上 下
7 / 7

三、自由

しおりを挟む


「おめでとう!」

 祝いの言葉と共に花びらが舞い、俺とシーナに降り注いだ。
 王都の外れにある教会の前で開いたこぢんまりとした結婚式。二人だけで挙げるつもりが、どこから嗅ぎつけたのか、ロラン隊長が俺たちの両親を辺境から連れてきていた。その上、セレスタと神官長まで来ている。
 晴れ姿を見て、酒も入った両親は酔っ払って号泣。そんな両親に捕まりそうになっていたシーナを俺の隣に確保し、両親にシーナにあまり触るなと注意しつつ酒を要求してくるロラン隊長に酒を注ぐ。こんな時でも隊長のふてぶてしい態度は変わらない。

「世話になったのなら、祝いの席に呼ぶのが礼儀ってものだろ」
「……酒を飲みたかっただけでしょう」
「まぁ、そうともいう」

 喉を鳴らして笑いつつ、葉巻をふかす。その隣には、神官長が座っていた。この二人は旧知の仲らしいのだが、彼らの間にはかなり深い溝があるようだ。神官長の眉間に絶え間なく寄る皺が物語っている。

「フィデル様、シーナ様、おめでとうございます!」

 その隣で縮こまっていたセレスタが俺と目が合うと声を張った。やっと話しかけられたという喜びを隠しもしない表情だ。

「ぼ、僕、シーナ様に酷いことを言ったと、今はとても悔いているのです。お二人の関係に口出しするなんて、本当に浅はかでした」
「いや、セレスタの思いは十分に分かっていた。何があったとしても俺がシーナでなければならなかっただけだ。だから、気にするな。シーナも気にしていない」

 その前に、今のシーナには俺の声しか届かないのだが。
 俺の腕にしがみ付いて離れないシーナの柔らかな亜麻色の髪を撫でれば、幸せそうに目を細めた。
 その表情に愛しさを感じていると、突然、セレスタが大声で泣き始める。

「フィデル様、……フィデル様は僕の……僕の初恋だったんですぅ!」
「セレスタ! 祝の席で何を!」
「おい、そのグラス、酒入ってたんじゃないか?」

 隊長がセレスタの握るグラスを指す。神官長がそのグラスを嗅いで、苦い顔を浮かべる。

「あー……悪い。俺が置いた」
「セレスタは未成年ですよ! 貴方という人は――」
「僕、シーナ様に嫉妬しちゃったんですぅ。本当に反省してるんですよ~!」

 セレスタは完全な酔っ払いだ。

「フィデル様これからも教会に遊びに来てくださいね~! あ、もちろんもちろんシーナ様もご一緒に!」
「そうだな。……ただ、もう行く機会はないかもしれない」
「えっ、どうしてですか!」
「少し離れた所に引っ越すことになった。それにもう、には行けないんだ」
「そうなんですか!? えぇ……もう会えないなんてぇ」

 次はテーブルに突っ伏して泣き始めたセレスタを神官長が宥めるなか、隊長が俺の顔を凝視していた。
 やはり分かってしまったようだ。この人には敵わない。

「おまえ……」
「魔物も人も変わらない。隊長はそう言ったでしょう?」

 俺の言葉に瞠目したのち、隊長はさぞ可笑しそうに喉の奥で笑った。

「そうか、そうだな。真面目な奴はこれだから面白い」

 ロラン隊長は、椅子の背もたれに背中を預け、空を仰いでまた葉巻をふかした。






 数日後、騎士養成所の教官数名が行方不明になっていると情報が公開され、波紋を呼んだ。
 しかし、俺とシーナの日常は変わらない。

「フィ……っ」

 白い肌に口づければ、シーナは息を弾ませ華奢な体を跳ねさせる。

「ん……ぁ、あ……」

 快感に濡れた瞳が俺の表情を窺ってくるが、俺は構わず、汗で貼り付いた前髪を払って額に唇を落とす。

「フィ」

 俺の名を縋るように呼ぶ口を塞ぎ、口内を余すことなく味わってから、俺はシーナが欲しがる言葉を耳元で囁くのだ。

 穢れてなんかいない、綺麗だ、と。









 自由の鎖  了 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

後輩に本命の相手が居るらしいから、セフレをやめようと思う

ななな
BL
「佐野って付き合ってるやつ居るらしいよ。知ってた?」 ある日、椎名は後輩の佐野に付き合ってる相手が居ることを聞いた。 佐野は一番仲が良い後輩で、セフレ関係でもある。 ただ、恋人が出来たなんて聞いてない…。 ワンコ気質な二人のベタ?なすれ違い話です。 あまり悲壮感はないです。 椎名(受)面倒見が良い。人見知りしない。逃げ足が早い。 佐野(攻)年下ワンコ。美形。ヤンデレ気味。 ※途中でR-18シーンが入ります。「※」マークをつけます。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

君がいないと

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。 浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ…… それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮 翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー * * * * * こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。 似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑 なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^ 2020.05.29 完結しました! 読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま 本当にありがとうございます^ ^ 2020.06.27 『SS・ふたりの世界』追加 Twitter↓ @rurunovel

俺のかつての護衛騎士が未だに過保護すぎる

餡子
BL
【BL】護衛騎士×元王子もどきの平民  妾妃の連れ子として王家に迎え入れられたけど、成人したら平民として暮らしていくはずだった。というのに、成人後もなぜかかつての護衛騎士が過保護に接してくるんだけど!? ……期待させないでほしい。そっちには、俺と同じ気持ちなんてないくせに。 ※性描写有りR18

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

処理中です...