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それからすぐ退院できるのかと思いきや、病室での軟禁状態が続いた。神殿関係者が度々訪れるため、動かれるよりここにいてくれた方がいいと頼まれたからだ。
傷んだところを全て治されてしまった所為で、事件をなかったことにされるんじゃないかと思ったけど、全てカルテに記録されていた。エリオには病院と法曹に知り合いがいるらしく、国に情報を握りつぶされることなく神殿へと繋いでくれたのだ。
とはいっても、王子を含むニール一味が手を下したことは僕しか知らない事実であり、証明できるのは王子から命を受けたあの屑共のみ。体内に残っていた精液から遺伝子、もとい魔力から照合するというファンタジー世界らしい方法で犯人は特定されているらしいけど、身柄の拘束までには至っていなかった。
どちらにせよ、神子になれないとわかった時点でユノスは伯爵家から勘当。そうなると、学園からも寮からも追い出されてしまうし、エリオのところで寝泊まりさせて貰おうなんて考えていた。ところが神殿から来たのは継続して通学していいという通達。平民落ちした者に対しては異例の措置だった。
それは神殿が学園で起きた事件に思いのほか衝撃を受けていた所為だ。
まぁ、今まで祭日には神殿を訪れて祈りを捧げていたんだから当然の反応ではある。
この祈りは浄化するためじゃなくて、瘴気の急激な侵蝕を抑えるためのもので、国民を混乱させないように非公式で行われていた。だから神殿内でもほんの一握りの人間しか知らなかったこと。
今更言っても仕方がないけど、もし周知されていたら、あんなことにはならなかったはず。何もかもが仕組まれたように、そういった事実が表に出ていなかった。これがニールの能力だったりするのかもしれない。
「神殿も事実確認が終わるまではユノスを信じて学園に残れるように申し立てるって言ってくれたからさ、代わりにお金出しといた。教育は受けといた方がのちのち役立つし」
エリオはへらりと笑いつつ、治癒代も授業料も払ったと報告してきた。どちらもバカ高いのに。
「偉い人って多方面の顔色ばっかり窺ってて、こういう時に対応遅いだろ? だから先やっといた。後から神殿に請求できるだろうし、懐も痛まないから平気。おまえは安心して暮らせばいいからな」
「……パトロンってこと?」
「パトロンっていうか、血縁? もう俺の養子だし」
「え、手続きもう済ませたの?」
「養える資金があれば一瞬で審査なんて通るもんなんだよ」
「……エリオって、お金持ちなんだ」
マーティス家って子爵だし、全くの無名のはず。お金を持ってるなんて聞いたこともない。しかも思った以上に顔も広いみたいで、胡散臭さがますます増した。自分を売ったのは早とちりだったかもしれない。今更だけど。
「それよりも、あいつらは見つかりそうなの?」
「あー……そっちはまだ」
「もう! 僕がしたいのは復讐なんだからね!」
「わかってるって。でもまずは生活のほうを確保しとかないとだろ?」
「それはそうだけど……」
めちゃくちゃ不安。
おまえの手を汚す必要ない、任せてくれていい、って言ってたから、僕が外に出られない間に動いてくれたのかと思いきや、やってたのは養子手続きだけだなんて。お金には困らなさそうだけど、任せて良かったのか自分でもよくわからない。
そんなこんなで病院を退院できたのは、エリオと初めて会ってから一週間後。途方に暮れて涙を流す演技をしなきゃいけない毎日から解放されるのが一番嬉しかった。
そして、いつも通り馬車に乗って学園に入り、いつも通り講義棟へと向かう。ただ少し違うのは、杖をついて足を引き摺っているってこと。
決して治療ができてなかったわけじゃない。反対に完璧というぐらい体の不調は消え去っていた。でもまぁ、同情を買うにはこの方が手っ取り早いしね。
予想通り、遠巻きに向けられる憐れみの眼差し。笑いが込み上げそうになるのを我慢しながら講義室に入った。生徒たちは悲愴さを醸し出しつつも興味津々に僕の行動を窺っている。ニールの取り巻きたちだけが僕と目が合わないように前を向いているから、わかりやすいことこの上ない。ただ、王子とニールの姿はなくて、どこかホッとする自分もいた。
エリオもごく自然に馴染んでいて、ウインクを投げつけてくる。調子のいいバカにしか見えないけど、一応僕のパトロン様だからね。
でも、本当にユノスの隣の席に座っているのに覚えてなかったんだと思えば、ユノスのあまりの盲目さに笑いがこぼれてしまった。慌てて俯いて、にやけた顔を隠す。ふとすぐ後ろに部屋に入ってくる人の気配を感じて、さっさとエリオのところに行こうと一歩足を踏み出した――その時だった。
