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本編
にじゅーはち
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「ごめんな、アズ。本当に、ごめん」
ビクビクしながらも大和先輩にしっかり手を握ってもらい、先輩の部屋から数歩離れたところにある談話室に入った途端、宗ちゃんが床にひれ伏して、土下座した。
なんか前にも見たことある光景。
すごく懐かしく感じる…。
後ろにいる五条先輩と獅々田先輩は宗ちゃんの急な土下座披露に目を丸くしながらポカンってしてたけど、宗ちゃんと同じように床に正座して手を着いて……って何してるの!?
「俺が悪かった、梓。だから、俺の所に戻ってきてくれ」
「ホントにアズちゃんごめんね。アズちゃんをこんなに傷つけるなんて思ってもみなかったんだ。ごめんね」
謝罪とは違うのも混ざってたような気もするけど、とにかく三人が僕に対して悪意を持ってるようには思えなかった。反対に申し訳ないっていう思いが伝わってきて、身構えてた僕は肩の力を抜いた。
でも、この状況、どうすればいいの?
頭上げてくださいとか、僕言える立場じゃないよね…?
「おまえらな、一方的過ぎるだろ…。アズサの事も考えろ」
大和先輩が僕を守るようにして前に立ち、飽きれたような口調で三人にそう言った。
顔を上げた三人はあの時と違って、逸らさずにちゃんと僕と目を合わせてくれた。それだけで、目頭がぐって熱くなる。
大和先輩が『離れざるを得なかった』って言ってたのは本当のことで、宗ちゃんと五条先輩、獅々田先輩に嫌われてなかったって思っていいんだよね?
せり上がってくる感情を抑えようとして深くため息を吐くと、大和先輩が僕を片腕に抱き込んで、小さく「無理しなくていい」って耳元で囁いた。
「なんでもないよ。安心、しただけだから…」
「そうか」
先輩もホッと息を吐いて、僕から体を離した。
…ちょっと体温が名残惜しいとか思ってないからね。
「貴様! 俺の可愛い…っ…ぐェっ!!?」
何か言いかけた五条先輩を後ろから蹴り倒して踏みつけた獅々田先輩がニコニコ綺麗な笑顔を浮かべながら近づいてきて、ごくごく自然に大和先輩と話し始めた。
五条先輩って、こういうキャラだったの…?
「もー、大和、アズちゃんのことしっかり囲い込んじゃって。入る隙ないよねー。まぁ、わかってたけど」
「囲い込むとか言うな。人聞きの悪い…」
え、五条先輩そのまま放置? いいの?
それにしても、なんか、この二人、仲いい?
大和先輩がすごい砕けてる気がする…。
「アズちゃん、ホントにごめんね。大和からも聞いてるとは思うけど、僕もアズちゃんのこと大切に想ってるからね。前はあんな態度取って…、それに制裁の事も…、辛い思いさせちゃって本当にごめんね」
僕に向き直った獅々田先輩は眉尻を下げて、困ったような笑顔でそういった。
「はい…」とだけ返して、僕は目を泳がせるしかなかった。
こういうの初めてだから、どう対応していいか分からないんだよね…。
離れて行った人がこんな風に話しかけてきたことなんてないし、それこそ謝られるなんて当然なかったから、…どうしよう、困る…。
僕が戸惑ってると、獅々田先輩が僕の頭に手を延ばそうとして、大和先輩に叩き落とされてた。
「あー、ひっどー」
「油断も隙もないな、おまえは」
「だってさぁ、こんなに可愛いアズちゃん、触りたくなるに決まってるでしょ」
…こんな地味な僕が可愛いわけナイナイ。
大和先輩も獅々田先輩も視力悪くなっちゃって、大丈夫かなぁ。
「……だから、おまえらには会わせたくなかったんだ」
ん? 会わせたくなかった?
