僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

弐拾弐

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瀧元は断固として引く気がなさそうで、俺は扉を開けて後輩に声をかけた。

「悪い。俺が相手する」
「委員長、いいんですか? こいつ風紀に黙って…」

 強引な生徒会入りを果たした瀧元に対して、風紀メンバーの憤りはまだ収まっていないようで、後輩はじろりと瀧元を睨みつけた。

「そうだな。けどな、このままだと埒が明かないだろ。…俺も瀧元に聞きたいことがあるから、ちょうどいいんだ」

 後輩に礼をして、部屋の中に入らせると、俺は瀧元に向き直った。

「あ、…ありがとうございます」

 そう言った瀧元はやっと自分の立場を理解したのか、どこか気まずそうな顔をしていた。

「…生徒会入りの事、迷惑かけてすみませんでした」

 やはり瀧元は瀧元らしい。
 素直に謝れるということは、瀧元の意志ではなかったということだろう。ただ、一度持った不信感というものはすぐに消えるものではない。風紀メンバーが納得できなければ、謝罪は意味をなさない。

「今はそんな話してる場合じゃないんだろ」
「え、…はい。確認してもらいたいことがあって、五条先輩と獅々田先輩が委員長を呼んで来るようにって…」
「あいつらが俺に何の用だ? まず、用があるのなら、そちらが来るべきだろう」
「分かってます! 重々承知なんですけど、ビデオが…、その三年前の誘拐の…」

 三年前の誘拐? あの事件のことか?

「どういうことだ」
「それが、俺もあんまり話について行けてなくて…、とにかくビデオを見て確認して欲しいことがあるんです。お願いします!」

 あの時のビデオは斗里さんがデータを壊したんじゃなかったのか。
 なぜこいつが事件の事、しかもビデオの事を知っているのかと、眉をしかめたが、嫌な考えが頭を掠める。
 槙野が俺に言った様に生徒会の連中にも言いふらしていたとしたら…。

「…わかった。場所は?」
「獅々田先輩の部屋です」

 風紀指導室にいたメンバーに一言声を掛け、俺は瀧元を連れて、足早に万里の部屋へと向かった。
 部屋に着くと、「おひさー」と声をかけてくる普段通りの万里が俺を迎えた。そして、その万里の横を通り過ぎ、睨みつけながら俺に向かってくる五条。今にも噛みついてきそうな雰囲気に、万里が五条の服を掴んで止めた。足は止まったが勢いは収まらなかったらしい。

「てめぇ、俺の梓をセフレ扱いとは、いい度胸してるじゃねーか」

 俺の・・梓?

 何か思惑があって俺を呼び出したのかと警戒していたが、その五条らしい発言に俺は毒気を抜かれた。

「ついに妄想の世界に住むようになったのか?」
「妄想なわけねーだろ! おおよそ確定してる未来だ」
「……それを妄想って言うんだ」
「妄想じゃねぇ! この件が終われば、親睦を深める予定なんだよ!」
「おまえは槙野を選んだんだろ。一ノ瀬を巻き込むな」
「っ…違う! この件さえなけりゃ、俺は梓の横で飯食ってたんだよ。槙野のヤロウがいなきゃ。しかもあんなタイミングで…」
「さっきも言ったけど、アズちゃん、ご飯一緒に食べたくないって言ってたよね。リュウ、いい加減受け止めなよ、現実」
「うるせぇ! なんでこいつなんかが梓の…」

 五条の睨みを受け止めながら、俺の頭の中に疑問が浮かぶ。
 槙野を選んだんじゃない? 五条は一ノ瀬のことが…?

「なら、なぜ一ノ瀬の傍にいない? 今一ノ瀬がどういう状態にいるか知ってるのか?」

 五条が一ノ瀬に絡むと親衛隊が黙っていないだろうが、一ノ瀬が助けを必要としている今、親衛隊を抑えてでも傍にいようとは思わないのか。

「どういうことですか? アズが…一ノ瀬がどうかしたんですか?!」

 後ろにいた瀧元が驚くほど真剣な顔をして俺の前に出てきた。それこそ掴みかかってきそうな勢いで。

「金曜に制裁を受けたところを保護した。首謀者は不明だ。それから一ノ瀬は風紀の保護対象になっている。それに今は――」
「え…、まだ制裁続いてるんですか!? もう受けてないって…言ってたのに」

 瀧元が目を見開いて俺を見上げてきたが、俺は瀧元の言葉にジワリと腹の底が熱くなるのを感じた。

「知ってたのか。一ノ瀬が制裁を受けてたことを。…なぜ風紀に連絡してこなかった」
「…もう…受けてないって…、心配いらないって…。じゃあ、あれ嘘だったってことですか?」
「俺に聞くな」
「う…はい…。はぁ…、俺がいない間に制裁受けてたり…」

 そういうと瀧元は俯いて黙り込んでしまった。少なからずショックを受けている様子に、怒りの熱がゆっくりと冷えていく。
 こいつも一ノ瀬に騙されていたクチなんだろう。本当にあいつはタチが悪い。心配かけたくないからと、平気で嘘を吐くのだから。

