僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

弐拾肆

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 体育館倉庫の周りには、各隊の隊長が顔をそろえ、固く閉じられた倉庫の扉を睨みつけるように見据えていた。
 俺を含めた大所帯でやって来た風紀委員の姿を目に入れると、「なんで?」「どうして?」「もう?」と口々に疑問を口にした。

「いくら風紀とはいえ、ここを通すわけにはいきません」

 前に出て、そういったのは五条の親衛隊隊長。隊長の覚悟を決めた表情に背中を押されるように周囲の隊員たちは俺たちが倉庫に近づくのを阻止しようと壁を作る。

「悪いが、おまえたちに罪を犯させるわけにはいかない。蔑ろにされて鬱憤が溜まっているのは分かるが、文句があるなら直談判しろ」
「僕たちは今まで何度も試みてきました。けれど、あいつに…――槙野に邪魔されてばかりで、あの方に近づけなかった」
「心配するな。もうじきここに来る」

 隊員たちが騒めき、信じられないと言った様子で俺の顔を見上げてくる。

「その時に腹を割って話せ。槙野は風紀で押さえて置く」

 俺の言葉に戸惑いながらも、風紀委員がただ親衛隊を糾弾するために来たのではないと理解したらしく、隊長の目配せでそろそろと道を開け始めた。

「まだあいつには手を下していません。肝心の不良グループがまだ来てませんから…。拘束して監禁しているだけです」
「…わかった。おまえたちの処分については追って連絡する」

 各々の隊長の顔を見て告げると、しっかりと頷き返してくる。五条と万里、瀧元は親衛隊との関係が元々良好であり、誤解さえ解いてしまえば問題ないだろう。槙野に本気らしい月城と不破野については管轄外だが…。

 親衛隊の作った道を抜け、鉄製の冷えた重い扉が開かれると、昏いコンクリートの地面を光が照らす。隊長が言った通り、倉庫の中には槙野一人しかおらず、後ろにいた風紀メンバーは安堵の溜息を吐いていた。
 丁度倉庫の中心に槙野は蹲り、俺の姿を認めると目を輝かせた。

「大和さん…っ」

 槙野は後ろ手に縛られているのか、身を捩り、助けを求めるように俺を呼んだ。
 複雑な思いではあったが、俺たちが遅れればこいつも酷い目に遭っていたかもしれないと思うと無下にはできなかった。

 槙野に近づき、手首を縛る紐を解いてやると、槙野は人目もはばからず、俺に抱きついてくる。

「あの時みたいに来てくれるって信じてました…」


俺の首元に顔を埋め、震えた声で白々しい科白を吐く槙野。胸に黒い感情が湧いてくるが、槙野を刺激しないように適当に頷いた。

「無事でよかった」

 俺の返答に満足したのか、槙野は目を潤ませて俺を上目遣いに見つめてくる。その眼差しから目を逸らして、槙野の手を引いて立ち上がった。

 これ以上は無理だ。
 誰に見られているか分からないのだ。この槙野との絡みが一ノ瀬の耳に入るようなことがあれば堪ったものじゃない。

「やっぱり、僕を選んでくれたんですね。…嬉しい」

 他の風紀メンバーに役割の交代を願い出るために声をかけようとした時、槙野はそう呟くように言った。

 ――『僕を選んでくれた』?