会ってやって欲しいって先輩が言ってたのに。
「えーなにそれ。大和、独占欲強すぎじゃない?」
「当たり前だ。こんな脆い状態のアズサに会わせられるか。今回許可したのはすべてアズサのためだ」
んー、僕結構大丈夫だけどなぁ。
先輩が心配するほど落ち込んでないし…。
それにしても、獅々田先輩の後ろから妙に強い視線を感じる…。もちろん誰から向けられてるかは分かってるんだけど、怖くて向けない。
「大和が黒黒うるさかったけど、こだわる理由もわかるなぁ…」
って言いながら僕の顔をまじまじ見てくる王子様。
嫌な感じはしないけど、久しぶりに向けられる視線だから、少し居心地が悪いかも…。
次は宗ちゃんまで僕の顔をガン見してくる。
「…アズ、ホントにアズなんだよな…?」
「……うん」
僕ってわからないぐらい変わってるとは思わないけど、前が前だったから仕方ないのかも。雰囲気がジミーになってるのだけは自分でも理解してるし。
「友達だって言っておきながら、部屋突然出て行ってごめんな…」
宗ちゃん…。
「アズの事、守りたいって思ってたのにそれもできなくて…、最終的に追い込むことになって…。本当にごめん」
辛そうな顔をする宗ちゃんを見てると、こっちまで悲しくなってくる。
宗ちゃんも僕を避けようと思って避けてたわけじゃないって、今ならちゃんと分かるから。
「…僕も、ごめんね…。宗ちゃんのこと信じられなくて…」
「アズ…」
宗ちゃんのイケメン顔が苦しそうに歪むのがちらっと見えたけど、宗ちゃんはすぐに俯いて、もう一度「ごめん」って小さく呟いた。
「アズちゃん…、そのぐらいで許してやってね…。今のアズちゃんの攻撃力って半端ないから」
「そうだな…。それにアズサが謝る必要なんてない。謝罪だけ受け取っておけばいい」
えっと…、信じられなかった僕も悪かったし、宗ちゃんの気持ちを軽くしたかったんだけど、良くなかった? 謝れば全て良しっていう訳でもないんだね…。難しいなぁ。
人との付き合い方に疎い僕は素直に頷いておいた。
そういえば…、僕を避けなきゃいけない理由ってなんだったんだろう。
『僕を守るため』って何から守るためだったんだろう。
「アズサ、どうかしたか?」
大和先輩が心配そうに僕の顔を覗きこんでくる。
「どうしてかなって。その…、避けてた理由…」
「…あぁ、そのうち必ず話す。今はまだ早い」
もー、先輩、過保護過ぎだよ。
なんとなくの原因は唯人だって分かるし、何かしようとしてたってことも分かる。
「大丈夫だよ? 僕、もう平気だし、理由知らないとすっきりできないでしょ?」
「…アズサ」
「アズちゃん…」
大和先輩は黙ったまま目を伏せて首を振った。
これからは唯人も何もしてこなくなるはずだから、全然平気なのに。
だって、僕はもう槙野の人間じゃないし、これから会うこともないからね。嫌な思いしなくて済むようになるってホント楽。こんなことなら、父さんも早く実の子じゃないって言って解放してくれたら良かったのにさ。
そうそう、こんな風に考えれるようになったんだし、大丈夫大丈夫。
大丈夫なのに…、
「どうして? …どうして…教えて、くれない…」
ほろって目の端から何か落ちた。
あれ?
なんで?
答えを求めるみたいに大和先輩を仰ぐと、ギュって息もできないくらい強く抱きしめられた。
「アズサ…ゆっくり行こうな」
先輩の諭すような温かい声が心に染みてきて、声を上げて泣いてしまった。
ホント、どうしちゃったんだろう。
こんな急に意味もなく泣いちゃって、先輩、呆れてないかな?
