弄ばれた少年は輪廻の果てに初恋と巡り合う

珈琲きの子

文字の大きさ
上 下
2 / 9

しおりを挟む
 薬品の匂いがする。
 それとカチャカチャと何か工具でいじっているような金属音が聞こえて、僕は目を覚ました。
 ここどこ?
 初めに頭に浮かんだのがそれ。
 ゆっくりと体を起こして、状況を確認しようと周りを見渡す。一番に目に入ったのは制服を着て、床に胡坐をかいた青年。襟元を崩して、随分寛いだ様子で何かの装置を修理しているようだった。
 でも、部屋の景色はどう見ても病室。意識を失う前のことを思い出して憂鬱になったけど、そいつの存在が明らかにおかしくて、僕はじっと視線を投げ続けた。すると気配に気付いて顔を上げる。

「お、やっと起きた。どう? 痛いところないか? 目に見えるところは全部治したけど」

 誰?
 ユノスの記憶を巡ってみても、全く思い当たる顏がなかった。背は高いし体も鍛えてて、顔もよく見るといい方。
 でもなんだか、髪も目も地味な紺色だし、存在感が薄くてモブ感に溢れている。これじゃ景色に溶け込んでてもしかたないかも。ただ、何やら親しげに話しかけてくるあたり、記憶が欠けてたりするのかも……、なんて思っていると、その青年がへなっと眉を下げた。

「もしかして俺のこと覚えてない? ってか知らない感じ?」

 こくりと頷くと「マジかー」と頭をガシガシと掻きながら僕に近付いてきた。まあ、反射的にベッドの奥にずり下がるよね。

「あ、悪い。言っとくけど、全然怪しくないからな? クラスメイトのエリオ・マーティス。大抵隣の席にいるんだけど?」
「…………」

 王子しか見てなかったのは仕方ないけど、流石に隣に座ってるクラスメイトの顔を覚えてないのもどうかと思うよ、ユノス。んー……でも、見たことあるかも?
 確か剣技試験で王子と互角で戦っていた生徒。最後は王子の勝利だったけど、健闘したな、なんて皆が声をかけていたような。

「……試験で、殿下と当たってた人」

 僕がぶつぶつと小さな声で呟けば、「そこ?」と言いつつも嬉しそうにニカッと笑い、そのままベッドに腰掛けた。

「まぁ、思い出してくれたんなら十分だな」

 パーソナルスペースという概念がないのか、距離が近い。何かを探るように目を覗きこんでくるものだから、居心地も悪い。僕の中身はユノスじゃないわけだし。

「……なんか馴れ馴れしくない?」
「アハハ、俺ね、一応廊下で倒れてたおまえを病院に運んできた恩人なんだけど」
「ふーん、そういうこと。お礼が欲しかったんだ? はっきり言えばいいのに。いいよ、セックスでもする?」

 一度穢れてしまえば同じこと。
 そう思って提案したのに、へらへらと笑みを浮かべていたエリオはスッと表情を失くした。
 その瞳に浮き上がったのは明らかな怒気。首筋がチリッとするほどの魔力の揺れに、軟派そうな人物という第一印象を上書きする必要があった。

「自暴自棄になってんのか?」
「……そう見える? 伯爵家の次男で神子にもなれなくなって。僕には将来なんてないも同然。払えるものって言ったら体ぐらいじゃない?」
「そういうのは要らない。体が手に入っても、心は手に入らないだろ」
「へぇ、意外に真面目。……それとも、僕のこと好きだったり?」

 何となく勘で言ってみたところ、エリオの吊り上がっていた目尻がふっと緩んだ。

「まあ、ずっと助けたいと思ってたくらいには」
「ふーん」
「今まで色々頑張ってきてたんだけど、実を結ばなくてさ……辛い思いさせてごめんな」
「別にエリオが悪いわけじゃないし、いいんじゃない?」

 ユノスを助けようとしていた、ってことはユノスに関する噂が嘘だと知ってるということ。もしかしたらニールのことも……。

 ――いい人材見つけたかも。

 僕は緩んだネクタイを掴み、エリオをぐいっと引き寄せた。ぎりぎりお互いの唇が触れるかというところで止めて微笑む。

「なら、僕を全部あげるから、僕のために働いて?」
「……そんなに簡単に差し出していいのか? 俺が悪魔かもしれないのに」
「エリオが悪魔でも何でもいい。もう失くすものなんてないから」
「んー、ただなぁ、俺のこと好きになる保障ないだろ。貰っても仕方ないっていうか」
「それはエリオ次第じゃない? 僕を惚れさせてよ」
「……なんだかねぇ。全く筋が通ってないけど、おまえだししゃーないか。――んで? して欲しいことって?」

 僕は真っ直ぐに藍色の瞳を見つめ、おもむろに口を開いた。

「復讐」

 その言葉を予想していたのか、エリオは驚きもせず嬉しそうにその目を細めた。

「仰せのままに」

 囁くと同時にエリオが身を乗り出す。そして、唇に少しカサついた柔らかいものが触れた。
 ほんの一瞬で離されたそれ。でも、エリオはとても満足そうで、恥ずかしそうで、赤く染まった頬を掻いた。ユノスに対して抱いていた純粋な恋心が窺える。
 ごめんね、エリオ。中身は全くの別人だけど、せいぜい大事にして、僕のこと。
 黙って哀れなエリオを見つめていると、空気を読んだのか、にやけ顔を引き締めた。

「わり、嫌だった?」
「別に。心は手に入らないとか言いつつ、キスはするんだ、って思って」
「んー、契約? 前払いみたいなもん、ってか、『腹が減っては戦はできぬ』って言うだろ」
「僕は食料なわけ?」
「俺、悪魔だからそういうことにもなるかなー」
「……冗談?」

 エリオは「さぁ?」と意味深な笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(Iかつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

つぎはぎのよる

伊達きよ
BL
同窓会の次の日、俺が目覚めたのはラブホテルだった。なんで、まさか、誰と、どうして。焦って部屋から脱出しようと試みた俺の目の前に現れたのは、思いがけない人物だった……。 同窓会の夜と次の日の朝に起こった、アレやソレやコレなお話。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。 それはビッチングによるものだった。 幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。 国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。 ※不定期更新になります。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...