1 / 1
婚約者だと思っていた人に「俺が望んだことじゃない」と言われました。大好きだから、解放してあげようと思います
しおりを挟む
「ジーク! どうして昨日は来てくれなかったの? お父さんが棚卸しを見せてくれるって、」
「そんなもの、俺が勉強する必要はないだろう?」
「えっ?」
「ウェークレー商会の跡取りはサリだろ。お前がやるべきことを、俺に押し付けるな」
「で、でも、ジークは私と結婚してくれるんだよね?」
「……そうなるんだろうな。だが俺が望んだことじゃない」
ジークはイライラとした様子で、私をまったく見ずに行ってしまった。
私は愕然とする。
確かに、ジークを好きになったのは私だ。そして小さな頃からジークにまとわりついて、恋人みたいなつもりでいた。
そんなだから家族も、私とジークが結婚するのが当たり前みたいに思ってる。お父さんもお母さんも、ジークにうちの商会のことを教えてきた。
「違ったんだ……」
私の独りよがりだったんだ。
ジークは私にずっと優しかった。守ってくれた。でも、私と結婚することなんて望んでなかったんだろう。
「ごめんなさい……」
おかしいなとは思ってた。勉強会に誘っても、将来のことを話しても、ジークは面倒そうな顔をするだけだったから。
ジークのお父さんはうちの商会員だ。
だから「商会のお嬢さん」の言葉に逆らえなかったんだろう。
当たり前だと思っていた未来に身震いした。私はなんて傲慢だったんだろう。
半日、部屋にこもって泣いて、泣くだけ泣いたら元気も出た。
ジークを解放してあげよう。
「お父さん、ジークは私と一緒にうちを継ぎたくないみたい。……私のわがままに付き合ってくれてたんだと思う。だから、私はこれからひとりで頑張る」
お父さんはしばらく黙ったあとで「そうか」とうなずいてくれた。
「だがな、サリ、それを聞いて喜ぶやつがいるぞ。テッドはジークに怒っていてな、別れたらすぐに教えてほしいと言ってきた。求婚されるだろうから、考えてやってくれ」
「えっ!? でも、テッドは年下だよ?」
「頼りにならないか?」
「そんなことはないよ! テッドはずっと助けてくれたもの」
呼んでもこないジークの代わりに、いつも私を助けてくれたのはテッドだった。そう、考えてみればいつもそう。
でもテッドはモテるんだから、いくらでも同年代の女性を選べる。わざわざ年上の「商会のお嬢さん」を選ぶことはない。
「まあ、俺が何を言っても仕方がない。一度、顔を合わせて話をしてみなさい」
「う、うん、そうだね……」
もしテッドが望んでくれたとしたら嬉しい。
でもジークとの関係のようにならないように、しっかり話し合おう。
________________________
「サリがテッドと婚約した!? そんな……っ! なんでそんな勝手に!」
「勝手もなにも、呼び出しに応じず、手紙も見ずに遊び歩いていたのはおまえだろう。ろくに跡継ぎとして学んでもいなかったしな」
親父は驚きもしないで、呆れたように俺を見ている。なんでだ?