◇ ◇ ◇
目を開けると、目の前に壁――じゃなくて、大和先輩の胸板があった。 先輩の体が温かくて、無意識にぴったりくっついちゃうみたい。
寝た時はベッドの端にいるのにさ。
僕が起き上がると先輩の瞼が開いて、琥珀色の瞳と目が合う。
「おはよう」
「……おはょ」
このシチュエーション、毎朝照れる。全然慣れない。
でも、抱きしめられるの待ってる僕ってもう先輩の術中に嵌ってるんだと思う。
「少しすっきりしたみたいだな」
僕が先輩の顔を見上げると、先輩は目を細めて、薄くて形のいい唇をおでこに優しく押し当てた。
確かにすっきりしてるかも…。頭が冴えてるし、心も軽くなってる。なんであんな風に涙が出たのか今でも理解できないけど…。
宗ちゃんと獅々田先輩に心配かけちゃったよね。僕が泣き始めたから、あの後すぐ部屋に戻ることになっちゃったし…。
「ずっと泣いてなかっただろ。もっと泣いて発散した方が良い」
「……でも…迷惑、かけるから…」
僕がそういうと先輩がふぅと息を吐いた。
「迷惑だと思ってたら、部屋にいさせたりしない。だから無理に感情を抑えようとしなくていい。泣きたくなったら好きなだけ泣けばいい」
そうだよね。
僕が邪魔ならとっくに追い出してるよね。
そっか…、先輩、僕を邪魔って思わないでいてくれるんだ。
一緒にいて、こうやってギュって抱き合って、一緒に寝て。そういうことも嫌じゃない、ってことだよね。
まあ、当たり前だよね。嫌な奴と抱き合ったりしたくないし、好きじゃないとできないできない。キスしたりなんて先輩とじゃなきゃ嫌だし、大好きな大和先輩以外からこんなことされようものなら吐き気するもん。
ホント、先輩も僕なんかによくキスできるよね。一日何回も……、――えっと、先輩って何回も僕にキスしてるよね? 吐き気しないのかな…? 吐き気するようなこと何度もしない、よね。いつも今みたいに穏やかな顔だし…。キスしても気持ち悪くならないって……僕と一緒…? 僕は大和先輩が好きで…、だから大丈夫で…。
えっと…、
えっと…、
「…先輩って…僕の事、ホントに好きだったり、するの…?」
「…………」
あ、先輩が固まった。
そして、盛大な溜息。
「…伝わってないとは薄々感じてたけどな…」
「……え、っと」
「今、伝わったのなら、それで十分だ」
ちょっと、待って…。
大和先輩が僕のこと好き?
え、
え、
え、
え。
今まで毎日ギュってして好きって言ってくれてたのって…、毎日キスしてくれたのって…、毎日抱きしめながら寝てくれてたのって…。
ただ安心させるためとか、責任感とか義務でしてたわけじゃなくて、僕が好きだから…?
先輩が僕を甘やかしてたのって、そういうことだったの?
かぁって音が出てるんじゃないかってくらい顔だけじゃなくて、全身が熱くなって、火照りと動悸で体がおかしくなりそう。
「そういう感情には疎いんだな」
「…え、あ……その…」
そ、そんなのしょうがないよ。
大和先輩が本気で思ってるなんて、考えもしないもん。
こんなカッコよくて、僕のヒーローで。
「好きだ」
「……っ…」
あ、だめ。
ブワって感情が昂って、あっという間に涙がボロボロ零れ始めた。
僕の涙腺壊れちゃったみたい。
もう、どれだけ泣けば気が済むの?
「好きだ」
僕を抱きしめて、先輩はもう一度僕に言い聞かせるみたいに穏やかな声で囁いた。
その声が胸に響いてくる。じんわりと心に染み入って、温かさが体中に広がって…。
「……すき…」
抑えきれなかった言葉が無意識にポロって口から出ちゃった。気付いたのは、先輩が驚いた表情で僕を見てきたから。そのあとギュって僕を抱きしめて「俺もだ」って言ったから。
言わないって決めてたのに。
言っても意味ないから、離れなきゃいけないから、言わないって決めてたのに。ダメだなぁ、僕って。
なんだかふわふわする。
体は火照って熱いけど、それ以上に心がポカポカしてドキドキして。
想いが伝わるって、こんな気持ちになるんだ…。
すごく心地いい。
長い長い抱擁の後、先輩が体を離して、僕の頬に軽くキスした。
僕はのぼせてぼんやりしたまま、先輩を見上げてるだけだったけど。
「あのな、アズサ、…俺の親に会って欲しい」
僕は首を傾げた。
「先輩のご両親…?」
どうしたんだろう。
先輩がすごく真剣な顔してる。
「ああ、そうだ。…アズサさえよければ、俺の親の養子にならないか」
え、…?
ビクビクしながらも大和先輩にしっかり手を握ってもらい、先輩の部屋から数歩離れたところにある談話室に入った途端、宗ちゃんが床にひれ伏して、土下座した。
なんか前にも見たことある光景。
すごく懐かしく感じる…。
後ろにいる五条先輩と獅々田先輩は宗ちゃんの急な土下座披露に目を丸くしながらポカンってしてたけど、宗ちゃんと同じように床に正座して手を着いて……って何してるの!?
「俺が悪かった、梓。だから、俺の所に戻ってきてくれ」
「ホントにアズちゃんごめんね。アズちゃんをこんなに傷つけるなんて思ってもみなかったんだ。ごめんね」
謝罪とは違うのも混ざってたような気もするけど、とにかく三人が僕に対して悪意を持ってるようには思えなかった。反対に申し訳ないっていう思いが伝わってきて、身構えてた僕は肩の力を抜いた。
でも、この状況、どうすればいいの?
頭上げてくださいとか、僕言える立場じゃないよね…?
「おまえらな、一方的過ぎるだろ…。アズサの事も考えろ」
大和先輩が僕を守るようにして前に立ち、飽きれたような口調で三人にそう言った。
顔を上げた三人はあの時と違って、逸らさずにちゃんと僕と目を合わせてくれた。それだけで、目頭がぐって熱くなる。
大和先輩が『離れざるを得なかった』って言ってたのは本当のことで、宗ちゃんと五条先輩、獅々田先輩に嫌われてなかったって思っていいんだよね?
せり上がってくる感情を抑えようとして深くため息を吐くと、大和先輩が僕を片腕に抱き込んで、小さく「無理しなくていい」って耳元で囁いた。
「なんでもないよ。安心、しただけだから…」
「そうか」
先輩もホッと息を吐いて、僕から体を離した。
…ちょっと体温が名残惜しいとか思ってないからね。
「貴様! 俺の可愛い…っ…ぐェっ!!?」
何か言いかけた五条先輩を後ろから蹴り倒して踏みつけた獅々田先輩がニコニコ綺麗な笑顔を浮かべながら近づいてきて、ごくごく自然に大和先輩と話し始めた。
五条先輩って、こういうキャラだったの…?
「もー、大和、アズちゃんのことしっかり囲い込んじゃって。入る隙ないよねー。まぁ、わかってたけど」
「囲い込むとか言うな。人聞きの悪い…」
え、五条先輩そのまま放置? いいの?
それにしても、なんか、この二人、仲いい?
大和先輩がすごい砕けてる気がする…。
「アズちゃん、ホントにごめんね。大和からも聞いてるとは思うけど、僕もアズちゃんのこと大切に想ってるからね。前はあんな態度取って…、それに制裁の事も…、辛い思いさせちゃって本当にごめんね」
僕に向き直った獅々田先輩は眉尻を下げて、困ったような笑顔でそういった。
「はい…」とだけ返して、僕は目を泳がせるしかなかった。
こういうの初めてだから、どう対応していいか分からないんだよね…。
離れて行った人がこんな風に話しかけてきたことなんてないし、それこそ謝られるなんて当然なかったから、…どうしよう、困る…。
僕が戸惑ってると、獅々田先輩が僕の頭に手を延ばそうとして、大和先輩に叩き落とされてた。
「あー、ひっどー」
「油断も隙もないな、おまえは」
「だってさぁ、こんなに可愛いアズちゃん、触りたくなるに決まってるでしょ」
…こんな地味な僕が可愛いわけナイナイ。
大和先輩も獅々田先輩も視力悪くなっちゃって、大丈夫かなぁ。
「……だから、おまえらには会わせたくなかったんだ」
ん? 会わせたくなかった?
会ってやって欲しいって先輩が言ってたのに。
「えーなにそれ。大和、独占欲強すぎじゃない?」
「当たり前だ。こんな脆い状態のアズサに会わせられるか。今回許可したのはすべてアズサのためだ」
んー、僕結構大丈夫だけどなぁ。
先輩が心配するほど落ち込んでないし…。
それにしても、獅々田先輩の後ろから妙に強い視線を感じる…。もちろん誰から向けられてるかは分かってるんだけど、怖くて向けない。
「大和が黒黒うるさかったけど、こだわる理由もわかるなぁ…」
って言いながら僕の顔をまじまじ見てくる王子様。
嫌な感じはしないけど、久しぶりに向けられる視線だから、少し居心地が悪いかも…。
次は宗ちゃんまで僕の顔をガン見してくる。
「…アズ、ホントにアズなんだよな…?」
「……うん」
僕ってわからないぐらい変わってるとは思わないけど、前が前だったから仕方ないのかも。雰囲気がジミーになってるのだけは自分でも理解してるし。
「友達だって言っておきながら、部屋突然出て行ってごめんな…」
宗ちゃん…。
「アズの事、守りたいって思ってたのにそれもできなくて…、最終的に追い込むことになって…。本当にごめん」
辛そうな顔をする宗ちゃんを見てると、こっちまで悲しくなってくる。
宗ちゃんも僕を避けようと思って避けてたわけじゃないって、今ならちゃんと分かるから。
「…僕も、ごめんね…。宗ちゃんのこと信じられなくて…」
「アズ…」
宗ちゃんのイケメン顔が苦しそうに歪むのがちらっと見えたけど、宗ちゃんはすぐに俯いて、もう一度「ごめん」って小さく呟いた。
「アズちゃん…、そのぐらいで許してやってね…。今のアズちゃんの攻撃力って半端ないから」
「そうだな…。それにアズサが謝る必要なんてない。謝罪だけ受け取っておけばいい」
えっと…、信じられなかった僕も悪かったし、宗ちゃんの気持ちを軽くしたかったんだけど、良くなかった? 謝れば全て良しっていう訳でもないんだね…。難しいなぁ。
人との付き合い方に疎い僕は素直に頷いておいた。
そういえば…、僕を避けなきゃいけない理由ってなんだったんだろう。
『僕を守るため』って何から守るためだったんだろう。
「アズサ、どうかしたか?」
大和先輩が心配そうに僕の顔を覗きこんでくる。
「どうしてかなって。その…、避けてた理由…」
「…あぁ、そのうち必ず話す。今はまだ早い」
もー、先輩、過保護過ぎだよ。
なんとなくの原因は唯人だって分かるし、何かしようとしてたってことも分かる。
「大丈夫だよ? 僕、もう平気だし、理由知らないとすっきりできないでしょ?」
「…アズサ」
「アズちゃん…」
大和先輩は黙ったまま目を伏せて首を振った。
これからは唯人も何もしてこなくなるはずだから、全然平気なのに。
だって、僕はもう槙野の人間じゃないし、これから会うこともないからね。嫌な思いしなくて済むようになるってホント楽。こんなことなら、父さんも早く実の子じゃないって言って解放してくれたら良かったのにさ。
そうそう、こんな風に考えれるようになったんだし、大丈夫大丈夫。
大丈夫なのに…、
「どうして? …どうして…教えて、くれない…」
ほろって目の端から何か落ちた。
あれ?
なんで?
答えを求めるみたいに大和先輩を仰ぐと、ギュって息もできないくらい強く抱きしめられた。
「アズサ…ゆっくり行こうな」
先輩の諭すような温かい声が心に染みてきて、声を上げて泣いてしまった。
ホント、どうしちゃったんだろう。
こんな急に意味もなく泣いちゃって、先輩、呆れてないかな?
