クール天狗の溺愛事情

緋村燐

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四章 山の神の娘

神の力②

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 煉先輩は木々が多い方へ行くと、くず折れるように膝をついてわたしをおろした。

「クソッ……もうダメか……」

「煉先輩?」

 脂汗を滲ませて悪態をつく煉先輩をちゃんと見る。

 吐き気を耐えるのが精一杯だったわたしは気付かなかったけれど、彼は足にケガをしていた。

 制服のスラックスがスッパリ切れていて、血が滲んでいる。


「煉先輩!? そんな」

 逃げている途中であのかまいたちの刃に当たってしまったのかな?

 一体いつの間に?


「悪いな、これ以上は歩けそうにねぇ」

 そう言って黒い箱を取り出し、彼はその蓋を開けた。

「キー!」

 途端にコタちゃんが出てきて、すぐに光って人型になる。


「あんな狭いところに閉じ込めるなんてひどいじゃないか!……って、何があったの?」

 すぐに怒りと不満をあらわにしたコタちゃんだったけれど、今の状況がおかしいと感じ取ったのか疑問の表情を浮かべた。


 するとわたしが説明するよりも先に煉先輩が簡単に状況を話し、わたしとコタちゃんに「逃げろ」と急かす。

「俺は歩けそうにねぇ。そんなちっこい木霊でも護衛がわりにはなるだろ……逃げろ」

「でも、ケガをしてる煉先輩を放っておくなんて……」

 まだ吐き気は少し残っているけれど、原因と離れたおかげか今はずいぶんと楽になった。

 だから確かに逃げることは出来るけれど、こんな状態の煉先輩を放っておけない。


「いいから、俺一人なら隠れてやり過ごすことも出来る。だから逃げろ」

「でも……」

 それでも渋っているとコタちゃんが不満げに口を開いた。


「そんな奴放っておけばいいのに。だいたい美沙都を連れ出したのは煉でしょ?」

「でも、わたしを守ってくれたのも事実だし……」

 こんなケガまでして……と痛々しい傷を見ていると、コタちゃんは「分かった」と軽くため息をついた。


「煉のケガが治れば気にせず逃げられるんだよね?」

「え? 治せるの?」

 驚くわたしにコタちゃんは更に驚くことを言う。


「美沙都が治すんだよ」

「ええ!?」

 そんな力わたし持ってないよ!?


「あやかしのみなもとは結局のところ霊力だ。美沙都の神の霊力なら煉の霊力を上げて傷を塞ぐことくらいは出来るはずだよ?」

「でも、そんなのやったこともないし」

 ずっと自分はサトリだと思っていて、《感情の球》を見ることしか出来ないと思っていた。

 そんなわたしがケガを治すなんてこと本当に出来るのかな?


「大丈夫、僕が手伝うから」

 不安がるわたしにコタちゃんはニッコリ笑う。

 その笑顔に元気付けられて、わたしも意を決する。

「うん、じゃあやってみる」


 煉先輩に向き直り、コタちゃんに言われるまま傷口の上に手をかざした。

 その上にコタちゃんの手が乗る。

「美沙都? いいから、逃げろって」

 あくまでも早く逃がそうとする煉先輩の声を無視して、わたしはコタちゃんの言う通りにやってみる。


「集中して。自分の中にある霊力を感じて、それを手のひらに集めるイメージで」

「う、うん」

 自分の中の霊力なんて気にしたことなかったけれど、頑張ってみる。

 いつも《感情の球》を見るときにする集中を自分に向けてみた。

 ちょっとてこずったけれど、何か温かい気配みたいなものを感じる。
 これが霊力なのかな?

