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すべてが嘘だったのです

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「もう、あなたを愛することはできません」
「シアっ!」
「……っ!?」

 アーク様の手が私の手を強く掴みました。
 何度も触れた手です。優しく、温かい手を持った方なのだと体が覚えています。そしてそれが、たとえようもなく……

 気持ちが悪かった。

「離してください!」
「聞いてくれ、シア、本当なんだ。僕が愛しているのは君だけ、君だけが欲しいんだ、ああどうか、どうか」
「離し、て……っ!」
「もう一度だけ僕を信じてくれ」
「うっ」

 私は掴まれていない手で口を抑えました。
 それがどう見えたのか、アーク様はいっそう強くすがってきます。

「泣かないで。シア、君は僕を愛しているはずだ。愛しているから悲しむのだろう? 離れるなんてできやしない。一度の間違いくらいで……」
「……っ」
「こんな別れは間違っている。そうだろう? 僕と別れて、誰とも知れない男と結婚するというのか?」
「その、ほうが、ましです」
「やけにならないでくれ、愛しい人。冷静になって」
「ぐっ……ぅ」

「シア?」
「うぇっ……!」

 まるでいつものように愛を告げる言葉に、もう耐えられませんでした。
 私は嘔吐しました。

「お嬢様! ああっ、なんてこと!」

 侍女が慌てているのが聞こえますが、私は必死で地面にすべてのものを吐き出していました。
 思いも熱情も怒りも、すべて。
 すべて吐き出してしまいたい。

「シ、シア」
「きもちわるいのです!」

 アーク様は私の状態に驚いたようで、ようやく腕を離してくれていました。

「きもちが、わるいのです! もう、無理なのです!」

 私は苦しく呼吸をしながら伝えました。
 涙がほろほろとこぼれます。もうどうでもよいことでした。もう全部、吐き出してしまってなかったことにするのです。

「シア……」
「他の方を愛した手で、私に触れないでください!」
「そんな、愛しているのは、君だけ……」
「すべてが嘘だったのです。もう、何も信じられないのです」
「そんな……っ」

 いっそこのように惨め姿を軽蔑してくれればいい。
 そう思ったのに、アーク様は地面に膝をつき、頭を抱えました。
 まるでアーク様こそが失恋したように。

 そんなわけはないのに。アーク様は私でない人に触れて、そうして喜んだのですから。
 私は侍女に助けられながら、ふらりと立ち上がりました。

「あああああ!」

 アーク様の慟哭が、白々しく響きました。
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