僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

拾肆*

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 一ノ瀬と槙野の過去を調べさせるよう指示してからすぐの事。

 槙野が風紀指導室までやってきて、告白の返事を聞かせて欲しいと言ってきた。しかも後ろに副会長と書記を引き連れて。忘れてくれていればよかったものを…。
 後ろの二人は不愉快そうに俺を見てきたが、槙野の意志なら仕方ないというような雰囲気だった。

「僕、あれから周りにたくさんの人がいないと不安になってしまって…。今は生徒会の皆さん全員とお付き合いして守ってもらっているんです。これから大和さんにも守って頂けるなんて、僕とても心強いです」

 ここに来て、あの告白の意味をしっかりと理解した。生徒会の全員と付き合っている上、俺もその中に入れということらしい。はっきり言って意味が分からなかった。
 しかも、俺の答えがYESだと、それが当たり前だと決めてかかっている槙野。

 こいつじゃない。

 と俺の中で驚くほどあっさりと結論が出た。あの少年がこいつだったとしても、こいつに俺は必要ない。そして俺もこいつの傍にいたいとは思わない。このことについては過去を調べるまでもなかった。

「悪いな、槙野。おまえと付き合うことはできない。生徒会に守られているなら、俺が入るとそっちの輪を乱すことになる。そうなると、おまえも不安になるだろ」
「え……? どういうこと、大和さん…?」
「あなたは、唯人がせっかくあなたに勇気を振り絞って告白したというのに、それを無下にするのですか!?」

 かなり譲歩して言ったつもりが、月城まで口を出してきて、俺は頭を抱えた。
 告白を無下に? 告白されれば受けて当然という考え方なのか? 月城の? それとも槙野の考えなのか?

「無下にというわけじゃない。槙野の周りで諍いが起きるのを防ぐためだ。月城、おまえだって、俺がそこに入れば問題になることくらいわかるだろ」
「ま、まぁ、私は生徒会のメンバーだけで十分だとは思っていますが、唯人の望みならば仕方ないでしょう」
「…本当にそう思ってるの!? ひどい。皆、僕がまた襲われてもいいと思ってるんだ!」
「ゆ、唯人、そうじゃありません」

 癇癪を起こし始めた槙野を月城と不破野が宥める光景に開いた口がふさがらなかった。
 あの少年の面影すらもないその利己的な振る舞い。まるで別人。ここまで変わってしまっていたのなら、もう過去に固執する必要はない。そう思うと、呪縛から解放された気がした。
 俺はあの時のあいつに夢を見過ぎたのかもしれない。あの体を縮こまらせ怯えた目をしたあいつがもういないというなら、それが一番だ。

 それにしても、五条や万里はこんな奴を生徒会にいれるほどに気に入ったのか? あの二人はそれなりに認め合える存在だと思っていたのだが…。

 俺は辟易して、目の前の惨事から目を逸らした。
 その時、目に飛び込んできたのは、まるで行水したかのように全身を水で濡らした一ノ瀬の後姿だった。俺は心のざわめきに従うように隣の部屋にいた戸塚に声を掛け、何かを喚いている生徒会の三人を追い出すように言うと一ノ瀬を追った。

 グランドの端にある手洗い場。そこに身を隠すようにして一ノ瀬はいた。いつものあっけらかんとした雰囲気は鳴りをひそめ、ただ頭から水を浴びるその姿。酷く頼りない、泣いているようなその背中。
 その背中を温めるように抱きしめてやりたい。その思いが募る。

 すんなりと心を満たしていく慕情。
 例え、過去に何かあったとしても、今の一ノ瀬を見る限り、もうそれはただの過去でしかない。痛みに耐え、辛さを口にせず、こうして一人でいるこいつがあんな事件を起こすとは到底考えられなかった。

「おい、こんなところで何してる」

 声をかけると、ピクリと肩を震わせる。少しして顔を上げた一ノ瀬はいつもと変わりない笑みを浮かべていた。

「あー、大和先輩だぁ。先輩こそ、こんなとこで何してるのー?」

 馴れ馴れしい言葉で気を許しているかのように見せながら壁を作り、相手を遠ざける。そしてニッコリとした笑みで感情を隠し、一人で抱え込む。
 同室者の瀧元も一ノ瀬が制裁を受けていることに気付いていたか怪しい。気付いていれば、風紀に連絡があるはずであり、それが今のところないのだから知らなかった可能性が高い。そして、その瀧元もいなくなった今、こうして制裁されているなど誰も気づかないだろう。俺もこの現場にいなければ、感じ取ることさえできなかった。
 おまえは一人で痛みに耐え、一人で泣くのか? 誰にもその姿を見せることなく。