 それを手のひらに集めるのが難しかったけれど、重ねられたコタちゃんの手が誘導してくれているみたいだった。


「そう。上手だよ美沙都。あとは治れーって念を送るみたいな感じで」

「ね、念?」

 説明に戸惑いながらも、「治れー」と唱えながら念を送る。


 すると、血で見づらかったけれど傷口がみるみる塞がっていくのが分かった。

「これでいいんじゃないかな?」

 コタちゃんがそう言ってわたしの手から自分の手を離す。

 わたしはハンカチを取り出して血を拭き取り、傷が完全に塞がっていることをちゃんと確認した。


「良かった……」

 ホッとして笑顔が浮かぶ。

 見ただけでも痛々しかったから、本当に良かった。


「……美沙都、お前……」

「大丈夫ですか? もう痛くないですか?」

 確認すると、驚いていた煉先輩は珍しく優し気な笑顔を浮かべる。


「ああ、大丈夫だ。……まだちょっと痛みはあるけどな」

 そして手が伸ばされ、頬を撫でられた。

「煉先輩?」

「美沙都……俺は……」

 わたしを見つめる目に熱っぽさを感じて、どうしたのかと思っていると――。


「ここにいたか! やっと見つけたぜ!」

 わたしたちを追ってきた高校生の一人が大声を上げて現れた。

 しまった! と思っている間にも彼は仲間を呼んでいる。


「ッチ! 俺はまだ痛みがあって走れそうにねぇ。足止めしとくから、お前は木霊と逃げろ」

「で、でもそれじゃあ煉先輩が……」

 いくら強い鬼でも、相手は複数人だし年上の高校生。

 足の痛みもある状態なら完全に煉先輩の方が不利だよ。


「美沙都、行こう!」

「でも、ほっとけないよ!」

 コタちゃんにも腕を引かれて、逃げた方がいいんだろうって分かる。

 でも煉先輩を置いていくことも出来ない。

 だから一緒に逃げようと手を貸そうとしたんだけれど、そのときにはもう囲まれてしまっていた。


「大人しく里を出てくれれば痛い思いしなくて済むんだぜ?」

 リーダーのクモのあやかしがニヤニヤ笑って言う。

 でも言うとおりになんて出来ない。


 この北妖の里に戻って来て、仁菜ちゃんって友達が出来た。

 ご近所さんや、学校で仲良くしてくれている人達。

 おじいちゃんおばあちゃんもいて、実感はまだないけれどもうすぐお父さんにも会える。

 それに――。


 風雅先輩……。

 わたしの片想いかも知れないけれど、大好きな人もいる。


 この里はもうわたしの居場所なんだ。

 出て行けなんて言われてうなずけるわけがない。


 また嫌な感情が流れ込んできたけれど、気持ち悪くなる前にこれだけはハッキリ言っておきたいと思った。

 息を吸って、叫ぶ。


「何を言われても、出て行きません……。ここは、この北妖の里は……わたしの大事な居場所ですから!」

 しっかり立って、睨みつけて宣言する。

「っ!?」

 一瞬だったけれど、彼らは気圧されたようにたじろいだ。

 でもどう考えたって強いのは彼らの方。

 すぐに立ち直ってしまった。


「……んなこと知るかよ。それじゃあ力づくで出て行かせるまでだ!」

「そんなことさせないよ!」

「やらせると思ってんのか?」

 コタちゃんがわたしを守るように前に立ち、煉先輩もふらつきながら立ち上がる。


 諦めたくはないけれど、どうやって逃げれば……。

 頭に浮かんでくるのは風雅先輩の顔。

 頼ってばかりじゃだめだとも思うのに、どうしても期待してしまう。


 使命のためだからってだけなのかもしれないけれど、いつも守ってくれる風雅先輩。

 それを寂しいと思ってるのに、こんなときはやっぱり来て欲しいって願ってしまう。


 今、無性に風雅先輩に会いたかった。


 ――風雅先輩!


 心の中でひときわ大きく彼の存在を思うと、次の瞬間つむじ風が巻き起こる。

 でもそれは、わたしたちの所には来ることなく高校生たちを襲った。


「うわあぁ!?」
「なんだこれは!?」

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされていく彼らを見て、つむじ風に人為的なものを感じる。

 頭上でバサリと大きな翼が羽ばたく音が聞こえて、胸が熱くなった。

 見上げて、その人の姿を視界に映して名前を呼ぶ。

「風雅先輩!」

 怖いくらい冷たい顔で高校生たちを見下ろしていた風雅先輩は、わたしの呼びかけに気づくと泣きそうな顔になった。


 地面に降り立つとすぐにわたしの近くに来てくれる。

「風雅先輩、心配かけて――」

 ごめんなさい、という言葉は口に出来なかった。

 その前に、引き寄せられてギュウッと抱き締められたから。


「っ!」

 驚きと嬉しさで息が止まった。

 数秒後呼吸が出来るようになると、今度はドキドキと早まる鼓動がおさまらない。


「良かった、美沙都……。ケガはないか? すぐに助けに来れなくてすまなかった」

 謝る風雅先輩の話だと、高校生たちの仲間に足止めされていたらしい。

 わたしのクラスの人たちや山里先輩も戦ってくれて、何とか今来れたんだそうだ。


「みんな……。風雅先輩も、ありがとうございます」

 みんなも戦ってくれたと聞いて申し訳ない気持ちもあったけれど、何よりも嬉しかった。

 やっぱり、わたしの居場所はこの里だって思えたから。


「……ったく、妬けるな……」

 わたしたちを見ていた煉先輩のつぶやきに、風雅先輩が警戒の色を見せる。

「日宮先輩。あなたに美沙都は渡しませんよ」

 ドキッ

 その言葉は、使命としてわたしを守るためのものなのか、それとも……。


「そうかよ。まあ、どっちにしろ今の俺はまともに動けねぇからな。美沙都のことは任せるさ」

「あなたに言われなくても」

 煉先輩の言葉にフンと鼻を鳴らした風雅先輩はいつものようにわたしを抱き上げる。


「ひゃっ」

 さっきから鳴りやまない心音がもっと駆け足になって、もう心臓が飛び出してしまいそうだった。


「みんなに無事な姿見せないとな。コタ、行くぞ」

「あ、待ってよー!」

 呼ばれたコタちゃんは毛玉の姿に戻りわたしの手の中に跳んでくる。


「キー!」

 準備OKとばかりにコタちゃんが鳴くと、風雅先輩は翼を広げ地を蹴った。
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