僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

じゅーしち

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 物心ついたころから両親の仲は険悪だった。
 それに両親は三人兄弟の中で僕にだけ話かけてこなかった。優しく接して貰ったことなんてなかったし、連絡も家政婦を通してしてた。それが普通なのかとは思ってたけど、やっぱり他の家庭の様子を知ると、そうじゃないってわかっちゃうよね。知らなきゃよかったって何度思ったか。
 そんな僕の傍にいてくれたのは歳の離れた二人の兄。七歳上のおさむ兄と六歳上のたすく兄。ほぼ家に居ない父と、僕の事を毛嫌いしている母の代わりに僕を育ててくれたんだ。
 話を真剣に聞いてくれて、どんな時も僕の味方でいてくれた。

 そして、近所に住む従兄弟の唯人とはとても仲が良かったんだ。よく唯人の家に遊びに行ったしさ。イギリス人の唯人の母はとても綺麗な人で、僕の事も良く可愛がってくれた。なんだかお母さんみたいで嬉しかったから、余計通っちゃってた気がする。
 年上ばかりの親戚の中、同い年の唯人が可愛くて仕方なかったんだよね。僕が数ヶ月だけお兄さんだったから。本当にお人形さんみたいな唯人がころころ笑う顔を見たくて、たくさん楽しませようとしてたかな。

 その関係が変わったのは幼稚園の年長組に上がったばかりの頃。あの時の事を今でもはっきり覚えてるのは、それぐらいショックだったからだと思う。

『あーちゃんとは遊んだらいけない、ってママに言われたから、今日から遊べないの』

 なんでそんなこと言うのって食い下がったけど、ママの言う事聞かなかったら食後のデザートがなくなるって。
 僕も唯人も甘いものが大好きだったから、唯人がデザート食べられなくなるのが可哀想で僕は唯人のために遊ばないことにした。それと同時に唯人の家にも行けなくなっちゃったんだよね。

 それからどんどん唯人は僕を嫌うようになっていった。

 こけて泣いていた唯人に『大丈夫?』と声をかければ、より一層激しく泣き始める。駆け付けてきた先生に僕に押されたと報告した時は、何が起きたか分からなかった。その後勿論僕は怒られた。

 親戚の集まりでもそうだった。唯人が何かと突っかかって来ては僕の傍で泣きわめく。皆は唯人を庇い、僕を責めるようになった。仲の良かった従兄姉もどんどん僕に冷たくなっていった。それを宥めてくれるのはいつも兄だった。
 兄以外の親戚の子供達からは遊んでもらえなくて、親達からも無視されたり、邪険に扱われるようになったから、どうしていいかわからなかった。
 集まりに行くのが辛くて、丞兄と家で留守番することも多かった。ううん、もう三年生の時点で一回も顔を出さなくなってたと思う。

 でも、学校の方がこれよりひどかったかな。

 唯人は理事長の息子っていうこともあって、とっても大切にされてた。その上、金髪碧眼で可愛らしい容姿ときたら、上級生から溺愛されるのも当然。入学早々からもう取り巻きもいたしね。
 『同じ槙野なのに、おまえは平凡だな』っていうのはその取り巻きの一人の言葉。

 それなりに友達はいたけど、皆突然『アズサ君とは遊べなくなった』って示し合わせたかのように友達を辞めていった。仲良くなって家にまで遊びに行ったことのある子に、その遊びに行った次の日にそのセリフを言われたときは本当に辛かった。きっとその子は言わないって信じてたから。
 数日後、その子が唯人と一緒に楽しそうに笑ってるのを見た時、声が出なかった。

 僕は本当に馬鹿で、その時に友達を作るのを諦めたらよかったのに、一人は寂しいからと友達を作っちゃってさ…。
 結果は同じ事だったけど。

 よくあるいじめとは違って、物を盗られたり、無視されたりするわけじゃない。挨拶もするし、一言ぐらいなら話したりもする。
 クラス替えがあって、一言二言話してるうちに気が合って少しでも長く話してしまうともうアウト。次の日には唯人側の人間になって、僕には一言も声をかけてくれなくなる。

