僕って一途だから

珈琲きの子

文字の大きさ
上 下
13 / 43
本編

三年前の

しおりを挟む
「あ、名前聞いてねぇ…」

 俺がそれを思い出したのは、従兄の斗里とうりさんのバイクの後ろに跨った後だった。

「どうした大和」
「あいつの名前聞くの忘れた」
「別に聞く必要ない…、…まさかお前、はーん、そうかそうか」

 斗里さんがにやりと笑うと、他の連れがバイクを押しながら寄ってきて騒ぎ出した。

「んー? どうしたん大和、なんかあった?」
「こいつ、さっきの子、気になるんだってよ」
「ええぇ、大和が? 確かにかわいい子だったけどなぁ」
「名前、聞いてねーって」

 ぎゃははと斗里さんが笑うと、連れも声を上げて笑い出す。

「本気じゃん、大和」
「そこらへん抜け目ねぇお前が抜けてたとか、本気すぎて笑える!」
「うるせぇな!」

 俺は悪態をつきながら、あいつの乗った車が消え去った方を眺めた。


 ◇


 あいつを見かけたのは夜の九時を回った頃だった。

 俺は連れと一緒にコンビニで買い物を終え、店を出た。
 従兄達が大学受験の話をしだしたため、俺はつまらないと顔を逸らした。ふと、道路の向こうにある公園の街頭横のベンチにぼんやりと座る制服を着た少年に目を惹かれ、缶コーヒーを飲みながらその様子をただ眺めた。暗い中にただポツンと座る少年が気になった。
 すると公園に黒いバンが横付けされ、中からスーツ二人が出てきて、その少年に話しかけた。
 迎えが来たのかと、意識を連れに戻した途端に、小さく叫び声のようなものが聞こえ、その声を振り返った。

 目に飛び込んできたのは、先ほどまで見ていた少年が男に抱えられ、もがきながらも抵抗虚しく車に連れ込まれている光景だった。
 明らかに誘拐。その様子に肝が冷えた。

「斗里さん! あれ!」

 俺が指をさす方に従兄、そして残りの連れが次々に顔を向ける。

「やばいな。行くぞっ」
「おっしゃっ」

 斗里さんの後ろに跨った瞬間、バイクが発進する。振り落とされそうになるのを何とか耐え、姿勢を整える。

「大和、ベルトはずせ。バックルをフロントサイドにぶつけろ」
「はぁ!?」
「助けるんだろ」
「わかった。やる!」

 最高時速以上で住宅街を駆け抜ける黒のバンを追いかける。幹線道路に出て、そのまま高速にでも乗られたら、もう手出しができない。やるしかない。

「爆竹残ってるか?」
「こっちにある!」

 後ろにぴったり付いてきている連れから声が上がり、目を見合わせた。

「横に付ける。思いっきり行けよ」

 タンデムステップに立ち上がり、ベルトのスナップを利かせてガラスに叩きつけた。予想以上に呆気なく開いた穴に、後ろから来た連れが爆竹を放り入れた。
 銃声のような破裂音に車内から叫び声が漏れ、ふらつきながらも黒バンが急停止した。速度を落としたバイクから飛び降りて、そのリアドアを開け放つ。
 後部座席に設けられた部屋のような広い空間には男三人に押さえつけられている少年。下半身を剥かれ、制服の上着も鋭利なもので引き裂かれ、何が行われようとしていたかは火を見るよりも明らかだった。
 全てを諦めたような少年のうつろな瞳が俺を映した瞬間――、

「てめぇら!」

 カッと頭に血が上るというのをその時初めて体験した。男らを車から引きずり出して、手に持っていたナイフを蹴り飛ばす。その怒りのままに殴り、倒れたところに跨って、拳を振り降ろした。
 ――その拳は斗里さんに掴まれ、男に到達することはなかったけれど。

「大和、手を出すと問題になる。正当な方法でやるなら、これはしまえ」
「……わりぃ」

 俺はフラフラと立ち上がって、車内に取り残された少年に駆け寄った。俺を見て、ガタガタと体を震わせながらも後ろにずり下がる。怖がらせてしまったのか…。
 ごめんな、驚かせて、と一言声をかけて、少年に着ていたパーカーを羽織らせて、横に腰を下ろした。もう大丈夫だからと声をかけながらそっと触れて、様子を見ながら温めるように背中を擦った。
 薄い肩、露わになった細い脚。小学生にも見えるけれど、見たことのある制服。きっと中学生で俺と同じぐらいなんだろう。それでこんな目に遭うなんて。

「寒くないか?」

 そう声をかけると、短く揃えられた艶のある黒髪を小さく揺らして頷き、剥き出しになった脚を隠すようにパーカーの裾の中に収めた。
 車体が揺れ、開け放たれた後部座席に斗里さんが入ってくる。

「大和…っと、大丈夫か?」
「何とかギリギリ。斗里さん、上着貸して」

 斗里さんは無言で上着を差し出してきて、車内を見回した。俺もそれにつられるように視線を泳がせた。

「なにかあるのか?」
「ん? ビデオ」
「マジか…」
「データ壊しておこうと思って。もう外は片づけたから、その子が落ち着くまでそこにいてやれよ」
「当たり前だろ」