なんで……。
「俺はサリに望まれて……」
「そうだな。だが、おまえはそれに応えなかった。結婚の約束さえしていない」
「だって商会を継ぐのはサリだろう!? 自分の商会になるわけでもないのに、なんで俺が勉強しないといけないんだよ!」
「馬鹿者。それならおまえはただお嬢様のお荷物になるつもりだったのか? 夫という地位だけ得て、好きに暮らすつもりだったのか?」
「そんなつもりじゃ、」
「商会の品を仕入れ価格で買っていたことを知っているぞ。それを女にやっていたこともな」
「……っあれは……そういうのじゃない! 友達として、頼まれたから……」
「だとしても、商会を継ぐ気もないおまえがするべきことじゃない」
俺は黙るしかなかった。
タダでもらったわけじゃない。仕入れ値にしてもらっただけだ。誰も損をしていないんだから、いいじゃないか。
そう思うけれど、そんな理屈が通じるわけがないとわかっている。
不満が顔に出ていたのだろう、親父がため息をついた。
「昔のおまえはただ優しさで、お嬢さんに良くしていたのだろうに……」
それはサリが可愛かったからだ。
かわいそうだったからだ。
商会の一人娘であるサリは、お父さんの後を継ぐんだと必死に頑張っていた。数字が得意でもなかったくせに。
そもそも周囲の期待に応えているだけで、サリ自身で望んだこととも思えなかった。
『……俺が望んだことじゃない』
俺は自分の言葉を思い出して愕然とした。
望んだわけでもないことを必死に頑張っていたサリ。そんな彼女が好きだった。違う、今でも好きだ。
好きだから、失望されたくなかったんだ。
俺がもうサリよりずっと劣ることを、知られたくなかった。
「まあ、結婚前でよかったよ。おまえをお嬢さんのお荷物にするわけにはいかないからな」
親父が言った。俺は、何も言えなかった。
そうなのかもしれない。
良かったのかもしれない。
あいつをお荷物の俺から開放してやれたのだ。
だが胸は苦しく、とても晴れ晴れとした気分にはなれなかった。
「そんなもの、俺が勉強する必要はないだろう?」
「えっ?」
「ウェークレー商会の跡取りはサリだろ。お前がやるべきことを、俺に押し付けるな」
「で、でも、ジークは私と結婚してくれるんだよね?」
「……そうなるんだろうな。だが俺が望んだことじゃない」
ジークはイライラとした様子で、私をまったく見ずに行ってしまった。
私は愕然とする。
確かに、ジークを好きになったのは私だ。そして小さな頃からジークにまとわりついて、恋人みたいなつもりでいた。
そんなだから家族も、私とジークが結婚するのが当たり前みたいに思ってる。お父さんもお母さんも、ジークにうちの商会のことを教えてきた。
「違ったんだ……」
私の独りよがりだったんだ。
ジークは私にずっと優しかった。守ってくれた。でも、私と結婚することなんて望んでなかったんだろう。
「ごめんなさい……」
おかしいなとは思ってた。勉強会に誘っても、将来のことを話しても、ジークは面倒そうな顔をするだけだったから。
ジークのお父さんはうちの商会員だ。
だから「商会のお嬢さん」の言葉に逆らえなかったんだろう。
当たり前だと思っていた未来に身震いした。私はなんて傲慢だったんだろう。
半日、部屋にこもって泣いて、泣くだけ泣いたら元気も出た。
ジークを解放してあげよう。
「お父さん、ジークは私と一緒にうちを継ぎたくないみたい。……私のわがままに付き合ってくれてたんだと思う。だから、私はこれからひとりで頑張る」
お父さんはしばらく黙ったあとで「そうか」とうなずいてくれた。
「だがな、サリ、それを聞いて喜ぶやつがいるぞ。テッドはジークに怒っていてな、別れたらすぐに教えてほしいと言ってきた。求婚されるだろうから、考えてやってくれ」
「えっ!? でも、テッドは年下だよ?」
「頼りにならないか?」
「そんなことはないよ! テッドはずっと助けてくれたもの」
呼んでもこないジークの代わりに、いつも私を助けてくれたのはテッドだった。そう、考えてみればいつもそう。
でもテッドはモテるんだから、いくらでも同年代の女性を選べる。わざわざ年上の「商会のお嬢さん」を選ぶことはない。
「まあ、俺が何を言っても仕方がない。一度、顔を合わせて話をしてみなさい」
「う、うん、そうだね……」
もしテッドが望んでくれたとしたら嬉しい。
でもジークとの関係のようにならないように、しっかり話し合おう。
________________________
「サリがテッドと婚約した!? そんな……っ! なんでそんな勝手に!」
「勝手もなにも、呼び出しに応じず、手紙も見ずに遊び歩いていたのはおまえだろう。ろくに跡継ぎとして学んでもいなかったしな」
親父は驚きもしないで、呆れたように俺を見ている。なんでだ?
なんで……。
「俺はサリに望まれて……」
「そうだな。だが、おまえはそれに応えなかった。結婚の約束さえしていない」
「だって商会を継ぐのはサリだろう!? 自分の商会になるわけでもないのに、なんで俺が勉強しないといけないんだよ!」
「馬鹿者。それならおまえはただお嬢様のお荷物になるつもりだったのか? 夫という地位だけ得て、好きに暮らすつもりだったのか?」
「そんなつもりじゃ、」
「商会の品を仕入れ価格で買っていたことを知っているぞ。それを女にやっていたこともな」
「……っあれは……そういうのじゃない! 友達として、頼まれたから……」
「だとしても、商会を継ぐ気もないおまえがするべきことじゃない」
俺は黙るしかなかった。
タダでもらったわけじゃない。仕入れ値にしてもらっただけだ。誰も損をしていないんだから、いいじゃないか。
そう思うけれど、そんな理屈が通じるわけがないとわかっている。
不満が顔に出ていたのだろう、親父がため息をついた。
「昔のおまえはただ優しさで、お嬢さんに良くしていたのだろうに……」
それはサリが可愛かったからだ。
かわいそうだったからだ。
商会の一人娘であるサリは、お父さんの後を継ぐんだと必死に頑張っていた。数字が得意でもなかったくせに。
そもそも周囲の期待に応えているだけで、サリ自身で望んだこととも思えなかった。
『……俺が望んだことじゃない』
俺は自分の言葉を思い出して愕然とした。
望んだわけでもないことを必死に頑張っていたサリ。そんな彼女が好きだった。違う、今でも好きだ。
好きだから、失望されたくなかったんだ。
俺がもうサリよりずっと劣ることを、知られたくなかった。
「まあ、結婚前でよかったよ。おまえをお嬢さんのお荷物にするわけにはいかないからな」
親父が言った。俺は、何も言えなかった。
そうなのかもしれない。
良かったのかもしれない。
あいつをお荷物の俺から開放してやれたのだ。
だが胸は苦しく、とても晴れ晴れとした気分にはなれなかった。
131
お気に入りに追加
79
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【完結】お前とは結婚しない!そう言ったあなた。私はいいのですよ。むしろ感謝いたしますわ。
まりぃべる
恋愛
「お前とは結婚しない!オレにはお前みたいな奴は相応しくないからな!」
そう私の婚約者であった、この国の第一王子が言った。
白い結婚の契約ですね? 喜んで務めさせていただきます
アソビのココロ
恋愛
「ジニー、僕は君を愛そうとは思わない」
アッシュビー伯爵家の嫡男ユージンに嫁いだホルスト男爵家ジニーは、白い結婚を宣告された。ユージンには愛する平民の娘がいたから。要するにジニーは、二年間の契約でユージンの妻役を務めることを依頼されたのだ。
「慰謝料の名目で、最低これだけ払おう」
「大変結構な条件です。精一杯努力させていただきます」
そして二年が経過する。
拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください
ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。
※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
妹の妊娠と未来への絆
アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」
オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
婚約者に親しい幼なじみがいるので、私は身を引かせてもらいます
Hibah
恋愛
クレアは同級生のオーウェンと家の都合で婚約した。オーウェンには幼なじみのイブリンがいて、学園ではいつも一緒にいる。イブリンがクレアに言う「わたしとオーウェンはラブラブなの。クレアのこと恨んでる。謝るくらいなら婚約を破棄してよ」クレアは二人のために身を引こうとするが……?
婚約者が高貴なご令嬢と愛し合ってるようなので、私は身を引きます。…どうして困っているんですか?
越智屋ノマ@甘トカ【書籍】大人気御礼!
恋愛
大切な婚約者に、浮気されてしまった……。
男爵家の私なんかより、伯爵家のピア様の方がきっとお似合いだから。そう思って、素直に身を引いたのだけど。
なんかいろいろ、ゴタゴタしているらしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる