僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

にじゅーなな

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 目の前にお腹に良さそうなおかゆが運ばれてきたのを僕はただただ眺めた。
 大人しく座っとけ、って言われたから仕方ないと思う。昨日まで四日間高熱で寝込んでスポーツドリンクとゼリーしか口にしてなかったからまだフラフラしてるし、反対に迷惑かけそうだし、こうやって先輩の指示通りにしてる訳なんだけど…。
 実際の所、どう接していいか掴めてないっていうのもある。あんな姿見られて、号泣してるのも見られて、離れたくないとか言っちゃって…。一ノ瀬梓としてしか先輩と話したことがなかったから、どうしたらいいか分からなくて、うん、とか、ううん、とか返事だけでほとんど過ごしてる。ちょっと申し訳ない。

 今は、先輩が授業でいない時も、ずっと先輩の部屋に引き籠ってるんだ…。まるでヒモみたいに――というか完全なヒモ状態。もう全部先輩任せ。熱がなかなか引かない間もずっと看病してくれて、お礼してもしきれないよ。
 やっとまともに歩けるようにはなったんだけど、まだまだ頭がぼんやりする。本調子に戻れば掃除と洗濯くらいはできるけど、本当に僕って役立たず…。

 でも、この部屋から出られない僕はここにいるしかなくて、先輩だけが頼りで…。酷い態度を取ったのに、こんな風に迷惑かけるなんて、本当に申し訳なくて仕方ない。

 既にこの学園を辞めてるはずなのに先輩はそのことについて何も言わないし、堤さんがいつ来るのかって聞いても、「心配いらない」って返されるだけ…。スマホも没収されたままだから、全く状況が分からないんだよね…。 

「アズサ」

 ほら、とお粥の乗ったスプーンが口元に運ばれて来て、僕はどうやって口を開けたらいいのか忘れるぐらい混乱した。 

 なに?
 なにが起きてるの?

 横の椅子に腰かけた先輩が僕の方を向いて、もう一度「ほら」と言う。

 これって、これって、念願のあーんっていうものじゃ…。

「…む、――」
「早く口開けろ」

 無理って言いかけたら、唇をスプーンでつついてくる先輩。
 口調はいつも通りなんだけど、先輩が優しすぎて困る。

 嬉しすぎて心臓バクバクで顔も真っ赤な気がするけど、仕方ないなぁってフリをして口を開いた。

 ん…、美味しい。
 五臓六腑に染み渡るカンジ。
 先輩、料理ホントに上手なんだね…。見かけによらず家庭的で、僕、立場ないよね。

「うまいか?」

 僕は頷いて返した。
 先輩は僕がもぐもぐ口を動かしてるのをじーっと観察してくるもんだから、居心地が悪いったらありゃしない。

「……そんな、食べてるとこ見ないでよ…」
「いや…、素の方がやっぱりいいなと…」

 素の方がいい?
 どういう意味?

「ちゃんと喜怒哀楽が表情に出てるからな。おまえは素直でいる方があってる。それに恥ずかしがってるのが無性に可愛い」

 ――――!?
 な、何、先輩ってそういう事恥ずかしげもなく言っちゃう人なの!?
 ホント、口の中の物、ちょうど飲み込んだところでよかった。噴き出すとこだったよ…。

「…体調が戻れば、髪も黒に戻すか。絶対に黒の方が似合う」

 ちょっと根元が黒くなってきた僕の髪を指で梳きながら、僕の目をしっかりと見てキリリと言った。

 いやいやいや。
 僕、もうすぐいなくなるし、結構悲観的な境遇に立たされてるんだよ?
 引きこもりな上、払えるかわからない賠償金抱えてるんだからね? しかも、家族に血縁関係ないって言われて、他に身内がいるかなんてサッパリ分からないし、所謂天涯孤独ってヤツに急になっちゃって、その上体売らされるとかさ…。

 でも、なんだか心はすっごく平穏なんだよね…。

 先輩に助けてもらったのもあるけど、たぶん先輩のこういう態度のおかげ。
 部屋から出られなくて大変!、あんな目に遭って辛かったね、なんていう同情をしないんだよね、先輩は。ごくごく普通に自然に接してくれてる。だから落ち込んだり、憂鬱になったりしなくて済んでるんだと思う。
 先輩が甘すぎること以外、前と変わらない日常を送ってるみたいな気分でちょっと混乱するんだけどね…。

 ホントね、先輩の過保護っぷり、どうしようかなってカンジ。
 先輩の有言実行度合いは半端なくて、授業とか風紀委員の仕事で部屋を離れるとき以外はずっと傍にいてくれる。起き上がれるようになってから、朝昼晩、好きだって言いながら抱き締めてくれる。その上、ベッドも一緒…。
 このままいくと信じる信じないの次元じゃなくて、大和先輩がいないと生きていけなくなりそうな予感。僕の心にがっつり染みこんできちゃってるんだよね。
 ずっとこのまま平穏に過ごせるんじゃないかって錯覚しそうになって、ホント困る。

「食欲もあるな」

 先輩が器に入ったおかゆの最後のひと掬いを僕の口に運んで、満足したように小さく頷いた。

「おまえに会いたいっていう奴がいるんだ。良くなったら会ってやって欲しい。それに誤解も早く解いた方が良いだろうからな」

 僕に会いたいなんて思う人いるの?
 それに誤解ってなんだろう…。

「……それって、ダレ?」
「瀧元。…それと五条と獅々田」

 先輩は僕の手を握ると僕の顔色を窺いながら、ゆっくりと三人の名前を口にした。
 予想外の名前にドキッと心臓が音を立てて、あの光景が脳裏をかすめる。ほわほわした気持ちから、一気に奈落に落とされたような気分。

 あの三人は唯人の所に行ったのに、僕に会いたいの?
 唯人に言われたの?
 先輩も唯人と繋がってるの? だからあの三人に会えって言うの?

