僕って一途だから

珈琲きの子

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本編

拾弐

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 ある日突然転校生が来た。
 それまでは比較的平和に過ぎていた日々が一転する。

 転校してきた当日から生徒会室に入り浸り、しかもそれを許す生徒会役員。副会長の月城が率先して生徒会室に招いているようだが。生徒会に補佐として入れるという話まで出ているのだから、親衛隊は激昂し、常時興奮状態に陥っていた。
 その所為で風紀委員が転校生、槙野唯人の護衛をやらされるという最悪の事態になった。月城がベッタリと槙野についている癖に、月城は全くの戦力外なのだから堪ったものじゃない。
 原因は生徒会にあるのだから、そこは責任を持ってもらいたいのだが、五条から正式に依頼が来たこともあり、せざるを得ない状況だった。まだ槙野は『一般生徒』だからと。
 槙野には俺と副委員長の戸塚が交代で付き、他の風紀委員を主に槙野と接触の多い四人の親衛隊の鎮圧に充てた。百瀬の親衛隊は今のところは静観と言ったところだ。


 明日にでも槙野の生徒会入りが決まるだろうという日――。
 寮の部屋へ送り届けようと、定時に生徒会室へ迎えに行った時だった。槙野が俺に話しかけてきたのは。

「あ、あの、都賀さん。僕の事、覚えてませんか…? 僕…、三年前、誘拐されそうになったのを助けてもらったんです、都賀さんに」

 俺は目を見開いた。

 確かに三年ほど前、誘拐されそうになっていた少年を助けた。
 三年経てばこんな感じに成長するだろうという背格好。純黒の髪と瞳。顔のパーツも良く似ていた。
 
 あの誘拐事件はあの現場に居合わせた俺と連れ、そしてあの少年と少年の関係者しか知らないはずだ。あの件はなかったことにされたのだから。
 なら、こいつは本物? 本当にあいつ? ずっと想い続けていた存在が目の前にいる?
 強く脈打ち始める心臓を、深く息を吸って抑えた。

「そうか…。元気そうで良かった。あれから、酷い目にあったりしなかったか?」
「はい。…あの時は本当にありがとうございました。…それで…僕…、や、大和さんの事をあの時からずっと想っていましたっ。この学校に来たのも大和さんがいると知ったからなんですっ。――…好きなんですっ。僕と付き合ってください! お願いします!」

 絶句。というのだろうか。
 
 あの時、助けた時からずっと胸にある存在。家の力を使って探しても全く見つからなかった存在。まるであそこで逢った事が夢なんじゃないかと思うほどに正体の掴めない人物だった。
 名家の子息であること以外、どこの誰かも分からないあいつの力になりたいという一心で、文武ともに鍛えてきた。馬鹿馬鹿しいとは思うが、どこかで会えるとずっとそう願ってきた。それなりの家同士ならば、交流があってもおかしくないと。
 
 やっと逢えて、しかも両想いというやつで、喜ぶべきことなのに次の言葉が出てこなかった。
 それは心の中にある漠然とした違和感のせい。この槙野が本当にずっと探していたあの少年なのか。何かが引っかかった。

「……すまん。考えさせてくれ」
「考えて頂けるんですね!? ありがとうございますっ」

 眼鏡の奥に収まった目を潤ませ、槙野は胸の前で祈るように指を組み、大和さん、と呟いて俺を上目遣いに見上げてきた。
 俺はそれに生返事を返して、顔を逸らした。

 居心地が悪かった。
 あいつと寄り添って座っていた時とは明らかに違う雰囲気。槙野が纏う空気が記憶の中のものと余りにも異なり俺は戸惑っていた。確かに月日は人を変えるものだが、そうだとしても。
 月城からだけでなく、他の生徒会メンバーからの贔屓を当然のように受け入れ、学園を引っ掻き回す迷惑極まりないこいつを俺は守りたかったのか? 
 儚さのかけらもない、媚びるような下品な眼差しにゲンナリする。今でも、あの小さく震える細い肩を思い出すだけで胸が締め付けられそうになるというのに、それらしき影もない。
 俺の脳裏に焼き付いている、全てを諦めたような何も映さない瞳。あの瞳に光を差し、あの瞳に映れる存在になりたいと願っていた。

 なのに、こいつが?

 襲ってくる虚脱感。しかし、何かあるのかもしれない。生徒会に取り入らなければならない理由が。そう考えて、自分のしてきたことの意味を肯定するしかなかった。
 
 モヤモヤとしたものを抱きながらも槙野と廊下を歩く。
 ふと目に入ったのは、中庭を横切るアッシュの入ったミルクティー色の頭。平均身長にギリギリ満たないひょろっとした体形。あれが一ノ瀬だと顔を見なくてもわかる。チャラくて軽い奴だ。髪を派手に染めているだけじゃなく、カラコンまで着けている馬鹿な発言しかしない一年。
 
『ね、ね、片想いしてるなら、僕で欲求不満解消しない? セフレ欲しくて今募集中なんだぁ。大和先輩の大きそうだし、ちょっと興味あるんだよね。どう、先輩?』

 俺が中庭のベンチで昼食のサンドイッチに齧り付いている時に、そんなことを言ってくるような馬鹿だ。風紀委員長の俺にセフレになれとは肝が据わってるというか、面白い奴ではあるのだが。
 しかし、その一ノ瀬は入寮初日、既に恒例となった『お礼』をしてきた奴等の中の一人だった。この『お礼』は、俺が『助けたあいつ』を探しているという噂が学内に一時期流れたことで、広まった行事のようなものだ。毎年入寮から入学式までの間、というのが俺の知らないどこかで決まったらしい。いつどこで何を助けたのか、を当てるようなクイズのようなものになっているのが現状だ。今まで『三年前の誘拐』というキーワードを満たすものは一人もいなかったが。
 そんな中、あいつは「ありがとうございました」と一言発した後、ただ俺の顔を凝視してきただけだった。ピクリとも動かず、一言も発さないその様子にそれまで溜まっていた苛立ちが最高潮になり、邪魔だと一睨みしてしまった。その所為で脱兎のごとく逃げて行ったのを覚えている。なんせあの容姿だ。忘れるわけがない。
 悪かったとは思うが、一般寮から風紀指導室に行くまでの道でひたすらに待ち伏せされ、十歩も歩かずに声をかけられたのがさすがに堪えていたのだ。
 
 そして、『お礼』では相手にされないと手法を変えたらしい。本人が性処理の相手として扱っていいというのだから問題ないとそれを受けた。一ノ瀬の俯いた時の後姿が妙にあの少年を思い起こさせたというのもあった。
 何か思惑があったとしても、痛みのある下手なセックスをしていれば、すぐに音を上げて尻尾を出すだろうと踏んでいたのだ。セフレならばなおさらすぐに逃げ出すだろうし、俺に対して好意を抱いていたとしても、扱いの酷さに幻滅し諦めるだろうと。

 しかし、全くその気配はなかった。

 わざとあまり慣らさずに捩じ込む、自分の事しか考えないようなセックス。約束通りただの欲求不満解消のためだけの強引な交わり。しかし一ノ瀬は大胆に腰を振り、喘ぎ声をあげる。痛みを感じている素振りは見せずに。
 
 逃げ出しもせず、近寄りもしない。連絡を取るのはセックスする時のみ。あちらからは一切連絡してこない。一定の距離を保ち続けている一ノ瀬。
 一度、不審に思い、一ノ瀬家についても調べてみたが、地方の旧家というだけで、特に問題もない。
 あいつが何のために俺としているのか、よく分からなくなっていた。ただ、早々に関係を終わらせた方が良いとは考えていた。


 俺が何を見ているのか気になったのか、槙野は横にやって来て、俺と同じように階下を見下ろした。しかし、その後すぐ、ふらりとよろけるように後ろに一歩下がった。

「どうして…?」

 その悲壮さを含む声に、俺は槙野に視線を遣った。

「…どうしてここにいるの?」
「どうした?」
「あの、不良みたいな…」
「一ノ瀬の事か?」

 愕然とした表情で口元を手で覆い、ただ一ノ瀬を凝視していた。

「あ、あの人なんです。ぼ、僕の誘拐を企てたのが」
「……どういうことだ?」

 そんな馬鹿な。内心、それしか思い浮かばなかった。

「ずっとずっと小さいころから僕を敵視してくる従兄弟なんです。僕を陥れようとして、あの誘拐を…。……やっとこうして学校に通う勇気を持てたのに、こんなところでどうして…?」
 
 あの一ノ瀬が? まだ数回しかまともに顔を合わせたことはなかったが、それでもそんなことができるような人物には見えない。立場上、そういう感情には敏感な方だ。何かを隠していることはわかっているが、一ノ瀬といて害意や悪意を感じたことはない。それにどれだけ外見を派手にしようと、滲み出る雰囲気というものは偽れない。どう考えても中身はボヤっとした奴だ。

「お願いです、大和さん。僕を……僕をあの人から守ってください…っ!」

 悲痛な叫びに、あの少年と姿がダブる。やはりそうなのか? 槙野が…?
 またあの寒気のする上目遣いで見られるのは堪ったものじゃないが、一ノ瀬から守るぐらいは朝飯前だ。まず、一ノ瀬のどこが脅威なのかが分からないが。
 もしかすると、一ノ瀬が俺に近づいたのには槙野が関係しているのかもな…。一ノ瀬が槙野に何かしようとするなら、その時はその時だ。

「わかった。生徒会に入った後も、しばらくの間は風紀を付けるようにする」
「…大和さんが良いんです。一番安心できるから…」
「……なるべく俺が付くようにしよう」

 他の風紀委員に回すよりも手っ取り早い、とそう答えた。
 槙野は「良かった」と小さく呟くように嬉しそうな声を上げた。


 
 
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