 その言葉に胸騒ぎしか感じなかった。
 何かがおかしい…?
 タレコミがあったにも関わらず来ていない不良共やつら。まるで槙野が助かることを見越していたかのようなタイミング。
 そして、槙野以外の選択肢があるとするなら、……。

「戸塚。いいか」

 俺から離れようとしない槙野を引きはがして、戸塚に押し付けるように渡した。俺と目を合わせた戸塚は何かを感じ取ったのか、黙って頷く。
 零士を伴って倉庫の外に出た瞬間、俺は一般寮に向かって駆けだした。当然のように零士も。

雷牙らいがも呼べるか」
「ほいほい」

 俺個人の事に風紀を巻き込むわけにも行かない。それに周防の末弟雷牙がいれば、何かあったとしても力負けすることもないだろう。一般寮なら中等部棟も近い。

 何事もなければそれでいい。無駄足になる方がいい。

 一般寮の入り口で反対方向から走ってくる雷牙と合流し、一ノ瀬の部屋のある三階まで駆け上がる。リビングへつながるドアを開けて部屋に入ると一ノ瀬の私室から複数人の笑い声が漏れていた。
 ドアに近づくと消え入りそうな「たすけて」という声が聞こえて、目の前が赤くなる。零士の制止も間に合わず、怒りを自覚する前に俺は扉を蹴破っていた。

 三人の男にベッドに押さえつけられている一ノ瀬の姿。
 先ほど見た映像とも重なり、感情を抑える事は至難の業だった。

 俺たちの突然の来訪に、一ノ瀬に覆いかぶさり挿れる直前で固まっているクズの襟元を掴んで持ち上げ、できる限り力を抑えて壁に向かって突き放した。変な音がした気がするが、できる限り抑えた上で起きてしまったことだ。仕方ない。

「ご、誤解だって、委員長さん」
「あ?」

 慌てたように声をかけてきたのは、不良グループのリーダー。

「こいつ、体売ってんだよ。ゴーカンでも何でもないから、合意の上だから、な、委員長さん、そう怒るなって…」
「これのどこが合意の上だ? それにな、体の売り買いは禁止事項だ」
「ま、待ってくれって。こいつが買ってくれって言うから――」
「言い訳は後でたっぷり聞いてやる」

 零士と雷牙に目配せすると、雷牙が「俺いらなかった?」と疑問を口にしていたが、俺が投げたクズを運ぶように指示を出した。零士は笑顔を浮かべながら意識のある不良グループの五人を引率し、「あとは頑張ってなぁ」と気の抜けた応援の言葉を残して一ノ瀬の部屋から立ち去った。

 二人を見送った後、一ノ瀬に視線を戻す。
 小刻みに震える手で体を隠すように布団を手繰り寄せる痛々しい姿。

「……なんで、…きたの…。…もう、こないで、って…」

 こんな時までいつもの強がりを言うのか。
 しかし、この言葉の裏に違う意味が隠されているのは、十二分にわかっている。

「一ノ瀬」

 俺はベッドに乗り上げて、一ノ瀬を掻き抱いた。俺ができるのはこのぐらいしかない。

「もう、大丈夫だ。――もう、大丈夫だからな」

 あの時と同じように声をかけるぐらいしか。
 一ノ瀬の震えを抑えるように抱き締める腕の力を強くするぐらいしか。

「気付いてやれなくて、すまなかった…」

 そういうと、ひくと息を吸い込む音と共に、一ノ瀬はそろそろと顔をあげた。見上げてくる、いつものカラコンではなく、ぼんやりとした黒い瞳があの時の記憶を鮮明にする。

「おまえは俺に礼をしに来てくれたのに、……本当にすまなかった」

 せんぱい、と音もなく一ノ瀬の唇が動く。その唇はわなわなと震え、瞳が潤み始める。それを誤魔化すように、何度も瞬きを繰り返す一ノ瀬。
 人前で泣くことを躊躇する一ノ瀬の頭を胸に抱きしめ、力を込めた。嗚咽が聞こえ、一ノ瀬の細い肩がしゃくりあげる度に揺れる。

「アズサ、ずっとおまえの傍にいる。何と言われようが、離さないからな、絶対に」  

 こらえきれなくなったのか、俺の服を指が白くなるほど硬く掴み、一ノ瀬は子供のように声を上げて泣き始める。
 一ノ瀬が泣き疲れて眠るまで、背中を擦り、抱きしめ続けた。




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