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三、自由
しおりを挟む「おめでとう!」
祝いの言葉と共に花びらが舞い、俺とシーナに降り注いだ。
王都の外れにある教会の前で開いたこぢんまりとした結婚式。二人だけで挙げるつもりが、どこから嗅ぎつけたのか、ロラン隊長が俺たちの両親を辺境から連れてきていた。その上、セレスタと神官長まで来ている。
晴れ姿を見て、酒も入った両親は酔っ払って号泣。そんな両親に捕まりそうになっていたシーナを俺の隣に確保し、両親にシーナにあまり触るなと注意しつつ酒を要求してくるロラン隊長に酒を注ぐ。こんな時でも隊長のふてぶてしい態度は変わらない。
「世話になったのなら、祝いの席に呼ぶのが礼儀ってものだろ」
「……酒を飲みたかっただけでしょう」
「まぁ、そうともいう」
喉を鳴らして笑いつつ、葉巻をふかす。その隣には、神官長が座っていた。この二人は旧知の仲らしいのだが、彼らの間にはかなり深い溝があるようだ。神官長の眉間に絶え間なく寄る皺が物語っている。
「フィデル様、シーナ様、おめでとうございます!」
その隣で縮こまっていたセレスタが俺と目が合うと声を張った。やっと話しかけられたという喜びを隠しもしない表情だ。
「ぼ、僕、シーナ様に酷いことを言ったと、今はとても悔いているのです。お二人の関係に口出しするなんて、本当に浅はかでした」
「いや、セレスタの思いは十分に分かっていた。何があったとしても俺がシーナでなければならなかっただけだ。だから、気にするな。シーナも気にしていない」
その前に、今のシーナには俺の声しか届かないのだが。
俺の腕にしがみ付いて離れないシーナの柔らかな亜麻色の髪を撫でれば、幸せそうに目を細めた。
その表情に愛しさを感じていると、突然、セレスタが大声で泣き始める。
「フィデル様、……フィデル様は僕の……僕の初恋だったんですぅ!」
「セレスタ! 祝の席で何を!」
「おい、そのグラス、酒入ってたんじゃないか?」
隊長がセレスタの握るグラスを指す。神官長がそのグラスを嗅いで、苦い顔を浮かべる。
「あー……悪い。俺が置いた」
「セレスタは未成年ですよ! 貴方という人は――」
「僕、シーナ様に嫉妬しちゃったんですぅ。本当に反省してるんですよ~!」
セレスタは完全な酔っ払いだ。
「フィデル様これからも教会に遊びに来てくださいね~! あ、もちろんもちろんシーナ様もご一緒に!」
「そうだな。……ただ、もう行く機会はないかもしれない」
「えっ、どうしてですか!」
「少し離れた所に引っ越すことになった。それにもう、そちら側には行けないんだ」
「そうなんですか!? えぇ……もう会えないなんてぇ」
次はテーブルに突っ伏して泣き始めたセレスタを神官長が宥めるなか、隊長が俺の顔を凝視していた。
やはり分かってしまったようだ。この人には敵わない。
「おまえ……」
「魔物も人も変わらない。隊長はそう言ったでしょう?」
俺の言葉に瞠目したのち、隊長はさぞ可笑しそうに喉の奥で笑った。
「そうか、そうだな。真面目な奴はこれだから面白い」
ロラン隊長は、椅子の背もたれに背中を預け、空を仰いでまた葉巻をふかした。
数日後、騎士養成所の教官数名が行方不明になっていると情報が公開され、波紋を呼んだ。
しかし、俺とシーナの日常は変わらない。
「フィ……っ」
白い肌に口づければ、シーナは息を弾ませ華奢な体を跳ねさせる。
「ん……ぁ、あ……」
快感に濡れた瞳が俺の表情を窺ってくるが、俺は構わず、汗で貼り付いた前髪を払って額に唇を落とす。
「フィ」
俺の名を縋るように呼ぶ口を塞ぎ、口内を余すことなく味わってから、俺はシーナが欲しがる言葉を耳元で囁くのだ。
穢れてなんかいない、綺麗だ、と。
自由の鎖 了
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