カンと乾いた音を立てて杖を払われた。ほとんどの体重をかけていたから、僕は支えを失ってそのまま床に転倒。突然のことで受け身も取れず、打ち付けた肩と肘に強い痛みが響いた。
「それで何をするつもりだった」
怒りを滲ませた声が降ってくる。驚いて顔を上げると剣の切っ先が目の前に突きつけられていた。剣の先端から視線を滑らせれば、ハーフプレートを纏った赤髪の騎士がいて――
「アーロン……」
胸にずきりと痛みが走り、咄嗟に自分の胸元を掴んだ。
痛いね……ユノス。こいつが守ってくれると信じてたのに。
アーロンの後ろには庇われるようにニールが立っていて、僕を嘲るように口端を釣り上げていた。この顔を見れば皆考えを変えるかもしれない。でも、ニールは他者の感情をコントロールするような能力を持っているのか、あっという間に自分の味方に付けてしまう。ユノスが苦戦していたのはこのせいだった。
「答えろ。さもなくば――」
「なぁ、俺にはユノスが普通に歩き出したようにしか見えなかったけど、何かしたのか? おまえら、何か見えた?」
エリオがアーロンの言葉を遮って、クラスメイト達に話を振る。すると曖昧に首を振る者が半数以上。
正義感の強いモブはエリオの他にも結構いたみたいだ。ニールに傾倒している奴らばかりだと思っていたからちょっと意外だった。まぁ、王子がいないからかもしれないけど。
「だよなー。俺たちわからなかったし、何をしようとしたのか神殿騎士様が説明してくんないかなー? そうじゃないと神殿騎士は怪我人に平気で剣を向けるような罪深い存在だって噂が流れると思うんだけど?」
「貴様、この国賊に慈悲を持てと言うのか」
「ユノスが学園に通えてるのって、神殿が許可したからって聞いたけど……あれ、神殿に属してるのに、神殿の裁量に不満があるってこと?」
「下された判断には納得していない。神殿にも私の意志は伝えてある」
「それって、伝えてるだけで許可はないってこと? ユノスが実際事件前に光の属性を失っていたかなんて誰にも確認しようがないし、もしかしたら失ってなかったかもしれないだろ」
「そんなはずはない。ユノスは夜な夜な街に出ては体を売って金を稼ぎ、自分の立場を忘れ、欲に溺れていた」
「まるで見てきたように言うんだな。その目で見たのかよ」
「見たという人物が複数人いる」
「そいつらの名前は?」
エリオの問いにアーロンは口を閉ざした。
情報を提供したのは表立って言えるような立場にない者たち。沈黙がそれを表していた。そんな情報に神子の護衛を務める者が惑わされるなんて、笑いたくても笑えなかった。その所為でユノスは恐怖と絶望を味わったのだから。
「どうして神殿に報告しなかったんだよ。そうすればすぐに調査に乗り出してくれただろ」
「秘密裏に事を進める必要があった。神殿は神子の立場を守るためなら、揉み消すことも容易い」
「おいおい、自分が仕えてる主を信じてないのかよ」
「私は神殿ではなく、神に仕えているだけだ。神殿も過ちは犯す」
「……まぁそれはごもっとも。でもさ、光の属性がなきゃ神子にはなれないのは誰もが知ってることだろ? そこに間違いなんて存在しない。任命式まで待てば事実がわかったのに」
「だからこそだ。任命式で全てが露呈してしまうことを恐れ、その責任から逃れるためユノスは自ら輩を呼び、自分を襲うように指示した」
「ふーん、過去を消すための上書きねぇ。ユノスはおまえが離れることを見越して輩を学園内に招き入れ、自ら相手をしたと。だから、護衛のおまえが側にいなかったことに責任はないって言いたいんだな? 本当におまえは何と戦ってるんだろうな」
「何と? 神や国を裏切るような行為をするユノスのような者達だ」
「光の属性を持って生まれたユノスが最後まで神子として責任を果たさなかったことが、おまえにとって裏切り行為に見えるってわけか」
「その通りだ」
「たださ、おまえの言う責任逃れも裏切り行為も、ユノスが既に純潔じゃないって話が前提にあるのはわかるよな? そこが証明されていないのにどうしておまえは行動に出たんだ? もしユノスが全くの潔白だとしたら、国を陥れるようなことをしたのはおまえの方なんだけど、それはわかってるんだよな?」
「……それは……」
アーロンとのやり取りはエリオの有利で終わった。ちょっと見直したのは秘密。
それにしても、ユノスはアーロンからとんでもない悪党だと思われていたみたい。その方が驚きだった。
国や神殿への反逆行為にどれほどリスクが伴うのか。そんなことも考えられなくなるくらい、ニールと一緒にいるとバカになるとか……もしかして洗脳?
