僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

拾陸

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 女々しい。
 俺はこんなに女々しかったのか、と額に手を当てた。

 メールを二通ほど送ってみたが、あちらに届くことはなく、拒否されているのは明らか。好きだと気付いた相手に拒絶されるのがこれほどつらいとは思わなかった。

『触られるのが気持ち悪い』

 あれはキた。
 心臓をナイフで刺されたかのようだった。戸塚から昼飯の誘いのメッセージが届くまで、立ち尽くしていたのは一生の不覚だ。

 しかし、あれがあいつの本心でないことは予想が付いている。あの表情を見れば…。
 本当に一瞬の綻びだった。呆けた顔をして、信じられない様子で俺を見上げ、その後突如として表情を失くした一ノ瀬。そしてすぐに満面の笑みの仮面をかぶり、分厚い壁の向こうへと行ってしまった。
 あの絶望に似た表情が頭から離れないのだ。

 一ノ瀬が小さく呟いていた話。しっかりとは聞き取れなかったが、俺が誰かに頼まれて一ノ瀬に告白したと思っているようだった。なぜそんな風に思うのか分からなかった。
 俺の態度が急変したからだろうか。今までの俺の対応を考えると致し方ないのかもしれない。しかし、垣間見えた喜びの感情、はにかみ俯く姿を思えば、その変化を受け入れていたようにも思えたのだが。

 そして、昼食を済ませた後も、一ノ瀬が来るまではここにいようと、食堂に居座り続けていた。

「大和さーん、溜息ばっかりじゃないですか。まるで恋する乙女っすねー」
「うるせぇ…」

 斜め前に座る戸塚が俺を見てニヤニヤとしている。当たらずも遠からずなのが面白くない。

「で、いつまでいる気なんですか? 誰か待ってるんですよね?」
「……違う」
「いやいや! それ完全に嘘! 食堂の扉開くたびに睨みつけて、大和さんの所為で皆固まってるの見えてないんすか?!」

 俺は溜息を吐いた。
 いつの間にか睨んでいたらしい。ちらりと確認してるだけのつもりが、一向に一ノ瀬が昼飯を食べに来ないため、焦りが出ていたようだ。

「すまん…」
「…どうしちゃったんですか? らしくないっすよ。まさか振られたとか? 大和さんに限ってそんなわけ――」
「それ以上言うな」

 傷が抉られる。戸塚は斜め上な発想をしているつもりなのだろうが、ピンポイントで一発当ててくるのはいただけない。一ノ瀬の『気持ち悪い』発言が頭の中に木霊して、俺は頭を抱えた。

「…え、……ま、まさか……マジっすか…?」
「黙れ」
「いやいやいやいや! これ、黙っとける案件じゃないですから!」
「声がでかい」

 戸塚は俺の注意に口を塞ぎ、俺の隣の席に移動してくる。俺よりも体格のいい戸塚と並んで座るのはどうかと思うが、大声で話されるよりかましだろう。いや、まず一ノ瀬の事をこいつに話すか悩むべきかもしれない。

「大和さんの噂の人ってこの学園にはいないんじゃないんですか」
「……もうそいつのことはいいんだ」
「…いいって…、じゃあ、この学園の奴に告ったんですか、大和さんから…。うわぁ、それ振る奴とかいるんすか…」

 俺も大和さんから告られてぇ、と言う不穏な声を聞き流して、俺はすでに冷めたコーヒーに口を付けた。

「あ、それでその子の顔だけでもひっそり見ようと食堂で張ってるんですね。その様子をみると本気なのは分かりますけど…、いやぁ、大和さんがストーカーになる日が来るとは…。でも、大和さんだとひっそりにならないから大変っすよね」
「デリカシーってもんが存在しないのか、おまえには…」
「大和さんの弱み握れるとは思ってなかったんで、かなりテンション上がってるんです。で、で、もうここまで来たら言っちゃいましょうよ。誰なんすか、相手」

 戸塚の言い草に飽きれる。
 戸塚がこういう態度を取るのも俺を含むごく一部であり、俺も気を許せる相手だ。なんせ初等部からの腐れ縁で、こいつとはそれなりに信頼関係を築けている。
 それに一ノ瀬の制裁がこれから続くとしたら監視する目が多い方が良い。

「戸塚、おまえがそいつを制裁から守ると約束するなら教える」
「……制裁? なんでまた」
「現在進行形で制裁受けてるんだよ」
「…風紀にそんな報告来てないですけど。生徒会入りしたのもお構いなしに、未だに槙野が集中して受けてくれてますから……って、やっぱり槙野…ぃがぁ!?」
「なぁ、戸塚、あいつの名前口に出すなよ?」
「ひぃ…っ! か、かしこまりました!」

 戸塚の足の甲を踏みつけ、ぐりぐりと力を籠めていた足を退けると、戸塚はテーブルに突っ伏しながら自分の足の甲を大事そうに撫でた。

「――で、どうするんだ」
「大和さんの大切な方をお守りするのは俺の当然としての責務! 守ります! いえ、守らせてください!」
「信じていいんだな」
「はい!」

 俺は真っ直ぐに見つめてくる戸塚から目を逸らし、誰とも目を合わさないように額に手を置いて目元を隠しながら小さく呟いた。これほど羞恥を覚えることはない。

「……一ノ瀬、梓」

 間をおいて、へ、と短い音が戸塚のぽかんと開いた口から出てきた。そう来るとは予想していたが、やはり居た堪れない。

「い、一ノ瀬って、あの会計並に明るい頭の一年ですよね…?」
「ああ、間違いない」
「…大和さんって、清楚なおしとやかな人が好きなのかと…。いや、思い込みは良くないっすよね! あ、でも、あいつ、誰とでも寝るって噂されてますけど、騙されてないですか?」

 セフレの話でさえ疑わしいのに、誰とでも寝るだと?
 一ノ瀬に対する侮辱でしかない言葉にふつふつと腹の奥が熱くなる。

「どこからそんな話聞いたんだ?」
「ダメですから! 大和さん、週末の昼間の穏やかな時間にその目つき、ダメです!」
「早く答えろ」
「ま、槙野ですよっ。転校初日に食堂で一ノ瀬に向かって誰とでも寝る奴って叫んでたんです。その時、会長と会計が一ノ瀬と仲良さそうにしてたから、本当じゃないかって言われてるんですよ」

 槙野が? 転校初日から一ノ瀬に対して敵意を向けていたということか。その所為で一ノ瀬が五条と万里と寝たという話が親衛隊の中に広まって、制裁に繋がったんだろう。

「その話は信用するな。風紀ではそれを徹底しておけ、いいか」
「…は、はい」
「一ノ瀬の外見と中身は別物だ。軽そうなふりをしてるだけだ。それから槙野が一ノ瀬を嵌めようとしている可能性がある」
「嵌める? えっと、二人って繋がりがあるんですか?」
「従兄弟らしい。あの二人の間に何があったかは知らないけどな…。…一ノ瀬は制裁を受けてることも今まで隠していた。俺が偶然見つけなければきっと黙って制裁を受け続けていただろう。あいつは弱みを見せたがらない、そういう奴なんだ。…だから、戸塚…一ノ瀬の事を頼む」
「了解しました…! なんかイメージと全然違うけど、大和さんの大切な方をしっかりと守らせていただきます! …でも、大和さん振ったとか許せん…。俺がちゃんと一ノ瀬に大和さんのいい所言って聞かせますから」
「……余計なことすんな」

 俺が睨みつけると、戸塚は「へぇ、一ノ瀬かぁ」とニヤニヤした笑みを浮かべた。
 その後、一ノ瀬の事を根掘り葉掘り聞いて来ようとするのをかわしていると、風紀のメンバーが徐々に俺のテーブルに集まってきた。確実に戸塚が連絡した所為だ。その場で一ノ瀬が制裁を受けていたことのみを伝え、風紀全体で目を光らせて置くように指示を出した。しかし、戸塚が俺の顔をちらちらと見てきてはニヤつくため居心地は最悪だった。

 そして、食堂が閉まる時間までいたが、結局一ノ瀬の姿を見ることはかなわなかった。

 その後、いてもたってもいられずに、一ノ瀬の部屋の前まで来た。一ノ瀬の残して行った靴とクリーニングから戻って来た制服と下着類、そして軽食を持って。
 同室の瀧元もいなくなり、今は一ノ瀬のみしかいない部屋だ。その上、土曜の夜ということもあり、背中に視線が密集しているのを感じていた。
 風紀の一年でも連れて来れば良かったと後悔しながらも、一ノ瀬の部屋の扉をカードキーを使って開ける。とはいってもこの扉の先にあるのは共有リビングだ。風紀委員として寮長に申請すれば比較的容易に部屋の共有のリビングまでは入ることができる。

「一ノ瀬」

 ノックと共に声をかけるが、やはり返事はない。しかし、物音が聞こえたため、そこにはいるのだろう。

「制服と靴を持って来た。……飯も食ってないかと思って、軽いものだが買ってきた。ここに置いておく…」

 かける言葉が思いつかない。一ノ瀬の事情も知らず、謝るにしても何に対して謝っていいのかが分からない。

「……一つだけ聞いて欲しい。おまえは俺が誰かに頼まれて告白したようなことを言っていたが、それは絶対にない。おまえを好きだという気持ちに偽りはない……」

 信じてくれ、という言葉を俺は飲み込んだ。これ以上は押し付けになるような気がした。今、俺の言葉を信じられないのなら、一ノ瀬の負担にしかならない。
 ならば、まずその原因を見つけて、一ノ瀬を安心させてやることが先決なのだから。一ノ瀬の言っていた『あいつ』というのが誰なのか、それをはっきりさせなければ。

「それと、制裁に関してだけどな…、俺と話したくないというなら、他の風紀の奴らを頼ってくれ。あいつらにはおまえが制裁を受けていたことを伝えてある。おまえにとっては余計なことかもしれないが、制裁が酷くなるかもしれないことを見越してのことだ。理解して欲しい。何かあれば風紀委員として頼って欲しい。頼む」

 最後に、また来る、と声をかけて、一ノ瀬と俺とを隔てるドアから離れた。そして、廊下に続く扉を開けた途端、そこに溜まって聞き耳を立てていた奴らが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それを俺はため息を吐いて眺めた。
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