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本編
弐拾参
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瀧元は俺の視線を受け止め、少し狼狽えていたようだったが、意を決したように俺を強い眼差しで見つめてきた。
「アズは三年前、大和先輩に助けられたって…」
「一ノ瀬がそう言ったのか…?」
「…そうです。……大和先輩は、アズをセフレとしか見てなかったかもしれないけど、アズは先輩の事ずっと想ってたんだ。助けられたから、どんなことされても平気だって、好きなんだって…。それなのに、アズを酷く扱いやがって! アズに想われる価値なんて、あんたにはないんだよ!」
一ノ瀬を守りたいという一心で俺に敵意を向けてくる瀧元。その強い感情と言葉のすべてが胸を抉ってくるようだった。
俺が助けたのは一ノ瀬だった?
槙野唯人ではなく一ノ瀬?
痛めつけるようなことをしても、平気な顔をしていたのは…。
入寮初日に、俺の顔を見つめ、やっと発せられたと言った感じだった礼が、本当にあの時の礼だったとしたら。
学園に移動して来たばかりの、まだ恐怖心が拭えない状態で必死で振り絞った一言だったとしたら。
俺は…なにを…?
守りたいと思っていた人を自ら傷つけていた?
当惑、怒り、後悔、苛立ち。
表現できない感情が心の中に渦巻き、打ちのめされそうになる。
しかし、同時に腑に落ちるようにも感じていた。
槙野が一ノ瀬を陥れたかったのだと考えれば、すんなりとその答えが導きだされる。
瀧元が言った様に俺は一ノ瀬に想われる価値のない人間かもしれない。あいつの本心にも気づいてやれず、邪険に扱い、傷つけたことはもう変えようもない過去であり、事実。
「そうかもしれないな…」
――ただ、そうだとしても。
「……でもな、俺は誰にも渡す気はないんだ、一ノ瀬を。…悪いな、瀧元」
「…な、…」
「…てめぇ!」
瀧元の睨みつけるような目付きが驚いたものになり、横で大暴れし始めた五条を万里が食い止めた。
それを傍目に瀧元は納得がいかないといった様子で、口を開いた。
「アズが…、自分が助けた気になる相手だからって分かったからですか!? そんなの俺は認めない!」
「……違う。その少年が一ノ瀬だからじゃない。ただ、結果として一ノ瀬がその少年だっただけだ」
「…どういう意味ですか…?」
「今、少年の正体を知る前から、一ノ瀬に惹かれていた。それを知ったからと言って、俺の気持ちは何も変わらない」
瀧元の怒りの滲んだ眼差しを正面から受け止め、俺はそう言った。ひしひしと伝わってくる一ノ瀬への想いに対して、そうしなければ礼を欠くことになるような気がしたのだ。
「それならなんでアズに酷いことしたんですか…っ!」
「…初め、一ノ瀬の意図が分からなかった。何のために近づいてきたのかを知るため、それと半分は諦めさせるためだ」
「……だからって、あんな、アズの事考えないような…行為…」
「一ノ瀬が言い出したことだ。けれど、その事については俺も後悔している。あいつには直接謝罪もした」
「…大和先輩が…謝ったんですか…?」
「ああ。一ノ瀬がどう感じているかは分からないけどな…」
今すぐにでも一ノ瀬の所に行って、抱きしめてやりたい衝動に駆られる。あの少年が一ノ瀬であるならなおさらに。
瀧元は怒りの矛先を失ったかのように肩を落とし、しかし、釈然としないと言った様子で俺を見据えた。