横に立っている当の本人はだんまりを決め込んで、アーロンに助け舟を出す気もないようだった。ニールにとってはただの捨て駒。なら、バッサリいってもいいってことだよね。
「……アーロン、ずっと僕が体を売っていたと思っていたの? ……そっか……だから僕のことを……」
体を起こしながらそう言うと、その場にいる皆の視線が集まった。僕はその好奇な視線から逃げるように目を伏せ、自嘲するように笑った。
「ねぇ……神子になれば報奨金としていくらもらえるか知っている?」
声を震わせてそう問えば、息を呑む音が聞こえる。
「大白金貨五十枚――この学園の年間の学費が白金貨一枚だから、その五百倍。一回体を売ったとして、それで得たお金と天秤にかけてみたら……アーロンはどちらを選ぶ?」
高級男娼でもない限り一晩せいぜい銀貨数枚。学費でさえ稼ぐのに百人と寝る必要がある。まず根本的に神殿が生活費の援助をしてくれていたから、稼ぐ必要なんてなかったんだけど。
講義室内にどよめきが起こり、アーロンは僕の顔を凝視し驚愕に目を見開いていた。僕はそれを真正面から受け止め、力なく微笑んだ。
「国王と教皇と神子との大切な契約。額の大きさもあって口外するべきではないと思っていたから……、でも今更言っても何にもならないよね。僕にはもう関係のないこと……そのお金はニールのものになるから」
ちらりとニールを窺えば、彼は目を輝かせていた。
ユノスは報奨金を実家に渡し、家の復興に充てるつもりだったけれど、ニールは孤児。全て懐に入れてしまうことだってできる。嬉しいに決まってるよね。
「あっ、そう言えばランベルトと待ち合わせしてるんだった。皆、神子任命式には絶対来てね! 僕、皆に祝ってもらいたいんだぁ、ふふ」
ニールはさっきまで僕を睨んでいたことなんてすっかり忘れてしまったようで、ひらひらと手を振ると講義室からさっさと出ていった。
凄い図太さ。これには僕も驚きだよ。それとは反対に、アーロンは僕を縋るように見たあと、ニールを護衛するため踵を返した。
何が真実なのかわからなくなってるんだろうなぁ。信じて突き進んでいたのに、裏切られるって恐ろしいよね、アーロン。自分の犯した罪の重さから正義感の強い彼はきっと逃げられない。早いうちに病んじゃうかも。
そんなことを思えば、ふわっと心が軽くなるような気がした。一つ錘が取れたような。これはユノスの気持ち?
「大丈夫だったか?」
エリオが階段を駆け下りて来て傍に屈みこむと、僕の体をペタペタと遠慮なく触ってくる。本当に距離感どうなってるの?