 ――待てよ。…制裁? なんでこいつが制裁を受けている?
 五条や万里の興味はすでに一ノ瀬からは外れているはずだ。まさか、あいつら自分の立場も弁えずに一ノ瀬に手を出したのか? ――あいつらに抱かれたのか?
 ドロドロとした黒い感情が心の奥底から湧き上がってくる。

 焼けつくような嫉妬。

 食堂で五条の腕の中にいる一ノ瀬を見た時に感じた不快感の正体はこれだったのだ。
 そう理解すると同時に、制裁など受けていないと当たり前のように嘘を吐く濡れ鼠の一ノ瀬の手首を掴んだ。そして、俺の部屋まで連れ込み、制服を剥ぎとるように脱がせて風呂に放り込む。

 シャワーを浴びてほんのりと上気した一ノ瀬に詰め寄るようにして、五条と万里との関係を聞き出し、何もなかったことに内心安堵する自分。酷い扱いをしてきたことも忘れ、ただ一ノ瀬を自分だけのものにしたかった。

 戸惑う一ノ瀬を組み敷いて、柔らかな唇を存分に味わう。流石にセフレでしかない俺にキスされたことに驚いたようだが、抵抗もなしにすんなりと受け入れる一ノ瀬。無意識に漏れた甘い吐息を可愛いと揶揄えば、ほんのりと頬を染めて目を逸らす。その初心な反応に自然と頬が緩む。言われ慣れていないのだと想像に容易かった。
 フェラもされたことは余りないらしく、わざと音を立てて飲み込めば、目を見開いて何か言いたそうにこちらを凝視してくる。体の関係のみの相手ばかりで、本当に愛されたことがないのかもしれない。そう思うと胸が痛んだ。

 俺のものだと主張するように透き通るように白い内腿に赤い跡を残し、もう痛みを与えないようにとローションを使い丁寧に後孔を解し溶かした。快感に体を蕩けさせている一ノ瀬のほどよく弛緩しヒクつくそこに宛がい、半分ほど一気に突き入れる。今まではそこで止めていたが、一ノ瀬の中を味わうようにさらに狭い奥へとゆっくりと割り入った。まだ攻め入られたことのないようなキツさ。その締め付けに持っていかれそうになるのを必死で抑え、最奥の壁まで到達する。
 ここまで侵されたことがないのか、一ノ瀬は額にじっとりと汗を浮かべながら胸を上下させ、体を固くしていた。それを解すように眉間に寄ったしわに口づけ優しく髪を撫でれば、うっとりとした目で俺を見上げてくる。その嬉しそうな表情が一ノ瀬の本心から出るものであればいいのにと願った。そして、もう辛い思いはさせないと心に誓った。

 ゆっくりと馴染ますように抽送すると、キスの合間から艶を帯びた吐息が漏れ、その偽物ではない喘ぎが肉欲を煽る。敏感な所を軽く擦るだけで快感に身を捩り啼き始める感じやすい体。細く頼りない手で俺の腹を押し返して動きを緩めようとしているのを見て見ぬ振りして、粘膜を掻き分けるように押し込み、熱く蕩ける内部を堪能した。
 生理的な涙を目尻に溜め、助けを求めるようにしがみついてくる一ノ瀬が愛しくて、顔に何度もキスを落とした。もっと快感を味合わせてやろうと昔に面白半分で購入したコックリングを着けてやり、責め穿つと呆気ないほどに空イキする。俺はその搾り取られるような収縮に負け果てた。
 ドライは初めてだったらしい。射精していない自分の性器を信じられないものでも見るように茫然と見つめているその様子に、喜びが込み上げる。そして、俺の中には子供のような達成感が溢れていた。
 しかし、それもすぐ突き落とされる。