「先輩には本命がいるって噂があったじゃないですか…。それがその子ってことですか」
「…そうだ」
「じゃあ…百瀬先輩はどうなんですか」
「……なんで、そこで百瀬が出てくる」
藪から棒に出てきた百瀬の名前に首を傾げるしかなかった。
「アズが…大和先輩は百瀬先輩の事、良く見つめてるって」
俺は数秒口を開けたまま固まった。それと同時に一ノ瀬に『追いかけ』られていたことを思い出して頭を抱える。
見られていたのか…。
俺は溜息を吐くしかなかった。
「へぇ、モモちゃんねぇ。あーそっか、アズちゃんがモモちゃんにちょっとした対抗心持ってたのはそういう事だったんだぁ」
ふーん、へぇ、とニヤニヤと面白そうに俺の顔を眺めてくる万里の視線の所為で、とてつもなく居心地が悪くなる。
「ねー、大和、はっきりさせちゃえば? 宗が納得してないみたいだし」
「……必要ない」
「えー、つまんないのー」
言えるわけがない。
後姿があの少年に似ていたからだ、などと口を滑らせれば、またあの時の二の舞になる。こいつの口から斗里さんに漏れるのは明らかなのだから。
そんな時、救世主のように着信音が鳴り、スマホを取り出した。ディスプレイには『戸塚』の文字。
俺は嫌な予感を抱きながら、画面をタップした。
「どうした?」
『それが…あ! 今大丈夫なんですか? 瀧元につれて行かれたって」
「ああ。構わない」
『制裁のタレコミがあったんです。親衛隊が結託して下すとかなんとか…、とにかく今回、本気モードらしくて、学内のそれらしいところを捜索中なんです』
「わかった。俺もそっちに戻る」
『――何? 今大和さん…、』
電話越しに伝わってくる慌ただしい雰囲気。
親衛隊も我慢の限界か…。
槙野にベッタリに見える五条たちが解放されれば少しは落ち着くのだろうが、こいつらが動けない今、親衛隊が不信感や怒りを持ち始めるのも時間の問題かもしれない。
『大和さん、直接、体育館倉庫にお願いします!』
「了解した。制裁対象は槙野だな」
『本当にもうこりごりっす!』
愚痴りだしそうな勢い戸塚を宥めつつ、通話を終了する。
「なになに? 制裁?」
「おまえらも来い。あと、月城と不破野も連れてこい。親衛隊を抑えられるのはおまえらだけだろ。今回は親衛隊も本気らしいからな。おまえらの尻拭いはもう飽きた」
「エー…」
親衛隊と顔を合わせるのが嫌なのだろう。
苦い顔をする三人にリコールを仄めかしてから、俺は先に部屋を出た。
「アズは三年前、大和先輩に助けられたって…」
「一ノ瀬がそう言ったのか…?」
「…そうです。……大和先輩は、アズをセフレとしか見てなかったかもしれないけど、アズは先輩の事ずっと想ってたんだ。助けられたから、どんなことされても平気だって、好きなんだって…。それなのに、アズを酷く扱いやがって! アズに想われる価値なんて、あんたにはないんだよ!」
一ノ瀬を守りたいという一心で俺に敵意を向けてくる瀧元。その強い感情と言葉のすべてが胸を抉ってくるようだった。
俺が助けたのは一ノ瀬だった?
槙野唯人ではなく一ノ瀬?
痛めつけるようなことをしても、平気な顔をしていたのは…。
入寮初日に、俺の顔を見つめ、やっと発せられたと言った感じだった礼が、本当にあの時の礼だったとしたら。
学園に移動して来たばかりの、まだ恐怖心が拭えない状態で必死で振り絞った一言だったとしたら。
俺は…なにを…?
守りたいと思っていた人を自ら傷つけていた?
当惑、怒り、後悔、苛立ち。
表現できない感情が心の中に渦巻き、打ちのめされそうになる。
しかし、同時に腑に落ちるようにも感じていた。
槙野が一ノ瀬を陥れたかったのだと考えれば、すんなりとその答えが導きだされる。
瀧元が言った様に俺は一ノ瀬に想われる価値のない人間かもしれない。あいつの本心にも気づいてやれず、邪険に扱い、傷つけたことはもう変えようもない過去であり、事実。
「そうかもしれないな…」
――ただ、そうだとしても。
「……でもな、俺は誰にも渡す気はないんだ、一ノ瀬を。…悪いな、瀧元」
「…な、…」
「…てめぇ!」
瀧元の睨みつけるような目付きが驚いたものになり、横で大暴れし始めた五条を万里が食い止めた。
それを傍目に瀧元は納得がいかないといった様子で、口を開いた。
「アズが…、自分が助けた気になる相手だからって分かったからですか!? そんなの俺は認めない!」
「……違う。その少年が一ノ瀬だからじゃない。ただ、結果として一ノ瀬がその少年だっただけだ」
「…どういう意味ですか…?」
「今、少年の正体を知る前から、一ノ瀬に惹かれていた。それを知ったからと言って、俺の気持ちは何も変わらない」
瀧元の怒りの滲んだ眼差しを正面から受け止め、俺はそう言った。ひしひしと伝わってくる一ノ瀬への想いに対して、そうしなければ礼を欠くことになるような気がしたのだ。
「それならなんでアズに酷いことしたんですか…っ!」
「…初め、一ノ瀬の意図が分からなかった。何のために近づいてきたのかを知るため、それと半分は諦めさせるためだ」
「……だからって、あんな、アズの事考えないような…行為…」
「一ノ瀬が言い出したことだ。けれど、その事については俺も後悔している。あいつには直接謝罪もした」
「…大和先輩が…謝ったんですか…?」
「ああ。一ノ瀬がどう感じているかは分からないけどな…」
今すぐにでも一ノ瀬の所に行って、抱きしめてやりたい衝動に駆られる。あの少年が一ノ瀬であるならなおさらに。
瀧元は怒りの矛先を失ったかのように肩を落とし、しかし、釈然としないと言った様子で俺を見据えた。
「先輩には本命がいるって噂があったじゃないですか…。それがその子ってことですか」
「…そうだ」
「じゃあ…百瀬先輩はどうなんですか」
「……なんで、そこで百瀬が出てくる」
藪から棒に出てきた百瀬の名前に首を傾げるしかなかった。
「アズが…大和先輩は百瀬先輩の事、良く見つめてるって」
俺は数秒口を開けたまま固まった。それと同時に一ノ瀬に『追いかけ』られていたことを思い出して頭を抱える。
見られていたのか…。
俺は溜息を吐くしかなかった。
「へぇ、モモちゃんねぇ。あーそっか、アズちゃんがモモちゃんにちょっとした対抗心持ってたのはそういう事だったんだぁ」
ふーん、へぇ、とニヤニヤと面白そうに俺の顔を眺めてくる万里の視線の所為で、とてつもなく居心地が悪くなる。
「ねー、大和、はっきりさせちゃえば? 宗が納得してないみたいだし」
「……必要ない」
「えー、つまんないのー」
言えるわけがない。
後姿があの少年に似ていたからだ、などと口を滑らせれば、またあの時の二の舞になる。こいつの口から斗里さんに漏れるのは明らかなのだから。
そんな時、救世主のように着信音が鳴り、スマホを取り出した。ディスプレイには『戸塚』の文字。
俺は嫌な予感を抱きながら、画面をタップした。
「どうした?」
『それが…あ! 今大丈夫なんですか? 瀧元につれて行かれたって」
「ああ。構わない」
『制裁のタレコミがあったんです。親衛隊が結託して下すとかなんとか…、とにかく今回、本気モードらしくて、学内のそれらしいところを捜索中なんです』
「わかった。俺もそっちに戻る」
『――何? 今大和さん…、』
電話越しに伝わってくる慌ただしい雰囲気。
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槙野にベッタリに見える五条たちが解放されれば少しは落ち着くのだろうが、こいつらが動けない今、親衛隊が不信感や怒りを持ち始めるのも時間の問題かもしれない。
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「おまえらも来い。あと、月城と不破野も連れてこい。親衛隊を抑えられるのはおまえらだけだろ。今回は親衛隊も本気らしいからな。おまえらの尻拭いはもう飽きた」
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