「打った所が痛いんだから、あんまり触らないでよ」
「……どこが痛む?」
痛みを訴えれば、途端に地を這うような声になる。また首筋がチリッとなって、エリオのユノスに対する溺愛具合に呆れた。
「右腕が全体的に……」
すかさず僕の右手に手を伸ばすと、肩から手首にゆっくりと手のひらを滑らせた。
「痛いの、痛いの、とんでけー」
「えっ、ちょっと、なにそれ、恥ずかしいんだけど」
「いや、うちに代々伝わるおまじない?」
「なんで疑問形」
「でもほら、痛いの取れたろ?」
ニカッと笑うエリオ。その屈託ない笑顔に何かの記憶がチラついた。どこかの誰かと面影が重なったような……。
『痛いの取れたろ? 周』
声が頭の中で響くと同時に、ガツンと頭を殴られたような痛みが走った。その痛みはずっと尾を引き、眩暈を起こすぐらい酷いものだった。エリオの顔が歪み、視界が黒く欠けていく。ぐらりと体が揺れた直後にエリオの叫び声が聞こえて、プツリと意識が途切れた。
傷んだところを全て治されてしまった所為で、事件をなかったことにされるんじゃないかと思ったけど、全てカルテに記録されていた。エリオには病院と法曹に知り合いがいるらしく、国に情報を握りつぶされることなく神殿へと繋いでくれたのだ。
とはいっても、王子を含むニール一味が手を下したことは僕しか知らない事実であり、証明できるのは王子から命を受けたあの屑共のみ。体内に残っていた精液から遺伝子、もとい魔力から照合するというファンタジー世界らしい方法で犯人は特定されているらしいけど、身柄の拘束までには至っていなかった。
どちらにせよ、神子になれないとわかった時点でユノスは伯爵家から勘当。そうなると、学園からも寮からも追い出されてしまうし、エリオのところで寝泊まりさせて貰おうなんて考えていた。ところが神殿から来たのは継続して通学していいという通達。平民落ちした者に対しては異例の措置だった。
それは神殿が学園で起きた事件に思いのほか衝撃を受けていた所為だ。
まぁ、今まで祭日には神殿を訪れて祈りを捧げていたんだから当然の反応ではある。
この祈りは浄化するためじゃなくて、瘴気の急激な侵蝕を抑えるためのもので、国民を混乱させないように非公式で行われていた。だから神殿内でもほんの一握りの人間しか知らなかったこと。
今更言っても仕方がないけど、もし周知されていたら、あんなことにはならなかったはず。何もかもが仕組まれたように、そういった事実が表に出ていなかった。これがニールの能力だったりするのかもしれない。
「神殿も事実確認が終わるまではユノスを信じて学園に残れるように申し立てるって言ってくれたからさ、代わりにお金出しといた。教育は受けといた方がのちのち役立つし」
エリオはへらりと笑いつつ、治癒代も授業料も払ったと報告してきた。どちらもバカ高いのに。
「偉い人って多方面の顔色ばっかり窺ってて、こういう時に対応遅いだろ? だから先やっといた。後から神殿に請求できるだろうし、懐も痛まないから平気。おまえは安心して暮らせばいいからな」
「……パトロンってこと?」
「パトロンっていうか、血縁? もう俺の養子だし」
「え、手続きもう済ませたの?」
「養える資金があれば一瞬で審査なんて通るもんなんだよ」
「……エリオって、お金持ちなんだ」
マーティス家って子爵だし、全くの無名のはず。お金を持ってるなんて聞いたこともない。しかも思った以上に顔も広いみたいで、胡散臭さがますます増した。自分を売ったのは早とちりだったかもしれない。今更だけど。
「それよりも、あいつらは見つかりそうなの?」
「あー……そっちはまだ」
「もう! 僕がしたいのは復讐なんだからね!」
「わかってるって。でもまずは生活のほうを確保しとかないとだろ?」
「それはそうだけど……」
めちゃくちゃ不安。
おまえの手を汚す必要ない、任せてくれていい、って言ってたから、僕が外に出られない間に動いてくれたのかと思いきや、やってたのは養子手続きだけだなんて。お金には困らなさそうだけど、任せて良かったのか自分でもよくわからない。
そんなこんなで病院を退院できたのは、エリオと初めて会ってから一週間後。途方に暮れて涙を流す演技をしなきゃいけない毎日から解放されるのが一番嬉しかった。
そして、いつも通り馬車に乗って学園に入り、いつも通り講義棟へと向かう。ただ少し違うのは、杖をついて足を引き摺っているってこと。
決して治療ができてなかったわけじゃない。反対に完璧というぐらい体の不調は消え去っていた。でもまぁ、同情を買うにはこの方が手っ取り早いしね。
予想通り、遠巻きに向けられる憐れみの眼差し。笑いが込み上げそうになるのを我慢しながら講義室に入った。生徒たちは悲愴さを醸し出しつつも興味津々に僕の行動を窺っている。ニールの取り巻きたちだけが僕と目が合わないように前を向いているから、わかりやすいことこの上ない。ただ、王子とニールの姿はなくて、どこかホッとする自分もいた。
