30 / 43
本編
にじゅーろく
しおりを挟む熱い。
なんで、こんなに熱いの。
息苦しくて、体が辛い。
「アズサ」
ん、…?
だれ?
おでこに触れた、何か冷たいもの。
はぁ…、気持ちいい。
おねがい、このまま。
おねがい、離れていかないで。
「…いか、ないで……」
そのひんやりしたものが離れていくのを必死で追った。
みんな、みんなどうして離れていっちゃうの…?
辛いよ。本当は辛くて…、僕は…。
僕の伸ばした手を誰かが掴んだ。
「大丈夫。心配いらない」
優しくて…、僕の大好きな声…。
僕の手を強く握ってくれるがっしりとした手。
「ずっと、ここにいる」
本当に?
本当に?
「本当だ。おまえの傍にいるから、安心しろ」
何度も頭を撫でてくれる。
苦しいのに…、
なんて…、なんて幸せなんだろう…。
◇ ◇ ◇
頭がぼーっとする。
瞼は何とか開いたけど、頭の芯がズキズキ痛い。
起き上がろうとしたけど、体が重くて仕方ない。
それに怠い。とにかく怠い。
ここ、どこ…?
なんか見たことある部屋だけど。
あ、ここ先輩の…。
一度しか来たことないけど、それでもはっきり覚えてる。
――そっか、僕、大和先輩にまた助けてもらったんだ。
ぐぐって胸の奥が熱くなる。
嬉しくて嬉しくて、感情が溢れだしてきそうになる。
「…はぁ…」
溜息を吐いてそれを何とか回避しながら、腕をベッドに突っ立てて、体を起こした。力入らなくて、そのまま倒れそう。
でも、早く自分の部屋に戻らなきゃ、迎えが来ちゃう。
ちゃんと準備しておかないと。
ピアス男から逃げたことになるから、堤さんから何言われるか分からないし…。もしかしたら迎えにも来てもらえないかも。
電話して謝らないと…。違う方法でちゃんとお金は返すからって、今回のは無理だったって…。
僕がスマホを探すのに部屋を一周見渡すと、キッチンの方から音がしてこの部屋の主がパーティションの隙間から顔を覗かせた。
「アズサ?」
大和先輩だ…。
慌てたように一旦キッチンの方に戻ってから再度僕の目の前に現れたのは、間違いなく全てがドストライクの先輩。
し、しかも僕の名前、そんなに自然に…。こういうとき、どう反応したらいいの?
コトリとベット横のナイトテーブルにマグカップを置くと先輩がベッドに乗り上がってくる。それと一緒にレモンの香りがふわりと鼻をくすぐった。
「まだ熱は高そうだな」
「……え、…ぁ…」
呆けたように先輩を眺めていると、おでこや首を触られた後、つっかえ棒の役割をしてた僕の腕ごと体を支えてくれる。がっしりとした腕に心が揺れる。
だめ。
甘えたら、だめ。
「…部屋に戻るから…、離して…」
「この部屋が怖いのか?」
え、…?
「怖いから戻りたいのか?」
僕が顔を上げると、見たこともない先輩の心配顔があった。
そういえば、部屋から出れなくなってたんだ。
…けど、ここは…、ここは全然怖くない…。きっと僕の部屋の方が怖く感じるかも。あんなふうに入ってこられるなんて、安心できるわけないし。
どうして僕が怖がってるのを知ってるのか不思議に思いながらも、先輩の問いに対して首を振った。すると「そうか」とため息とともに呟いて、先輩は何もなかったかのようさっきナイトテーブルに置いていたマグカップを手渡してこようとする。
ま、待ってよ…。
「…で、でも、戻らないと…」
「どうしてだ? ここが怖くないなら、あの部屋に戻る必要はない。それにおまえを一人、あの部屋に置いておくことなんてできないからな」
ダメだよ。そんなの。
僕、もうこれ以上傷つきたくないよ。お願いだからそんな風に言わないで。
「…もう、この学園辞めるんだよね、僕…。迎えが来るから、部屋にいなきゃいけないの…」
先輩は僕の言ったことに対して、「あぁ」と、なんだそんなことか、みたいな感じで返してきた。
「その事なら心配いらない。こっちで対応しておいた」
対応したって…。
えっと…、僕が寝てる間に来たってこと…?