「あー、ごめんね、大和。宗ね、アズちゃんに告白したばっかりで生徒会こっちに来たから、ずーっとヘコみっぱなしなんだよね」
「…告白…?」
「そ。実は僕たち、アズちゃんに振られちゃった組だったりするんだよねー」
「おまえも一ノ瀬に?」
「僕は軽くだけど」
「おい、俺はまだ本気で告白してねーし、振られてもねーからな!」
「結構はっきり恋人になれとか言ってたよねー? ま、アズちゃんも本気にはしてなかったけど。で、宗はがっつりして、コレ」

 なぜ。
 好意を持ちながら、なぜ。

「なぜ、ここにいる? なぜ、一ノ瀬から離れるようなことをした」
「あー…うん…。深いワケがあるんだけど、冷静に聞いてくれる?」

 眉尻を下げて困ったような顔をした万里は鍵のかかった引き出しから数枚の写真を取り出してくると、俺に差し出した。
 俺は受け取った写真に映ったものに心臓が音を立てる。複数の男と性行為を行う一ノ瀬の姿。戸塚の言っていた、誰とでも寝るという言葉が思い出され、愕然としながら、万里を仰いだ。

「一応言っておくけど、合成ね」
「……そうか…」

 俺は心底ホッとした。
 視覚情報というのは恐ろしい。今まで信じてきたものを軽く翻してしまう可能性があるのだから。

「この写真をね、ばらまくって、槙野が。それを何とか止めさせようと思って、ご機嫌取ってたわけ。でも、宗はアズちゃんの味方するならばらまくってハッキリ言われたみたい。話すのも、目を合わせるのも禁止だったんだって。僕もリュウも同じ感じかな」
「…そこまでしてたのか…」

 一ノ瀬の傍にいる人間、特に好意的な人間に対して、槙野はこの話を持ち掛けていたのだろう。告白したという同室の瀧元さえ、槙野側に行ってしまったとなれば、一ノ瀬がどう感じたかなど想像に容易い。

「大和もさっき感じたでしょ? アズちゃんが誰とでもっていう話が事実かもしれないって。一枚でも出回れば終わりだから、流石に僕たちも手が出せなくて、どうにかできないか裏で色々やってたわけ」
「…事情は分かった。ただ、槙野はよほどのことがない限りその写真を使わないはずだ。それはおまえたちを一ノ瀬から引き離すための道具だと考えていいだろう」
「どういうことだ、都賀」
「一ノ瀬はおそらく人間不信に陥ってる。周囲の人間がこぞって槙野に傾倒していくように見えていただろうからな」
「まぁ、確かに端から見れば、そう見えるよね」

 一ノ瀬の言っていた『あいつ』はやはり槙野唯人のことであり、タイミングが悪く、『告白される』ということが『あいつ』側へ行く切欠か何かだと感じ取ったのだろう。

「いや…、逆か。槙野から命令されて『告白』したと思っているのか…」

 それなら、あの時、一ノ瀬の呟いた言葉に合点がいく。俺があれほどに拒絶されたのはこの所為だと考えて間違いない。

「なになに、大和。なんだかアズちゃんのこと、結構知ってるみたいだけど」
「色々とあったんだよ。で、だ。俺はこの話を――」
「色々ってなんだ?! 梓に何かしたんじゃねぇだろーな」

 本題のビデオの事を聞こうとすると、五条が横から口を挟んできたため、俺は万里を見た。

「……おい、万里。こいつがいると話が進まない。どうにかできないのか?」
「うーん、ごめーん。僕には無理かもー。なんかアズちゃんに一目惚れしちゃったらしくて、頭の中アズちゃんで埋め尽くされてるみたい」
「……まあいい。それで、ビデオはどうした」

 鼻息を荒くする五条を一瞥してから、それを見なかったことにして、話を戻した。横で何やらうるさかったが、BGMだと思ってやり過ごした。
 ビデオの話を出すと、ああ!、と万里が声を上げる。

「それそれ! 本題忘れるとこだった! 大和の関わったあの事件のかもしれないんだけど、見る?」   
「ここに来た理由はそれだからな」
「オッケー」

 その声と同時にテレビ画面に車内の映像が映し出されて、俺は息を呑んだ。
 最初こそ抵抗していたが、ナイフを突きつけられ服を裂かれて、怯えながらも次第に諦めたようにぼんやりと宙を見つめ始める少年の姿。確かにそれはあの時のあいつだった。
 無意識に拳に力が入る。もっと早く助けてやれたら良かったのに。俺が少年に近づく男たちを不審に思っていれば、もっと早くに…。

「どう? これが兄さんかもしれなくてさ…」
「…間違いない。あの時のだ」

 画面端に映った金髪を指さしながら聞いてくる万里に俺は頷いて答えた。

「やっぱり…」
「――なら、これが一ノ瀬ってことですか?」

 横で万里とのやり取りを静かに聞いていた瀧元が画面を睨みつけ幾分怒りを含んだ低い声で唸るように、誰に向けるでもなく言い放った。
 しかし、俺は瀧元の言葉をしばらく理解できなかった。瀧元の発言はビデオの入手先や斗里さんが壊したはずのデータがなぜあるのか、といった疑問を吹き飛ばしてしまうほどに衝撃的なものだった。

「どういう、事だ…?」

 口をついて出た疑問に万里が面白そうに俺を見てきたが、俺は瀧元を凝視した。瀧元からのすべての情報を取りこぼさないように。
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