エリオもごく自然に馴染んでいて、ウインクを投げつけてくる。調子のいいバカにしか見えないけど、一応僕のパトロン様だからね。
でも、本当にユノスの隣の席に座っているのに覚えてなかったんだと思えば、ユノスのあまりの盲目さに笑いがこぼれてしまった。慌てて俯いて、にやけた顔を隠す。ふとすぐ後ろに部屋に入ってくる人の気配を感じて、さっさとエリオのところに行こうと一歩足を踏み出した――その時だった。
カンと乾いた音を立てて杖を払われた。ほとんどの体重をかけていたから、僕は支えを失ってそのまま床に転倒。突然のことで受け身も取れず、打ち付けた肩と肘に強い痛みが響いた。
「それで何をするつもりだった」
怒りを滲ませた声が降ってくる。驚いて顔を上げると剣の切っ先が目の前に突きつけられていた。剣の先端から視線を滑らせれば、ハーフプレートを纏った赤髪の騎士がいて――
「アーロン……」
胸にずきりと痛みが走り、咄嗟に自分の胸元を掴んだ。
痛いね……ユノス。こいつが守ってくれると信じてたのに。
アーロンの後ろには庇われるようにニールが立っていて、僕を嘲るように口端を釣り上げていた。この顔を見れば皆考えを変えるかもしれない。でも、ニールは他者の感情をコントロールするような能力を持っているのか、あっという間に自分の味方に付けてしまう。ユノスが苦戦していたのはこのせいだった。
「答えろ。さもなくば――」
「なぁ、俺にはユノスが普通に歩き出したようにしか見えなかったけど、何かしたのか? おまえら、何か見えた?」
エリオがアーロンの言葉を遮って、クラスメイト達に話を振る。すると曖昧に首を振る者が半数以上。
正義感の強いモブはエリオの他にも結構いたみたいだ。ニールに傾倒している奴らばかりだと思っていたからちょっと意外だった。まぁ、王子がいないからかもしれないけど。
「だよなー。俺たちわからなかったし、何をしようとしたのか神殿騎士様が説明してくんないかなー? そうじゃないと神殿騎士は怪我人に平気で剣を向けるような罪深い存在だって噂が流れると思うんだけど?」
「貴様、この国賊に慈悲を持てと言うのか」
「ユノスが学園に通えてるのって、神殿が許可したからって聞いたけど……あれ、神殿に属してるのに、神殿の裁量に不満があるってこと?」
「下された判断には納得していない。神殿にも私の意志は伝えてある」
「それって、伝えてるだけで許可はないってこと? ユノスが実際事件前に光の属性を失っていたかなんて誰にも確認しようがないし、もしかしたら失ってなかったかもしれないだろ」
「そんなはずはない。ユノスは夜な夜な街に出ては体を売って金を稼ぎ、自分の立場を忘れ、欲に溺れていた」
「まるで見てきたように言うんだな。その目で見たのかよ」
「見たという人物が複数人いる」
「そいつらの名前は?」
エリオの問いにアーロンは口を閉ざした。
情報を提供したのは表立って言えるような立場にない者たち。沈黙がそれを表していた。そんな情報に神子の護衛を務める者が惑わされるなんて、笑いたくても笑えなかった。その所為でユノスは恐怖と絶望を味わったのだから。
「どうして神殿に報告しなかったんだよ。そうすればすぐに調査に乗り出してくれただろ」
「秘密裏に事を進める必要があった。神殿は神子の立場を守るためなら、揉み消すことも容易い」
「おいおい、自分が仕えてる主を信じてないのかよ」
「私は神殿ではなく、神に仕えているだけだ。神殿も過ちは犯す」
「……まぁそれはごもっとも。でもさ、光の属性がなきゃ神子にはなれないのは誰もが知ってることだろ? そこに間違いなんて存在しない。任命式まで待てば事実がわかったのに」
「だからこそだ。任命式で全てが露呈してしまうことを恐れ、その責任から逃れるためユノスは自ら輩を呼び、自分を襲うように指示した」
「ふーん、過去を消すための上書きねぇ。ユノスはおまえが離れることを見越して輩を学園内に招き入れ、自ら相手をしたと。だから、護衛のおまえが側にいなかったことに責任はないって言いたいんだな? 本当におまえは何と戦ってるんだろうな」
「何と? 神や国を裏切るような行為をするユノスのような者達だ」
「光の属性を持って生まれたユノスが最後まで神子として責任を果たさなかったことが、おまえにとって裏切り行為に見えるってわけか」
「その通りだ」
「たださ、おまえの言う責任逃れも裏切り行為も、ユノスが既に純潔じゃないって話が前提にあるのはわかるよな? そこが証明されていないのにどうしておまえは行動に出たんだ? もしユノスが全くの潔白だとしたら、国を陥れるようなことをしたのはおまえの方なんだけど、それはわかってるんだよな?」
「……それは……」
アーロンとのやり取りはエリオの有利で終わった。ちょっと見直したのは秘密。
それにしても、ユノスはアーロンからとんでもない悪党だと思われていたみたい。その方が驚きだった。
国や神殿への反逆行為にどれほどリスクが伴うのか。そんなことも考えられなくなるくらい、ニールと一緒にいるとバカになるとか……もしかして洗脳?