◇ ◇ ◇
目を開けると、目の前に壁――じゃなくて、大和先輩の胸板があった。 先輩の体が温かくて、無意識にぴったりくっついちゃうみたい。
寝た時はベッドの端にいるのにさ。
僕が起き上がると先輩の瞼が開いて、琥珀色の瞳と目が合う。
「おはよう」
「……おはょ」
このシチュエーション、毎朝照れる。全然慣れない。
でも、抱きしめられるの待ってる僕ってもう先輩の術中に嵌ってるんだと思う。
「少しすっきりしたみたいだな」
僕が先輩の顔を見上げると、先輩は目を細めて、薄くて形のいい唇をおでこに優しく押し当てた。
確かにすっきりしてるかも…。頭が冴えてるし、心も軽くなってる。なんであんな風に涙が出たのか今でも理解できないけど…。
宗ちゃんと獅々田先輩に心配かけちゃったよね。僕が泣き始めたから、あの後すぐ部屋に戻ることになっちゃったし…。
「ずっと泣いてなかっただろ。もっと泣いて発散した方が良い」
「……でも…迷惑、かけるから…」
僕がそういうと先輩がふぅと息を吐いた。
「迷惑だと思ってたら、部屋にいさせたりしない。だから無理に感情を抑えようとしなくていい。泣きたくなったら好きなだけ泣けばいい」
そうだよね。
僕が邪魔ならとっくに追い出してるよね。
そっか…、先輩、僕を邪魔って思わないでいてくれるんだ。
一緒にいて、こうやってギュって抱き合って、一緒に寝て。そういうことも嫌じゃない、ってことだよね。
まあ、当たり前だよね。嫌な奴と抱き合ったりしたくないし、好きじゃないとできないできない。キスしたりなんて先輩とじゃなきゃ嫌だし、大好きな大和先輩以外からこんなことされようものなら吐き気するもん。
ホント、先輩も僕なんかによくキスできるよね。一日何回も……、――えっと、先輩って何回も僕にキスしてるよね? 吐き気しないのかな…? 吐き気するようなこと何度もしない、よね。いつも今みたいに穏やかな顔だし…。キスしても気持ち悪くならないって……僕と一緒…? 僕は大和先輩が好きで…、だから大丈夫で…。
えっと…、
えっと…、
「…先輩って…僕の事、ホントに好きだったり、するの…?」
「…………」
あ、先輩が固まった。
そして、盛大な溜息。
「…伝わってないとは薄々感じてたけどな…」
「……え、っと」
「今、伝わったのなら、それで十分だ」
ちょっと、待って…。
大和先輩が僕のこと好き?
え、
え、
え、
え。
今まで毎日ギュってして好きって言ってくれてたのって…、毎日キスしてくれたのって…、毎日抱きしめながら寝てくれてたのって…。
ただ安心させるためとか、責任感とか義務でしてたわけじゃなくて、僕が好きだから…?
先輩が僕を甘やかしてたのって、そういうことだったの?
かぁって音が出てるんじゃないかってくらい顔だけじゃなくて、全身が熱くなって、火照りと動悸で体がおかしくなりそう。
「そういう感情には疎いんだな」
「…え、あ……その…」
そ、そんなのしょうがないよ。
大和先輩が本気で思ってるなんて、考えもしないもん。
こんなカッコよくて、僕のヒーローで。
「好きだ」
「……っ…」
あ、だめ。
ブワって感情が昂って、あっという間に涙がボロボロ零れ始めた。
僕の涙腺壊れちゃったみたい。
もう、どれだけ泣けば気が済むの?
「好きだ」
僕を抱きしめて、先輩はもう一度僕に言い聞かせるみたいに穏やかな声で囁いた。
その声が胸に響いてくる。じんわりと心に染み入って、温かさが体中に広がって…。
「……すき…」
抑えきれなかった言葉が無意識にポロって口から出ちゃった。気付いたのは、先輩が驚いた表情で僕を見てきたから。そのあとギュって僕を抱きしめて「俺もだ」って言ったから。
言わないって決めてたのに。
言っても意味ないから、離れなきゃいけないから、言わないって決めてたのに。ダメだなぁ、僕って。
なんだかふわふわする。
体は火照って熱いけど、それ以上に心がポカポカしてドキドキして。
想いが伝わるって、こんな気持ちになるんだ…。
すごく心地いい。
長い長い抱擁の後、先輩が体を離して、僕の頬に軽くキスした。
僕はのぼせてぼんやりしたまま、先輩を見上げてるだけだったけど。
「あのな、アズサ、…俺の親に会って欲しい」
僕は首を傾げた。
「先輩のご両親…?」
どうしたんだろう。
先輩がすごく真剣な顔してる。
「ああ、そうだ。…アズサさえよければ、俺の親の養子にならないか」
え、…?
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