどい…っ!」
急に槙野は舞台に蹲り、わんわんと泣きだした。
「僕が可愛いからって、皆僕の事妬んでるんだ!」
「唯人!」
月城と不破野が槙野に駆け寄り、あやす様にして宥め始めた。やはりこの光景にはゲンナリする。
「妬むはずないよねー。楓」
「そうだよねー。桜が一番かわいいもん」
「えー、楓の方がかわいいよ!」
相変わらずの双子の会話に講堂の空気が和んでいくのが分かる。そんな中、「うるさい!」と声を張り上げたのは、注目を浴びられずに痺れを切らした槙野だった。
槙野に視線を戻すと、槙野が蹲っていた場所で立っていたのは金髪碧眼の少年。
溜息を吐く生徒もいるほどに、そこに現れた少年の容姿は確かに整っていた。月城と不破野が守るようにして立ち上がったのだから、きっと槙野なのだろう。
かつらとカラコンでアズサになりすましていたと言う事か…。
「こんな可愛い僕が悪いことするわけないよ。皆わかってくれるよね?」
…………。
どういう思考回路なんだろうか。俺は固まるしかなかった。
相当に自分の容姿に自信があるのかもしれないが、初等部の万里を見ている人間からすれば、特に大騒ぎするようなものでもない。
多少の生徒からは同意の声が飛ぶ。しかし大半は俺と同じように沈黙していた。
「「うん…、まあ…、かわいいかなぁ…?」」
百瀬は顔を引きつらせながら、後ずさりしながら答え、万里と俺を交互に見て、槙野に視線を戻した。
「でもバンちゃんいるし、ツガちゃんもいるから」
「そのぐらいの可愛さだと、通用しないと思うよ?」
「あぁ、モモちゃん! コンプレックス刺激しちゃダメだって!」
万里が双子を止めに入ったのを見て、俺は講堂から早く立ち去ろうと決めた。
「とにかくだ。リコールはすでに決定した。一週間後に役員投票を行う。立候補するものは今日中に風紀委員に申請書を、推薦については五十名以上の署名にて受け付ける」
そう言い放って逃げるような思いで踵を返した。
「なんで? なんで思い通りにならないの?!」
空気になりかけていた槙野がそう声を発したのは俺が舞台からの階段を下り終えた時だった。
容姿次第でどうにでもなると思っていたのだろうか。確かにリコールの署名を集める段階で、槙野に熱を上げ、親衛隊に暴言を吐く生徒や教師もいた。そいつらは槙野のこの容姿に落ちたということだろう。だがそれは一部の人間にしか通用しない。
講堂内がしんと静まり返った後、万里が俺の方をちらちらと見ながら一歩前に出た。
俺をネタにするつもりということが見て取れてそのまま立ち去ろうとしたが、ニヤニヤとした戸塚に腕を掴まれて、「一ノ瀬の復讐にちょうどいいっしょ」とこそこそと呟かれ、「鼻へし折ってやりましょう」と他のメンバーにも囲まれ、俺は肩を落とすしかなかった。
「…えーっと、知りたい?」
万里が控えめにそういうと、槙野は眉を寄せて万里を見た。
「うーん、ちょーっと言いにくいんだけど…そんなに可愛くないからかな…。そこにいる風紀委員長が初等部の時の方が可愛いって言うか、初等部からいる生徒はみんな目が肥えちゃってるんだよねぇ…」
一気に視線が集中するを肌で感じる。
俺の昔の姿を知る生徒達から温かい目で見られるのが居た堪れない。
「可愛かったよなぁ…。バンリももち可愛かったけど…」
「あぁ…オレのヤマトちゃん…」
成長と共に目付きが悪くなろうが、図体がでかくなろうが、髪を黒く染めようが、記憶を消すことはできないのだから仕方のないことだ…。
気持ちの悪い呟きを聞かなかったことにして、俺は動向を見守った。
「そんなもので人を思い通りにできると思ってた頭も残念だしな…」
五条も万里に便乗して、腕を組んで溜息を吐いた。
そのことで、騒めきが起こる。
この二人も槙野に傾倒しているように見えていたのだから、この発言は予想外だったのだろう。
「なっ! ひ、ヒドイよ、万里君も龍治君も!」
「えー、どっちが酷いかな? この際だから、ぜーんぶ暴露しちゃおっか、ねぇ? リュウ」
「ああ、そうだな」
二人は頷き、勢いよく生徒達の座る方向に向かって頭を下げた。
何事かと、驚きの声がいたる所で発せられる。そして慌ててその横に並ぶようにして瀧元が頭を下げれば、ざわめきは最高潮に達した。
「悪かった。これは俺たちの責任だ」
「本当にごめんね、皆」
「本当にすみませんでした!」
三人が頭を上げて、話し始めると会場全体がその声を聞こうと耳を傾けていた。
「槙野唯人を生徒会に入れたのは、僕たちの大切な人を守るためだったんだ。酷い合成写真を使って、その子を陥れようとしていたのを阻止するために」
大切な人、という言葉にざわりと会場が揺れる。
しかし、万里と五条は話し続けた。
「俺たちが傍にいれば、その写真もばらまかない、危害も加えないという事だった。だが、それは果たされていなかった。月城の親衛隊を使って制裁を行い、その上、人を雇い、性的暴行を加えるように指示を出していた」
「今その子は精神的に参っちゃって、療養してる。もう安全な所にいるから大丈夫だけどね」
「理由があったとしても、生徒会の職務を放棄していたのは百瀬の言う通り事実だ。今まで、本当に迷惑をかけた」
事情を知って、五条や万里、瀧元を信じていた生徒たちは安堵の表情を浮かべ、ちらほらとすすり泣く声が聞こえてきた。
「――だからさ。もう契約破談ってことでいいよね? 槙野」
槙野に様々な感情が入り混じった会場の視線が集まり、槙野はそれに気圧されて後ずさった。
「な、なんで? 僕の方がかわいいのに、なんで皆あいつばっかり構うの!?」
「唯人、私は貴方が誰よりもかわいいと思っていますよ」
「俺も…唯人が一番」
「生徒会をリコールされようと私たちがいますから、他の奴らの事など気にする必要は――」
「だめなの! それじゃ、ダメ! 僕は皆から愛されるべきなのに!」
月城と不破野はショックを受けたような顔になり、口を噤んだ。
二人は本当に槙野に好意を抱いているのだろう。槙野にはそれが見えていないようだった。想いの深さよりも数で競い合うような、人の想いを顧みない軽薄さ。槙野家の歪んだ内情が垣間見えるようだった。
槙野唯人も親の都合に振り回されてきた被害者なのだろう。けれど、同情する気はない。
「その思考回路のせいだ、槙野。他人を貶めて、好意を得ようとするその姿勢が他人の目にどう映るか、考えたこともないのか? その行為で得られたものなど一瞬で消えてしまうことが分からないのか? 処分保留期間中にでも自分の胸に手を当ててよくよく考えろ。…その答えが出る前に、退学通知を受けることになるだろうけどな。――風紀委員からは以上だ。後は元生徒会に任せる」
俺は五条と万里に目配せした後、風紀メンバーを連れて講堂を後にした。
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