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私のために、私を、私の愛をこんなにも傷つけたのですね

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「アーク様」
「シ、シア!?」
「……っ!」

 運命の恋人同士のように隙間なく触れ合っていた二人は、ぱっと弾かれたように離れました。
 私は悲しく思います。どうせアーク様、その腕はもう私のものではないのでしょう。いえ、最初から私のものではなかったのでしょう。

「気づかなくて申し訳ありません。アーク様のお心は、私にはなかったのですね」
「ち、違う! これは……ただの戯れで……」
「戯れ?」
「そうよ、ただの恋愛ごっこなの。温室育ちのお嬢様にはわからないでしょうけど……」

 アーク様に恋人と呼ばれた女性も、顔をしかめて言います。
 確かにそうかもしれません。私は他の貴族たちのように、下町に遊びに行くこともあまりありません。

 でも、そんなことはどうでも良いのです。
 だってアーク様は、何度も「君だけを愛している。君を裏切ることなどない」と囁いてくれていたのですから。

「戯れでも、気持ちがなければできないでしょう。……良いのです。アーク様、私達の婚約は政略によるものではありません」
「ま、待ってくれ! 本当に違うんだ、誤解だ。僕が愛しているのは君だけだ、シア!」
「……愛してもいない人と触れ合うのですか?」

 私の言葉にははっきり嫌悪が滲んでいたでしょう。
 アーク様は顔をしかめました。女性の顔とそっくりで、彼らは全く私とは違う存在なのだと、そんなことを思いました。

 この場でおかしいのは私なのでしょう。
 でも、それでも無理なものは無理でした。水を飲まずに生きていられないように、私にはもう、この人と並んだ人生など想像できない……いえ、想像したくないものでした。

 他の女性を抱いた腕で、触れた唇で、私に触れて愛をささやくのです。
 まるで地獄のよう。
 受け入れられないことでした。

「それは……っ、君のためなんだ!」
「……私のため?」

 こうして必死なアーク様を目にしても、私の心は凍りついています。その氷の奥底に、怒りのような熱情がありました。
 私はそれを飲み込みます。

「君のようなお嬢様を……いや、君のような、清純な人を、男の欲で汚すことはできないと……君を愛していたからこそなんだ。シア、わかってくれ。君のためなんだ」
「私のために」

 乾いた唇が勝手に言葉を紡ぎます。

「そうだ、君のために」
「私のために、私を、私の愛をこんなにも傷つけたのですね」
「……」
「できぬものは、できぬもの。仕方のないことです。私はもう……」

 また瞳に熱が溢れました。
 アーク様との日々を思いました。優しい手、囁き、微笑み。そのどれもが私に愛を伝えているようでした。
 私も彼を愛しました。
 心が通じ合っていると信じました。

 でも、全部、嘘。
 愛おしく思えば思うほど、私は自分の愚かさに消えてしまいたくなりました。完璧だった日々はそのまま凍りついて、思い出したくもない欺瞞の日々になりました。
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