僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

拾捌

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「一ノ瀬が無断欠席?」


 一限目予鈴が鳴った直後に連絡を寄越してきたのは、一ノ瀬と同じクラスにいる荻本だった。

『そうなんです。ここに来て初めてで…。気になったので報告しておこうと思って』
「無断ってのは、担任に連絡がなかったってことか?」
『はい。他も誰も一ノ瀬から連絡はなかったみたいです』

 体調を崩して、部屋で動けなくなってるのか?
 それとも制裁にあって、また一人で…。 

「一ノ瀬と仲がいい奴はいないのか?」
『前まで瀧元でしたけど……、あ、今は樋野と横山ですね。ちょくちょく一緒に食事してるの見ました』

 あの学内でいかがわしい同人誌を販売してる奴とクラス委員か。妙な取り合わせだな。

「連絡助かった。巡回よろしく頼む」
『了解です!』

 通話を切り、一般寮へ足を向ける。歩きながら戸塚に電話をかけると、三コールで戸塚が『おはようございます!』と調子よく応えた。
 一ノ瀬が無断欠席している事を伝え、学内での制裁の状況を聞くと、あっさりと返事が返ってきた。

『当たり前ですね。寮から出て来てないですから』
「そうなのか…。なら制裁の心配はなさそうだな…。――って、おまえ、今どこにいる」
『監視室っすけど。あれ? 土曜日の話って、ここ使って監視しとけってことじゃなかったんですか?』

 監視室は学園内に設置された監視カメラが一括管理されている部屋で、理事長と学園長、風紀の幹部のみが入ることが許される場所だ。

「……いや…、そこまでとは思ってなかった」
『職権乱用してまで、一ノ瀬の事想ってるのかって、もう俺ドキドキが止まらなくて、即理事長に許可貰っちゃいました』
「おい…。もしかして、理事長に素直に理由言ってたりしないだろうな」
『そこは大丈夫ですって。信用してくださいよー、大和さん。ちゃんと制裁の監視名目で許可取ってますから』
「…ならいいんだ。引き続き頼む」
『はい!』

 俺は戸塚との電話を切り、静まり返る寮のエントランスを抜けて寮長に声をかけた。
 またか、と渋い顔をする寮長に一ノ瀬の簡単な事情を話すと、もういちいち許可は取らなくていいと、部屋のカードキーを渡される。これもまた職権乱用だが、致し方ない。

 前回と同じように、共有スペースに入る。玄関には先日持って来た靴が無造作に脱がれており、外出しようとしていたことは見て取れた。テーブルに置いて行った総菜を入れていた袋には空になった容器が入れられ、食事をとった様子に俺は少し安堵した。
 戸塚に言われたようにまるでストーカーのようだと自嘲しながらも一ノ瀬の私室のドアをノックした。同時に一ノ瀬の名を呼ぶが返事は相変わらずなかった。

「体調が悪いのか? 制裁の事もあって、無事であることを確認したいんだ。返事をしてくれるか」

 しばらく待っていると、がさりとドアのすぐ近くで音がした。この向こうに一ノ瀬がいると思うと、ドアをこじ開けて、有無を言わさず抱きしめて、嘘ではないと想いをぶつけたい衝動に駆られる。
 もし、そんなことをすれば、一ノ瀬の拒絶はより強固なものになってしまうだろう。俺は拳を握ってその衝動を耐えた。

『セフレ、やめるって言ったよね。僕と先輩には何の関わりもなくなったんだから、部屋まで押し掛けてくるのやめてよ』

 板一枚を隔てて聞こえてくる一ノ瀬の声。何事もなかった様子に、思わずため息が出た。

「大丈夫なんだな…」
『……ちょっと体調崩して、朝起きれなかっただけ。…もう大丈夫だし、来なくていいから』
「…そうか。ならいいんだ」

 そういうともう一ノ瀬は一言も返してこなくなった。
 突き放すような言い方ではあったものの、一ノ瀬の声を聞けたため良しとして、俺は後ろ髪を引かれながらも部屋を出た。