横に立っている当の本人はだんまりを決め込んで、アーロンに助け舟を出す気もないようだった。ニールにとってはただの捨て駒。なら、バッサリいってもいいってことだよね。
「……アーロン、ずっと僕が体を売っていたと思っていたの? ……そっか……だから僕のことを……」
体を起こしながらそう言うと、その場にいる皆の視線が集まった。僕はその好奇な視線から逃げるように目を伏せ、自嘲するように笑った。
「ねぇ……神子になれば報奨金としていくらもらえるか知っている?」
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講義室内にどよめきが起こり、アーロンは僕の顔を凝視し驚愕に目を見開いていた。僕はそれを真正面から受け止め、力なく微笑んだ。
「国王と教皇と神子との大切な契約。額の大きさもあって口外するべきではないと思っていたから……、でも今更言っても何にもならないよね。僕にはもう関係のないこと……そのお金はニールのものになるから」
ちらりとニールを窺えば、彼は目を輝かせていた。
ユノスは報奨金を実家に渡し、家の復興に充てるつもりだったけれど、ニールは孤児。全て懐に入れてしまうことだってできる。嬉しいに決まってるよね。
「あっ、そう言えばランベルトと待ち合わせしてるんだった。皆、神子任命式には絶対来てね! 僕、皆に祝ってもらいたいんだぁ、ふふ」
ニールはさっきまで僕を睨んでいたことなんてすっかり忘れてしまったようで、ひらひらと手を振ると講義室からさっさと出ていった。
凄い図太さ。これには僕も驚きだよ。それとは反対に、アーロンは僕を縋るように見たあと、ニールを護衛するため踵を返した。
何が真実なのかわからなくなってるんだろうなぁ。信じて突き進んでいたのに、裏切られるって恐ろしいよね、アーロン。自分の犯した罪の重さから正義感の強い彼はきっと逃げられない。早いうちに病んじゃうかも。
そんなことを思えば、ふわっと心が軽くなるような気がした。一つ錘が取れたような。これはユノスの気持ち?
「大丈夫だったか?」
エリオが階段を駆け下りて来て傍に屈みこむと、僕の体をペタペタと遠慮なく触ってくる。本当に距離感どうなってるの?
「打った所が痛いんだから、あんまり触らないでよ」
「……どこが痛む?」
痛みを訴えれば、途端に地を這うような声になる。また首筋がチリッとなって、エリオのユノスに対する溺愛具合に呆れた。
「右腕が全体的に……」
すかさず僕の右手に手を伸ばすと、肩から手首にゆっくりと手のひらを滑らせた。
「痛いの、痛いの、とんでけー」
「えっ、ちょっと、なにそれ、恥ずかしいんだけど」
「いや、うちに代々伝わるおまじない?」
「なんで疑問形」
「でもほら、痛いの取れたろ?」
ニカッと笑うエリオ。その屈託ない笑顔に何かの記憶がチラついた。どこかの誰かと面影が重なったような……。
『痛いの取れたろ? 周』
声が頭の中で響くと同時に、ガツンと頭を殴られたような痛みが走った。その痛みはずっと尾を引き、眩暈を起こすぐらい酷いものだった。エリオの顔が歪み、視界が黒く欠けていく。ぐらりと体が揺れた直後にエリオの叫び声が聞こえて、プツリと意識が途切れた。
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