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悪役令嬢はいない、癒やす女はいる
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「あなたがミーニャさんですのね!」
「え、あっ……は、はい、あたしがミーニャです」
「わたくしの婚約者であるアルフレッド殿下を癒やしているというのは、あなたで間違いなくて?」
「そ、それは……」
高慢に告げてくるロザリア侯爵令嬢に、ミーニャは青ざめた。
ロザリアとアルフレッドの関係は冷え切っていると聞いていたのだが、間違いだったのだろうか。
「はっきり答えなさいな! アルフレッド殿下の他にも、多くの殿方を癒やしていると聞きましてよ」
「な……っ」
ミーニャは青い顔を今度は赤くした。
そのような言い方をされては、まるで自分があちこちの男性に体を許しているかのようだ。そんな事実はない。
ミーニャの家は没落貴族で、できればアルフレッドとの縁をつくりたいと思っていたが、愛人ならまだしも、高級娼婦になりたいとは思っていない。
「どうなの? 違うの?」
「その……それは……」
「ロザリア!」
どう答えるのか正解かわからずにいると、件のアルフレッドが現れた。
「君はまたそんな高圧的に。そんなふうに聞かれるから、ミーニャも答えられずにいるんだ」
「アルく……、いえ、アルフレッド殿下」
ミーニャは引きつりながら王太子を見た。
かばってくれるのは嬉しい。嬉しいがしかし、ロザリアを怒らせないでほしい。ミーニャはアルフレッドと仲を深め、あわよくば愛人くらいのことは考えていたが、ロザリアと敵対したくなどないのだ。
「高位貴族として当然の態度でしてよ。それより殿下、噂は事実だということで間違いありませんのね?」
「ああ! 僕のみならず側近の皆も、彼女には癒やしてもらっている」
「なぁ……っ!?」
「やはりそうでしたのね」
ロザリアはぎゅっと眉間にシワを寄せてミーニャを睨みつけた。
「あっ、いえ、ちが、その、」
「彼女は本当に素晴らしいよ! 男爵家の令嬢だというのに、毎日『調子はどう?』『いい天気ね!』などと話しかけてくるんだ。最初は新鮮だっただけだが、そのうちなくてはならないものとなった。立場の持つ重圧を忘れさせてくれる、得難い人だ……」
「えぇ……っ、あの」
ミーニャは呆然と己を振り返る。
自分はそこまで馴れ馴れしかっただろうか。
かもしれない。最初はそれなりにちゃんと頑張っていたのだが、アルフレッドが親しみやすい人間だったので、つい、馴れ馴れしくしてしまったかもしれない。
「そう……わかったわ。ミーニャ」
「は、はい……」
ぶるぶると震えながらミーニャは返事した。ダメだ。もうダメだ。不敬罪で牢屋行きだ。ああせめて、家の者たちには咎がないことを願うしかない。
「わたくしのことも癒やしなさい!」
「はっ?」
「毎日の厳しい教育、気の抜けない日々、距離を置く人たち! こんな潤いのない生活を続けているのですから、わたくしこそが癒されるべきです!」
「…………えぇ?」
「ああロザリア、そんなだからダメなんだ。僕も人のことを言えやしないが、偉そうにしていると、誰も親しみを持ってはくれないんだ」
「わたくしは高位貴族なのですから、当然ではないですか。親しく近づいてくるものはみな敵だと思えと言われています」
「僕だってそうだ。だが、ミーニャに命じてむりやり癒やさせたところで、それが得たいものなのか?」
「それは……っ」
「ロザリア、僕は少しだけわかってきた。父上も母上も、崇高なことを言っておきながら、自分は癒やしになる友人という存在をこっそり持っている」
「……ええ、それは……わかっていましたわ……」
「それが正しいんだ。表向き気高い存在でいれば、裏では本当の自分でいていいんだよ」
「そんな……でも……」
「だから僕たちも、昔のような仲に戻らないか? 立場もなく、互いにただ楽しく遊んでいた頃に……」
「殿下……でも、でも、婚約者となった方と距離を縮めすぎるのは高貴なもののすることではない、ふしだらだと……」
「君となら、ふしだらな関係だと言われても構わない!」
「殿下!」
「ロザリア!」
ひし、と二人は抱きしめあった。
(……えええええええええ?)
ミーニャも周囲もただただ固まっている。
(えっ、なにそれつまり、私って……当て馬……?)
愕然としたが、一方でミーニャは胸をなでおろした。
(この様子なら牢屋にぶちこまれることはなさそう! よかった、よかったとしよう! 命が大事!)
そう喜ぶミーニャはまだ、王太子夫婦のご友人として王城に上がることになる未来を知らない。
高貴なる方々と下々の橋渡し役として、けっこう天然な二人に振り回される日々を送るようになることなど。
「え、あっ……は、はい、あたしがミーニャです」
「わたくしの婚約者であるアルフレッド殿下を癒やしているというのは、あなたで間違いなくて?」
「そ、それは……」
高慢に告げてくるロザリア侯爵令嬢に、ミーニャは青ざめた。
ロザリアとアルフレッドの関係は冷え切っていると聞いていたのだが、間違いだったのだろうか。
「はっきり答えなさいな! アルフレッド殿下の他にも、多くの殿方を癒やしていると聞きましてよ」
「な……っ」
ミーニャは青い顔を今度は赤くした。
そのような言い方をされては、まるで自分があちこちの男性に体を許しているかのようだ。そんな事実はない。
ミーニャの家は没落貴族で、できればアルフレッドとの縁をつくりたいと思っていたが、愛人ならまだしも、高級娼婦になりたいとは思っていない。
「どうなの? 違うの?」
「その……それは……」
「ロザリア!」
どう答えるのか正解かわからずにいると、件のアルフレッドが現れた。
「君はまたそんな高圧的に。そんなふうに聞かれるから、ミーニャも答えられずにいるんだ」
「アルく……、いえ、アルフレッド殿下」
ミーニャは引きつりながら王太子を見た。
かばってくれるのは嬉しい。嬉しいがしかし、ロザリアを怒らせないでほしい。ミーニャはアルフレッドと仲を深め、あわよくば愛人くらいのことは考えていたが、ロザリアと敵対したくなどないのだ。
「高位貴族として当然の態度でしてよ。それより殿下、噂は事実だということで間違いありませんのね?」
「ああ! 僕のみならず側近の皆も、彼女には癒やしてもらっている」
「なぁ……っ!?」
「やはりそうでしたのね」
ロザリアはぎゅっと眉間にシワを寄せてミーニャを睨みつけた。
「あっ、いえ、ちが、その、」
「彼女は本当に素晴らしいよ! 男爵家の令嬢だというのに、毎日『調子はどう?』『いい天気ね!』などと話しかけてくるんだ。最初は新鮮だっただけだが、そのうちなくてはならないものとなった。立場の持つ重圧を忘れさせてくれる、得難い人だ……」
「えぇ……っ、あの」
ミーニャは呆然と己を振り返る。
自分はそこまで馴れ馴れしかっただろうか。
かもしれない。最初はそれなりにちゃんと頑張っていたのだが、アルフレッドが親しみやすい人間だったので、つい、馴れ馴れしくしてしまったかもしれない。
「そう……わかったわ。ミーニャ」
「は、はい……」
ぶるぶると震えながらミーニャは返事した。ダメだ。もうダメだ。不敬罪で牢屋行きだ。ああせめて、家の者たちには咎がないことを願うしかない。
「わたくしのことも癒やしなさい!」
「はっ?」
「毎日の厳しい教育、気の抜けない日々、距離を置く人たち! こんな潤いのない生活を続けているのですから、わたくしこそが癒されるべきです!」
「…………えぇ?」
「ああロザリア、そんなだからダメなんだ。僕も人のことを言えやしないが、偉そうにしていると、誰も親しみを持ってはくれないんだ」
「わたくしは高位貴族なのですから、当然ではないですか。親しく近づいてくるものはみな敵だと思えと言われています」
「僕だってそうだ。だが、ミーニャに命じてむりやり癒やさせたところで、それが得たいものなのか?」
「それは……っ」
「ロザリア、僕は少しだけわかってきた。父上も母上も、崇高なことを言っておきながら、自分は癒やしになる友人という存在をこっそり持っている」
「……ええ、それは……わかっていましたわ……」
「それが正しいんだ。表向き気高い存在でいれば、裏では本当の自分でいていいんだよ」
「そんな……でも……」
「だから僕たちも、昔のような仲に戻らないか? 立場もなく、互いにただ楽しく遊んでいた頃に……」
「殿下……でも、でも、婚約者となった方と距離を縮めすぎるのは高貴なもののすることではない、ふしだらだと……」
「君となら、ふしだらな関係だと言われても構わない!」
「殿下!」
「ロザリア!」
ひし、と二人は抱きしめあった。
(……えええええええええ?)
ミーニャも周囲もただただ固まっている。
(えっ、なにそれつまり、私って……当て馬……?)
愕然としたが、一方でミーニャは胸をなでおろした。
(この様子なら牢屋にぶちこまれることはなさそう! よかった、よかったとしよう! 命が大事!)
そう喜ぶミーニャはまだ、王太子夫婦のご友人として王城に上がることになる未来を知らない。
高貴なる方々と下々の橋渡し役として、けっこう天然な二人に振り回される日々を送るようになることなど。
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