 ◇



 食堂に入ると一斉に視線がこちらに集まる。

「うげぇ、大和って毎日こんな熱のこもった視線浴びてんの?」
「…気持ち悪いこと言うな」
「気づいてへんとか言わんよな? こんな熱烈な視線…」
「気にしないようにしてるだけだ。どうでもいいしな」
「どうでもって…、あの三年一美人マドンナのがっつりなラブビームも?! 一年の美少年のも?」
「…なんだ? その呼び方は」
「ミスコンの称号やん。覚えてへんの?」
「……そんなのもあったな。ミスコンの際、風紀俺たちは警備の方が大事だから、そこまで気が回らない」
「その警備してる大和に必死でアピールしてる子らの気持ちにもなりぃや…」
「着飾った姿を見せられても仕方ないだろ。素が好みじゃないと意味がない」

 食堂に来る途中で出会った都賀を裏から支えている周防家次男の零士れいじと会話を交わしながらも、樋野と横山の姿を探す。購買で見繕った風邪の時に食べられる胃に優しそうな食べ物が入った袋を片手に。本当は作って食べさせてやりたいのだが、仕方ない。

「流石、大和。あっさり過ぎて嫌味にも聞こえへんわ。兄貴から聞いたけど、鞍替えしたんやて?」
「鞍替えってなぁ…、おまえ、もっと言い方があるだろ」
「いやぁ。三年も想ってた子捨てて、最近うたばっかりの、しかもあの一ノ瀬にあっさり心変わりとか、酷い話やん」
「本人に知られてたわけじゃないんだ。酷くも何ともない」
「てかぁ、大和の好みが一ノ瀬とか衝撃的過ぎやわ。…まぁ。それなりに可愛いのは分かるんやけど、雰囲気に合うてないもんなぁ、あの髪色」
「……俺もそれは思う。一ノ瀬は黒髪の方が似合う」
「…あー、大和さぁん。…それってさぁ、完全に三年前のあの子引きずってますやん!」 
「うるせぇな」

 一ノ瀬の良く座っている食堂の端の席に二人の姿を見つけ、零士に「ほら行くぞ」と声をかけた。テーブルに近づくと、まず樋野が俺の存在に気付き、目を輝かせた。
 またよからぬことを考えているのだろう。
 しかし、話しかけられるとは思ってはいなかったらしい。俺がテーブルに手をついて二人に声をかけると、二人は背筋をピシッと伸ばして、まるでロボットのように俺を見た。

「…俺たちに何か?」
「ああ。食事中悪いな。これを一ノ瀬に届けてもらいたいんだ」

 怪訝な顔をする横山とは反対に、樋野は興味津々といった様子で購買の袋を受け取った。そして、軽く中身を覗く込んだ樋野が不思議そうな顔をして俺を見上げた。

「これってご飯、ですよね?」
「萩野から一ノ瀬が無断欠席したと聞いてな。理由を聞くと体調不良らしい。二人に届けてもらう方が良いかと思ってな…」

 俺がそう言うと、樋野が顔を赤らめた。そういう妄想をしているのは一目瞭然だが、まるで自分が何か告白を受けているようにモジモジとしているのはなぜなのか。

「そそそその、一ノ瀬君とはどういうご関係で…」
「……おい、樋野。変な妄想すると、来期の許可――」
「も! 申し訳ありません。しません、しませんから、そこはお許しを、委員長様!」
「もう、樋野は黙っとけって。都賀委員長、何かあったんですか。今朝、俺たちには連絡がなくて…」
「いや、体調不良で朝起きれなかったそうだ。今もまだ寮にいるようだしな。そうか…おまえたちに連絡なしか…。他に一ノ瀬が連絡を取るような相手は?」

 樋野と横山は顔を見合わせてから、首を振った。
 それにしても、友人にも伝えないなんて…、…いや、頼ることができないのか。ただ単に体調不良ならすぐにでも連絡してるはずだ。今もまだ連絡をとっていない事を考えると原因は別にありそうだな。
 夜にもう一度行くか…。

「でも、どうして一ノ瀬の事…。風紀に目を付けられるような奴じゃないと思うんですけど」
「反対だ。一ノ瀬が制裁を受けてることがわかって、保護対象になったんだ」
「え…、制裁?」
「……やっぱり、アズ、制裁受けてたんだ…」

