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わたくしに婚約破棄を告げた元王子は、その場で身ぐるみ剥がされ放り出されてしまいました。

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「リスリーナ・キャナル! おまえとの婚約を破棄する! おまえはこの俺の婚約者であることをかさにきて、不敬にもこの俺の行動を制限し、まるで自分の所有物のように扱い……っ!? ぐあっ! 何をする!」
「あら……」

 わたくしは苦笑しました。
 元王子であるレイモンド様は黒服たちに制圧され、式服を脱がされております。上着だけではなくシャツ、懐中時計、靴に靴下、肌着まで……あ、さすがに最後の一枚は許されたのですね。

 良かったです。
 兄の成人を祝うパーティの場で、丸出しの男性など見たくはありません。

「な……っ、何なのだ、無礼者ども……!」

 わたくしはちらりと父を見ました。黒服に合図してレイモンド様の衣類を奪ったあとは、また何か指示しております。
 当家にあるレイモンド様の荷物をどうするかの算段かもしれません。

 レイモンド様と会話をする気はなさそうなので、仕方なくわたくしがご説明することにしました。

「レイモンド様の衣装はすべて、当家がご用意したものですから。婚約破棄をし、縁を切るのであれば、お返しいただくことになります」
「はぁっ? 図々しい戯言を。俺の衣装代は王家が出しているはずだ!」
「いいえ。レイモンド様、何度も申しますが、あなたは王家から追放されております」
「……何を勘違いしている。あれは父上が、そのつもりで励めと言っただけで」
「これが現実でございます。レイモンド様にはもはや帰る場所も、財産も、衣服もありません」

「馬鹿馬鹿しい。おい、誰か、この無礼者どもを……ああっ!? 何をする!」
「はいはい、ちょっと黙れよ王子様」
「平民はこの場にいられないぜ」
「そんなっ、ばかな……っ!」

 レイモンド様は最後の一枚だけは守られながら、パーティ会場を引きずられていきます。ところどころ「俺はっ」「王子っ」「貴様らっ」などと言っていますが、誰も聞いてなどいません。
 わたくしは引きずられていく彼を見ながら今までのこと、当家のお金で暮らしておきながらずっと偉そうであったことを思い返しました。
 本当に、ある意味とても凄い方でした。

「ほらよっ」
「ぐわっ!?」

 ついにレイモンド様は会場から放り出されました。
 土の上に裸で呆然としておられます。

「な、なんてことを……うっ、ぐうう、父上が、黙っていない……」
「いいえ。すでに陛下はあなたを見捨てました。当家に慰謝料を払うさいに、これが最後だとおっしゃったはずです」
「慰謝料……だと?」
「はい。婚約者であるわたくしを何度も侮辱したこと、多くの女性と関係を持ったこと、そして、なんとかあなたを当家で引き取って欲しいという、気持ちのこもった慰謝料でしたわね」
「ひ、引き取るとはなんだ、この俺が婚約者でいてやったのだぞ、栄誉でこそあれ、」
「だってレイモンド様、他に引き取り手がないのですわ」

 わたくしはため息をつきました。

「さきほども、誰も助けようとしなかったでしょう?」
「そ……それ……は、貴様の家の権力が……」
「王家より強い権力って、いったい何です?」
「……」

 ようやく現実が見え始めてきたのか、レイモンド様が青ざめていきます。
 いえ、外が寒いせいかもしれませんわね。早めに話を終わらせましょう。

「わたくしも、特にレイモンド様が欲しくもなかったのですが、慰謝料はありがたいものでした」
「は……?」
「あの頃、当家の領地では災害がありましたの。そこから立ち直るために、大事に使わせていただきましたわ」

 もちろんあの慰謝料だけでなんとかなったわけではありません。
 けれど、ありがたいお金であったことは確かです。その恩をもって、王子でなくなったレイモンド様を、いちおうは養うつもりでいたのです。

「そ……っそれなら、恩が! 恩があるじゃないか! 貴様には俺を助ける義務が」
「ええ。でも、レイモンド様は婚約を破棄なさったでしょう? ご自身が、もはや援助はいらぬと選ばれたのであれば仕方がありません」
「選んでなどっ……そうだ、この尊き王家の血がほしいのだろうっ貴様らは!」
「……レイモンド様。やはり気づいていなかったのですね。王家から追放されるさい、断種の処理がされております」
「へ……?」
「レイモンド様にはもう子供はできません。レイモンド様とは白い結婚の予定だったのです」

 そしてわたくしは、実質的な夫となる幼なじみとの子を生むつもりでおりました。彼もこのようなめちゃくちゃな状況に納得してくれていたのです。
 レイモンド様がいなくなるのなら、堂々と結婚することができます。それはとても嬉しいことです。

 でも本当に、ちゃんと恩人を養うつもりでいたのですよ。残念です。

「そん、な……そんな……」
「もはやレイモンド様に望むものは何もありませんでした。それでも窮屈だとおっしゃるのなら、仕方のないことです」

 わたくしは裸の、何も持たない男性を一瞥してから、微笑み、一歩引きました。

「では、さようなら。教会で炊き出しがされていますから、そちらに行かれた方がよいかと。我が領地は今はとても豊かで、スラムがないことが自慢なのですよ」
「待っ」

 扉が閉められましたので、そこから先、レイモンド様がどうなったかは存じません。
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