 ビデオ撮る準備までしてるなんて、行き当たりばったりじゃない。目を付けられてたんだな。あの公園にああやってぼんやり毎日座っていたのかもしれない。

「心配いらない。もう、大丈夫だからな」

 何度かそう繰り返し背中を擦っていると、震えが少しずつ治まり、俯いていたそいつがそろりと俺を窺うように顔を上げた。涙に濡れているのにもかかわらず、その黒い瞳はどんよりと濁っていた。
 
「……ありがとう、ございます…」
「ああ…。本当に間に合って良かった」

 一つ小さく頷くと、自分の周囲を見渡し、何かを探し始めた。

「何かあるのか?」
「…携帯…。迎えに来てもらうから…」
「迎え? 先に警察だろ…?」
「……でも、家に連絡しておかないと、いけないから」

 確かにそうか、と思い、俺は助手席に置いてある学生鞄を取り、差し出した。そいつはガサガサと鞄の中をあさり、スマホを取り出して、電話をかけると小さく囁くような声で会話しだした。
 時折、電話の向こうからヒステリックな声が聞こえて来たけれど、終始少年は落ち着いた様子で淡々と何があったかを話しているようだった。
 通話が終わったのか、スマホをしまうとそいつはまた俺にぼんやりとした目を向けてきた。

「あ…あの…、警察は呼ばないで欲しいって…」
「…え…、おかしくないか?」
「こっちで連絡するって、親が…」
「あ、ああ、そっか。わかった」

 何となく納得はできなかったけれど、こいつを困らせることになるならしない方がいい。 

「……それと…迎えが来るまで、一緒にいてもらう事って、できますか…?」

 置いて帰るなんて考えてもみなかった俺からすれば、驚くべき質問だった。俺はモヤモヤとしたものを感じながらも、縋るようなその声に「当然だろ」と即答した。そして、迎えが来るまでずっとその少年の肩を抱いていた。
 儚げな表情を見ていると心がざわめき、腕の中で温めてやりたいという気持ちが湧いてくる。もっと抱き寄せて、しっかりと抱きしめてやれればいいのに。赤の他人の俺にそんなことをされるのは堪ったものじゃないだろう。しかも襲われた後となれば。
 温かい飲み物を買って来たり、コンビニで買った駄菓子を分けたりと皆で世話を焼いているうちに、少しずつ硬かった表情も徐々に和らいできた。流石に笑顔を見ることは叶わなかったけれど。

「大和。迎えだって」

 その声で、俺はそいつを支えるようにして立ち上がり、車外に出た。そこには一台の高級車が止まり、そこからスーツ姿の三人の男が出てきた。

「ありがとうございました」

 それを見て、その少年は俺から体を離し、先ほどとは違うしっかりとした声でそういった。

「ああ、気を付けろよ…」

 一人の男が近づいてきて、毛布をその少年にかけると、そのまま背中を押すように車に乗せた。シートに腰かけた少年はこちらをちらりとも見ずに俯いた。まるでどこかに連行されて行くような面持ちで。俺はそれをただ見送ることしかできなかった。

「この度はお手数をおかけ致しまして、申し訳ありません」

 残りの男二人は斗里さん達が捕縛していた男達をバンに詰めた後、俺たちの前に立ち深々と頭を下げた。

「今回の事は、うちの者の自作自演だったようです。両親に振り向いて欲しい一心で行ったらしく、巻き込んでしまったことに何とお詫び申し上げればいいか…。本当にご迷惑をおかけいたしました」

 自作自演…? あれが?
 俺の中でその男への不信感が一気に溢れだしてくる。
 口を開こうとすると、斗里さんが俺の前に腕を出して、それを止めた。どうしてだ、と目で訴えてみるけれど、斗里さんは首を振った。

「分かりました。大事にはならず良かったですが、今後このようなことがないようによろしくお願いいたします」
「痛み入ります。お礼は後日させて頂きます。誠にありがとうございました」

 男二人はまた頭を下げるとバンに乗り込んで、車を発進させた。
 皆でそれを見送った後、しばらくの静寂。ただ心にモヤモヤしたものが残った。これからあいつはどうなるんだろう、と。

「斗里さん、なんであんな…。自作自演とかありえないだろ」
「…あのな、大人の事情ってやつだよ」
「はぁ?」
「誘拐されたことを表沙汰にしたくない家ってことだ」
「なんだよそれ」
「それが弱みになることもあるんだよ。ま、おまえにはまだ早いか。…あの二人、俺らの事、知ってたみたいだし、あの子も結構いいとこの坊ちゃんなんだろ」

 なら、また会えるってことか…。
 次に会う時までにあいつを守れるように、もっと強くなろう。頭も心も体も全て。
 そう、心に決めた瞬間だった。


 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

灰かぶり君

渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。 お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。 「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」 「……禿げる」 テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに? ※重複投稿作品※

王道学園なのに会長だけなんか違くない?

ばなな
BL
※更新遅め この学園。柵野下学園の生徒会はよくある王道的なも のだった。 …だが会長は違ったーー この作品は王道の俺様会長では無い面倒くさがりな主人公とその周りの話です。 ちなみに会長総受け…になる予定?です。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...