「先輩、終わったんなら、早く抜いてよぉ」

 余韻も何もない科白。一度出せば終わりというのが自然と決まりになっていたのは確かだ。いつもとは違うセックスをすれば、少しは態度が変わったとしてもおかしくないというのに、一ノ瀬は変わらなかった。
 一ノ瀬をそうさせたのは俺の今までの行いの所為。今更になって自分の不甲斐なさに怒りと苛立ちが内に渦巻いていた。

「…これで終わりなわけねーだろ」
「えぇー。でも出したよね?」

 あっさりとした態度に俺自身の事は棚に上げてイラっとする。
 しかし、その態度の割に一ノ瀬は「うるさい」という俺に反発し、あのわざとらしい喘ぎ声を出していたと言う。隣に聞こえていた可能性を示唆すると、途端に顔を真っ赤にしながら、自分の出した喘ぎ声に慌てて口を塞ぐ始末。
 なんなんだ、このちぐはぐさは。
 この異常に嗜虐心をくすぐる生き物が一ノ瀬? いつも余裕の表情をして品のない発言を多々してきたこいつが恥じらいを感じている? これが一ノ瀬の素なのか?
 その姿をもっと見たいという欲求が頭をもたげる。

「何、今更恥ずかしがってんだ? ここは防音だからいくらでも出せばいい。演技じゃなきゃな」
「…あ、だめ……こえ、でちゃ…っ…ん……」
「出せって言ってるだろ。俺以外には絶対聞かせるなよ」
「……セフレ、いるから…ムリっ……ァあっ…」

 セフレという言葉に、浮足立った心が再び叩き落とされたかのように感じた。そして、酷く焦燥感に苛まれた。
 濡れた赤い唇から漏れる演技でなはい甘い声。快感に震えるしなやかな体。俺を見つめてくる蕩けた瞳。他の奴がこの声を聞き、姿を目にいれ、この瞳に映っていたかと思うと、血が逆流し目の前が赤く染まるのを感じた。
 俺の事をただのセフレの一人としか認識していない一ノ瀬を激しく責め立て、俺が与える快楽だけで充分だと体に教え込むように犯す。過剰な刺激に堪え切れず、いやいやと首を振り悶える姿が嗜虐心を煽り、俺をさらに昂らせた。
 そして、脅迫まがいに俺だけにしろと迫り、一ノ瀬が何を考えているのか聞きただした。なぜ俺に近づいたのか。なにが目的なのか。その目的ごと全部、一ノ瀬を囲い込んでやると。
 しかし、帰って来たのは予想外の回答だった。


「…せんぱい、のこと、好きだから…っ!」


 一瞬、思考回路が停止した。

 この期に及んでも嘘を吐くのか、おまえは。
 しかし、荒く息を吐きながら、気まずそうに、不安そうに見上げてくる一ノ瀬にその考えを端に追いやった。
 これが一ノ瀬の本心だった?
 槙野と張り合うためでもなく、都賀に取り入るためでもない。ただその好きだという想いでセフレとして俺に抱かれ、その上痛みに耐えていたと? 気づかれないためにわざと下品な発言をして…。
 ならば、セフレがいるというのも疑わしい。もしかすると本気だと知られないために吐いた最大限の嘘なのかもしれない。

 自分の歪んだ思考が馬鹿馬鹿しくなる。俺を飾りとして見るもの扱うものが多すぎて、全てを疑ってかかっていた。その上、一途な想いに気付かないほどに、性格がねじ曲がってしまっていたとは。

 そして、一ノ瀬の心を知ってしまえば、もう止まれなかった。
 感情を叩きつけるかのように一ノ瀬の唇、そして体を貪った。
 悲鳴のような嬌声を上げ、俺の腕に無意識に爪を立てる一ノ瀬。その痛みさえも俺の中で喜びに変わる。一ノ瀬のすべてが愛しかった。
 荒々しく駆け上がり、同時に絶頂を迎えると、一ノ瀬は体を痙攣させながら意識を失った。

 乱れた息を整え、嵐のような激情がゆっくりと鎮まってくると、ぐったりとした一ノ瀬を抱き締める。何度も何度も一ノ瀬の髪を撫で、口づけを落とした。

 他の奴らになど渡さない。もう離さない。
 もう嘘を吐く必要はないと、頼っていいのだと、安心させてやりたい。おまえがその真っ直ぐな心を偽らなくてもいいように。

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