 ある日、唯人と元友達の話を聞いてしまってから、もう友達も作ろうなんて気持ちにはならなかった。完璧に人間不信になってたかな。
 最終的に声をかけられることが怖くなって、ずっと俯いたまま過ごしてた。僕が友達を作ろうとしなければ唯人は何もしてこなかったから。

 こんな状態でも学校に通えていたのは兄達のお蔭だった。
 小五の終わり頃に海外の大学に行ってしまった理兄とは中々会えなかったけれど、二人ともとても頼りになる兄だった。僕が泣いていると膝の上に抱いてくれて、泣き止むまでずっと背中を撫でてくれた。僕が笑うまで困るぐらいキスされたし…。

 最後の砦だった丞兄も僕が初等部卒業と同時に理兄と同じ大学に行くと海外に行ってしまった。
 実はその日から兄たちには一度も会えていない。兄達が会いたがらないのか、会わせてもらえないのかわからないけど。

 もう、僕が頼れる人は一ノ瀬の家にいたおじいちゃんとおばあちゃんだけ、かな。僕にとってはそれで十分。



   ◇ ◇ ◇



 ノック音と共に聞こえてきた大和先輩の声。

 寝てたのか起きてたのか自分でもよく分からなかった。ガンガンと痛んで熱を持つ頭でぼんやりとそれを聞いていた。風邪じゃなくて、たぶん泣きすぎ。
 泣き止んでも、思い立ったように涙が出始めて、また号泣して。それを何度も繰り返したから酷く神経が疲れたんだと思う。

「制服…靴を持って……飯も食って……軽い…だが買って……置いておく」

 布団を被っていると途切れ途切れにしか聞こえなかったけど、確かに先輩がそこにいた。なんでドア越しに先輩の声が聞こえるのか不思議だったけど、風紀がリビングまで入ることがあると入寮の際に言われていたのを思い出した。

「…一つ…聞いて欲しい……誰かに…告白し……、…絶対にない。……おまえ…好きだ……偽り…ない」

 無理してそんな風に言わなくていいのに。
 無理して来なくていいのに。

 先輩の声で言われると信じたくなっちゃう。心が動いちゃいそうになる。先輩の声を聞きたくなくて、布団の中で耳を塞いだ。それでも布団を伝ってくる振動が嫌で嫌で仕方なかった。
 なのに、心地よくて嬉しくて、心が分裂しそうだった。

 僕はまたそのまま眠ってしまって、次に起きたらもう翌日の昼になってた。どう考えても寝過ぎだよね。
 口の中も喉もぱりぱり音がするんじゃないかっていうぐらいカラカラで、ほとんど丸一日水を飲んでないことに気付いた。水を求めてゆっくりと音を立てないようにドアを開け、誰もいないことを確認する。
 ここで大和先輩にばったり会ったりしたら、僕の心が無事じゃすまない気がする。これ以上の刺激はちょっとキツイからね。

 ドアのすぐ横には紙袋があって、その中には制服が入ってた。先輩が来たのは夢じゃなかったみたい。制服もクリーニングに出してくれてて…。
 それとローテーブルの上には購買の袋。予想外にずっしりすると思ったら、結構な量が入ってた。サンドイッチとおにぎり、揚げ物と煮物にサラダ。

 先輩が購買で選んでくれてるのを想像すると、嬉しい。けど、これが僕を釣り上げるための餌なら、僕の所に置いて来いって、渡されただけかもしれない。
 先輩はそんなことしないって、心のどこかで思ってしまう。僕のただの願望。

