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私は安心して、胸が暖かくなります(最終話)

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 私とアーク様の婚約は、政略的なものではありません。
 小さな頃から家ぐるみの付き合いで、仲が良かったのです。家柄もちょうどよく、理想的な関係でした。

 けれど彼と結婚しないとなれば、貴族令嬢として、結婚しないという選択肢はありません。
 私は新たに婚約者候補との顔合わせを行いました。

 アーク様は今でも再婚約の打診を行ってきます。浮気の現場をつかまれた彼が呆然としている間に、婚約を破棄して本当に良かったです。
 何度も何度も愛をささやかれるたび、私の心はいっそう冷えていきました。

 彼には申し訳ないことをしているのかもしれません。ですが、どうしても受け付けないのです。気持ちが悪いのです。
 それにどんな愛の言葉も、嘘だとわかっていればいるだけ虚しいものです。

「あの……初顔合わせの場で、このような話は申し訳ないのですけれど、グラッド様は浮気についてはどうお考えなのですか?」
「えっ?」

 初対面に近いこの場で聞くことではなかったでしょう。
 それでも私にとって、それは譲れないことになっていました。

「そう……ですね。私は婚約相手も決まらず、この年になってしまったもので」
「そんな。とても良い成績をお納めなので、相手を選んでいたとお聞きしています」
「はは、言い訳ですよ。良い成績をとれば、お話をたくさんいただくのが普通です」
「それはそうかもしれませんけれど……」

 グラッド様の身分はそれほど高くありません。
 それでいて良い成績を取り、将来を期待されていたので、相手を選びにくかったのは想像がつきます。
 王子の補佐となることが決まり、私に恋愛関係にあった婚約を解消したという瑕疵がなければ、この婚約話も持ち上がらなかったでしょう。

「どうにも私は気が利かないようで、女性にはあまり好かれません。見目もよくありませんし」
「……わかりませんわ。私にはとても素敵な方に思えます」
「……ありがとうございます」

 グラッド様は照れたようにつっかえてから、にこりとお笑いになりました。
 お世辞ではなく素敵な方だと思います。
 確かに、燃えるような恋をされるタイプではないかもしれません。けれど力の抜けるような安心感があります。

 私はもう恋はしたくありません。
 だから、他の女性方とは違うものを求めているのかもしれません。

「仕事においてはそれなりの自信もありますが、女性に対しては全く自信がないのです。このような私と結婚してくださる、このような私を認めてくださった方を裏切るというのは、自分を裏切るも同じと考えております」
「まあ」

 まるで哲学を論じるように言うので、私はつい笑ってしまいました。

「レティンシア嬢はどうなのですか?」
「私は……お恥ずかしながら、もう恋はこりごりだと思っているのです。ですから、信頼できる方と家族になりたいと希望しています」

 私の答えもずいぶん甘さのないものでした。
 グラッド様はにこりと笑って、そうですか、とうなずきました。

「では我々にとりあえずの問題はなさそうですね。お話をすすめても良いでしょうか?」
「はい、ぜひ。こちらこそ、私のようなものですが、よろしくお願いいたします」

 そうして夫婦となった私達は、情熱的な感情はないけれど、穏やかな家庭を築きました。
 本当に、甘いこととは無縁ですが、グラッドの顔を見ているだけで私は安心して、胸が暖かくなります。
 あまり見ないでくれと恥ずかしがる彼の顔も、なんだか可愛いのです。

 友人に言わせると「じゅうぶん甘いじゃないの」だそうです。どうなのでしょう?

 結婚式には招待していないアーク様も来てくださったのですが、なんだか騒動になり、追い出されてしまったようです。
 それから、なんでも冒険者になったとか?
 下町の方と仲の良いアーク様でしたから、その方がよいのでしょうね。
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