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妖精さん、異世界にて目覚める。

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ーー目覚めなさい、私の愛しい仔。

 暗闇の中、囁くように聞こえてくる声。だが、次第にその声はハッキリとしていった。

ーー目覚めさない、私の愛しい、愛しい仔。

未だ暗闇で眠るの光は微かに身動ぎをし、覚醒までもう一歩というところであった。

ーー世界が貴方を待っています。

 徐々にその人型の光の輪郭が、露わになっていく。体の輪郭がしっかりとし、その身体は暗闇の中に晒された。

ーーさぁ。お行きなさい……私の可愛い、可愛い愛する仔セイツ

 優しげな声はそれを最後の一声に、そのから離れていった。








「う……ううん……」

 母なる樹ーースヒャーリの根元に、一匹の妖精が生まれたままの姿で呻き声を上げ、横たわっていた。そのの姿は妖精種の特徴である痩せたように細い体に、薄い緑の肌色。その背中には二対の薄い羽ーーが本来はあるべきなのだが、この少年の背中にはそれが見当たらなかった。



 最初にこの少年の存在に気づいたのは、母なる樹スヒャーリがそびえ立つ聖なる母の間をいつものように見回りに来た一人の妖精の老人だった。


「……ぬぬっ。母の間ココへの扉は閉まっていたはずだが……? ーーもしや、我らの代の母の仔かっ!?」

 年甲斐もなく大声をあげ、妖精の少年に滑空するかのような低い姿勢を取りながら背中の羽で高速で接近し、少年の目の前にフワリと立つ。この老人、名はセンスイ。この妖精族の中では一番の古株の妖精族だ。

「……おい、起きんか小僧。ほれ、ほれ」
「うっ……」

 センスイは妖精の少年の頬を軽くはたいた。すると少年は小さく呻き、細くだが目を開けた。

「おう。目ぇ覚めたか。さて小僧、名は?」
「……名、前……セイツ……。あれ、なんで僕……?」

 妖精の少年の名はセイツ。だが、セイツ自身はなぜ自分がこの名を覚えているのか不可思議だった。

「おお!! 生まれたばかりというのに名があるということは、本物じゃな!」

 そんなセイツの様子も御構い無しに喜び跳ねるセンスイ。が、唐突に蹲ってしまった。

「お、おぉぉ……腰が、腰が……」

 調子に乗った結果であった。

「だ、だいじょうですか? えっと……」
「う、うむ。大丈夫じゃ。……ワシはセンスイ。この森のメリア族で纏め役なんかをやっておる」

 センスイは「いつつ……」と呻きながらセイツを手で制し、ゆっくりと立ち上がりセイツに名乗った。

「ちと、はしゃぎすぎたわい……。ふぅ……よし、小僧。少々ジッとしておれよ」

 そう一言いうと、センスイはセイツの体をペタペタと触りながら隈なく調べ始めた。セイツの身長は小柄なセンスイより少し高めで、顔は妖精種の特徴である幼さが強い傾向にあった。少し細めのその身体は、先程と違いしっかりと地面に足をつけて立っている。だがーー

「……羽がないの。はて。母の仔は『羽無し』で生まれてくるんじゃったか……?」

 センスイはその疑問に記憶を探る。が、どうにも思い当たらない。母の仔であり、羽無しでもある妖精……というのは聞いたことがなかった。

「あの……ここってどこです……か?」

 セイツは首を動かし周りを伺いながらセンスイに尋ねた。センスイはセイツのその様子にハッとし、笑い声を上げた。

「おお、すまんすまん。ほったらかしにして悪かったの。ここは母の間と言ってな、ワシらメリア族にとって大事な場所なんじゃ」

 そう言ってセンスイはセイツの背後にある樹を見上げていた。セイツも釣られて見上げた。初めて見るはずのその大樹は、なぜかセイツを懐かしい気持ちにさせていた。





「うむ。小僧にピッタリの服があって良かったわい」
「あの、ホントにこれ貰っていいんですか?」

 セイツは今センスイの自宅……といっていいものかわからないが、木のうろの中にセンスイは住んでいた。
中はそこそこの空洞になっており、センスイの私物と言うべきものが散乱していた。そのセンスイの自宅に、セイツは連れてこられた。

「ええんじゃよ。ワシが若い頃に着ていたものじゃ。念のため保管しといてよかったわい」

 
 セイツがセンスイから貰って着ているのは、特殊な葉で編まれた衣服だ。この森の特有の植物で、なおかつメリア族が編んだものだった。

ここ木の洞に来るまでの道中、周りにいた妖精たちはセイツたちを奇異の目で遠巻きに見ていた。それもそのはず、セイツは服を着ていなかった。つまり、裸である。

遠い昔の妖精種は服や装飾品は一切身につけなかった。そもそも衣服という概念が存在しなかったのである。それが変化したのは、今から数千年前だ。

 そのため、今は服を着るのが当たり前になっており……全裸のセイツはあまりにも珍しかった。


「ありがとうございます……」

 と、一つお礼を言った。

「うむ、うむ。礼儀正しい子じゃ。生まれてきたばかりとは思えんな! さすがは、母の仔じゃ」
「その、……母の仔というのはなんですか? 」
「ふむ。なんといえばいいのか……ワシらメリア族に幸運をもたらす存在、らしいのぅ」

 なんとも曖昧な返しだったが、それもそのはず。センスイら他の大人たち世代では初めての母の仔だ。最後に現れた母の仔は数千年前。センスイたちに詳しい情報は行き渡っていなかったのである。あるとしても、伝承に近い形でメリア族に伝わっていた。

「幸運をもたらす……僕が、ですか?」
「そういう伝承があるんじゃよ。ワシらの先祖はその恩恵を受けていたらしいが……ワシも詳しいことはわからんのじゃよ。じゃから、とりあえず一族の書庫に行って調べてくるから、小僧はここでゆるりと待ってておくれ」

 センスイはそういって入り口に向かっていった。

「それとワシが戻ってきたらみなに紹介するでな」

 入り口で一度振り向き、そう一言セイツに伝え、センスイは書庫に向かった。
 
 一人残されたセイツは、おもむろに椅子らしき木の切り株に腰を下ろしーー

「……こここの世界、本当にどこなんだろ」

 呟くように独りごちた。
 
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