僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

弐拾壱

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「…それ本当の話か?」

 槙野唯人にとって一ノ瀬梓は遠縁に当たり、ほぼ赤の他人。

 電話越しに聞こえてくる気の抜けた関西弁。零士の兄の霧弥きりやが報告してきた話が信じ難く、俺はしばらく瞑想していた。

『ホントのホントやって。大和に嘘ついたってしゃーないやん』

 その代わりに、というのはおかしいが、唯人の過去を調べていると槙野梓という人物が存在した。しかし。肝心の槙野梓は現在行方不明。経歴も全て抹消されており、存在しないのだという。
 その不穏な話に胸騒ぎがした。

『大和―? 聞いてんの?』
「聞いてる。そっちのもう一人の方について調べは済んでるのか?」
『んー。話長くなんねんけど、聞いてくれる? 愛しの梓ちゃんの事を想えば全部知っといたほうがええと思うし、今わかってること全部話すわ』

 愛しの…という表現に眉を寄せながら、俺は「ああ」と返事した。

『ほんなら…、まず、槙野梓。こっちは口を滑らせてくれた人がおって、それで発覚したんよ。槙野唯人とは小学校が一緒で、槙野の経営してる総慎そうしん学園に通ってたんやって。ただ槙野梓と槙野唯人は苗字が同じだけで親戚でも何でもないて言うとった。一緒にいてるんを全く見たことないんやて。唯人の方は学園では人気者。それとは反対に梓は影が薄かったらしい。しかも密かに泥棒猫て言われてたらしいわ』
「泥棒猫?」
『槙野梓と友達になると両親が仲悪くなるっていう噂があったらしいねん。酷い時は父親を盗られるとか』
「父親を盗られる? どういう意味だ?」
『な。子供が父親盗るなんておかしいやろ? でも、身元も何もわからんから、お手上げ。でェ、梓ちゃんの方をもう一回目を皿にして調べたわけよ。ほんなら、重大な見落としがあったんよ。梓ちゃんは認知はされてる非嫡出子。これは前も言うたやろ?」
「ああ、そこは問題なかったんじゃないのか?」
『――それがな、大アリやってん。その認知者をさらっと流してもーたんよ。槙野の話が出てきて大慌てや。なんと梓ちゃんの認知者は槙野商事んとこの取締役――槙野忠信。唯人の叔父や。この人は妻子持ちやから、梓ちゃんは愛人の子供ってことや』
「愛人…。槙野忠信って言うと現社長の弟か。それで従兄弟…」
『そうそう。でもな、梓ちゃんの母親の一ノ瀬由貴ゆきが曲者でな…、弟だけじゃなかったんや。唯人の父親である兄と、父の槙野会長とも愛人関係やったみたいなんよ。槙野家の男がこぞって喰われとったってことや、一ノ瀬由貴に。しかも同時期』
「おい、それ…」

 父親が槙野忠信ではない可能性があるのか…。
 泥棒猫と呼ばれ、今は行方不明の槙野梓。そして、不倫の上に生まれた一ノ瀬梓。唯人の異母兄弟かもしれないことを考えると、

「一ノ瀬は槙野梓として暮らしてたんだな? ある時まで」
『ご名答。とんでもないやろ? よーこんなん隠しとったわ。結局三人のうちの誰の子かわかってないねん。実のとこ。DNA検査したらええのに、槙野忠信に押し付けたままずるずる来とるみたいや』

 両親の関係を壊し、父親を盗られたと、槙野唯人は愛人の子である梓に対して恨みに似た感情を持っていたのだろう。学園での『泥棒猫』と呼ばれていたのはおそらく唯人の母親が口にしていたのを真似したもの…。
 しかし一ノ瀬の責任ではないのは明白であり、胸にやりきれない苦い思いが広がる。

『とにかく由貴同様、梓ちゃんも槙野家にとって邪魔な存在であるのは確かや。今年、兄の方が選挙出る言うし、なんか動きがあるんちゃうかなとは思っとるけど。――それとな、一ノ瀬の屋敷の周辺で聞き込みしてきてん。案の定、梓ちゃんはそこでは育ってなくて、一ノ瀬の屋敷で見かけるようになったんは最近やねんて。見かけ始めたのは三年前。多分それまでは槙野として生きてたんちゃうかな』
「三年前…。あの事件の年……、一ノ瀬はこっちにいなかったのか?」
『それが、わからんねん。いつの間にかおったらしくて。んで、梓ちゃん、引きこもりというか、外出恐怖症やったみたいで、近所の人と全く関わりなかってん。中学も行かんと敷地内で色々しとったらしい』
「外出恐怖症? 治ったのか?」
『うーん。それもわからんのよ。また急にいなくなった言うし、そんなすぐに治るようなもんでもないみたいやし…』
「そうか。学内では問題なく過ごせ……」 

 待てよ…。 

 体調不良でもなく、担任や友人に気軽に打ち明けられないこと。
 玄関に無造作に脱ぎ捨ててあった靴。確かに出かけようとしていた痕跡があった。
 もし、あの部屋から出られなかったのだとしたら。

『大和? どしたん?』
「……一ノ瀬は、今、寮の部屋から出られないのかもしれない」
『はぁ? どういうこと?』
「外出恐怖症を発症した可能性がある。数日様子を見てみるけどな…」
『寮でって…。どうすんの』
「どうしようもないだろ。…それにおそらく俺が原因だ」
『ええ? どういうこと? もうサッパリやねんけど』
「……一昨日、少し問題があって…」
『もしかして、無理やり襲ったんちゃうやろーな』
「違う。合意の上だ」
『……は? え、大和、梓ちゃんにもう手だしてんの!?』
「一ノ瀬からセフレにならないか誘われて、以前からそういう関係だった」
『ア、アホちゃうか! 高校生の分際でセフレとか何考えてんのん?! しかもセフレに本気になってどぉすんねん! ってか、あの子に対するプラトニックな想いはどこいったん!』
「……今はそれはどうでもいい」
『良くない! 大和がセフレとかイヤやわぁ。アカン、斗里さんに言ぅとくわ』
「おい! なんでそこで斗里さんが出てくるんだ?!」
『そんなん決まってるやん。酒のつーまーみ。大和が体だけの関係とか、もう僕信じられへんわ。あんな純粋やった大和が…、――ぁ、そうでもないか。童貞捨てんのも早かったし』

 斗里さんとこの霧弥には過去をほぼすべて知られていることもあって、下手に刺激すると俺にとって良くないことが起こるのは目に見えている。

「……もう、好きにしてくれ」
『はっは。ごめんごめん。そや、しずかさんが久しぶりに会いたい言うとったで?』
「親父が?」
『そ。ホンマ音沙汰無いから寂しい言うてはったわ。ちゃんと親孝行しーや』

 俺は親父の名前を聞いた瞬間、ある考えが浮かび、もし一ノ瀬が望むなら、実行しようと心に決めた。
 その願いを申し出るために、霧弥との通話を終えた後すぐに父と連絡を取った。薄情だなと感じながらも。


 そして、父との話を終えたすぐ後だった。
 風紀指導室のドアの外で何やら騒がしい声が聞こえてきたのは。

『委員長は取り込み中。いくら生徒会の人間でもアポなしでの訪問は受け付けないから、帰った帰った』
『だから、委員長に少し話聞きたいだけなんです。その用事が終わってからでもいいんで、ホントにお願いします』

 それは生徒会入りしてから一度も顔を合わせていなかった瀧元の焦りを含んだ声だった。

 
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