 先輩はそんなことしないって信じてる。
 でも、どうして? どうして?

 ギュっと無意識に先輩の手を握り締めてたみたいで、先輩が僕の手を擦りながら大きな手で包み込んだ。

「もう少し時間をおいた方がよさそうだな…。…ただな…、あいつらがアズサから距離を取ったのには理由がある。おまえを守るために離れざるを得なかったんだ」

 僕を守るために?

「アズサの境遇を知っていれば、他にも方法はあったかもしれない…。でも、それは結果論でしかないからな。おまえを傷つけたことには変わりない。もう少し落ち着いてからでもいい。アズサが良いと思うタイミングで構わない。会う気になったら言ってくれるか?」

 励まされるように背中を擦られ、僕は頷いた。こんなにも気遣ってくれる先輩が嘘を吐くはずないから。

 先輩がこの二日ぐらいで習慣化したハグをしてくれる。しかも今日はおでこにキス付きで、ドキドキが止まらない。なのにすごく落ち着いて、すごく幸せ。夢見心地。

 ホント、困ったなぁ…。もう抜け出せないよ…。



  ◇ ◇ ◇



 うん、黒い。

 部屋まで美容師さんが来て、僕の派手な頭はほんの数時間で真っ黒に戻った。
 数か月間のお付き合いだったけど、色んな思いが詰まってたこともあって、なんだか寂しい。
 でも、久しぶりの黒い頭を眺めてると、鏡越しに目尻の下がった先輩の顔が見えて、この頭でもいいかって思っちゃう。だってさ、先輩すごく嬉しそうなんだもん…。
 なんでこんなのがいいのかなぁ…。

「やっぱり似合うな」

 そういって、僕の頭を撫でまくる先輩。
 また、こともなげにそういう発言を…。心なしか、僕を見る時のおじいちゃんの目に似てる気がする。


 なんだかんだで過ぎていく日々。

 ――そう、まだ僕は大和先輩の部屋にいる。

 堤さんが来る気配は全くない。
 先輩ももう僕がここにいることが当たり前のように接して、僕もそれに流されちゃってる。
 毎日のように好きって言われて、抱きしめられて、ふとした瞬間に「スキ」って言葉がポロっと漏れちゃいそうになるのを抑えるので必死なぐらい懐柔されちゃってさ…。相変わらず僕は引きこもりニートで、全く自分の置かれてる状況を掴めてないって言うのに…。先輩は僕をひたすら甘やかして、それさえ忘れさせようとしてるような気がするんだよね。
 先輩は誤魔化したりはしないと思うから、ちゃんと時期が来たら事情を話してくれるって信じてはいるんだけど、このままでいいのかなぁ、っていう思いがどこかにある。

 あ、ちゃんと家事手伝いはしてるからね! 料理以外の、ね。
 もしかして家政婦的な扱いなの? かなり出来損ないだけど…。それなら住み込みで働いてるって思えばいいのかなぁ。

 ただ、ここ一応学校の寮だから、関係者以外入れないはずで、僕を置いてることに対して先輩が何か言われてないかってすごく心配。それに、先輩もしっかり授業に出て、しっかり風紀の委員長してるのを見るとこのままじゃいけないなって少しずつ心は動いてる。

 昨日まで僕の小さな世界には先輩しかいなくて、美容師さんが来るまで先輩以外と会うこともなかったし、もちろん会話することもなかった。でも今、髪を綺麗にしてもらって、美容師さんともちょっとお喋りして、ちょっと外の世界に興味が出て来たんだよね。外に気持ちが向き始めてるのってすっごい前進だよ。
 先輩は急かさないし、じっと待っててくれてる。僕の負担にならないようにって、ずっと考えてくれてる。だからきっと僕も前向きになれるんだと思う。

「…会ってみようかな…。瀧元君と先輩たちに…」

 僕が小さくそういうと、先輩は少し目を瞠って、それから「そうか」って目を細めた。
 また逞しい腕の中に囲われて、おでこにキス。今日は頬にも。
 ご褒美、なのかな? どんな意味があったとしても、とにかく嬉しいし、恥ずかしい。温かくて、心がほんわりして、「スキ」って言葉が喉を通り越して、舌先まで出てきたのを飲み込むのがホント大変。

「すぐに来たがるかもしれないけど、大丈夫か?」
「……多分、大丈夫…。…先輩、一緒にいてくれるんだよね…?」
「当たり前だ」

 ん?
 あいつらの前に一人で置いておけるか、ってボソッて聞こえた気がしないでもない。
 えっと…、なんか危険なカンジなの?
 何かあったら先輩守ってくれるってことだよね…?
 ちょっとそれは依存し過ぎ?

 僕が不安になって先輩を見上げると、先輩が見つめ返してきて、僕の頬を撫でる。眼差しが優しくて優しくて、この雰囲気、好きすぎて困るよぉ。うっとりしちゃう。

「俺がついてるから安心しろ」

 先輩、ホントに僕のツボ突いてくるよね。

「…なら、大丈夫」

 僕は俯いてそう返すしかなかった。だって、だって、もう顔熱くて――

「たまらないな…」

 え、?
 僕の考え読まれてた?
 顔熱くてたまらないからって…。

 ボケっとして先輩の顔を覗き見た途端、頭をギュって胸に押し付けられた。その後、先輩のふぅって深いため息が部屋に響いた。

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