酔仙楼詩話

吉野川泥舟

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第十四話

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 子柳は途方に暮れたまま天を仰ぎ、頬を伝う雫を拭うことなく、気持ちの赴くままに詩を口ずさみました。

 雲上ではきっと十五夜の月が輝いているのに
 雨が強く降り注いで 眺めることは叶わない
 愛しいあなたに一目会いたいと願っても
 うちひしがれて あてもなく彷徨うだけ

「なんだ。詩を吟じる気力はまだあるんだね。感心できる内容ではないけれど」

 振り向くと、そこにはしびっちが立っていました。子柳は顔を背けるや否や慌てて逃げ出しました。しかし数歩も行かないうちに足がもつれ、そのまま盛大に水たまりの中へ突っ込んでしまいました。

 あまりに惨めすぎて、涙なのか鼻水なのか、それとも泥水なのか。自分の顔がどうしてぐしゃぐしゃなのかまるでわかりません。

「フォローのしようもないことだけどね。自業自得、身から出たさび。とは言うものの、姉さまも心配しているからさ。とりあえず、酔仙楼に行こう。風邪でも引いたら後々面倒だよ。さ、つかまって」

 しびっちは子柳の手を半ば強引につかむと、そのまま地を蹴って一気に跳躍しました。屋根を伝って風を踏み、あっという間に酔仙楼の三階に到着します。子柳は何が起こったのか全く理解が追いつきません。ただはっきりしているのは、目の前では以前と変わりなく、たくさんの料理が湯気を立てながら並んでいることだけでした。

「やれやれ、面白いくらいハマってしもうたな」
「だよねえ。使い古された展開だから、そこまで驚きはしないけれど」
「そうよなブツ子。ワシらの予想どおりであった」
「まだその設定生きてたんですね」
「当たり前じゃ。設定とは首尾一貫させて用いるもの。呼び名とて例外ではない」
「たい……ゴホン、すももちゃん。子柳君に」
「わかっておる。故郷へ帰してやらねばな」

 すももはそう言うと、ブツ子から詩箋と筆を受け取りました。子柳の顔をチラリと見ると、黙ったまま筆を走らせます。

「ほれ。コイツを持っていけ。さすれば、故郷までは一瞬じゃ」

 そこには「賜金還山」と書かれておりました。

「知っておるじゃろ? 金を賜って山へ還る。メシを食ったらとっとと出発せよ」

 在野の隠遁者を朝廷が官吏として招く慣例は昔からよくあるのですが、これを「招隠」と申します。しかしもともとは隠者として自由を謳歌していた者たち、窮屈な宮廷生活になかなかなじめるはずもありません。そこで、招かれたものの退職して故郷に還ることを希望する者には、朝廷から結構な額の資金が下されたのです。今すももがしたためた四文字はまさにこれを具現化する宝貝で、強く願えば瞬時にして故郷の地を踏むことができるという、優れものなのでございます。

 しかし子柳は心に恥じるところが多くあり、その宝貝を受け取ることができません。目の前に並べられた料理も、全てが色あせて見えておりました。

「やれやれじゃな。おぬしの考えは手に取るように分かる。心の中で述べなくてもな。ふん、罪の意識と恥辱に苛まれることが苦しくて、いっそ死にたいと思っておるのじゃろうが」

 顔を真っ赤に染めた子柳は、床に突っ伏して号泣を始めました。

「ねえ、死んだらそれで終わりだよ? 男の子だったら、生きて汚名を雪がないとね。自ら命を絶つことは、責任を取ったように見えるけれど、現実から目を逸らして逃げているだけだよ。自身に罰を与えたいのなら、寿命が尽きるまで生きないとね。だって生きることの方が死ぬことよりずっと辛くて苦しいことだから。その分、楽しいこともたくさんあるの。だから、ねっ?」

「ブツ子さまの言う通り。だいたい君がここで死ねば、いったい誰が先祖のお墓を守るんだろう。いったい誰が母上の菩提を弔うんだろうね。いずれは苔にまみれて、刻んだ碑文も見えなくなってしまうはずだよ。それに、君を生んだ母上も、きっと黄泉で悲しみにくれるに違いない。自殺など親不孝の最たるもの、そんなことも弁えないのならば、もう一度『論語』からやり直した方がいいんじゃないかな」
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