17 / 20
第十五話
しおりを挟む
「そうじゃな。士ならば、恥は一時のもの。生きてそれを雪ぐのが真の大丈夫。項羽との戦を制した韓信を見よ。そしてそなたが敬愛してやまない大詩人、李太白を見よ。名を成す者は、誰しも目の前の小さな恥など笑顔で飲み込んできたのじゃ」
「えっ。姉さま、そうでしたっけ。受けた恥は三倍返しで、嫌がらせをしてきた楊国忠や高力士に死んだ方がマシに思えるくらいの仕返しをやったあげく、恨まれまくって、賜金還山って名目で追放された……ああ、それは玄宗皇帝に仕えていた、李太白って大詩人のことでしたね」
「泣かすぞ! 万年腹ぺこ漂流まな板詩人は黙っておれ! せっかくいい感じに諭しておったところをペラペラと……空気を読むとか抜かしておったのは、何かのフラグじゃったのか?」
「切れ味のある突っ込みを研究中なんですよ」
「ぬかせ。……まあよいわ、今はいったん置いておこう。それよりも優先すべき話があるからのう」
「そうでしたね、姉さま。ささ、どうぞ思う存分」
「こほん……よいか、子柳よ。余計ではあろうが、あえて言い添えておこう。そなたは滑らかに話が出来ないことを後ろめたく感じておるようじゃが、そんなもの取るに足らぬ小さな事じゃぞ」
「うん、すももちゃんの言う通りだよ。『論語』にも、巧言令色鮮なし仁、剛毅木訥仁に近しって、ねっ」
「まさに。言葉巧みにすっぺらこっぺら、まるで油でも塗ったかのように舌を回転させる者など信ずるにたらぬ。いっそ口下手である方が、心ばえは美しかろう。誠実さとは自然ににじみ出るものじゃからな。よって何の気にすることもない」
「さすがは姉さま、経験を踏まえた含蓄ある素晴らしいお言葉です。ほんと、身につまされますよね……いい、子柳君。君は漢の大学者、楊雄をお手本にすべきだよ。彼、話すのが苦手だったけれど、大著を何冊も書き上げて、その名前は千古に輝いているんだからね。君も当然その故事は学んでいるはず。ほら、だから立ちなよ」
「ふん、しれっとディスりおるわ。まあ今はよい、あとからヒンヒン泣かしてやるでな」
「もう。せっかくの大団円シーンなのに、二人とももっと場の空気を考えてよね。抱青天も苦笑いだよ」
「ふん、ブツ子にしては気の利いた言い回しよな。ま、そういう訳じゃから、そなたは故郷でコツコツ努力をし、祖先の墓を守ればよいのじゃ。やがて子をなし、年老いて、そなたの一生は終わりを迎えるじゃろう。……はは、どうやら感無量すぎて食欲など湧いてこなさそうじゃな。分かる分かる、超すごいワシらからこれだけ励まされたのじゃから。それに、何の案ずることもない。この料理はしびっちが全部食うゆえな」
泣きはらした顔を上げた子柳が、口を開こうとしたときでした。
「ううん、大丈夫。お礼なんかいいの。あたしたち、十分に楽しませてもらったから」
「そうじゃ。ワシらの退屈しのぎに付き合うてくれたしのう」
「ですね、姉さま。なかなか有意義な体験でした」
「また運気が向けば、長安で再会することもできるじゃろう。金は心配するな、いくらでも驕ってやるゆえな」
「無銭飲食ですけどね」
「あたしの別荘、輞川って言うんだけど、次会ったらみんなで行こうね」
「ははは、汝と共に消さん、万古の憂いを! ではな」
三人の女仙たちは、さんざん好き放題を並べながら、笑い声を残して姿を消しました。呆然としていた子柳が我に返ると、すももの座っていた卓の上に、「賜金還山」と書かれた詩箋が一枚、ほのかな光を発しながら残されておりました。
「えっ。姉さま、そうでしたっけ。受けた恥は三倍返しで、嫌がらせをしてきた楊国忠や高力士に死んだ方がマシに思えるくらいの仕返しをやったあげく、恨まれまくって、賜金還山って名目で追放された……ああ、それは玄宗皇帝に仕えていた、李太白って大詩人のことでしたね」
「泣かすぞ! 万年腹ぺこ漂流まな板詩人は黙っておれ! せっかくいい感じに諭しておったところをペラペラと……空気を読むとか抜かしておったのは、何かのフラグじゃったのか?」
「切れ味のある突っ込みを研究中なんですよ」
「ぬかせ。……まあよいわ、今はいったん置いておこう。それよりも優先すべき話があるからのう」
「そうでしたね、姉さま。ささ、どうぞ思う存分」
「こほん……よいか、子柳よ。余計ではあろうが、あえて言い添えておこう。そなたは滑らかに話が出来ないことを後ろめたく感じておるようじゃが、そんなもの取るに足らぬ小さな事じゃぞ」
「うん、すももちゃんの言う通りだよ。『論語』にも、巧言令色鮮なし仁、剛毅木訥仁に近しって、ねっ」
「まさに。言葉巧みにすっぺらこっぺら、まるで油でも塗ったかのように舌を回転させる者など信ずるにたらぬ。いっそ口下手である方が、心ばえは美しかろう。誠実さとは自然ににじみ出るものじゃからな。よって何の気にすることもない」
「さすがは姉さま、経験を踏まえた含蓄ある素晴らしいお言葉です。ほんと、身につまされますよね……いい、子柳君。君は漢の大学者、楊雄をお手本にすべきだよ。彼、話すのが苦手だったけれど、大著を何冊も書き上げて、その名前は千古に輝いているんだからね。君も当然その故事は学んでいるはず。ほら、だから立ちなよ」
「ふん、しれっとディスりおるわ。まあ今はよい、あとからヒンヒン泣かしてやるでな」
「もう。せっかくの大団円シーンなのに、二人とももっと場の空気を考えてよね。抱青天も苦笑いだよ」
「ふん、ブツ子にしては気の利いた言い回しよな。ま、そういう訳じゃから、そなたは故郷でコツコツ努力をし、祖先の墓を守ればよいのじゃ。やがて子をなし、年老いて、そなたの一生は終わりを迎えるじゃろう。……はは、どうやら感無量すぎて食欲など湧いてこなさそうじゃな。分かる分かる、超すごいワシらからこれだけ励まされたのじゃから。それに、何の案ずることもない。この料理はしびっちが全部食うゆえな」
泣きはらした顔を上げた子柳が、口を開こうとしたときでした。
「ううん、大丈夫。お礼なんかいいの。あたしたち、十分に楽しませてもらったから」
「そうじゃ。ワシらの退屈しのぎに付き合うてくれたしのう」
「ですね、姉さま。なかなか有意義な体験でした」
「また運気が向けば、長安で再会することもできるじゃろう。金は心配するな、いくらでも驕ってやるゆえな」
「無銭飲食ですけどね」
「あたしの別荘、輞川って言うんだけど、次会ったらみんなで行こうね」
「ははは、汝と共に消さん、万古の憂いを! ではな」
三人の女仙たちは、さんざん好き放題を並べながら、笑い声を残して姿を消しました。呆然としていた子柳が我に返ると、すももの座っていた卓の上に、「賜金還山」と書かれた詩箋が一枚、ほのかな光を発しながら残されておりました。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
金陵群芳傳
春秋梅菊
歴史・時代
明末、南京(金陵)の街を舞台に生きる妓女達の群像劇。
華やかだけれど退廃しきっていた時代、その中を必死に生きた人々の姿を掻いていきたいと思います。
小説家になろうで連載中の作品を転載したものになります。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる