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「無理」の一言しかなかったのです。
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「どうして……」
じわりじわりと目の前が滲んで、何も見えなくなりそうです。
それでも私の目は、婚約者であるアーク様を見つめていました。
私の知らない女性と親しく触れ合って、微笑みを浮かべるあの人を。
いっそ何も見えなくなってしまえばいい。そう思うのに、目は愛しいあの人を見つけ続け、そして耳からはあの人の言葉が聞こえてくるのです。
「君はほんとうに可愛いな、ルナ。そうやって素直じゃないところも」
「やめてよ、もう、意地が悪いわよ」
「はは、わかっているさ。言葉をどうつくろっても、君の瞳が、体が、こんなにも素直に甘えてくる。昨夜も……。ああ、犬ころのように純粋な我が婚約者と違って、なんて君は愛らしい……ただ一人の僕の恋人だ」
犬ころのような……。
私はふらりとよろめきました。
そうですか。
アーク様にとって私は、ただの動物のようなものだったのですね。
愛しあっていると、信頼しあっていると思っていた私は、なんて道化だったのでしょう。
私がおままごとのようにアーク様を思っている間、この二人は大人の恋をしていたのでしょう。優しく手をつなぐのとは違う、紳士的なエスコートとも違う、アーク様のてのひらは女性の体に触れ、自らのもとに引き寄せています。
会話をする距離さえ近いのです。
今にも唇が触れ合いそうな。
私に「君を大事にするよ」「君のために努力するよ」と優しく言ったその唇は、私のためのものではなかったのです。
「レ、レティンシア様、ここは……」
「いいえ、大丈夫です」
侍女がこの場を引かせようとしてきますが、私は足を踏み出しました。
泥のように胸にあった悲しみは、すうっと冷えていきました。
ええ、わかっています。
婚約を続けるつもりなら、私は見なかったことにして、このまま帰るべきなのです。
でも無理でした。
ああ、いつか「婚約者が浮気をしたらどうする?」なんて、お友達と話したことがありました。
あの時私は「とても傷つくけれど、愛しているから許すしかないと思うわ」と答えたのでした。
だから侍女も私の気持ちを考えてくれているのでしょう。
でも、私の中にはもう「無理」の一言しかなかったのです。
じわりじわりと目の前が滲んで、何も見えなくなりそうです。
それでも私の目は、婚約者であるアーク様を見つめていました。
私の知らない女性と親しく触れ合って、微笑みを浮かべるあの人を。
いっそ何も見えなくなってしまえばいい。そう思うのに、目は愛しいあの人を見つけ続け、そして耳からはあの人の言葉が聞こえてくるのです。
「君はほんとうに可愛いな、ルナ。そうやって素直じゃないところも」
「やめてよ、もう、意地が悪いわよ」
「はは、わかっているさ。言葉をどうつくろっても、君の瞳が、体が、こんなにも素直に甘えてくる。昨夜も……。ああ、犬ころのように純粋な我が婚約者と違って、なんて君は愛らしい……ただ一人の僕の恋人だ」
犬ころのような……。
私はふらりとよろめきました。
そうですか。
アーク様にとって私は、ただの動物のようなものだったのですね。
愛しあっていると、信頼しあっていると思っていた私は、なんて道化だったのでしょう。
私がおままごとのようにアーク様を思っている間、この二人は大人の恋をしていたのでしょう。優しく手をつなぐのとは違う、紳士的なエスコートとも違う、アーク様のてのひらは女性の体に触れ、自らのもとに引き寄せています。
会話をする距離さえ近いのです。
今にも唇が触れ合いそうな。
私に「君を大事にするよ」「君のために努力するよ」と優しく言ったその唇は、私のためのものではなかったのです。
「レ、レティンシア様、ここは……」
「いいえ、大丈夫です」
侍女がこの場を引かせようとしてきますが、私は足を踏み出しました。
泥のように胸にあった悲しみは、すうっと冷えていきました。
ええ、わかっています。
婚約を続けるつもりなら、私は見なかったことにして、このまま帰るべきなのです。
でも無理でした。
ああ、いつか「婚約者が浮気をしたらどうする?」なんて、お友達と話したことがありました。
あの時私は「とても傷つくけれど、愛しているから許すしかないと思うわ」と答えたのでした。
だから侍女も私の気持ちを考えてくれているのでしょう。
でも、私の中にはもう「無理」の一言しかなかったのです。
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