 樋野のぼそりとした呟きに、俺は眉を寄せた。

「知ってたのか?」
「…いえ…知ってたというか…、会長様と会計様と仲良くしてたから、いつか制裁受けちゃうんじゃないかって思ってたんです。あの頃から少し様子も変だったし…」
「あ、俺も…心当たりあるかも。一ノ瀬、おかしな発言してたこともあったな…。……宗なら何か知ってたかもしれないけどな…」
「宗? 瀧元の事か?」
「はい。一番仲良かったの…っていうか、一ノ瀬が一番打ち解けてたのが瀧元だったんです。…けど、あいつ、生徒会に入ったから…」
「瀧元君とはケンカ別れしちゃったみたいで…。前なんてあからさまに目逸らされて、すごいショック受けてたんです。あの時のアズ、見てられなかったよね…」

 樋野の言葉に横山は相槌を打った。

 瀧元と喧嘩別れ。
 生徒会に入ったこともあり、それ以来接触できていないんだろう。同室者であり、唯一少しでも気を許せる相手を失ったことになるのか…。
 セフレが気軽に呼べるようになって喜んでいるんじゃないかと一度でも考えてしまった自分の愚鈍さに腹が立ち、同時に心が痛んだ。
 しかし、瀧元が誰かに対してぞんざいな態度を取るとは、にわかには信じがたい。

「瀧元君との関係が悪くなってから、一ノ瀬君は僕たちとも関わらないようにしてるみたいで…」
「だな…、元の生活に戻ったしな。……だから、何かあったとしても、一ノ瀬が俺たちに連絡してくる可能性ってかなり低いと思います」 
「……元の生活って言ったか? なんだそれは」

 横山が口を開こうとしたのを樋野が止めて、顔の前で両手を振った。

「あ、あ、なんでもないですよー、委員長様。こっちの話ですから」
「なんだよ、樋野。別に隠すことでもない――」
「アズのプライバシー侵害!」
「けどな、一人でウロウロしてたら制裁にあう確率だって増えるだろ」
「う……で、でも…」

 樋野はちらちらと俺の顔を見ながら、またモジモジとし始める。何か言いたいことがあるのか、隠したいのかがよくわからない。

「答えるんが無理なら、それでいいんやけどさ。保護対象の一ノ瀬の行動を少しでも知っておきたいんよ。風紀の目も届きやすくなるし」

 俺がどう対応しようかと考えていると、横から零士が樋野に声をかけた。

「俺は全然問題ないと思うんですけど…」

 横山はちらりと樋野を見る。三人の視線が集まると、樋野は参ったという様に溜息を吐いて、渋々といった様に口を開いた。

「そ、そのー、ある人の追っかけをしてたみたいで…」
「ある人?」
「一ノ瀬の片想いの相手です」
「潤君なんで言っちゃうの!?」
「なんでって、好きな人が誰かなんて知らないだろ。委員長達だってそんなの知らないだろうし」
「………そ、そうだよねー。うんうん。確かにそうだね…」
「それで、休み時間になるとソッコーで教室から飛び出していくんです。だから最近まで瀧元以外、一ノ瀬と接点なかったんです」
「へぇ。二人はその相手に心当たりとかないん?」
「俺は知らないです」
「ぼ、僕も知りませんよー。残念ですけどぉ。あ、僕たちもう行かないと! じゃあ、これで失礼しまーす。ほら、行くよ、潤君!」
「はぁ? なんだよ、俺まだ全部食べてないって! あ、これちゃんと一ノ瀬に渡して置きます!」

 慌ただしく去っていく二人を無理に止めることもできず、何かあれば連絡くれと、声を掛けて俺はその背中を見送った。

「あれ、確実に樋野知ってるやん…」
「ああ。そうだな…」
「しかも、追っかけとか。意外に純やん…。いやぁ、どうすんの? 大和。一ノ瀬片想い中やって、振られたんと一緒やん」

 嫌な予感がするのは俺だけだろうか。いや俺にとっては良い予感か。
 あの樋野の慌てよう。そして、モジモジと俺を見てきた理由。俺のうぬぼれではないと信じたい。

 俺は額に手を置き、横で一ノ瀬の好きな人って誰やろなぁ、とうるさく言う零士に軽く相槌を打ちながら内心安堵していた。
 不確かだった一ノ瀬の想いがこれではっきりとした。真正面から一ノ瀬と向かい合うことができる。

 にしても、一ノ瀬に追いかけられてたのか…。

 空気を読まずニヤつきそうになる顔の筋肉を俺は必死で抑えた。



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