先輩が対応してくれたってことは、また堤さん来てくれるんだよね…?
それじゃないと、こんなところにいたら僕は…。
「この部屋には医者以外誰も入れないようにしてるから、安心してゆっくり休め」
僕は首を振った。
違うんだよ、先輩。
怖いのは。僕がなによりも怖いのは、先輩が離れて行ってしまうこと。
甘い言葉をかけられるのが怖い。こんなふうにされるなら、初めから罵られてた方が良い。
「……信じられないか?」
その先輩の静かな呟きのような声にハッとして僕は先輩を見上げた。
僕の頬を先輩の大きな手がゆっくりと撫でる。
ああ、この手。
夢かと思ってたのは、本当に先輩の手だったんだ。
僕の手を握って、ずっとそばにいてくれた。
「……っ…ぅ…」
本当に、僕って酷い奴なんだ。
先輩は僕を裏切ったことなんてなかったのに。
あの時も、今回も。
僕が勝手に期待したことでも、先輩は応えてくれた。
ずっと気にかけていてくれて、ずっと声をかけ続けていてくれたのに。
「…ごめんな、さい…っ…」
僕はどうしてこの人を信じられないの?
どうして?
「アズサ…、悪い。責めるつもりで言ったんじゃない。気持ちを確かめたかったんだ。…信じられないなら、おまえが信じられるようにするだけだからな」
全く怒っている様子もない穏やかな声。
先輩?
どうして、そんなに優しいの? 信じようとしない僕にどうして?
僕は何もできないのに。何の価値もないのに。
「――アズサ、好きだ。何度でも言う。アズサ、好きだ…」
僕の涙を指で拭いながら、先輩が僕の目を真っ直ぐに見つめて、本当に何度も何度も繰り返した。
そんなことされて、涙が止まるわけないよ。僕の涙腺壊れたんじゃないかな。
「……は、ぁ…………ぅ、…っく…」
…好き。
ずっと傍にいたい。
この学園を辞めたら、もう会えなくなる。
生きてる次元の違う人だから、もう会えないなんてわかってる。
なのに、
なのに…。
目尻をなぞる指が、眼差しが優しくて…。
離れたくない。
離れたくない。
「……はなれ、…く、ないよ…っ…」
溢れだす感情が声に出てしまったって気付いた途端にギュって先輩の腕の中に囲い込まれる。ふぅ、って先輩が深い溜息を吐いたのが触れた所から伝わってきた。
「当たり前だ。誰が離すか。傍にいるって言っただろ」
優しくて力強い抱擁と心強い言葉。
馬鹿みたいに声を上げて泣いてる僕の背中を先輩はまたずっと擦ってくれた。その手は本当に温かかくて、真綿に包まれてるみたいだった。
「快復するころにはすべて解決してる。おまえはただ前だけ向いていればいい」
うつらうつらしている中、大和先輩がそういったのを聞いて、僕は意識を手放した。
13
お気に入りに追加
726
あなたにおすすめの小説

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

灰かぶり君
渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。
お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。
「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」
「……禿げる」
テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに?
※重複投稿作品※
王道学園なのに会長だけなんか違くない?
ばなな
BL
※更新遅め
この学園。柵野下学園の生徒会はよくある王道的なも
のだった。
…だが会長は違ったーー
この作品は王道の俺様会長では無い面倒くさがりな主人公とその周りの話です。
ちなみに会長総受け…になる予定?です。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
目立たないでと言われても
みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」
******
山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって……
25話で本編完結+番外編4話
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる