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後編

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「ふあ」
 女は欠伸をした。

 教師が何事か言い、生徒たちが笑ったが、女には聞こえていない。
 旅行商人は空間を移動する。空間を操る技術は必要不可欠なもので、今この教室の中では、女だけが切り離されている。

 何も聞こえないし、危害を加えられることもない。

「いつ魔物を回収させてくれるのかなあ……」
 品物の目星はつけた。しかし準備が必要とかなんとか言われ、回収の日取りは引き伸ばされている。滞在時間分の出張費を払って貰えればいいといえばいいのだが、そろそろ相手の支払い能力に疑問がある。

「あれ」
 考えていると、いつの間にか顔を真赤にした教師が目の前にいた。
 なんだろう。
 この国のことを学ぶ気がないので、自分のことは放っておいてほしいと言っている。そもそもなぜ学校に放り込まれたのか謎だ。

 誰もが嫌がっているようだったので、国に苦情を出してほしいと言ったが、どうも伝わっていないらしい。
 まあ、それがこの国の常識ならば仕方がないが。
 女としては仕事を全うするだけである。

「あ」
 教師が腕を振り上げた。

 女を殴ろうとしたらしい。
「……あーあ」
 けれど殴られたのは教師の方だった。女のいる空間には何も伝わらない。つまり外側からの力はすべて、そのまま反射してしまうのだ。

「……! ! ……!」
 教師は何事か言いながら再び殴りつけてきたが、彼自身の顔が腫れ上がっただけだ。
 そして彼は尻もちをついた。

 自分が殴られていることが理解できないようだ。その目にだんだんと恐怖の色がともる。
(未開だなあ)
 女は思う。
 人間を召喚する技術があるのだから、もう少し人も物も発展していそうなものだ。どうやらこの国で召喚は「魔法」と呼ばれているらしい。

 青ざめる教師と周囲を見ながら、女はハズレくじを引いたことにため息をつく。
「……いや、そうでもないか」
 面倒ではある。
 けれど宝の山だ。

 早く魔物を回収したい。
 出張費が支払い能力を超えた場合、無理に回収するのは気が引ける。王の持ち物、城の中のものだけで、まだ収まっているだろうか。
(あの石がたくさんあったらなあ)
 エネルギーが高密度に詰まった、なかなかお目にかかれない石だ。あれがゴロゴロしているのかと思えば、たまたま一つ、偶然に女の前に現れただけらしい。

 探せばあるのかもしれないが、城にはなさそうだ。
 女に依頼したのは王であるようだから、他から回収するわけにはいかない。旅行商人の仁義というものだ。

「やっぱりもう、無駄に付き合うのはやめよっか」
 一応は依頼人の顔をたて、やれと言うことをやってきた。
 が、支払い能力を超過した要望を聞くのも商人ではない。

 女は立ち上がり、本来の仕事をすることにした。
 教室を出る。邪魔をした者は適当に横に退けるとだいたい静かになった。

 だが騒ぎが大きくなり、なんだか態度のでかいのが現れた。
「おい! 何をしている。この俺に恥をかかせる気かッ!」
「は?」
「おまえのような下民を婚約者だなど、それだけで我が恥なのだ。せめて目立たたぬように地を這っているのが筋であろうが!」
「はあ」

 わけのわからないことを言ってきたので、女はため息をつき、一掃することにした。
「ギャッ」
「ちょっと、すみません、面倒なので……」
「ひっ、ひっぃぃ!」
 これ以上邪魔をされるのは好まない。ひとまとめにして横に退けた。

「あ、目星はつけているので、一週間ほどで仕事は終わらせると、どなたか王様にお伝えください。出張費の回収も仕事終わりに行いますね。毎度ありがとうございました」

 女はさっそく宝の山に向かい、魔物を次々に転送、出張費も回収して帰路についた。




「い、いったい……何が……なぜ、わ、我が城が……」
 王は何もない空間に、呆然と膝をついていた。
 城がまるごと消失したのだ。

 魔物もいなくなっていたが、王にとってそんなことはどうでもよかった。城、城だ。城がなければ。
 王であるという権威の源がない。
 それだけではない。王を飾り立てていた宝石が、衣装が、すべて失われていたのだ。

「聖女……聖女とは……」
 王はようやく理解した。
 聖女召喚を記した国がなぜ滅んだのかを。

 それからわずかな時のあと、彼の王朝も滅んだ。
 魔物が消え去り、城も消え去ったということで「神が、悪いものをすべて消してくれた!」と、民衆が沸き立ったのだ。

 女はというとそんなことはつゆ知らず、ようやくの帰宅となり、ささやかな仕事終わりの祝杯をあげていた。
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