 ただ、食べ物には罪はない、と鳴きだしたお腹の虫に餌を与えるために鮭おにぎりを頬張った。水分を取ったせいか、また涙が出てきて厄介だったけど。

 大和先輩が持ってきてくれたおにぎりが美味しくて、……辛かった。



   ◇ ◇ ◇



『だって、僕、ずっとあいつに虐められてきたんだよ!』
『唯人、可愛いから妬んでただけだって。でも、あっちの槙野って本当に友達いないんだなー。ちょっと話しかけてやたら、すっげぇ嬉しそうにしてさ、ちょろいちょろい』
『友達辞めるって言ったときの顔、どうだった?』
『最高最高。唯人イジメてた罰! 思い知ったかって』


 ――……僕は最低な気分だけど。


 ホント近日稀にみる、この上なく最悪な目覚め。

「サイアク…」

 思い出さないように思い出さないようにしてたけど、やっぱり唯人が近くにいるとダメっぽい。宗ちゃんがいなくなったのも結構こたえてるし…。一番は大和先輩が向こう側に行ってしまった事だけど。

 唯人を虐めたことなんてない、と思う。個人で受け取り方も違うし、はっきりとは言えないけどさ。なんで嫌われてるのか分からなくて、辛くて、なにが悪かったのか聞いたし、何度も謝ったけど、全然唯人には届かなかった。
 幼稚園からの何かを今まで引きずってるのって結構重いことなのかもしれないけど、僕にはさっぱり見当もつかない。

 のそのそと気怠い体を引き摺って洗面所まで行って、鏡に映った泣き過ぎで腫れぼったくなった瞼にうわぁってなる。
 ちょっと人前に出れるような顔じゃないよね。これはヒドイ。朝食抜いて行けば間に合うかな。

 シャワーを浴びて、目の周辺をマッサージする。誰かに何か聞かれると厄介だし、腫れが引くまで粘った。
 でもさ、ふと思った。誰が気にするんだろうって。
 ヒノちゃん? 横山君? そういえば僕ってクラスで話す人、この二人しかいないんだよね。自意識過剰だったかなぁ…。

 クリーニングに出されて、牛乳臭がすっかりしなくなった制服に袖を通して、コンタクトを着ける。ドア横にある姿見で最終チェック。
 うん。ちゃんと一ノ瀬梓だね。

 靴を履いて、ドアハンドルを握って……。


 ――ヒノちゃんと横山君が以前と同じように接してくれる保証は?


 その疑問が頭に浮かんだ瞬間、僕の中でこのドアの向こうが『敷地外・・・』になっちゃった。
 押すだけで開くのに手が動かない。足が竦んで、心臓が激しく脈打って、指が震えて。ドアハンドルから離した手を胸で温めるみたいに抱いて、履いたばっかりの靴を脱いだ。

 手が震えるの、全然治まらない。どうやったら治るんだっけ、これ。いつもはおじいちゃんとおばあちゃんに握ってもらってたから、自分での治し方知らないや…。やっぱりあそこから離れるの無理だったんだ。

「寮で引きこもり再発したらどうしたらいいの…かな」

 引きこもりになりました。授業に出れません。って担任に言えばいい?
 担任に伝えるにしても、アドレス帳に入ってるのって今のところ四人だけなんだけど。父の秘書の堤さんとヒノちゃん、横山君、それから大和先輩。この侘しさったらないよね。大和先輩のは未練たらたらで結局削除できなかったから、実質三人。

 あ、リビングに内線電話なかったっけ。
 えっと、引きこもり宣言するのって…どうなの?
 担任が授業頑張って受けようって説得に来たらどうするよ…。

 まぁ…、堤さんに事情話して、担任の説得も任せればいっか。やっぱり無理でしたって、迎えに来てもらって、おじいちゃん所に戻るのがベストだよね。はぁ、早く家に帰りたい。
 ちょっと待って…。えっとぉ、どうやってここから脱出すればいいの? 車はドアの前まで来れないし…。


 そんな風に迷ってたら、始業のベルが鳴っちゃった…。


 どうしよう、ホント。
 初・無断欠席万歳…。
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