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婚約者だと思っていた人に「俺が望んだことじゃない」と言われました。大好きだから、解放してあげようと思います

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「ジーク! どうして昨日は来てくれなかったの? お父さんが棚卸しを見せてくれるって、」
「そんなもの、俺が勉強する必要はないだろう?」
「えっ?」
「ウェークレー商会の跡取りはサリだろ。お前がやるべきことを、俺に押し付けるな」
「で、でも、ジークは私と結婚してくれるんだよね?」
「……そうなるんだろうな。だが俺が望んだことじゃない」

 ジークはイライラとした様子で、私をまったく見ずに行ってしまった。
 私は愕然とする。
 確かに、ジークを好きになったのは私だ。そして小さな頃からジークにまとわりついて、恋人みたいなつもりでいた。

 そんなだから家族も、私とジークが結婚するのが当たり前みたいに思ってる。お父さんもお母さんも、ジークにうちの商会のことを教えてきた。

「違ったんだ……」

 私の独りよがりだったんだ。
 ジークは私にずっと優しかった。守ってくれた。でも、私と結婚することなんて望んでなかったんだろう。

「ごめんなさい……」

 おかしいなとは思ってた。勉強会に誘っても、将来のことを話しても、ジークは面倒そうな顔をするだけだったから。
 ジークのお父さんはうちの商会員だ。
 だから「商会のお嬢さん」の言葉に逆らえなかったんだろう。

 当たり前だと思っていた未来に身震いした。私はなんて傲慢だったんだろう。
 半日、部屋にこもって泣いて、泣くだけ泣いたら元気も出た。

 ジークを解放してあげよう。

「お父さん、ジークは私と一緒にうちを継ぎたくないみたい。……私のわがままに付き合ってくれてたんだと思う。だから、私はこれからひとりで頑張る」

 お父さんはしばらく黙ったあとで「そうか」とうなずいてくれた。

「だがな、サリ、それを聞いて喜ぶやつがいるぞ。テッドはジークに怒っていてな、別れたらすぐに教えてほしいと言ってきた。求婚されるだろうから、考えてやってくれ」
「えっ!? でも、テッドは年下だよ?」
「頼りにならないか?」
「そんなことはないよ! テッドはずっと助けてくれたもの」

 呼んでもこないジークの代わりに、いつも私を助けてくれたのはテッドだった。そう、考えてみればいつもそう。
 でもテッドはモテるんだから、いくらでも同年代の女性を選べる。わざわざ年上の「商会のお嬢さん」を選ぶことはない。

「まあ、俺が何を言っても仕方がない。一度、顔を合わせて話をしてみなさい」
「う、うん、そうだね……」

 もしテッドが望んでくれたとしたら嬉しい。
 でもジークとの関係のようにならないように、しっかり話し合おう。


________________________



「サリがテッドと婚約した!? そんな……っ! なんでそんな勝手に!」
「勝手もなにも、呼び出しに応じず、手紙も見ずに遊び歩いていたのはおまえだろう。ろくに跡継ぎとして学んでもいなかったしな」

 親父は驚きもしないで、呆れたように俺を見ている。なんでだ?
 なんで……。

「俺はサリに望まれて……」
「そうだな。だが、おまえはそれに応えなかった。結婚の約束さえしていない」
「だって商会を継ぐのはサリだろう!? 自分の商会になるわけでもないのに、なんで俺が勉強しないといけないんだよ!」
「馬鹿者。それならおまえはただお嬢様のお荷物になるつもりだったのか? 夫という地位だけ得て、好きに暮らすつもりだったのか?」
「そんなつもりじゃ、」

「商会の品を仕入れ価格で買っていたことを知っているぞ。それを女にやっていたこともな」
「……っあれは……そういうのじゃない! 友達として、頼まれたから……」
「だとしても、商会を継ぐ気もないおまえがするべきことじゃない」

 俺は黙るしかなかった。
 タダでもらったわけじゃない。仕入れ値にしてもらっただけだ。誰も損をしていないんだから、いいじゃないか。
 そう思うけれど、そんな理屈が通じるわけがないとわかっている。

 不満が顔に出ていたのだろう、親父がため息をついた。

「昔のおまえはただ優しさで、お嬢さんに良くしていたのだろうに……」

 それはサリが可愛かったからだ。
 かわいそうだったからだ。
 商会の一人娘であるサリは、お父さんの後を継ぐんだと必死に頑張っていた。数字が得意でもなかったくせに。
 そもそも周囲の期待に応えているだけで、サリ自身で望んだこととも思えなかった。

『……俺が望んだことじゃない』

 俺は自分の言葉を思い出して愕然とした。
 望んだわけでもないことを必死に頑張っていたサリ。そんな彼女が好きだった。違う、今でも好きだ。

 好きだから、失望されたくなかったんだ。
 俺がもうサリよりずっと劣ることを、知られたくなかった。

「まあ、結婚前でよかったよ。おまえをお嬢さんのお荷物にするわけにはいかないからな」

 親父が言った。俺は、何も言えなかった。
 そうなのかもしれない。
 良かったのかもしれない。

 あいつをお荷物の俺から開放してやれたのだ。
 だが胸は苦しく、とても晴れ晴れとした気分にはなれなかった。
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