19 / 43
本編
じゅーしち
しおりを挟む物心ついたころから両親の仲は険悪だった。
それに両親は三人兄弟の中で僕にだけ話かけてこなかった。優しく接して貰ったことなんてなかったし、連絡も家政婦を通してしてた。それが普通なのかとは思ってたけど、やっぱり他の家庭の様子を知ると、そうじゃないってわかっちゃうよね。知らなきゃよかったって何度思ったか。
そんな僕の傍にいてくれたのは歳の離れた二人の兄。七歳上の理兄と六歳上の丞兄。ほぼ家に居ない父と、僕の事を毛嫌いしている母の代わりに僕を育ててくれたんだ。
話を真剣に聞いてくれて、どんな時も僕の味方でいてくれた。
そして、近所に住む従兄弟の唯人とはとても仲が良かったんだ。よく唯人の家に遊びに行ったしさ。イギリス人の唯人の母はとても綺麗な人で、僕の事も良く可愛がってくれた。なんだかお母さんみたいで嬉しかったから、余計通っちゃってた気がする。
年上ばかりの親戚の中、同い年の唯人が可愛くて仕方なかったんだよね。僕が数ヶ月だけお兄さんだったから。本当にお人形さんみたいな唯人がころころ笑う顔を見たくて、たくさん楽しませようとしてたかな。
その関係が変わったのは幼稚園の年長組に上がったばかりの頃。あの時の事を今でもはっきり覚えてるのは、それぐらいショックだったからだと思う。
『あーちゃんとは遊んだらいけない、ってママに言われたから、今日から遊べないの』
なんでそんなこと言うのって食い下がったけど、ママの言う事聞かなかったら食後のデザートがなくなるって。
僕も唯人も甘いものが大好きだったから、唯人がデザート食べられなくなるのが可哀想で僕は唯人のために遊ばないことにした。それと同時に唯人の家にも行けなくなっちゃったんだよね。
それからどんどん唯人は僕を嫌うようになっていった。
こけて泣いていた唯人に『大丈夫?』と声をかければ、より一層激しく泣き始める。駆け付けてきた先生に僕に押されたと報告した時は、何が起きたか分からなかった。その後勿論僕は怒られた。
親戚の集まりでもそうだった。唯人が何かと突っかかって来ては僕の傍で泣きわめく。皆は唯人を庇い、僕を責めるようになった。仲の良かった従兄姉もどんどん僕に冷たくなっていった。それを宥めてくれるのはいつも兄だった。
兄以外の親戚の子供達からは遊んでもらえなくて、親達からも無視されたり、邪険に扱われるようになったから、どうしていいかわからなかった。
集まりに行くのが辛くて、丞兄と家で留守番することも多かった。ううん、もう三年生の時点で一回も顔を出さなくなってたと思う。
でも、学校の方がこれよりひどかったかな。
唯人は理事長の息子っていうこともあって、とっても大切にされてた。その上、金髪碧眼で可愛らしい容姿ときたら、上級生から溺愛されるのも当然。入学早々からもう取り巻きもいたしね。
『同じ槙野なのに、おまえは平凡だな』っていうのはその取り巻きの一人の言葉。
それなりに友達はいたけど、皆突然『アズサ君とは遊べなくなった』って示し合わせたかのように友達を辞めていった。仲良くなって家にまで遊びに行ったことのある子に、その遊びに行った次の日にそのセリフを言われたときは本当に辛かった。きっとその子は言わないって信じてたから。
数日後、その子が唯人と一緒に楽しそうに笑ってるのを見た時、声が出なかった。
僕は本当に馬鹿で、その時に友達を作るのを諦めたらよかったのに、一人は寂しいからと友達を作っちゃってさ…。
結果は同じ事だったけど。
よくあるいじめとは違って、物を盗られたり、無視されたりするわけじゃない。挨拶もするし、一言ぐらいなら話したりもする。
クラス替えがあって、一言二言話してるうちに気が合って少しでも長く話してしまうともうアウト。次の日には唯人側の人間になって、僕には一言も声をかけてくれなくなる。
ある日、唯人と元友達の話を聞いてしまってから、もう友達も作ろうなんて気持ちにはならなかった。完璧に人間不信になってたかな。
最終的に声をかけられることが怖くなって、ずっと俯いたまま過ごしてた。僕が友達を作ろうとしなければ唯人は何もしてこなかったから。
こんな状態でも学校に通えていたのは兄達のお蔭だった。
小五の終わり頃に海外の大学に行ってしまった理兄とは中々会えなかったけれど、二人ともとても頼りになる兄だった。僕が泣いていると膝の上に抱いてくれて、泣き止むまでずっと背中を撫でてくれた。僕が笑うまで困るぐらいキスされたし…。
最後の砦だった丞兄も僕が初等部卒業と同時に理兄と同じ大学に行くと海外に行ってしまった。
実はその日から兄たちには一度も会えていない。兄達が会いたがらないのか、会わせてもらえないのかわからないけど。
もう、僕が頼れる人は一ノ瀬の家にいたおじいちゃんとおばあちゃんだけ、かな。僕にとってはそれで十分。
◇ ◇ ◇
ノック音と共に聞こえてきた大和先輩の声。
寝てたのか起きてたのか自分でもよく分からなかった。ガンガンと痛んで熱を持つ頭でぼんやりとそれを聞いていた。風邪じゃなくて、たぶん泣きすぎ。
泣き止んでも、思い立ったように涙が出始めて、また号泣して。それを何度も繰り返したから酷く神経が疲れたんだと思う。
「制服…靴を持って……飯も食って……軽い…だが買って……置いておく」
布団を被っていると途切れ途切れにしか聞こえなかったけど、確かに先輩がそこにいた。なんでドア越しに先輩の声が聞こえるのか不思議だったけど、風紀がリビングまで入ることがあると入寮の際に言われていたのを思い出した。
「…一つ…聞いて欲しい……誰かに…告白し……、…絶対にない。……おまえ…好きだ……偽り…ない」
無理してそんな風に言わなくていいのに。
無理して来なくていいのに。
先輩の声で言われると信じたくなっちゃう。心が動いちゃいそうになる。先輩の声を聞きたくなくて、布団の中で耳を塞いだ。それでも布団を伝ってくる振動が嫌で嫌で仕方なかった。
なのに、心地よくて嬉しくて、心が分裂しそうだった。
僕はまたそのまま眠ってしまって、次に起きたらもう翌日の昼になってた。どう考えても寝過ぎだよね。
口の中も喉もぱりぱり音がするんじゃないかっていうぐらいカラカラで、ほとんど丸一日水を飲んでないことに気付いた。水を求めてゆっくりと音を立てないようにドアを開け、誰もいないことを確認する。
ここで大和先輩にばったり会ったりしたら、僕の心が無事じゃすまない気がする。これ以上の刺激はちょっとキツイからね。
ドアのすぐ横には紙袋があって、その中には制服が入ってた。先輩が来たのは夢じゃなかったみたい。制服もクリーニングに出してくれてて…。
それとローテーブルの上には購買の袋。予想外にずっしりすると思ったら、結構な量が入ってた。サンドイッチとおにぎり、揚げ物と煮物にサラダ。
先輩が購買で選んでくれてるのを想像すると、嬉しい。けど、これが僕を釣り上げるための餌なら、僕の所に置いて来いって、渡されただけかもしれない。
先輩はそんなことしないって、心のどこかで思ってしまう。僕のただの願望。
ただ、食べ物には罪はない、と鳴きだしたお腹の虫に餌を与えるために鮭おにぎりを頬張った。水分を取ったせいか、また涙が出てきて厄介だったけど。
大和先輩が持ってきてくれたおにぎりが美味しくて、……辛かった。
◇ ◇ ◇
『だって、僕、ずっとあいつに虐められてきたんだよ!』
『唯人、可愛いから妬んでただけだって。でも、あっちの槙野って本当に友達いないんだなー。ちょっと話しかけてやたら、すっげぇ嬉しそうにしてさ、ちょろいちょろい』
『友達辞めるって言ったときの顔、どうだった?』
『最高最高。唯人イジメてた罰! 思い知ったかって』
――……僕は最低な気分だけど。
ホント近日稀にみる、この上なく最悪な目覚め。
「サイアク…」
思い出さないように思い出さないようにしてたけど、やっぱり唯人が近くにいるとダメっぽい。宗ちゃんがいなくなったのも結構こたえてるし…。一番は大和先輩が向こう側に行ってしまった事だけど。
唯人を虐めたことなんてない、と思う。個人で受け取り方も違うし、はっきりとは言えないけどさ。なんで嫌われてるのか分からなくて、辛くて、なにが悪かったのか聞いたし、何度も謝ったけど、全然唯人には届かなかった。
幼稚園からの何かを今まで引きずってるのって結構重いことなのかもしれないけど、僕にはさっぱり見当もつかない。
のそのそと気怠い体を引き摺って洗面所まで行って、鏡に映った泣き過ぎで腫れぼったくなった瞼にうわぁってなる。
ちょっと人前に出れるような顔じゃないよね。これはヒドイ。朝食抜いて行けば間に合うかな。
シャワーを浴びて、目の周辺をマッサージする。誰かに何か聞かれると厄介だし、腫れが引くまで粘った。
でもさ、ふと思った。誰が気にするんだろうって。
ヒノちゃん? 横山君? そういえば僕ってクラスで話す人、この二人しかいないんだよね。自意識過剰だったかなぁ…。
クリーニングに出されて、牛乳臭がすっかりしなくなった制服に袖を通して、コンタクトを着ける。ドア横にある姿見で最終チェック。
うん。ちゃんと一ノ瀬梓だね。
靴を履いて、ドアハンドルを握って……。
――ヒノちゃんと横山君が以前と同じように接してくれる保証は?
その疑問が頭に浮かんだ瞬間、僕の中でこのドアの向こうが『敷地外』になっちゃった。
押すだけで開くのに手が動かない。足が竦んで、心臓が激しく脈打って、指が震えて。ドアハンドルから離した手を胸で温めるみたいに抱いて、履いたばっかりの靴を脱いだ。
手が震えるの、全然治まらない。どうやったら治るんだっけ、これ。いつもはおじいちゃんとおばあちゃんに握ってもらってたから、自分での治し方知らないや…。やっぱりあそこから離れるの無理だったんだ。
「寮で引きこもり再発したらどうしたらいいの…かな」
引きこもりになりました。授業に出れません。って担任に言えばいい?
担任に伝えるにしても、アドレス帳に入ってるのって今のところ四人だけなんだけど。父の秘書の堤さんとヒノちゃん、横山君、それから大和先輩。この侘しさったらないよね。大和先輩のは未練たらたらで結局削除できなかったから、実質三人。
あ、リビングに内線電話なかったっけ。
えっと、引きこもり宣言するのって…どうなの?
担任が授業頑張って受けようって説得に来たらどうするよ…。
まぁ…、堤さんに事情話して、担任の説得も任せればいっか。やっぱり無理でしたって、迎えに来てもらって、おじいちゃん所に戻るのがベストだよね。はぁ、早く家に帰りたい。
ちょっと待って…。えっとぉ、どうやってここから脱出すればいいの? 車はドアの前まで来れないし…。
そんな風に迷ってたら、始業のベルが鳴っちゃった…。
どうしよう、ホント。
初・無断欠席万歳…。
1
お気に入りに追加
726
あなたにおすすめの小説

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

灰かぶり君
渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。
お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。
「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」
「……禿げる」
テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに?
※重複投稿作品※
王道学園なのに会長だけなんか違くない?
ばなな
BL
※更新遅め
この学園。柵野下学園の生徒会はよくある王道的なも
のだった。
…だが会長は違ったーー
この作品は王道の俺様会長では無い面倒くさがりな主人公とその周りの話です。
ちなみに会長総受け…になる予定?です。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
目立たないでと言われても
みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」
******
山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって……
25話で本編完結+番外編4話
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる