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二、懺悔 中

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 隊長に笑われるだろうが、王都に戻ると俺は教会の戸を叩いた。村は辺境のあまり教会すらもなく、その空間に足を踏み入れるのは初めてだった。ステンドグラスから注ぐ光は幻想的であり、心を落ち着かせる。俺はその光に誘われるように祭壇の近くまで歩を進めた。自然と懺悔したくなる雰囲気だ。
 神の前での礼儀すら知らないが、俺は膝をつき、胸に拳を当て、首を垂れた。シーナのこと、そして殺めた敵のこと。それは全く違う様で、俺の中ではほとんど重さの変わらないもの。それらを思い浮かべ、ただ告白した。それ以外どうするかも知らなかった。
 しばらくして肩の力を抜けば、横で控えめな足音が鳴った。

「ようこそおいでくださいました」

 顔を上げれば、清廉さを表す白い神官服に身を包んだ少年が、輝くような笑顔で立っていた。少しシーナに似たその神官に対して、全く不信感は抱かなかった。反対に懐かしささえ感じた。
 俺は立ち上がると、差し出された右手に手を重ね、握手に応じた。

「とても熱心に祈られていたので、馴染みの方かと思ったのですが。初めて拝見するお顔でしたので、声をかけさせて頂いたのです」
「俺は……祈り方も知らず……。勝手に祈ってしまったのですが、」
「それは素晴らしい! 祈りとは自然に生まれるものなのです。祈ろうと思ってできるものではありません。自信を持ってください!」

 神官は胸の前で指を組むと、目を輝かせて俺を見上げた。勝手に祈ったことを罰せられるのかと思ったがそうではなかったらしい。
 満面の笑みを浮かべる彼は俺とそんなに年も離れていないというのに、しっかりとした信仰者のようだった。

「セレスタ」
「あっ、神官長様」
「申し訳ありません、騎士様。この者はまだ見習いで、熱心なのですが、少し押しつけがましいところがありまして」

 セレスタと呼ばれた神官見習いは悪い行いを叱られた子供のように肩を落としていて、俺はくくと笑いを漏らしてしまった。

「騎士様?」
「俺は信仰に関してはからきしですから、気にしていません」
「おや、そうなのですか?」
「はい」

 俺が頷けば、セレスタの表情はパッと明るくなり、その表情の変わりように神官長は溜息を吐いた。若干問題児のようだが、悪意はないのだろう。それを神官長も分かっている様子だった。

「それならばよいのです。年も近いようですし、初めてお越し下さったのでしょう。セレスタに中を案内させますので、どうぞ」
「あ……いえ、今日は勤務の合間に立ち寄っただけですから」
「えっ、そうなんですか? 残念です。次にお越しの際は、僕がしっかりと案内させていただきますから!」
「セレスタ」
「あっ」

 セレスタはすぐに口が出てしまうらしく、神官長からすると心配の種のようだ。
 こんな二人のやり取りが頻繁に行われていると知るのはすぐのことだった。俺は教会に度々足を運ぶようになり、年下のセレスタとの会話が楽しみになっていた。少しそそっかしいセレスタとのやり取りは俺の気持ちを明るく押し上げてくれるものだった。

「あの、フィデル様」
「どうした?」
「えっと、初めてこられた時に何を祈っていたのですか? すごく思い詰めておられたので心配で……」

 神官と言うのは人の悩みを聞くのも仕事だと聞いた。それを自然にできるセレスタは神官に向いているのだろう。俺もセレスタには話してもいいのではないかと思えていた。

「……一つは戦で人を殺めたこと。一つは大切な人を失ったこと」
「あ……僕……す、すみません。軽々しくお聞きするべきでなかったですね……」
「いや、こんな話をされて困るのはセレスタの方だな。聞かなかったことにしてくれるか?」
「そ、そんなわけには参りません! 僕は覚えています。フィデル様がこうして心を痛めておられるということ。……僕は直面したことがないですが、これからたくさん考えます! それから、しっかり導けるような神官になります!」
「……そうか。セレスタは前向きだな」

 笑いが自然と漏れた。弟がいれば、こんな感じなのだろうか。彼が真っ直ぐで眩しかった。

「セレスター! 交代の時間、過ぎてるよ!」
「え!」

 セレスタは同じく神官見習いの少年に怒られ、驚いて立ち上がった。

「フィデル様、すみません! 僕はこれで」
「ああ、また」

 セレスタは軽く頭を下げると、慌てて駆けていった。相変わらずだが、微笑ましい。それを見送って立ち上がると、神官長が顔を見せた。神官長はセレスタの事が気になって仕方がないらしい。

「今日もお越しだったのですね。セレスタが毎度申し訳ありません」
「いえ、彼にはいつも元気を頂いていますから」
「ふふ、そう言って頂けるとセレスタも喜びます。どうですか? これから、セレスタの働く姿を見ていきませんか。貴方様の前だと少し背伸びをして、いつも空回りばかりしているようですから」

 俺は頷いた。教会での働きというのに興味もあったが、セレスタに惹かれ始めていたというのが大きかった。

「ここでは、身寄りがない子供や助けが必要な方のケアをしているのです」

 教会の大きな広間がいくつかに区分けされ、神官服とは違う作業着のような軽装で世話に当たっている少年少女の姿があった。そこにはセレスタの姿もある。

「怪我があれば、治療にもあたります。奉仕ですが、彼らには治癒の訓練にもなります」

 神官長が中央の通路を進みつつ、俺に説明する。その中で、ふとある人物に目が留まった。窓の外を眺めているため、こちらからは顔がみえないが、懐かしい亜麻色の髪が俺の目を引いた。周りの人間が談笑する中、その人物は微動だにせず、静かに外の景色を眺めている。その華奢な体格さえも彼を思い出させて、まだ未練があるのだと思い知らされた。

「どうされました?」
「いえ、少し知り合いに似ていたもので」
「そうなのですか? でしたら、ご確認を。子供たちですか?」
「いえ。あの、ずっと外を見ている彼です。他人の空似ですから気にしないで下さい」

 俺が指せば、神官長はその先にいる人物を確認して、俺を窺うように目を細めた。

「万一のこともあります。彼は三カ月前ここに来たのですが、もしご存知なら……いえ、会って頂いた方が早いでしょう。どうぞこちらに」

 神官長の余裕のない様子に、確認だけなら、と後ろに続いた。
 しかし、その人物の前に回った瞬間、俺は凍り付いた。
 ぼんやりと外を眺める彼。伏し目がちな、その新緑のように鮮やかな目には光はなく、外の景色を楽しんでいたわけではないとはっきりと見て取れた。

「……シーナ」

 それは見紛うことなく、あの日俺が出ていけと家から追い出した婚約者だった。
 あの男と幸せに暮らしていたんじゃなかったのか。ならば、俺は何のためにシーナを……?
 足から力が抜け、ガクリと膝から崩れ落ちた。シーナに縋りつけば、俺の気配に気付き顔をこちらに向けるが、ぼんやりと俺の顔を瞳に映すだけだった。

「どうして……シーナ、何があった……」

 膝に置かれた少し痩せたシーナの手を握り、頬を撫でた。それを擽ったそうにして身を捩るシーナは酷く幼く見えた。美しさこそ変わらないが、心に異常をきたしていることが聞かずとも分かり、視界が滲む。俺の内には、なぜ、どうして、と疑問しか浮かばなかった。

「フィデル様……」

 神官長が俺との関係を聞きたそうに、こちらを窺ってくる。俺はそれに頷いて、亜麻色の髪を撫で梳きながら答えた。

「俺の、婚約者です」
「婚約者? なぜ、いままで……」

 驚くのも無理はない。婚約者の行方を知らない方がおかしいのだから。

「俺が不甲斐なかったので、愛想を尽かされたのです。他の相手と関係を持っているところを偶然目撃してしまって……、今はその相手と暮らしているとばかり」
「――そんな!」

 声を上げたのはセレスタだった。気になり、近くまで来ていたのだろう。

「フィデル様が失ったって……まさか大切な人って、この人ですか!?」
「そうだ」
「そんな人のために心を痛める必要なんて――」
「セレスタ!」
「でも、そうでしょう?! 不貞を働いたのに、」
「やめなさい」
「僕は――」
「セレスタ! 口を慎みなさい。三日間謹慎にします。部屋に戻りなさい」

 セレスタは何か言いたそうにしながらも頷き、広間から去って行った。
 セレスタの思いは良く分かる。俺を擁護してくれたのだろう。だが、俺はシーナが不貞を働いていたとは思っていなかった。俺がそう追い込んだのだから。

「フィデル様、申し訳ありません」
「構いません。それよりも、彼はどうしてここに」

 俺が問えば、神官長は話し始めた。廃屋で倒れていたのを発見され運び込まれたと。その時のシーナの体には陵辱の跡が残り、酷い状態だったという。神官長は言葉を選んでいたが、それは無意味なことだった。俺の中には溶岩のようなどろりとした感情が生まれ、体を覆い尽くしていた。
 シーナをあっさりと捨てた男とシーナを襲った男達。そいつらに対してはもちろんだが、大半は自分自身に向けての怒りだった。



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